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しかし歩くことはないだろう――ぼくの中の横着さがグチを言う。
ぼくは、一時間先のバスを待つよりも、五十分かけて、海岸通りをバイト先まで、歩くことに決めた。
Tシャツに短パン。帽子は、民宿のおばさんの勧めで、ジャイアンツのキャップを止めて麦わら帽に替えた。大きめの水筒ごと氷らせた裏山の湧き水を肩から斜めにかけて、首にはタオルを巻いた。
歩くと決めて、民宿のおばちゃんが、あっと言う間に、このナリにしてくれたのだ。
民宿の寒暖計は、二十九度を指していたので、少し大げさかと思ったが、十分も歩くと、おばちゃんの正しさが分かった。
民宿から続く切り通しを抜けると、見はるかす限り、右側は海。まともに真夏の太陽にさらされる。ぼくは海沿いの「海の家」のバイトと高をくくっていた。アスファルトの道は、もう四十度はあるだろう。
通る車でもあれば乗せてもらおうかと思ったが、事故のせいか駅とは反対方向の、この道を走る車は無かった。
砂浜でもあれば、波打ち際に足を晒して涼みながら歩くこともできるんだろうけど、切り通しを過ぎてからは、道は緩やかな登りになっていて、ガードレールの向こうは崖になって落ち込んでいる。
水筒の氷が半分溶けてしまった。
溶けた分は、ぼくの口に入り、すぐに汗になってしまう。
しばらく行くと、ようやく道が下りになり、右手に砂浜が見えだした。
「足を漬けるぐらいならぐらいならいいよな……」
そう独り言を言って、ボクは「遊泳禁止」の立て札を無視して、砂浜に降りた。
岸辺の波打ち際、海水に脚を絡ませた瞬間、頭がクラっとした。
ぼくは快感の一種だと思った。実際、海の水は、心地よくぼくの熱を冷ましてくれる。
数メートル波打ち際を歩いて気づいた。波打ち際から四五メートル行くと、海の色はクロっぽくストンと落ち込んでいるのだ。
なるほど、こんなところを遊泳場にしたら、日に何人も溺れてしまうだろう。
しばらく行くと、遠目にイチゴのようなものが見えてきた。
近づくと、赤と白のギンガムチェックのビーチパラソルだということが分かった。
ちょっと傾げたビーチパラソルの下にはだれもいない。砂浜には自分が歩いてきた足跡しかついていなかった。
「ちょっとシュールだな」
そう独り言を言って、パラソルの下……というより、パラソルが作り出している「木陰」の中に収まってみた。
さやさやと、体から暑気が抜けていく。ほんのしばらくのつもりで、ぼくは憩う。
気づくと、形の良い脚が目に入った。
「気持ちよさそうね」
目を上げると、白のショートパンツに、赤いギンガムチェックの半袖のボタンを留めずに裾をしばり、栗色のセミロングが潮風にフワリとなびいている。
「あ、きみのビーチパラソル?」
「うん、そうよ」
「ごめん、勝手に使って」
「いいわよ、ちょっと詰めてくれる」
「あ……ああ」
その子は、思い切りよく、ぼくの横に座り込んだ。その距離の近さにたじろいだ。
「この辺じゃ見かけないけど、あなた、夏休みの学生さん?」
「うん、東京。でも、遊びじゃないんだ。バイト、お盆まで……」
そこまで言って、気が付いた。砂浜には、やはり、ぼくの足跡しか残っていない……。
「ふうん……東京だったら、もっと時給とか、条件のいいバイトあるんじゃないの?」
足跡の謎を聞く前に、たたみかけるように、鋭い質問がきた。
「きみ……本当は、家から逃げ出してきたんじゃないの……?」
え……?