大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・42『フライト/ジャンゴ』

2016-09-22 05:58:15 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・41
『フライト/ジャンゴ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が仲間内に流している映画評ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです


フライト
 
 いつもながらにデンゼル・ワシントンは巧い。脇のジョン・グッドマン/ドン・チードルもナイス!

 しかし、本作の幕切れはハッキリ言って嫌だ!
 以下、ネタパレを含むので 見に行く予定の方は読まないで下さい。

 コントロールを失ったジェット機が奇跡的な操縦で最小限ダメージの不時着を果たすが、他方 機長の血液からアルコールが検出される(飲酒の上の旅客機操縦は極刑、但し 機乗前チェックがあるので有り得ない筈)。弁護士は事故後の検査結果を潰し、審問は機長有利で進み、後は最終審問さえ通ればメデタシで終わる……委員長の最後の質問に対して機長は……と言うストーリー。
 さて、この設定は前述の通り有り得ない。アメリカの航空会社の現状がこの通りだとするなら飛行機なんか絶対に乗れない、いわば日本のタクシーに一定割合でアル中ドライバーがいると考えれば良い、皆無とは言わないが まずいない筈だ。
 ネタは もうお分かりだと思うが機長はアル中である上に 搭乗前にコークを吸引して目覚ましにしている。3日で1時間のフライトを10往復なんぞという 過剰勤務を口にしているが、それにもまして機長の複雑な家庭環境も語られる。まるでストレスだらけで逃げ場所が全く無い毎日、結果 パイロットとしては許されざる生活を送っている事が語られる。
 まず、本作はジェット機の墜落を救うスペクタクルを冒頭に持ちながら、その内容はアル中が主人公の単なる私小説である。
 最後に機長がする証言は全く正しい、異論の余地は無い。しかし、大声で“アメリカの正義”を叫んでいるに過ぎない、然も 有り得ない前提の元で……コパイロットが何だか変な奴だと思っていたら、ヤッパリ 彼は宗教原理主義者だった。不気味な事この上ない。
 監督ゼメキスはジェット機の急降下と同じく 機長の人生も墜落寸前だったと言いたいらしい。事故以来 機長が出会う人々が天の配剤であり、彼はその導きに従い 正しい選択をする……臭い!あまりにキリスト教臭い! こんなストーリーは無理苦理じゃないか。
 いかにデンゼル・ワシントンが天才俳優であろうがここまで破綻した話を演じ切るのは不可能だ。
 航空会社に対する遠慮なのか、ハッキリ企業に対する批判が無く 粗方の原因は機長の個人的事情に押し込めてある。その上でのこの選択は“宗教”の導きに拠る“アメリカの正義”でしかない。これで証言後の機長が解放された表情をしているのが気色悪い。私小説好きにはこれで満足かもしれないが、私にはこんな映画で満足する感性はないし、これを見て感動する義理の持ち合わせも無い!


ジャンゴ

 ふざけとるんかい〓〓〓何なんやこのストーリーは、タランティーノファンもいてはりまっしゃろと「イングロリアス・バスターズ」さえ何がしかは認めたが……も~~うアカン! こいつを評価するってなら どのシーンの何が どのように評価出来るのか はっきり納得行くように説明してくれ!
 マカロニウエスタン(正しくはスパゲティウエスタン)に対するオマージュだとか、アクションがスゲェだとかは一切受け付けない! これが単なるアクション映画だってなら聞いても良いが、アカデミー賞助演男優賞と脚本賞だっせ! 納得いく説明してもラおやないかい!
 助演男優賞については、F・S・ホフマン(マスター)とT・L・ジョーンズ(リンカーン)を見ていないので即断しないまでも、これに比べてR・デ・ニーロの何が劣っているのか? これが脚本賞だってのなら“0dark30”の何が劣っていたのか説明してくれ! 絶対納得行かない。
“イングロリアス・バスターズ”が恥も外聞もなくユダヤにおもねた作品なら、本作はニガー(黒人に対する蔑称、敢えてこの言葉を使う)におもねた作品である以外 いいようが無い。違うというならきっちり反証をそえて反論いただきたい。いつ、誰からの反論にも受けて立ちます。但し、タランティーノが大好きってな感情論は一切相手にしない。“好き”なのはあんたの勝手ですわ、俺は感情論からいっても大嫌いとだけは言っときます。 久しぶりに二本二敗、さあ、今からゲン直しに飲むぞぉ~!
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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・41『85thアカデミー賞』

2016-09-21 06:44:48 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・41
『85thアカデミー賞』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは悪友の映画評論家・滝川浩一が身内に流しているアカデミー評ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです


 なんともバラバラの受賞で選考の混乱が見て取れる授賞式でした。

 今年はユダヤテーマの作品が無かったので、ユダヤ贔屓をしようがなかったのだが、司会のセスが やたらと「お前はユダヤ人か」とか「ユダヤ人に逆らったらノミネートもされないぜ」とか言っていた。これは民族絡みと言うよりは政治絡み発言のようだ。今年のアカデミー賞は政治的な暗闘が 裏側で相当あったと思われる。
 それは“アルゴ”(作品賞・脚色賞・編集賞)“0dark30”(音響編集賞のみ)“リンカーン”(主演男優賞・美術賞)と言う結果と、作品賞プレゼンターに大統領夫人が起用された事に見て取れる。
 今回「アカデミー賞は俳優の投票に拠って決定される」と数回テロップが流れた。それなら“俳優協会賞”と大差ない結果になるはずながら微妙にノミネートのメンバーが違っている。 アカデミー賞の実質決定者は“ユダヤ系高齢白人”である(大物プロデューサー/配給会社)事に違いはなく、彼らが各派閥のボスとして君臨して差配している。司会のセスは、このピラミッドからは多少距離が有り、かつ「毒舌エンタティナー」でもあるので、今回のような司会が可能だった。しかも、ある程度毒舌を封じ(あれでも)、未来からカーク船長(カークはユダヤ人)が警告にやって来てセスの司会に忠告を与えるという形で中和している。 かなり裏でギリギリまで揉めたが、時間切れ手打ちになった様子が窺える。
 “0 dark 30”は「現実を反映していない」との批判が政治家からかなり出ていた。これの厄介な点は民主・共和双方から別々の視点から唱えられた点(賞賛も双方から出ている)で、これに対処出来なかったため、キャサリン・ビグローは監督賞にノミネートされなかった。“アルゴ”のベン・アフレックは、その煽りを食らって道連れになったのだと思う。但し、作品賞と一体になっている脚色賞・編集賞(アルゴ) 脚本賞・編集賞(0 dark 30)に各々ノミネートされている(w・ゴールドバーグは両作品共に編集している)事でバランスを取った。結果はご存知の通り“アルゴ”の完勝、wノミネートの脚色賞は“アルゴ”での受賞、脚本賞は“ジャンゴ”にとられた(未見なのでコメントしません)

 同じく微妙な政治テーマだが“0 dark30”はまだまだ生臭かったと言う事である。 この経緯からして、アカデミー協会内の「リベラル」vs「保守」の力関係は拮抗(本来「リベラル」が伝統的に強い)していると見て取れる。
 この点以外は監督賞と主演女優賞が全く違う個性のぶつかり合いで、これは混乱ではなく、まさしくデットヒートであったが、その他は順当な受賞と見える。 主演男優賞D・D・ルイス(リンカーン)は未見ながら雷のごとき評価 まるで“GOD”を見るごとき物があった。まぁ“リンカーン”“フライト”“ザ・マスター”未見なので これ以上コメント出来ません。
 助演男優賞 C・バルツも“ジャンゴ”を見るまで態度保留(名優だとは認めます) この人 3年で2回助演にノミネートされ2回とも受賞 しかもどちらもタランティーノの映画! こんな事も有るんですねェ。 監督賞も荒れたと見えるが準主要部門 その他の受賞数からして当然と言えるのではないだろうか。

