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三学期のこの時期に教頭が替わった。
生徒にとっては、どーでもいいことなんだけど、わざわざ授業を短縮して全校集会を開いて着任の紹介があった。
教頭なんて、授業もなし、ほとんど職員室の奥に座りっきりで、集会なんかでも校長の話はよく聞くので、顔ぐらいは覚えているが、教頭になると普段接することもなく、前任の教頭も憶えていない。
紹介された新教頭は、なんか印象の薄いオッサンで、一時間目の終わりには名前を、二時間目の終わりには顔を忘れてしまった。
ま、それはどうでもいい。ただオレが集会をサボったりしなくて、二時間後には新教頭の名前も顔も忘れてしまうという、並の注意力と生活態度の高校生であるという例えにいいと思ったから。
大事な話は、ここから。
オレは、身長:170、体重:65、ルックス:中の上(人に言わせると潜水艦=ナミの下) 成績:下の上。コミニケーションってか人間関係は上手くない(したがって先生たちからは愛想の悪い奴と思われてる)むろん女の子にはモテない。モテようとも思わない。
意地じゃない。長い人生、きっかけはいくらでもあると思ってるし、他の奴らみたいに発情期でもない。そして、なによりもオレには薄い関係だけど彼女がいる。篠田樟葉っていう。
樟葉は一年の時、空から降ってきた……てのは誇張だけど、ほんとに降ってきた。
ゴールデンウィーク明けの昼休み、食堂で飯食って教室に戻ろうとして、渡り廊下の下を歩いていた。すると明り取りのアクリル板をぶち破って樟葉が落ちてきた。
「イッテー……!」「ご、ごめんね……」
これが樟葉との出会い。
樟葉は渡り廊下でボールをドリブルしながら歩いていたら、安全柵を超えてボールが明り取りの中に落ちてしまい、柵を乗り越えてボールを取ろうとしたら、アクリル板が割れて落ちてきたという話だった。運がいい良いのか悪いのか、真下を歩いていたオレの真上に落ちてきた。
それから、オレと樟葉の薄くて濃い付き合いが始まった。
オレは、態度はまあまあだけど成績は悪い。一年の二学期で4教科15単位も不足していて、学年でも数少ない留年候補者だった。そんなオレに、救いの手を指し延ばしてくれたのが樟葉。試験の前の日に解答付きの問題用紙をくれた。
「とにかく、答えだけ覚えるの。いいわね」
書式はちがったけど、試験はそっくりな問題が出て、なんとか合格。
「おかげで助かった!」
「じゃ、なんかおごって!」
「おう、都合のいいときにな」
で、六月に公開されたばかりの『君の名は』を観に行った。樟葉は大感激で泣き笑いしていた。
「この映画、ぜったいアカデミー取るわよ!」
樟葉の予言は当たった。まあ、観ればたいていの人間は、そう思うけど。樟葉の感動ぶりに感動してしまった。
そのあとは、廊下で会ったら挨拶する程度だった。
夏休み明けに発見してしまった。樟葉が校庭の東北の壁の壊れたところから入ってくるのを。
「あ、バレちゃった!?」
「あんなとこに、通り道あったんだ……」
オレには、その程度の事だったけど、樟葉は「絶対人に言っちゃダメ、お願いだから!」と真剣だった。
で、あくる日樟葉の方からデートに誘ってきた。
二線級のテーマパークで、たっぷり遊んだあと、樟葉はとんでもないことを言った。
「あなた、まだ童貞でしょ?」
「そ、そんなことに答えられるか!」
「ウフフ」
気づいたら、その種のホテルに居た。気軽に誘ったわりには樟葉も初めてだった。今まで普通の女の子だと思っていたのが、この日から愛おしい存在になった。でも、特段親密さが増したわけでもなく、廊下や食堂で会ったら挨拶する程度の仲に変わりはない。
新教頭が来てから三日目に、その工事が始まった。
「へー、こんなとこに抜け穴があったんだ」
ベテランの生活指導の先生さえ知らなかった。むろん他の先生も生徒も。知っているのはオレと樟葉と新教頭だけ。
「ここは丑寅、裏鬼門ですからね」
と、教頭は事務長に説明していた。
工事は、たった一日で終わってしまった。
異変に気付いたのは三日後だった。
樟葉と会わなくなってしまったのだ。
不思議に思って樟葉の教室に行ってみた。
「なあ、篠田樟葉って休んでんの?」
オレは、一年のとき同級だったモンタに聞いた。
「シノダクズハ……そんなやつ居ねえぞ」
「え……」
それ以来樟葉には合っていない。学校でも見かけない。
ダブってもいい、樟葉に会いたい……そう思いながら、学年末試験を受けている。