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わたしが剣道部に入ったのは、弟を鍛えるためだった。
弟の信二は、姉のあたしから見てもたよりない。
体裁よく言えば草食系なんだけど。ようはヘラっとして、いつも半端な微笑みで、意見をすると目線が逃げる。
それになにより、不男だ……と、決めつけるには、まだまだ早い小六なんだけど、来年は中学だ。
いまでも少しハミられているような気配がある。
勉強こそは真ん中だけど、こと人間関係に関してはダメだ。けなされようが、ごくたまに褒められた時でも不器用にニヤケルことしかできない。その笑顔は姉のあたしがみても苛立つほどに醜い。
あれでは中学でイジメに合うのは確実だろう。
あたしも、専門に運動部に入ったことは無い。中学でちょっとだけ演劇部にいたが、やってることが学芸会並なので、直ぐに辞めた。
体育は4で、授業でやる程度のことなら、人並みにはやれる。
だから、高校では声のかかった演劇部をソデにして運動部を目指した。
格闘技がいいと思った。で、柔道部と剣道部に見学に行った。
柔道部は女子もいるんだけど、胴着の下のTシャツをみないと性別の分からないような子たちばかり。男子は言うに及ばない。
あたしは、ただの体育会系は好きじゃない。体だけできていても、その分脳みそとかハートを落っことしたようなやつはごめんだ。
柔道は、体を密着させる競技だ、寝技なんか、胴着を着ていなきゃ動物的なカラミに過ぎない。柔道部はメンツをみただけで却下。
で、剣道部に入った。
剣道部も似たりよったりの顔ぶれだけど、防具をつけると、完全に体はおろか、顔もはっきりとは分からない。第一体が密着することが無い。
最初は素振りとすり足で、手はマメだらけ、足の皮は剥がれるんじゃないかと思うくらいだった。
「ようし寛奈、素振りの切っ先もぶれなくなった。明日から防具つけて打ちあい稽古だ」
「あの、明日からは連休ですけど……」
「あ、そうだな。じゃ連休明けからだ」
このさりげないツッコミがおもしろかったのか、部員みんなが笑った。やはり、しまりのない笑顔だ……。
立ち合い稽古が出来ると言うので、あたしは近所の八幡様にお参りに行った。
――まあ、気いつけてがんばりや――
本殿の奥から、そんな声がしたような気がした。でも、空耳だったのだろう。
巫女さんや、あたしと並んでいた参拝の小父さんに変化はない。
「初心者にしては筋がいい」
最初に立ち会った二年の副部長が誉めてくれた。
「ただな、面のときに『イケメーン!』ていうのはよせ、ただの『メーン!』でいい」
「うそ、そんなふうに言ってました」
「言ってた」
「すみません、気を付けます」
それから、何人かと立ち会ったけど、あたしの「イケメーン!」は直らないらしい。
「たぶん、気合いのイエー!がイケー!に聞こえるんだろう。まあ、気にするな」
顧問の立川先生が慰めてくれた。
あれから、一か月近くたって剣道部に異変が現れた。
男子部員のルックスがアドバンテージになってきたのだ。
あたしは、部員の中でも部長だけは買っていた。見るからに運動バカだけど、自分を諦観したところがあって「オレは女にモテなくても剣道できれば、それでいい。というところがあって、表情が澄んで屈託がない。
も少し顔の造作が……と思った。
立ち合いは、この一か月近くで百回ほどになった。
すると、心なしか、男子部員のルックスが確実に向上。中にはコクられ、生まれて初めて彼女ができた者も現れた。
一学期の終わりには、すっかりイケメンの剣道部で通るようになり、女子部員も増えた。
部長は、その中でも一番変化が大きかった。
あたしは、正直に嬉しかった……が、技量は目に見えて落ちてきた。試合に出ても負けがこんできた。
部長は、ただ一人で言い寄る女生徒たちも相手にせずに稽古に励んでいた。いつのまにか、あたしが部長の立ち合いの専門になった。
で、気づいてしまった。
防具の面越しに見える目が、あたしを異性としてみていることに。凛々しい目の底にいやらしさを感じる。
―― 引退するときに、コクりよるで~ ――
八幡様の声が聞こえた。あたしの「イケメーン!」は、どうやら、男をイケメンにはするが堕落させることに気づいた。
これでは弟を鍛えることなど出来はしない。あたしは次の部活を探している……。