 撮影賞と視覚効果賞が“ライフ オブ パイ”なのは大納得、ところが視覚製作の「リズム&ヒューズ社(他に ジャンゴ/ハンターゲーム)」は破産していたらしい。授賞式でのスピーチから救済されたようだが、海外の同類との価格競争は今後も不安材料として残る。“レ・ミッズ”の録音賞は撮影後のアフレコではなく同時録音という新技術による。スタジオ内に限らず、ロケシーンもそうだと言うから驚異的技術である。これで外部ロケシーンの長回しに革命が起こる。
  D・D・ルイスの3回の受賞は総て主演男優賞でおそらく今後破られる事はないだろう。破られるとすれば、ルイス自身が4回5回と伸ばして行く可能性だけである。プレゼンターのメリル・ストリープに「あなたのやるリンカーンが見たかった、私は変わりにサッチャーをやるよ」ってなスピーチはさすがってか このクラスにしか言えないジョークであります。
 ショーアップも毎度の事ながら素晴らしく(殊に“レ・ミッズ”キャスト総出の歌は圧巻だった。スカイフォールを歌ったアデル(歌曲賞)が グラミーでは女王然としていたのに、アカデミーでは勝手が違ったのか膝ガクガクだったですねぇ、緊張したんでしょう。 昨年のアメリカ映画は 1100億近くの興行成績(勿論$)でメジャー各社が制作現場に戻ってきている(資金調達がしやすくなった) 今後、お馬鹿作品も増えるが 良質な作品も作り易くなるという事で、いやぁめでたい!…と脳天気にチヤンチャンでござる〓

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・304『僕たちは戦わない』

2016-09-20 06:52:53 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・304
『僕たちは戦わない』
           


 沖縄が独立した……たった二日と十時間で

「どうしよう、バイトがパーだぜ」
 あたしたちは、サークルごと沖縄のホテルで一夏バイトするつもりだった。ギャラは高くないが、シフトを工夫すればバイトをしながら、マリンスポーツがエメラルドグリーンの海で楽しめるはずだった。一馬なんか、その間にスキューバダイビングのB級コーチのライセンスを取るつもりでいた。
 あたしは、少し切羽詰っていて、後期の学費を稼ぐために、アゴ付きのバイトは魅力的で、寝る時間と正規の休憩時間以外休むつもりは無かった。そして別の理由が一つ……。

 だから、バイトの動機としては、サークルのメンバーとは天と地ほどの隔たりがあると思っていた。

「すごいぜ、警察も放送局も独立派が占拠だって。やりたい放題じゃんよ!」
 健介が無邪気に時めいている。

 始まりは、去年民協党が絶対多数で政権を握ったことだ。衆参両院で多数を握っているので、なんでもあり。

 あろうことか、一番最初に決めたのは日米安保の廃止を決めたことである。マスコミや文化人は偉そうな言葉で賛否両論戦わせたが、どれも机上の空論。実効性ゼロのものばかり。
 日米安保は、日米のどちらかが破棄を通告すれば、一年後に自動消滅することになっている。
 中国脅威論が右派の人たちから言われたが、中国は静観……どころか、南西諸島方面には近づかなくなった。
――あくまでも日本の国内問題なので、中国は、ただ静観する――

 文字通り中国は動かなかった。それまで増加傾向にあった中国軍機へのスクランブルも大幅に減った。

 そして、あろうことか、尖閣諸島の領有権を撤回した。

 国内で中国脅威論を唱えていた人たちは立場を失った。
 先月には嘉手納基地が返還され、辺野古の工事は中断された。

 夢のように平和な一年間が過ぎた。

 そして三日前、市民たちによる独立デモが起こり、その規模は本土のシンパも含めて十万人に達した。平穏なデモだったので、油断があった。
 今日、昼過ぎに、デモ隊の一部が武装し、警察、マスコミ、一部移転し始めていた自衛隊を襲った。その規模一万と言われた。

 沖縄は、今日の午前十時をもって、琉球民主共和国になった。
 瞬時に、中国を始めとする二十数か国が沖縄の独立を認めた。
 日本には、国の一部が分離独立することに関しての法的な規定が無い。だから優先されるのは国際法で、独立が宣言され、それを承認する国が現れ、その数が多くなれば、事実上も国際法的にも合法的な独立ということになる。

 中国は、尖閣は琉球領であると言いだし、臨時琉球政府も、そう宣言した。

 ここにきて、お目出度い民協党も気が付いた。
 数年前から、かなりの数のスリーパーが沖縄に送り込まれ、日本人の活動家といっしょになって一斉蜂起し沖縄の独立をやりとげたことを。
 さすがに、民協党は追い込まれたが、いったん握った政権はなかなか手放さない。民協党以前の日本政府が、いかに沖縄を冷遇してきたかをばかり強調し、臨時琉球政府と話し合うべく、政府専用機を飛ばしたが、沖縄の北で領空侵犯ということで撃墜されてしまった。
 乗っていた民協党の副総理は「とにかく話し合いましょう!」と撃墜される寸前まで、衛星放送を通じて呼びかけた。

 この間抜けさかげんに、日本国民の心は民協党から離れ、半月間、毎日五十万という人々が、国会を取り巻き、大昔の安保デモの規模を超え、民協党は政権を放り出した。
 手続き的には衆議院の解散になり、選挙で民協党は大敗。どの党も絶対多数を握ることはできなかったが、挙国一致内閣ができあがり、沖縄県奪還のために自衛隊が出動。ここまで決めるのに、三か月が浪費された。
 その間に中国を中心に、国際琉球防衛軍が守りを固めたので、自衛隊も一回の出撃で沖縄を奪還することはできなかった。人的な損失も二十一世紀の感覚では容認できない数になり始めた。

 政府は半年をかけて自衛隊を増強、自衛隊への志願を募った。

「あたし、自衛隊にいく……」
 あたしの宣言に、サークルのみんなは背を向けた。
「……僕たちは戦わない」
 一馬がぼそりと言った。
「もう一度言ってみなよ……」
「僕たちは……」

 そこまで、聞いたとき、あたしは一馬をはり倒していた。一馬はまるでアナ王女にはり倒されたハンス王子のように無様にひっくり返った。他のみんなは、ただ驚いたようにあたしと一馬を見比べるだけ。

 アナ雪なら、これでハッピーエンド。だけど、あたしの戦いは、ここから始まる。ここから戦うんだ……。

            この物語はフィクションです 

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・40『横道世之介』

2016-09-20 06:07:50 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・40
『横道世之介』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に仲間内に流している映画評ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです


何なんでしょうねぇ~ この~ なんちゅうか「おったおった感」てのか 「有った有った感は……。

 ずっと微笑みながら見ていました。原作から受ける感覚とは違ってましたが…… 映画は原作をほぼトレースしています。世之介の母は 読んでいる時から余貴美子さんで、この人は問題無し……祥子ちゃんの吉高はちょっと違ったけど、彼女の“クルクル回る感じ”はぴったりでした。千春さんはイメージからすると もっとゴージャスなんですけど、伊藤歩も良かったぁ。 大体が、世之介が高良健吾じゃなかったんだけど、スクリーンの中での一年間 世之介は少しずつ、しかし 確実に成長していました。
 
 この物語は、世之介の大学一年生の一年間だけを描き、世之介の友人達が10数年後 ふっと世之介を思い出すエピソードがはさまれる。世之介はある事をきっかけにカメラマンになったらしい。そして ある事故で若くして亡くなる。書いてあるのはこれだけ。
 しかし、読者の胸の中には まだまだ何じゃかんじゃあった大学の後半やら、カメラマンに成ってからの奮闘やら……世之介がどんな人間に成っていったかがイメージとして刻まれている……ところが、映画の世之介が その後どうなったかについてイメージを結べない。思うに本作は監督/沖田修一の「横道世之介」なんだって事なんでしょうねぇ……その意味で、原作未読なら 先に映画を見る事をお薦めいたします。
 解っていただけると思いますが、決して映画をけなしている訳ではありません。むしろ良く出来た青春映画だと思います。ただ、私は原作を“青春小説”とは読まなかったので、ここにイメージのズレが出ているのだと思います。
 映画は映画で良く出来ているのだけれど原作から受けるイメージとはズレているという経験がたまにあります。同じ本に接して、そこに監督は私とは違う物を見たんですね…考えるまでもなく そんなのは当たり前なんですが、本作はそれだけでもないように見えました。
 監督は、役者がセリフを終えても あえて「カット!」と言わなかったそうで、当然カメラは回っていますから役者は芝居を続けざるを得ず、延々アドリブで演じたそうです。編集後 アドリブ部分の多くが残されたとの事。これが この映画に不思議なテイストを添えています。
 作品世界は 私からすれば一世代半後の大学生、まだまだ懐かしく共感も持てるのですが、今現在40代の観客にはまた違った感慨があるんじゃないかと思います。気持ちがホッコリとして 世界を抱きしめたくなる感覚は生きています。
 これを疲れた目で読んでいる人、なんだか面白くなくってくさっている方。見に行って癒やされて下さいませ。〓

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・39『世界に一つのプレイブック』

2016-09-19 05:46:24 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・39
『世界に一つのプレイブック』
 

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ
   

 この映画評は、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです


 こんの映画! 惚れちゃいました きゃ~~!

