大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト・『イケメーン!』

2021-12-08 06:14:37 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『イケメーン!』   

      


 わたしが剣道部に入ったのは、弟を鍛えるためだった。

 弟の信二は、姉のあたしから見てもたよりない。

 体裁よく言えば草食系なんだけど。ようはヘラっとして、いつも半端な微笑みで、意見をすると目線が逃げる。

 それになにより、不男だ……と、決めつけるには、まだまだ早い小六なんだけど、来年は中学だ。

 いまでも少しハミられているような気配がある。

 勉強こそは真ん中だけど、こと人間関係に関してはダメだ。けなされようが、ごくたまに褒められた時でも不器用にニヤケルことしかできない。その笑顔は姉のあたしがみても苛立つほどに醜い。
 
 あれでは中学でイジメに合うのは確実だろう。

 あたしも、専門に運動部に入ったことは無い。中学でちょっとだけ演劇部にいたが、やってることが学芸会並なので、直ぐに辞めた。

 体育は4で、授業でやる程度のことなら、人並みにはやれる。

 だから、高校では声のかかった演劇部をソデにして運動部を目指した。

 格闘技がいいと思った。で、柔道部と剣道部に見学に行った。

 柔道部は女子もいるんだけど、胴着の下のTシャツをみないと性別の分からないような子たちばかり。男子は言うに及ばない。

 あたしは、ただの体育会系は好きじゃない。体だけできていても、その分脳みそとかハートを落っことしたようなやつはごめんだ。

 柔道は、体を密着させる競技だ、寝技なんか、胴着を着ていなきゃ動物的なカラミに過ぎない。柔道部はメンツをみただけで却下。

 で、剣道部に入った。

 剣道部も似たりよったりの顔ぶれだけど、防具をつけると、完全に体はおろか、顔もはっきりとは分からない。第一体が密着することが無い。

 最初は素振りとすり足で、手はマメだらけ、足の皮は剥がれるんじゃないかと思うくらいだった。

「ようし寛奈、素振りの切っ先もぶれなくなった。明日から防具つけて打ちあい稽古だ」

「あの、明日からは連休ですけど……」

「あ、そうだな。じゃ連休明けからだ」

 このさりげないツッコミがおもしろかったのか、部員みんなが笑った。やはり、しまりのない笑顔だ……。

 立ち合い稽古が出来ると言うので、あたしは近所の八幡様にお参りに行った。

――まあ、気いつけてがんばりや――

 本殿の奥から、そんな声がしたような気がした。でも、空耳だったのだろう。

 巫女さんや、あたしと並んでいた参拝の小父さんに変化はない。

「初心者にしては筋がいい」

 最初に立ち会った二年の副部長が誉めてくれた。

「ただな、面のときに『イケメーン!』ていうのはよせ、ただの『メーン!』でいい」

「うそ、そんなふうに言ってました」

「言ってた」

「すみません、気を付けます」

 それから、何人かと立ち会ったけど、あたしの「イケメーン!」は直らないらしい。

「たぶん、気合いのイエー!がイケー!に聞こえるんだろう。まあ、気にするな」

 顧問の立川先生が慰めてくれた。

 あれから、一か月近くたって剣道部に異変が現れた。

 男子部員のルックスがアドバンテージになってきたのだ。

 あたしは、部員の中でも部長だけは買っていた。見るからに運動バカだけど、自分を諦観したところがあって「オレは女にモテなくても剣道できれば、それでいい。というところがあって、表情が澄んで屈託がない。

 も少し顔の造作が……と思った。

 立ち合いは、この一か月近くで百回ほどになった。

 すると、心なしか、男子部員のルックスが確実に向上。中にはコクられ、生まれて初めて彼女ができた者も現れた。

 一学期の終わりには、すっかりイケメンの剣道部で通るようになり、女子部員も増えた。

 部長は、その中でも一番変化が大きかった。

 あたしは、正直に嬉しかった……が、技量は目に見えて落ちてきた。試合に出ても負けがこんできた。

 部長は、ただ一人で言い寄る女生徒たちも相手にせずに稽古に励んでいた。いつのまにか、あたしが部長の立ち合いの専門になった。

 で、気づいてしまった。

 防具の面越しに見える目が、あたしを異性としてみていることに。凛々しい目の底にいやらしさを感じる。

―― 引退するときに、コクりよるで~ ――

 八幡様の声が聞こえた。あたしの「イケメーン!」は、どうやら、男をイケメンにはするが堕落させることに気づいた。

 これでは弟を鍛えることなど出来はしない。あたしは次の部活を探している……。


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