大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト・『チョイ借り・3』

2021-07-10 06:36:04 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『チョイ借り・3』  




「まあ、持ちつ持たれつでしょう」

 自転車のくせに、そう提案してきた。

「ナンだよ、提案て?」

「ま、尖らないで。あたしは自転車だから、誰かに乗ってもらわないと存在意味がない。で、鈴木友子としては、人生の楽しみをナンにも知らないで死んじゃった。すごく悔しい。分かってくれる?」

 可哀想と言えば可哀想だが、オレには関係ない。

「せっかちね。持ちつ持たれつなんだって言ったでしょ。ナオキにとってもいい話なのよ。ナオキは元来律儀で行儀が良い。でしょ? チイコちゃんへの接し方でも分かる」

「性分だからな」

「でも、学校はダブっちゃった。ナオキは長期的展望を持つのが苦手。それから、相手に誠意が無いのも嫌い。学校の先生って、誠意が無いと思いこんでるでしょ?」

「だって、無いジャン。無遅刻無欠席のオレ落とす、普通?」

「勉強してたらね。ナオキ、授業中は、遊んでるか、居眠りしてるか、早弁してるか。ときどき友達とエスケ-プしてはゲーセンやらカラオケ」

「でも、終礼には帰ってきてたぞ」

「そこよ、ナオキのいいとこは。ナオキは、ちゃんと人生に目標持てばかなりイイ線いくと思うの、アタシは。ね、だから……」

 だから、おれとチャリの奇妙な共同生活が始まった。

 共同生活と言っても、誰にも知られることはない。

 オレンジは……名前は、自分からオレンジと言った。鈴木友子であるよりは、自転車としてのアイデンテティーが強いようで、一日の大半を自転車でいる。親には通学用に中古の自転車を買った……と、言わされた。ちゃんと登録もされているし、自転車保険にだって入っている。

 オレンジが、女の子の姿で現れるのは、二日に一度ぐらい。それもオレの部屋。最初はビビった。なんたって一階には親がいる。気配を感づかれること……は、無かったけどな。

 どうも人間の姿で居るときは、オレにしか姿が見えないし、声も聞こえない。「直樹、独り言が増えたな」とは言われる。

 人間のときは、主に勉強だ。

 オレが躓いた中一ぐらいからの勉強を教えてくれる。三角関数や因数分解が、初めて面白いと思えたし、英語も文法じゃなくて喋れる英語を教えてくれる。で、喋れるようになると、文法的なことは「なるほど」と「なんだよ」になった。学校の英語が、いかに実用の英語から離れているか、よく分かった。「yuo」なんて、アメリカ式に書けば、ただの「u」なんだってよ。

 え、相手が女の子の姿の時にヨコシマな気持ちにならないかって?

 それが、ない。

 オレンジは、かなりイケタ女の子だけども、オレの人生(いつまでかは分からないが)をチョイ借りし、自転車として走り回り、オレが小マシな人生を送ることにしか興味がない。

 ま、言ってみればオレはオレンジにとってはモルモット……そういうと、ひどく怒った。

「人生って、やり直しがきかないんだからね!」

 どうも、この部分は鈴木友子のようだ。オレも彼女はチイコだけだと思っている。オレは、なんちゅうか身持ちが良くて、体の関係があるのはチイコ一人だけだ。オレンジも分かってくれているようで、チイコだけは二人乗りを許してくれる。

 それから、おれが許可しない限り。そしてオレンジ自身が許さないと他の人間は乗ることも出来ない。だから鍵なんかかける必要は無いんだけど。あくまで普通の自転車で居たいというので、鍵は付けてある。

 そんなこんなで、ダブリの新学期は順調だった。

 予習復習は春休みに、オレンジに習慣づけられていて、なんとか授業についていけるようになった。

 ただ、授業中に「君はなんの病気で留年したの?」なんて聞かれるのが面倒だった。

「はい、勉強しなかったもんで」

 教師は進級判定会議でオレのことは知ってるはずなのに……ま、教師って、この程度。

 で、オレも、その程度には普通の生徒になった。

「ね、新聞配達やろうよ!」

 連休前にオレンジが言い出した。

「新聞配達だと?」

「うん(^▽^)/」

「なんで、新聞配達?」

「だって……」

 どうも朝方見かける新聞配達の姿を見てかっこいいと思ったようだ……。


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