大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『海岸通り バイト先まで・2』

2021-08-26 06:40:42 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『海岸通り バイト先まで・2』  

 

 

 

 しかし歩くことはないだろう――ぼくの中の横着さがグチを言う。

 

 ぼくは、一時間先のバスを待つよりも、五十分かけて、海岸通りをバイト先まで、歩くことに決めた。

 Tシャツに短パン。帽子は、民宿のおばさんの勧めで、ジャイアンツのキャップを止めて麦わら帽に替えた。大きめの水筒ごと氷らせた裏山の湧き水を肩から斜めにかけて、首にはタオルを巻いた。

 歩くと決めて、民宿のおばちゃんが、あっと言う間に、このナリにしてくれたのだ。

 民宿の寒暖計は、二十九度を指していたので、少し大げさかと思ったが、十分も歩くと、おばちゃんの正しさが分かった。

 民宿から続く切り通しを抜けると、見はるかす限り、右側は海。まともに真夏の太陽にさらされる。ぼくは海沿いの「海の家」のバイトと高をくくっていた。アスファルトの道は、もう四十度はあるだろう。

 通る車でもあれば乗せてもらおうかと思ったが、事故のせいか駅とは反対方向の、この道を走る車は無かった。

 砂浜でもあれば、波打ち際に足を晒して涼みながら歩くこともできるんだろうけど、切り通しを過ぎてからは、道は緩やかな登りになっていて、ガードレールの向こうは崖になって落ち込んでいる。

 水筒の氷が半分溶けてしまった。

 溶けた分は、ぼくの口に入り、すぐに汗になってしまう。

 しばらく行くと、ようやく道が下りになり、右手に砂浜が見えだした。

「足を漬けるぐらいならぐらいならいいよな……」

 そう独り言を言って、ボクは「遊泳禁止」の立て札を無視して、砂浜に降りた。

 

 岸辺の波打ち際、海水に脚を絡ませた瞬間、頭がクラっとした。

 

 ぼくは快感の一種だと思った。実際、海の水は、心地よくぼくの熱を冷ましてくれる。

 数メートル波打ち際を歩いて気づいた。波打ち際から四五メートル行くと、海の色はクロっぽくストンと落ち込んでいるのだ。

 なるほど、こんなところを遊泳場にしたら、日に何人も溺れてしまうだろう。

 

 しばらく行くと、遠目にイチゴのようなものが見えてきた。

 

 近づくと、赤と白のギンガムチェックのビーチパラソルだということが分かった。

 ちょっと傾げたビーチパラソルの下にはだれもいない。砂浜には自分が歩いてきた足跡しかついていなかった。

「ちょっとシュールだな」

 そう独り言を言って、パラソルの下……というより、パラソルが作り出している「木陰」の中に収まってみた。

 さやさやと、体から暑気が抜けていく。ほんのしばらくのつもりで、ぼくは憩う。
 
 気づくと、形の良い脚が目に入った。

「気持ちよさそうね」

 目を上げると、白のショートパンツに、赤いギンガムチェックの半袖のボタンを留めずに裾をしばり、栗色のセミロングが潮風にフワリとなびいている。

「あ、きみのビーチパラソル?」

「うん、そうよ」

「ごめん、勝手に使って」

「いいわよ、ちょっと詰めてくれる」

「あ……ああ」

 

 その子は、思い切りよく、ぼくの横に座り込んだ。その距離の近さにたじろいだ。

 

「この辺じゃ見かけないけど、あなた、夏休みの学生さん?」

「うん、東京。でも、遊びじゃないんだ。バイト、お盆まで……」

 そこまで言って、気が付いた。砂浜には、やはり、ぼくの足跡しか残っていない……。

「ふうん……東京だったら、もっと時給とか、条件のいいバイトあるんじゃないの?」

 足跡の謎を聞く前に、たたみかけるように、鋭い質問がきた。

「きみ……本当は、家から逃げ出してきたんじゃないの……?」

 え……?


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« せやさかい・238『目には... | トップ | 銀河太平記・062『天狗党... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ライトノベルベスト」カテゴリの最新記事