 原作は同名の小説、未読なので とりあえず脚本をベタベタに誉めます。こんな本を書ける奴は狂ってます。信じらんねぇ!

 監督も役者も……みんな最高だよ クソッタレ! 主人公パットは暴行で捕まり(語るも涙の理由有り) 司法取引で精神病院入り、8ヵ月で退院 母ちゃんが迎えに来ている。同じく患者だったダニーを同乗させてやると これが脱走だった。ダニーを返して 家に帰ると、オヤジは「聞いていない」と一悶着。

 確かに躁鬱のキツい症状ながら、タイミングが悪いってのが拍車をかけている。よくよく見てみるとオヤジは何かにつけて縁起を担ぐが……こりゃあ強迫神経症じゃない? おっ母ぁだって異様にビクついた表情してるし、昔ながらの変わりの無さで迎えてくれた近所の友人ロニーもストレスでノイローゼ気味……正常な奴など一人もいない。  
 あまりにもTPOをわきまえないので まぁ確かにちょっとオカシイんだけど……日本人の感覚からすれば 自分の主張をガンガン押してくる外人は 皆さん同じように思える。私の知り合いのアメリカ人がええ例で、今時珍しい「アメリカの正義」信奉者! 飲み会に来るたび「アメリカの正義」を振り回し 周りの日本人にボコボコにされる(本人曰わく、これが快感らしい……「変態やんけ」と指摘すると、いつもニンマリ笑いよる) まぁ、人の事は言えませんわ、私だって 人様の目からすれば ほんの些細な事で切れる事があるし、何故か 異様に並んで待たされるのが大嫌い。

 人間なんてな 他人の目からすれば どこかオカシイ部分を持っている。個性とか言うんじゃなくって、はっきり“狂気”を内包しているとは確信しています。
 こんなクイズをご存知でしょうか「止まっている時計と 1日1分だけ遅れる時計とでは どちらが正確な時計でしょうか」……答えは「止まっている時計→最低1日2回は正確な時間を指すから」
とはいえ止まった時計より1日1分だけ遅れる時計の方が使い道があるのは当たり前。
 要は使い方(自覚・抑制って事ってす)な訳です。
 なんでこんな事を持ち出すかってぇと、ロニーのカミサンの妹 ティファニーってのが登場します、彼女も夫を事故で亡くしてから少々ネジがブッ飛んでいる(元々エキセントリックな性格らしい) 躁鬱のパットと情緒不安定のティファニーの掛け合いがメチャ可笑しい。 双方勝手に自分の意見を主張しあうが、大きく食い違っている話が回転する間に“カチッと嵌る”時がある、それがまた絶妙のタイミングで嵌るから見ていてたまらん可笑しさを出している。この空気は 段々周囲に影響しだし、言うなれば バラバラな軌道で回っている惑星が あるタイミングで直列に並ぶような現象が起こる。思わず大笑いして……ハッと気付くと映画館中が笑っていたので一安心(時々一人だけ高笑いになるもんで)
 人間が正常である事ってのはどういう事なのかについては映画のラストが見事に語っているので言わぬが華、ご自分で確認して下さいませ。
 さて、キャストに触れておくとして、まずブラッドリー・クーパー(パット)とジェニファー・ローレンス(ティファニー)はベストカップル。監督は1シーンに数台のカメラを配して 表情を撮り落とさないようにしたらしいが感情(表情)の緩急が二人共見事に出ている。ロバート・デ・ニーロ(パパ)について、今更何も言う事はないが、今回 中肉中背の老人、その肉体コントロールには絶句する。とにかくトコトン超絶リアルとだけ申し上げておきます。ジャッキー・ウィーバー(ママ)の 周囲の状況でクルクル変わる表情も見事です。アカデミーの主演・助演4賞総てにノミネートされているのも大納得。 他ではダニー役の ちょっと太目のクリス・タッカーやクリフ医師アヌバム・カーなんてな人達も捨て難い。
 さぁ、ここで大問題!! アカデミーの発表が25日に迫っているのに、もう一方の雄“リンカーン”を見られないのが悩みの種、全く違うテーマの作品故、「0dark30」、「レ・ミッズ」と並べてどう判断するべきか 全く解らない。 これで 3月半ばには今年のアカデミーの総評を出せってんですから……無茶言わんとってくれってんです。
 ところで、パットが「武器よさらば」を読んでいて 「ヘミングウェイってのはとんでもない馬鹿作家だ!」と怒り心頭、ここも大笑い……タイミングもあるんですが、私もかつて全く同じように怒りましたもんでね……ん? て事は……やっぱり私もオカシイの?…〓

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高校ライトノベル・『魔法科高校の優等生・4』

2016-09-18 06:08:43 | ノベル
高校ライトノベル
『魔法科高校の優等生・4』
        


 ライターを探して、いらついているマスターのタバコに火を点けてやった。

「おおきに、麗奈ちゃん……」
 そう言ってマスターは新聞を広げた。

 今の火が麗奈の指先から出ても、このマスターは何も言わない。

 あの魔法学校……もう「あの」としか言えない。歴史から完全に抹殺された学校。
 あれから三年たった。わずかに残った学校関係者は社会的に抹殺された。関係者と分かれば仕事がない。従って食べていくことができない。下手に細かい魔法を使って食料を得ようとしても、政府は全国ネットで調べ、十数分後には対魔ジャケットを着た警官に抹殺される。

 麗奈は元々政府の調査員として魔法学校に潜入していたが、政府の露骨な学校潰しに反発。学校側について戦い、公には戦死したことにされ、地下に潜伏していた。で、いろいろあった末に、この『志忠屋』という店でパートで働いている。マスターは麗奈が魔女であることにこだわりはない。
『志忠屋』は二時半から五時半までアイドルタイムと言って店を閉じる。
 本来は、ディナータイムのための準備の時間なのだが、麗奈が来てからは、魔法で五分ほどで片づける。でもって店では重宝がられている。ま、それでギャラが倍になることはないが、地上で、こんなに気楽な場所はないと、麗奈は当分世話になるつもりであった。

 マスターは、このアイドルタイムに新聞を読んだり、副業の映画評論の原稿を書いたり、居眠りしてイビキをかいたりと、忙しい。

「ご準備中に申し訳ありません……」
「はい、どちらさんで?」
 マスターが半分ほどになったタバコをもみ消した。
「あの、映画評論家の滝川浩一さまでいらっしゃいますよね……」
「うい、さいですが」
「わたし、映画公論の佐瀬部と申します」
 いかにも、業界人らしいジャケットから名刺を出した。
「映画のことでっか?」
「ええ『融点の地球』という映画について、お話を伺えればと思いまして」
「ああ、あの映画ね……」

 麗奈は、男をうさんくさく思ったが、マスターの客なので、魔力隠しを兼ねてタバコをくゆらせた。もちろんライターで火を点けている(カウンターの中に器用に手を突っこんであたりをつけて取りだしたライター……はガス切れになっていたので、近くのコンビニまで行った)

