ライトノベルベスト
赤線入りのレシートで渡された。
「ちょっと、レジロールどこかしら!?」
パートのオバチャンが怒鳴ったけど、お客のわたしは両脇に赤い線の入った「おしまい」を示す印が付いたまま。
わたしは、中学までは演劇部に入っていたけど、高校の演劇部は一年の連休明けから足が遠のき、学期末には正式に辞めた。理由はいろいろあるけど、大まかに言うと、高校の三年間を預けるにはお粗末だと思ったから。
今は帰宅部二年生。お芝居はたまにお父さんが連れてってくれる。
まともに観に行ったら一万円を超えることもある一級品の劇団の芝居を、近隣の市民会館のプロジェクト事業などで安く観られるのを見つけては、お父さんがチケットを取ってくれて、この二年で二十本ばかり観た。劇団四季とか新感線とか一級品の芝居はビデオで録画したのを観る。
「卒業しても、その気があるんなら劇団の研究生になればいいさ」
と、往年の演劇青年は言ってくれる。で、三年生目前のわたしは受ける劇団の絞り込みの段階。一時は高校生でも入れるスタジオや劇団を受けようかと思ったけど、お父さんの意見で、高校を出てからにということにした。それまでは、戯曲を読んで、芝居を観るだけでいいということになっている。
「それよりも、高校時代は好きなことをやっていればいい」
と、かなり自由にさせてくれる。
わたしは、オープンマインドな人間じゃないので、一年の秋ぐらいまでは芝居を観る以外ボンヤリした女子高生だった。
「これあげるから、好きなようにカスタマイズしてごらん」
誕生日にドールの素体というのをもらった。
体の関節が人間と同じように動くプラスチックとビニールでできた人形。
人形なんて、子どもの頃のリカちゃん人形以来だ。素体と言うのは、人形は裸のまんまで、首さえない。
別に二万円を現金でくれて、それで自分の好きなヘッドやウィッグ、アイ、ツケマ、衣装なんかを買って人らしくしていく。
やってみると、これが面白い。カスタムする以外に自分でポーズを付ける。ちょっとした体の捻り方、手の具合などで人形の表情だきじゃなくて、感情そのものが変わってしまう。この面白さは、やった人間でないと分からないだろう。
気づいたらハマっていた。人を観察してドールで再現してみる。すると、今までのドールでは限界があることが分かる。
わたしはドールのためにバイトまでするようになった。
そして、二年の終わりごろには、男女含めて五体のドールが集まった。中でも圧巻は完全に自分の体形を1/3にしたマコ。わたしの真子をカタカナにしたわたしの分身。これでポーズをつけると他の理想的なプロポーションをした人間のようにはいかないことを発見。
ドールの足の裏には磁石がついていて、付属の鉄の飾り台にくっつけるんだけど、やはり姿勢によってはできないものがある。
ドールの撮影会で知り合ったSさんがホームセンターで売っている簡単な材料で人形の飾り台ができることを教えてくれて、その材料を買ったところで、出た。
赤線入りのレシートが……。
こないだ、ドールたちの手入れをしていると、暖房の効きすぎか、半分眠った感じになってしまった。
マコが、トコトコと寄って来て、わたしにささやいた。
「真子、赤線入りのレシートが出たら、死んじゃうからね」
「え……」
「あたしたちを可愛がってくれるのは嬉しいんだけど、そういう落とし穴があるの」
「赤線入りって、めったに出たりしないわよ……」
「でもね……もし出たらね、破っても捨てても、消してもダメ、三時間以内に死んじゃう」
「どうしたらいいの……?」
「それはね……」
そこで意識が無くなった。マコはなにか対策を言ってくれたんだけど、夢のように忘れてしまった。
「ねえ、マコ、どうしたらいいの?」
家に帰って、マコに聞くが、マコはただじっとしてお人形様のまま。
「あああ……あと三十分で三時間だ」
その時、わたしは閃いた。修正ペンを持ってきて、レシートの両側の赤線に……してみた。
三時間たっても死ななかった。わたしは、赤線に白い区切りを点々と付けて紅白のお目出度いレシートにしたのだった。
ほんとだよ。面白くなかったかもしれないけど。