大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『恋する式神』

2021-12-06 05:09:02 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『恋する式神』   
  


「to Newyorkって言うと二枚切符が出てきたの」

「え……」
 
「分からなきゃ、いいです」
 
 瑞希は、素っ気なく言った。英語科準備室は、あちこちで忍び笑いが起こった。

「それ、toとtwo(2)のひっかけですよ」

 野崎先生が解説してくれて、やっとボクも笑えた。
 
 瑞希の目が輝いた。
 
「これじゃ通じないんだと思って言い直すの。for Newyorkって、そうすると四枚切符が出てきて焦っちゃう。で、思わず、えーと……って言ったら八枚出てきちゃった!」
 
 アハハハハハハハハ
 
 準備室は大爆笑になった。

 
 瑞希は、時々準備室に来て質問する。で、そのあとに、こういうジョ-クを言って行く。
 

 ボクは、瑞希のジョークをそのまま授業で使わせてもらって、なんとか面白い英語の先生でやってこれた。
 
 新採のボクは、最初のころ、授業がまるでダメ。五月の連休頃には、すっかり自信を失っていた。
 
 ボクは早稲田の英文科を、かなり良い成績で卒業し、自信満々で、この神楽坂高校に赴任してきた。

 しかし、自分が出来ることと、上手く教えられることが別物であることを、その一カ月足らずで思い知った。

 お袋は、ダメなら、さっさと辞めてうちの仕事を手伝えと言う。
 
 実家は、有限会社で、小なりと言え貿易会社である。ボクには親父のような商才がないので、教師になったが、これもうまく行かない。それまで、勉強については順風満帆だったので、正直落ち込んだ。

 で、連休が明けて最初の授業のA組に行くと、転校生で阿倍瑞希が来ていた。
 
 パッとしない黒縁のメガネにお下げという姿で、およそ、今時の可愛いという基準からはズレた子だった。
 
 でも、授業は熱心に聞いてくれ、その時間の終わりには、この学校に来て、初めて授業らしい授業ができた。
 
 瑞希は、よく質問に来るようになった。で、オヤジギャグみたいなジョークを披露していく。

 で、気づいたら、授業で、そのジョークを言ってしまう。瑞希は、自分が教えたくせに、みんなといっしょになって笑っている。おかしな奴だ。

 極めつけは、AETのジョージに授業中に「こう言ってみて」というやつだった。
 
 小道具まで用意してくれた。学級菜園で採れたジャガイモが、黒板の前に並べられていた。ジョージはアイダホの農家の出で、ジャガイモが懐かしいらしくいじりだした。
 
「ジョージ、掘った芋いじっでねえ」
 
「オー、イッツ、ツーオクロック」
 
 教室は、爆笑の渦になった。
 
 What time is it nowになることに、初めて気づいた。

 そして、二学期の期末テストが終わった日、廊下で瑞希と出会った。下校するんだろう、いつものお下げを毛糸の帽子の中に入れて、ダサさが、いつもの倍ほどになっていた。

「先生、英語の詩を作ったの。聞いてくれる?」
 
「うん。じゃ、準備室行こうか」
 
「ここで。あんまり時間ないから」
 
「うん、いいよ」

 瑞希は、白い息一つして言った。

「あ、その前に。あたしが口走ったジョークは、オリジナルじゃないの。先生は、そのへんの研究が足りません」
 
「あ、そうなんだ」
 
「じゃ、いきます。ホップ、あなたに近づいて。ステップ、あなたに恋をして。ジャンプ……しても届かなかった」
 
「ハハ、なかなかいいじゃないか」
 
「タイトルは『恋の三段跳び』だよ」
 
「ピッタリのタイトルだよ」

 瑞希は、なにか言いごもって、うつむいた。

「どうした……?」
 
「最後に、あたしの顔見て」
 
「え、いつも見てるよ」
 
「これが、ほんとのあたし……」
 
 瑞希は毛糸の帽子とメガネを取った。

 
 息を呑んだ。

 
 ロングの髪がサラリとあふれ、切れ長の潤んだ目が、眉に美しく縁取られていた。瑞希は、こんなに綺麗な子だったんだ……。

「じゃ……じゃ、さよなら!」

 瑞希は、廊下を小走りに下足室に向かった。
 
「瑞希!」
 
 ボクは、思わず後を追った。

 ウロウロと昇降口のロッカーの谷間を探したが見当たらない。

 瑞希のロッカーの下に、白い紙の人型が落ちていた。拾い上げてみた。

 an obstinate personと書いてあった。
 
 朴念仁か……。

 その夜、お袋からメールが来た。
 
 祈願成就のお参りが満願になったと……神社は清明神社だ。
 
 式神の写メが添付されていた。

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