「あのストーリーはよくできていましたね。温暖化で海面が上昇。北極の氷が溶けて、船が転覆する所なんか圧巻でした」
 ライターを買いに行く前は、こんな話題だった。帰ってみると……。
「ガハハ。そんなこと信じて、あれ見てたん?」
「ええ、もちろん。だからCO2の排出権売買の証券をさっそく買いましたよ」
「なんぼほど?」
「安月給なんで百万ちょっとですけど」
「ほんで?」
「こうやって、映画のお話をさせていただいたのも、何かのご縁。滝川さんも一口いかがですか?」
「あの映画の本質は、地球温暖化のプロパガンダ。エンドロール見た? 証券やら保険の会社がズラッと並んどる」
「地球の温暖化を信じないんですか?」
「なにを根拠に?」
「だって、北極の氷は溶けてますよ」
「あれは、端の方から溶けていくもんなん」
「でも、パンフにも載っていましたけど、北極の氷は確実に小さくなっていますよ」
「それはね、何度で氷と感知するか、人工衛星いじったら、なんぼでも変えられる」
「でも、ラムダジオグラフィックの資料ですよ!?」
「あそこの株の半分はC国が持っとる。昔のあの会社とはちゃう」

 麗奈が、思わず言った。

「その話し、ショバ変えて、あたしが聞くよ」
 そうやって男を連れ出すと大通りまで出た。
「あんた、魔法学校の生き残りだろ。魔法の臭いがする」
「僕は……あんた?」
「魔法よりシケたサギなんかやるんじゃないよ。なんだったら、直ぐ後ろの交番に入ってもいいのよ」
「麗奈さん……だったよね。だれもがあんたみたいには生きられないよ」
「最後の誇りは捨てるんじゃないよ。ま、困ったときは……」
「訪ねてきていいですか?」
「ばか、自分で道を開くんだよ。いいね」
 男はすごすごと、地下鉄の入り口に消えていった。

「ごめん、マスター。類が類を呼んじゃったみたい」
「せっかく遊んでたのに。あいつあれからスマホに電話かかってきて、先客がきまりそうや言うて、オレに迫る用意しとってんで。そこから話はおもろなんのに!」

 下手な魔法使いの上をいくオッサンである。麗奈は、ますます居心地が良くなった。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・38『脳男』

2016-09-18 05:43:40 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評
『脳男』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が身内に流している映画評ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです。


 微妙~にバランスを保ってました。

 ストーリーのリアリズム、オーバー過ぎない狂気の表現、世界の正常さを担保する医師と刑事……と コマは揃っている。
 まず、松雪泰子……下手とは言わない、これは100%彼女の責任じゃないかもしれないが、毎度お馴染みの泰子さん。似たような役がこの所続いている。このまま行くと、ほんまにこれしか出来なくなりまっせ。
 江口っちゃん…なかなか好演ながら、久し振りの癖が出ている。なにも江口に限らないが、こういう役が回ってくると殆どみんな松田優作に成ってしまう。しかし、どうしても優作を超えられない。その優作からして原田芳雄にあがれて、越えようとして足掻いて足掻いて、一時勘違いの泥沼に落ちて、這い上がって またもがいて…結局超えられなかった。原田芳雄恐るべしであります。
 生田斗真は褒められてしかるべし、異常者の演技ってのは半分以上メイクで作れるが、後半の正常者として覚醒したのか 元々スイッチの切り替えが出来るのか…この微妙さを上手く表現、しかもあまりメイクには頼っていない。
 この意味で染谷将太の演技も怖い。染谷と「ヒミズ」以来のコンビ、二階堂ふみは堂々たる狂気の人。
 テレビ特番ではない、確かに映画として成立しているのだが、だから安心して見ていたのだが……ここまで積み上げておきながら、本の失敗なのか監督の不手際なのか、なんたることをサンタルチ~ア。 生田斗真のキャラクターは感情と痛覚を持たない。だからといって、人間 スーパーマンに成れる訳じゃない。許容量以上のショックを受ければ身体は動かない。例えゾンビであろうが足が折れたら立ち上がれない。キャラ設定として超えちゃいけない一線って奴があるのだが……越えちゃいましたねぇ~軽々しく 嗚呼。せっかくのラストシークェンスの入り口で、この後江口最大の見せ場が……染谷の重要シーンも控えているのに、なにより生田の正念場が…なんもかんもぶち壊し! なんて勿体無い。
 せっかく積み上げてきたのに、たった一つの嘘で全てオジャンであります。アクションの作り方一カ所でカバー出来るのに……誰も気付かなかったんでしょうか。
 さて、この私がこだわっているミスがおわかりいただける否か……これは、見ていただくしかない…あれ?

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高校ライトノベル・『魔法科高校の優等生・3』

2016-09-17 07:56:30 | ノベル
高校ライトノベル
『魔法科高校の優等生・3』
     


 西の空には、夕陽の束を遮るように、魔法国防軍が学校を目指して飛んでくるところだった……。

「国防軍は、学校ごと最優等生を始末しにきたんだ!?」

 麗奈は、正確に悪魔政府の意思を感じた。
 自分たちの掌握できない、その力のほども正体も分からない者の存在を危険と感じ、調査から抹殺の方向に舵を切ったのだ。

――調査員麗奈、ただちに現場から離脱せよ。攻撃を開始する――

 国防軍から、暗号化された思念が送られてきた。

 麗奈は激怒した。

 自分たちの都合と思いつきで、悪魔教育を歪め、その結果正体さえ掴めない最優等生をつくりだした。それを発見も出来ず、制御の見通しもつかないと最悪の事態を考えた政府は、学校もろともに、全てを無かったことにしようとしたのである。

 学校のディフェンダーたちはよくがんばった。自らにヘイストをかけ攻撃速度を速くし、互いにシェルをかけ、保健委員の主だった者は、ヒーラーにまわりディフェンダー達のHPの補充に回った。
 さすがに、特別養成校に指定されただけのことはあり、国防軍の突撃兵器であるギガントまで無力化した。

「矛を収めて下さい。我々は攻撃が目的ではないのです。強制調査にやってきただけなのです。危害は加えません。ひとまず学校の敷地に入れてください」
 司令官が、公式思念で、学校関係者全体に訴えかけた。

「ここは、ひとまず話し合ってみましょうか?」

 日和った教頭が校長の意思をぐらつかせた。
「わかった、シェルとプロテス、ヘイストを解きなさい」
 シェルとプロテスは外からの攻撃には強いが、校内からの解除魔法には弱かった。
「だめです、校長……」
 センターディフェンダーのジェフが言い切る前に、三つの魔法は解除され、国防軍がなだれ込んだ。
 迎えに出た校長以下の管理職はクリスタルにされ、身柄を確保された。
「ユニオン(組合)のヤツラから始末しろ!」
 司令官が命ずると、隊員たちは、数を頼んで魔法を無効にし、ゼンキョーユニオンの教職員たちにデスをかけていった。デスをかけられると、HPがどんどん減っていき、数十秒から数分後には存在共々、命を奪われる。もともとユニオンの教職員は管理職によって勤務成績が下げられてMPもHPも低いので、二三分で抹殺されてしまった。残りの多少骨のある教職員は生徒と共に戦ったが、HP10000の隊員数十人に取り囲まれては、ヒーラーのHP回復も間に合わない。ヒーラーはディフェンス能力が低いので、初期の攻撃で抹殺されてしまい、もう間に合うほどの数が残っていなかった。

 降伏は許されなかった。教師も生徒もカーズをかけられ、能力回復が出来なくなったところを見計らって、デスをかけられ、戦闘開始後三十分立って残っているのは、美人優等生のハーアイオニーと麗奈だけになってしまった。
 ハーアイオニーは召喚魔法を使い、召喚獣で、かなりの国防軍を撃破したが、もう、召喚能力全てを使い果たした。最後の力を振り絞ってデシェルをかけ、国防軍のディフェンス能力を落とした後、彼女の属性魔法で最強のファイガをかけ、国防軍の半数の戦闘力を奪ったが、そこまでだった。
 魔力を全て失った、ハーアイオニーは普通の少女になってしまったが、国防軍は容赦しなかった。

「ただの人間にもどったのなら……いや、それさえ哀れみを乞う擬態かもしれん。一気に片づけろ!」
 司令官の命令と共に、パルスレーザー銃が撃ちまくられ、ハーアイオニーは四肢をばらばらにされ、血や内臓をまき散らし、それさえ数秒後には灰にされてしまった。
 皮肉なことに、そのことによって、彼女がポッターのように、みんなの共同幻想ではなく、実在であったことが証明された。

 気づくと、麗奈は裏山の向こう側に居た。
「これって……ハーアイオニーが、死ぬ寸前に、わたしにかけたテレポ……」
 麗奈は、そのとき始めて気づいた。自分のHPとMPが、ほとんど∞(無限大)になっていることを……!
 デビル魔法学校の最優等生は……自分自身だった。

 いや、ちがう。

 だれかが、最優等生になり、そのちからの桁外れの大きさに自分自身を危険と思い、その力を、全校生徒に分けて、自分は物理的に姿を消滅させた。その正体不明の優等生が、その力だけ麗奈に預けたのだ。
 むろん麗奈に、こんな力をコントロールすることはできない。力の大きさのために発狂するだろう。

 ロックされていることに気づいた。麗奈が、この力を使いこなせる時まで。

 その日を境に麗奈の姿はきえた。公式には戦死ということにされている。

 麗奈の復活には数十年の歳月がいるかもしれない。あるいは永遠に……。


 魔法科高校の優等生   第一部 完

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・37『ムーンライズキングダム』

2016-09-17 06:35:53 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評
『ムーンライズキングダム』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が、個人的に流している映画評ですが、もったいないので本人の了解を得て転載したものです。


 いつ頃から無くなったんでしょうね。
 
 私の場合は“フレンズ”でした。次の世代が“小さな恋のメロディー”“ラ・ボエーム”と続いて行く。
「僕たち 愛し合ってます。だから、一緒にいます」悲劇もあれば ハッピーエンドもあった。リアリティなんぞ知った事か、子供だからどうした、大人の理屈なんか知らないよ~。
 ウェス・アンダーソンって監督は不思議な人です。12歳のカップルの愛の逃避行(?????) バックの風景は夢を切り取って貼り付けたみたい……なのに、皮一枚 現実に繋がっている。
 本来、アニメでやらなければ陳腐に堕するストーリー、これを しっかり実写でありながらリアルな現実に収めているのはカップルの周りの大人達……B・ウィルス、E・ノートン、F・マクドーマンド~~~彼らが刹那に見せる人生の哀感がファンタジーとリアルに橋渡ししている。 画面(エヅラ)がまるでノーマン・ロックウェルのイラストさながらなのも 本作のムードに一役かっている。
 もう一つは“大人は判ってくれない”に繋がる世界観……勿論 トリュフォーとは別次元なタッチではる。ファンタジーの魔術を借りながら、大人に一歩手前の子供の心情をそのまま汲み上げる。自分もいつか夢見てわすれている物語。 ポールとミシェルの物語に こんな落ちが付いていたら……感傷に過ぎる?
 見終わって、そこにたどり着きさえすれば願いが叶う“月のぼる王国”が あなたにも見えるかもしれないですぞ。オススメ!
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高校ライトノベル・『魔法科高校の優等生・2』

2016-09-16 06:26:05 | ノベル
ライトノベルセレクト№87
『魔法科高校の優等生・2』
       


 麗奈は、がっくり疲れて、魔法の杖を降ろした。これで三人目だ……。

 今の今まで憂い顔の最優等生だった魔岡レオは、タヌキに戻って、学校の裏山に逃げていった。
 ヘブンティーンのスタッフも、呼びに来た先生も、なんのために、こんなところにいるのか分からなくなって戻って行ってしまった。

「ねえ、魔岡レオって、あたしの兄貴のことなんだけどさ」
 麗奈は、最後の望みを託して、優等生美少女のハーアイオニーに聞いてみた。
「魔岡、レオ……だれ、それ?」

 ハーアイオニーの記憶にも残っていないようなら、確実なガセである。

 実は、このデビル魔法科学校の最優等生である生徒がだれであるか、分からなくなってしまったのである。

 さっき、タヌキのレオが悩んでいたように、教職員や生徒の中で、魔法とは何なんだろうかという懐疑論が昔からくすぶっていた。バカをカボチャに出来ても、バカを賢い人間にすることはできない。落ちてくる爆弾を回避はできても、それは別の場所に爆弾をよけるだけで、爆弾そのものを消してしまうことはできない。
 魔法とは、その場しのぎの技術に過ぎず、魔法の無力さは魔法使いや魔女が、気づき始めていた。中には、さっさと、ほとんどの魔法を見限って宅配便の会社を作って大当たりした女の子もいた。

 魔法文部科学省も危機を感じ、官僚らしく特色有る魔法課高校づくりや、学区制の廃止、魔法課教師の教員免許の更新制度をつくってみたりしたが、ほとんど成果はあがらなかった。 

 そこで、教委や学校は、既存のカリキュラムの徹底した反復学習や世界中の魔法と名のつくものは、中国の妖術から、アメリカはオズの魔法、日本の忍法に到まで取り入れた。
 いわば魔法のてんこ盛りで、そこになんの体系性も無かった。
 当然落伍者が一杯出た。しかしベースブリッジ魔法相は、その試行錯誤と競争の原理の中から、真の魔法使いが育つと、強行し、大量の落伍者を出しながらも、一握りの優秀な魔法使いのタマゴを生み出した。
 このデーモン魔法科高校にも、素晴らしい才能の持ち主が発見された。

 しかし、それが誰なのかが分からなくなってしまった。

 訓練の中には、人の心に入ったり、人に化けたりという魔法も含まれている。それをくり返しているうちに、分からなくなってしまったのである。
 学校関係者の記憶からも記録からも消えてしまった。

 いや、存在しているのだろうが、その存在が分からなくなってしまった。

 学校は、その事実をひた隠しにしてきたが、魔法相の知るところとなり、その調査のために送られてきたのが麗奈だった。麗奈は実際レオ(麗悪)の妹だったが、その強い透視能力をかわれて、特別調査員に任命され、その正体は学長にも知られていなかった。今まで五人の優等生にあたってみたが、みんな違った。
 三人目のパリー・ホッタは惜しかったが、みんなが、居て欲しいと願う気持ちが具現化したものであった。

「お願い……」

 ほとんど確信を持ち、個人的にも好意を寄せて、キスをせがんだところでポッターは消えてしまった。
 麗奈は三日間泣き明かした。自分の最愛の彼を失っただけでなく、学校の希望も失ってしまったのだ。ただ、幸いなことに、ガセと分かったものには、忘却の魔法がかけられており、正体が分かるとともに、記録も記憶も、無くなってしまうことであった。

 でも、麗奈の心には残っている。ポッターの時ほどではないとしても、自分の実の兄がガセで、裏山のタヌキであるショックは、けして小さなものではない。

 麗奈は、百ほどもため息をつき、自分の寄宿舎であるブリフィンドールに帰ろうと、ホウキに跨ったときである。

「今日の夕陽は弱いなあ……あっ!?」

 西の空には、夕陽の束を遮るように、魔法国防軍が学校を目指して飛んでくるところだった……。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・36『ベルセルク完結/アウトロー』

2016-09-16 05:57:39 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・36
『ベルセルク完結/アウトロー』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家の滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので、本人の了解を得転載したものです。


『ベルセルク黄金時代篇Ⅲ 降臨』

 とうとうこの日が来ちまいましたねぇ。

 本作は三浦健太郎原作、隔週刊アニマル掲載漫画のアニメです。
  内容は、中世ヨーロッパをイメージしている世界で“剣と呪い”の物語を紡いだもの。原作の時系列は後先になっているが、本作はこの物語の起点にあたる。
 大剣の傭兵ガッツと鷹の団を率いるグリフィスは運命の出会いを果たし、戦場を駆け抜ける。やがてガッツは鷹の団と別れ我が道を行くが、ガッツを失ったグリフィスはその心の空白を埋めようとしてミッドランドの姫に手を出し、反逆者として捕らえられる。
 団も国王から的にかけられ、1年余り 逃亡しながらグリフィスの消息を追っていた。  
 ある日、グリフィスの捕らわれ先が解り、ガッツも戻ってグリフィスを救出するが……彼は拷問の末、廃人と化していた。
 全てをあきらめ、死を選ぼうとするグリフィスの手に、無くした筈のベヘリットが戻り、呪われた“蝕”が口を開ける。
 4柱の黒き死の天使が降臨し、グリフィスの嘗ての望みをリフレインさせ“傷ついてなお、望み潰えぬなら…捧げよ”と囁く…グリフィスを案じて追って来た ガッツ以下鷹の団の全てを見ながら、グリフィスは呟いてしまう“捧げる…”と。
 地獄絵図が始まり、隊員達は皆 使徒共の餌食となり、ガッツの子を孕んでいたキャスカはガッツの目の前で グリフィスから再生した第5の黒き天使フェムトに陵辱される。
 絶対絶命の地獄に髑髏の騎士が現れ二人は救われるのだが………。

 といったストーリー。 原作は 現在37巻、以前は年間2冊出ていたのだが、去年は1冊だけ。アシスタントを使わず1人製作のうえ、この映画に関わっているので本編が全く進まない。原作では新たな展開にさしかかっているので ファンとしてはイライラしながら待っている。

 さて、映画の内容だが、本ストーリーは以前(10数年前)深夜枠テレビアニメとして放送されている。前2作が90分、本作が2時間だから 総5時間になるが 駆け足の感は否めない。殊に本作はブッ飛ばしている。作画は丁寧で迫力があるが、ファン・マニア以外は ディスクが3枚揃ってからまとめてレンタルすれば良いだろう。
 どうやら 続編は決定しているようである。大部サーガのどの部分が作られるのかは判らないが、そちらの方が楽しみ! 1日も早い公開が待たれるが、その前に 原作の継続も頼みます。ホンマにホンマに頼みます!!
 風邪気味なので薬を飲んで 見ている。もう、眠いのなんの、もう一本 寝ないで見られるかなぁ? ……と思っていたら やっぱり40%方気を失っとったです。粗方は解ったけど、これで書くわけにいかず。さりとて明日復活の保証もなし……仕方ないんでもう一回見て 今帰宅、ほぼ10時ですわ〓〓〓

『アウトロー』

 本作は“ジャック・リーチャー”という原題で、原作はすでに17巻刊行されており、リー・チャイルドというイギリス人の手になるミステリー……。
 なるほど、それで謎解きのセオリーがホームズ風なんだ。派手なカーアクションや格闘シーンばかりをCMで流しているから、そういう作品かいと思ってしまうが あにはからんやさにあらず、本格推理物映画である。
 こいつは配給元の常套手段“騙し、誤魔化し、詐欺”の類である。しかし、とはいえ全く無い訳でもない、しかも本物である事を追求している。格闘、銃扱い、カースタント総て実際のテクニック その点 嘘偽りは無い。ただ、それがどれだけ訴求力を持ったかってぇと少々お寒い、笑いも盛り込まれてはいるがイギリス風ギャグ、エスプリは効いているが 爆笑には今一歩。 おそらく、アメリカでのCMも同じように組まれたのだろう、失望の口コミが広がり3週間で6位から一気に圏外転落、興行収入も6000万$と振るわない。この程度だと続編は辛いところ。良く出来てはいるが なんか食い足りない、最近のトム・クルーズ作品の典型みたいなもの。 手放しで薦めはしませんが、レアなファンはつきそうですなぁ

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高校ライトノベル・『魔法科高校の優等生・1』

2016-09-15 07:05:22 | ノベル
高校ライトノベル
『魔法科高校の優等生・1』
       

 放課後、中庭の木漏れ日の下を、隠せぬ憂い顔で魔岡レオが歩いている……。
 

 他の生徒や先生たちでさえ、このデビル魔法科高校の最優等生である魔岡レオの思索を邪魔することはできなかった。

 ふと藤棚の下のハーアイオニーと目があった。ハーアイオニーは、このデビル魔法科高校の優等生であると共に、最高の美少女と言われている。そのハーアイオニーにはレオの苦しみが分かっているつもりだった。

――そう、魔法を極めると、誰でも悩むのよ。誰のために、何のために魔法を学んでいるのかと――

 でも、そのハーアイオニーでさえ、レオに寄り添い、悩みを共にすることは憚られた。それほどに、最優等生のレオの悩みは深かった。

 ぼく達は、いったい何のために魔法を学んでいるんだろう? 
 こないだ、バカな人間をドテカボチャに変える魔法を習った。ためしに、この学校がある街の半グレ共を全員かぼちゃにしてやった。その手際の良さを、生徒達は驚嘆し、先生達は賞賛してくれた。市長からは感謝状さえもらった。
 でも、それが何になるんだろう。バカの数だけカボチャを増やしただけだ。

 その前は、街に落ちてくる爆弾を除ける魔法だった。アラブのある街で実習をやった。レオの魔法は完ぺきだった。その街には一発の爆弾も落ちなかった。
 でも、落ちなかった爆弾は、みんな他の街に落ちて犠牲者を出してしまった。先生達は「大したできだ! ハウル以来の天才だ!」と誉めてくれた。
 日本政府からは、専属の魔法使いになってくれないかと、非公式に依頼があった。自分の国さえ良ければいいという、日本人らしい考え方だった。
「あなたたちは、すでに日本国憲法という魔法を持っているじゃありませんか」ぼくは、そうシニカルに答えておいた。

 レオは、違うと思った。魔法とは、そんなマヤカシモノではなくて、もっと根本的に解決できる手段でなければならないと、一人孤独に悩んだ。
 この学校が、魔法そのものが、ひょっとしたら根本的に間違っているのかも知れないと悲観的にさえなった。

 で、その憂い顔が、とてもクールでイカシテいると評判になり、学校で一番の美少女ハーアイオニーさえ、振り向くようになってきた。

「レオ、ヘブンティーンが写真と、インタビューに来てるぞ」

 広報部の、インガソル先生が職員室の窓から呼んでいる。レオは、いまや、単なる優等生ではなく、この学校、この街のシンボル、いや、広告塔と言ってもいい存在だった。
 そして、そんな他愛ないマスコミの取材や撮影に、魔法では味わえない、自己解放の喜びを感じていた。

「分かりました、いま行きます」

 レオは、まるで歯磨きのCMのように白い歯をこぼれさせながら手を振った。女生徒達が、ネコジャラシを見るような目で見ている。

 その魔法科高校の最優等生であるレオの姿が、手を振ったまま姿が薄くなり、消えてしまった……。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・35『ストロベリーナイト/つやのよる』

2016-09-15 06:38:51 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・35
『ストロベリーナイト/つやのよる』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家 滝川浩一が個人的に仲間内に流している映画評ですが、もったいないので本人の了解を得て転載したものです。


☆ストロベリーナイト

 テレビシリーズの映画化は、前作を見とかんとツライでっせと……まぁ、言わずもがなな事をいつも書く訳ですが。本作は大丈夫だっせ。
 いやいや、細かい設定や人間関係の機微はテレビシリーズか原作シリーズを知らないと判らんのですが。一番重要な「姫川玲子」の心の闇は 全シリーズを見ていても解らないんで、結局一緒なんです。
 誉田哲也の原作シリーズは今の所 6冊…まだ 続いて行くみたいです。原作には書かれているのかもしれませんが、“姫川玲子”は高校生の時にレイプされてそれがトラウマになっている捜査一課の敏腕刑事という設定。しかし、彼女の抱えている心の闇は本当にそれだけなのか?ってのがテレビシリーズからずっと続いている疑問で、本作にも解答はありません。
 映画の構造は、これまでのシリーズに必要以上に寄りかからず、一本の独立したストーリーに成っていて、これは原作の優れた所なのか 監督(「キサラギ」の佐藤祐市ですけぇ)の手柄なのかは判りませんが、わかりやすい構造になっています。まぁ、結子ちゃんが巧いから……ダハハハハ、西島君他姫川班のチームワークも良いし、他の皆さんもキャラがたっとります。
 今作では大沢たかおが儲け役、可哀想なのは菊田君(西島)、 シリーズ最終回で玲子ちゃんとええ雰囲気やったのに 大沢たかおに引導渡されちまいました。なんぼなんでも涙無くして(特に男は…)見られないシーンがございます。 まぁ、大見得切った大沢君でもあかんのは見えとりますがね、玲子の抱えている“闇”の全貌がみえないと 近づく男はみんな抹殺です。いますよねぇ こんな女性 コエェヨ~。
 ストーリーは細部に渡って穴のないように組み上がっています。そういう意味でも あまりストレスはありません。オススメであると申し上げます。ただ、全編 雨が降りっぱなし“インビジブル・レイン”が原作タイトルなので その“インビジブル”をどう解釈するかで雨の意味が変わるんですが……ですがぁ……何ちいますか~ ただ、淡々と降ってるだけなんだよなぁ。
 アタシャ勝手に D・フィンチャーの“7”の雨を意識してるんだと決め込んでたんどすが…う~ん、違うんかなぁ。“7”の雨は「悪意」「毒」「隠れ蓑」……ってな意味合い、本作の雨からは何も感じない。さて、誰の責任? 竹内結子の責任でない事だけは確かですが…テレビで「アフター・インウ゛ィジブルレイン」ってのをやっとりましたが、原作はどない続いていくんでしょうねぇ。読んでいる人の感想によると 姫川玲子は全く竹内結子のイメージじゃないそうで…それじゃ意味ねぇじゃんってんで 今んとこ読む気無しであります。アハハ……。

☆つやのよる

 なんか、日本の映画のストーリーじゃねぇなぁって感じです。
 しかし、邦画でしか有り得ない雰囲気でもある。設定はフランス映画なんかによくある形なんですが、ひとつひとつのエピソードが どうしょうもなく日本的なんです。
 伊豆大島に病気で死にかけている「艶」という女がいる。なかなか女の顔が出て来ないのだが、性的に奔放な女であったらしく、死の直前まで男を追いかけまわしていたらしい……さて、彼女には夫(阿部寛)がいる。彼は この女に散々振り回され 人生をグチャグチャにされた筈なのに 何故か献身的に看護している(相当歪んではおりますが)、彼は これまでに妻が関係した男達に「艶はもうすぐ死ぬ」と連絡する。さて、連絡を受けた男達はどうするのか、そして 現在 その男共の横にいる女達にも余波が及んでいく……ってなお話。
 ザックリ 切り捨てるなら、出来の悪い短編私小説を一人の女を中心に据えて振り回した物語。なんで私小説大嫌いオヤジの私がこんな映画を見んといかんかったのか……編集部Y美! ええ加減にせえ!
 まぁ、J・ロバーツの「飲んで食って恋して」??覚えてない、あの中年女の ええ年しての自分探し物語ほどには頭には来んかったですけどね。阿部寛の劇的に痩せてやつれた姿と、とうとう妻が死んで その通夜……棺桶の妻に向かって「ざまぁみろ!○×△□◇#&@☆!!」と叫ぶ姿に感銘受けちまいました。  
 登場人物達が それぞれ状況に差はあるものの基本的に泥まみれに成っている中、この夫だけが なんだか小さな幸せを掴めそうな結末には笑っちまいました。
 まぁ、一番の失敗は私に無理やりこの映画を見させた編集部方針にある…とだけは申しておきます。こんなん好きな方もおらしゃりますでっしゃろから 全否定はいたしませんが…アタシャもうお断りでありま。聞いとるか? Y美ちゃん

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高校ライトノベル・ショートファンタジーⅤ『フライングゲット』

2016-09-14 06:58:49 | ノベル2
ショートファンタジーⅤ
 『フライングゲット』  
    

 横丁をまがったところで、足が止まってしまった。

――お母さんになんて言おう……。

 言葉は、いろいろ電車の中で考えた。三つほど考えた中でコレってやつも決めた。
 でも、横丁をまがって、我が家が見えたところで、そんなものはふっとんでしまった。

――今度は、少し長かったもんな……よし、やっぱ、持つべきモノは友だち。由美に間に入ってもらおう。

 そう決心して、携帯を出したところで声をかけられた。

「遅いじゃないのよ、里奈」
「……お母さん」

「うちは母子家庭みたいなもんなんだからさ、母子で協力しなくっちゃ。ほら、これ持って」
 お母さんは、お気楽に白菜なんかが入った重いレジ袋を、ドサっと投げるように渡した。
「た……ただいま」
 やっと出た一言は、あまりにも日常的だった。お母さんも拍子抜けがするほど日常的にわたしの前を、さっさと歩いていく。

 ペスが一瞬「あれ?」って顔をした。
 でも、すぐに尻尾がちぎれそうなくらいに振り、わたしに飛びつき、顔をペロペロ舐める。
「だめよね、安売りだと思って白菜丸ごと買ってしまった。しばらく白菜続くけど、レシピ工夫するから。えーと、冷蔵庫の中は……」
「お母さん……」
「え、なに。お土産でも買ってきてくれたの?」
「ううん、そうじゃなくって……」
「なんだ、お土産じゃないんだ……ちょっと外に出たんなら、少しくらい気を遣いなさいよ……とりあえず今夜はキムチ鍋にでもしとくか」
 お気楽そうだが、やっぱり皮肉がこもっている……今度は、ちょっと長かったもんな……よし、直球でいこう。
「お母さん、ゴメン! ゴメンナサイ! 申し訳ありませんでした!」
「なによ、あらたまっちゃって」
 なんという平静さ……相当怒ってる。あとの揺り返しが怖い。先手を取ろう、先手を。
「修学旅行に行くって言って、そのまま家出しちゃって。反省してます。この通り!」
「……なによ、変なこと言って」
「やっぱさ、こういうことはきちんとケジメつけてからでなきゃって。そう思って」
「トンチンカンなこと言わないでよ。それより、わたし今から自治会の会合だから、お鍋の用意しといてね。ペスにもゴハンあげといてね、キャンキャンうるさいから。あ、マフラーとってくれる。集会所、節電で暖房きかないのよね」
「あ、うん……えと、マフラー……無いよ」
「クロ-ゼットじゃないわよ。リビングのフック。クロ-ゼットいっぱいだって、先週里奈が替えたんじゃないよ」
「え……あ、あった、あった。これ、オマケのカイロ」
「ありがとう、じゃ、あとよろしく」
 そう言うと、お母さんは出かけていった。
 わたしは、つんのめった気持ちのまま、窓から見えるお母さんの後ろ姿を見送った。

 わたしは、四年前、修学旅行を利用して家出をした。

 理由はいろいろだけど、直接の原因はクラブのコンクール。
 わたしは絶滅危惧種の演劇部だった。二年になって先輩が卒業して、部員は三人に減ってしまった。三人で演れる芝居って、そうそうは無い。
 演目に困っていたら、F先輩が「すみれの花さくころ」という本を紹介してくれた。
 この芝居、道具がいらないし、照明も大きな変化はない。つまり、その気になれば役者三人で演れないこともない。わたしたちは軽音からあぶれた指原という子に声をかけ、アコステとボ-カルの一部も手伝ってもらって、四人の歌芝居にした。
 意外に出来も評判もよく、地区大会で二十年ぶりの最優秀。地区代表の先生も我が事のように喜んでくださった。なんたって中央大会で優勝すれば、地区はシード地区になり、明くる年は代表を二校出せる。

 これはイケルと思って中央大会で唯一の既成作品として出場。観客の反応も上々で大ラスでは、満場の大拍手になった。
「これは、地方大会出場間違いなし!」
 だれもが、そう思った。しかし、結果は選外だった。
 講評で、審査員に言われた言葉……。
「作品に血が通っていない。行動原理、思考回路が高校生のそれとは思えない。世界が主役二人のためにしか存在しないような窮屈さ」
 そう、切って捨てられた。
 その時は、ただ呆然として何も言えなかった。家に帰ってから怒りがたぎりはじめた。
 その審査員は、ネットで審査の内容をブログに書いていた。わたしは署名入りでトラックバックして質問し、二度ほどメールの遣り取りをした。
 後日、クリスマスの頃に合評会があった。そこでもらったレジメを見て、わたしの怒りは沸点に達した。
 その審査員は、審査の講評内容をガラリと替えていた。ばかりか、こんなことまで書いていた。

「帰りの電車の中で、Y高(わたしたちの学校)にも、なんらかの賞をやるべきだったと、感じた」

 クラっと目眩がして、気がついたら、わたしは手を上げて全て喋りまくった。
「審査をやり直してください!」
 わたしは、そこまで言ってしまったようだ。

それから、クラブのサイトには、わたしと、わたしのクラブを非難する書き込みで炎上してしまった。どこで調べたのか、会社の仕事で単身赴任してるお父さんのブログにまで書き込みがされるようになった。
 この芝居を紹介してくれたF先輩が心配してくれ、わたしはF先輩に急接近していった。

 そして、わたしは修学旅行の日、先輩と駆け落ち同然に家出してしまった。三日前に先輩のお父さんがやってきて、二人の逃避行は終わった。

 思えば浅はかなことをしたと思った。お母さんの心配と怒りはわたしの想像を超えているようだ。あの平静さはただごとではない。
 そんな四年間のあれこれをポワポワと思い出しながら、わたしは、お鍋の用意をしていた。
 ややあって、玄関に気配。お母さんが帰ってきた……。

「あ……」

 それは、お母さんではなかった。
 リビングにコ-トを脱ぎながらやってきたのは、わたし自身であった……。

 まるで鏡を見ているような時間が流れた。電話の音で二人のわたしは我に返った。
――寄り合いで、町会長の牧野さんが倒れたの。多分脳内出血……今、救命措置やってるとこ、お母さん救急車に乗って病院まで行ってくるから、夕食は先に食べておいて。
「うん、分かった。お母さんも気をつけて」
お母さんは、娘の声がステレオになっていることにも気づかずに電話を切った。

 外は、いつのまにか雪になっていた。
 二人のわたしは、鍋をつつきながら少しずつ話した。
 もう一人のわたしは、合評会のとき発言はしていなかった。頭に来たところまでは同じなんだけど、もう一人のわたしはF先輩に止められれていた。
「出てしまった審査結果に文句を言っても傷つくのは里奈の方だぜ」
 その一言で、もう一人のわたしは思いとどまり、クラブも引退。受験に専念して無事に程よい大学に進学し、大学で新しいカレもできて、今日はゼミの旅行から帰ってきたところ。
 わたしは思い出した。あの合評会の日、F先輩は信号機の故障で電車が遅れ、合評会に遅刻して、わたしの爆弾発言には間に合わなかった。

 お母さんは、元ナースってこともあって、町会長さんの世話や、ご家族への対応、ドクターへの説明に追われ、帰ってきたのは深夜だった。
 二人のわたしは、互いに、それからの自分を語り合い。いっしょにお風呂に入った。
「ホクロの場所までいっしょだね」
 と、バカなことを言って、揃いのパジャマを着てリビングで話しをした。

「風邪ひくわよ。パジャマのまま寝込んだりして……」
「え……ああ……あれ?」
「どうかした?」
「え、いや……ううん」

 わたしには解らなくなっていた、わたしがどっちのわたしなのか……わたしの頭の中には二人分のわたしの記憶がある。
 どちらから、どちらを見てもフライングゲットのように思える。
「この雪は積もりそうね……すごいわよ。わたしの足跡が、もう雪で消えてしまってる」
 窓から雪景色を見ながら、お母さんが誰に言うともなく呟いた。
 


参考作品『すみれの花さくころ』
blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/8eb8530990bcbd678212a49e98a7cb44

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・34『ライフオブパイ』

2016-09-14 06:27:34 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・34
『ライフオブパイ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので、本人の了解を得て転載したものです。



 なんと表現すればよいのか……。

 究極に美しい画面に映し出されるのは、う~むむぅ ファンタジーであり、人が生きるための哲学であり、人と神(と書くより、まさに“GOD”)との純粋な出会いの物語である。
  私の拙い文章で この映画を語る事に逡巡を覚えるが……とにかく、読んでいただきたい。
 
 原題、そのまま“LIFE OF PI” すっかり大人になったパイも登場するが、少年パイがインドで成長して 一家がカナダに移住決意するまでと、船が沈没して救命艇で227日漂流、メキシコに漂着するまでがメインのお話。パイは10代の後半という所、半生にもならない時間だが、まさしく“LIFE”なのである。
「虎と少年が 一艘のボートで漂流する」物語なのだが、そこに至るまでの幼年期から青年前期を丁寧に描いてある。少年パイの聡明さ 好奇心の形、父親の薫陶、母の優しさ……これらが後に続く漂流譚に決定的な意味を持つ。
 少々脇道にそれるが、“聖書”が日本に入ってきた時、“GOD”に「神」と訳したのがそもそもの間違い。日本人にとって「神」とは あくまでも「神々」であって“絶対者”“創造主”を意味しない。逆に言えば、だからこそ 全くの異教であるキリスト教も「神々の一」として受け入れられたとも言える。
 パイも 宗教観のベースはヒンドゥー教であり三千数百の神々がおわす。少年パイは宗教に対してニュートラルであり、キリスト教にもイスラムにも素直に興味を持ち、吸収する。
 船が沈んで漂流するうち、再度 嵐に出会う。その嵐の中にパイは“GOD”を見る。ヴィシュヌでもヤハウェでもアラーでもない、ただ“GOD”としか表現できぬ存在を感じる。
 いやいや、けっして宗教映画ではないが、へたに説教臭い映画よりも よっぽど信仰へと至る道が示されている。原作は2冊あり、上巻まる一冊、少年パイの生活が描かれているらしい(購入したけど未読)、監督アン・リー(ブロークバック・マウンテン)は この部分の映像化の方にこそ、後半の漂流譚以上の神経を使っている。監督候補の中にナイト・シャマランがあがった事もあったようで、これこそ天の配剤 シャマランなんかに撮らせたら駄作にすらならなかっただろう。
 アン監督は 「今作のためにこそ3Dがあった」的な事を語っているが、これは業界発言。2Dを見た(3Dは吹き替えのみだったしね)が、充分に美しく 深度のある画面……殊に水(海)の表現が素晴らしい、パイの目の前で沈みゆく船の残酷な美しさ、パイが“GOD”を感じる海は真逆な砂漠を思わせる。母なる海でありながら圧倒的な荒涼を見せる、それは絶対的な不毛であり、死の荒野である。 “唯一神”のイメージは砂漠にしか生まれない、原作者ヤン・マーテルにはこの確信があり 監督はそれを映像化する事に腐心している。
 後半の映像の肝は3Dなんかではなく“CG合成”の信じがたいまでの進化である。パイと共に漂流するベンガル虎(なんと“リチャード・パーカー”という名前、この名前には物語で語られる以外に意味があるのだが……それはパンフレットで読んで下さい)はまことに生きていて 救命艇の中にリアルに存在している、ここまでくると 映像マジックと言うより“奇跡”である。監督の手腕と共にCG技術者に万雷の拍手を贈りたい。
 台湾に有る、おそらく世界最大の撮影用プールと、ブルーバック合成があれば作られる映像ではあるが、天才的センスとこだわり無くして創造しうる画面ではない。断るまでもないが、頭ではカラクリが解ってはいても、スクリーンに現れた海は本物としか思えない、圧倒的存在感である。
 物語終了間近、パイの口から全く違うもう一つの物語が語られる。まるでミステリーだが、ここでどちらが真実なのかなどと考える必要はない。このもう一つのストーリーは、あくまでも パイと虎との絆を補強するものと捉えたい。
 元より、本作をご覧になった方の感性の問題である。感性の在りようによって 総てのシーンは様々にそ
の意味を変化させるだろう。優れた映像は、優れた本と同じく 触れた人々に その人にしか見えない世界を開いて見せる。どうか 存分に奇跡の映像をお楽しみ下さい。そして本作があなたの中に何を刻むか……それは あなただけの宝物になるのです。

コメント
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