大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

宇宙戦艦三笠1[黎明の時・1]

2022-10-26 08:03:03 | 真夏ダイアリー

宇宙戦艦

1[黎明の時・1]   

 

 

 

 ほんとだってば!

 例年になく早い木枯らしをも吹き飛ばす勢いで天音が叫んだ。窓ガラスのガタピシは天音の叫びで一瞬のフォルテシモになった。

「だれも天音がウソ言ってるなんて……」

 あとの言葉を続ける気力がなかった。天音は、オレがいい加減に聞いているとしか思わないだろう。

「だったら、ちゃんと聞けって!」

 予想通りの反応だ。

 オレとしては樟葉にふってほしかったんだけど、こういう時は樟葉は得だ。投げ出してボンヤリしていると、樟葉は一見クソまじめに見える。樟葉とは保育所の頃からいっしょだからよくわかる。きれいな足を揃えて腕組みした姿は、ひどく冷静に考えているように見える。だから天音は正直にボンヤリしているオレに突っかかってくる。

「だからさぁ、黒猫と白猫が路地から出てきたと思ったら茶色の猫が出てきて、トドメに三毛猫が出てきたって言うんだろ?」

「ちがう! 白猫が先で黒猫は後!」

「ああ、わりー、逆だったっけ。でもさ、そんなのブンケン(横須賀文化研究部)の研究成果として……発表できる?」

「ツカミだツカミ。あとは適当に、この秋に新装開店したお店の開店ご挨拶とかクーポンとかコピペして貼っときゃ分かんないだろ!」

「ああ、もう、そんな段階じゃないんだよ。明日、ここ軽音に明け渡さなきゃなんないんだからさ」

「最後に、ドバってかましてみようぜ。ネットなんて、一晩でヒットするかもしれないんだからさ!」

「宝くじ買うより確率低い……」

「もういい、あたし一人でやる!」

 天音は、一人パソコンに向かってエンターキーを押した。
 カチャカチャカチャカチャ……
 
 で、数十秒後。

「……な、なんで、ブンケンのホームページ出てこんのだ!?」

「閉鎖したんだ。パソコンも初期化しちゃったし。それより、そろそろ時間。ロッカーの資料運ぶ。手伝って」

 樟葉が立ち上がった。手にはスマホ。どうやら兄貴あたりに車を頼んでいたようだ。

 バーン!!

 ヒッ!

 必要以上の力でロッカーを閉める。樟葉も、それなりに頭にはきているようだ。

 ロッカーには、20年分のブンケンのアナログ資料がある。油壷マリンパーク、城ケ崎灯台、城ケ島、海軍カレー名店、ヴェルニー公園、三笠公園……そしてブンケンの発足時代の横須賀ドブ板通りの資料。

 もともとは、前世期の終わりに出た横須賀を舞台にしたRPGにハマった先輩たちが、今で言う聖地巡礼みたいにして始まったのがブンケン。

 だから、初期の資料はハンパじゃない。ゲームが流行っていたころはテレビ局が取材に来たこともあったらしい。このアナログな資料は、きちんと整理すれば、オタクの間ではかなり貴重なお宝もあるとか。それで、これだけは一括して樟葉が保管して、みんなの気力が戻ったら処分して、パーッと一騒ぎしようということになっている。

 だが、ここまで落ち込んじゃ、そんな気力が卒業までに湧くかどうか。


「じゃ、家のガレージに置いとくから、いつでも見に来いよ」

 樟葉の兄貴が、そう言って車を出した。


「……トシ最後まで来なかったな」

「トシなら三本向こうの電柱の陰」

 天音とそろって首を向けると、トシ(昭利)が白い息を盛大に吐きながら、自転車で駆け去った。トシはブンケンの部員だけど、ずっと引きこもりで学校そのものに来ていない。

「学校の傍まで来たんだから、トシくんにしちゃ進歩じゃないかな……ま、ここで解散しよう。わたし部室の鍵返してくるから、先に帰って。このさい連れションみたく列組むのはよそうね。はい、元気に一本締め……いくよ!」

 パン!

 締めだけはきまったけど、たった三人じゃ意気上がらないことおびただしい。ま、今さら意気挙げてどーするってこともある。

 天音は、サッサと駅に向かった。樟葉は――ここで解散――と背中で念を押してカギを返しにいく。オレは木枯らしの空を一瞥してからチンタラ歩きだす。足早に校内に戻った樟葉の気配は消えて、天音の姿はすでに視界の中には無い。

 せめて胸張って歩きたかったけど、朝の暖かさに油断してマフラーを忘れた。
 背中が丸いのは、気の早い木枯らしのせいで、落ち込んでるわけじゃない。
 そう思ってみても、背中を丸めていると、ひどく湿気って落ち込んだ気分になってくる。


 やがて、美奈穂が三匹の猫を見たというドブ板の横丁まで来た。


 すると、黒い猫が道を横切り、続いて白い猫、そして茶色の猫……でもって、次に三毛猫が横断している。

 ニャー

 猫語で挨拶してみる。

『元気出してニャ』

「お、おう」

 え、喋…………った? 猫が?

 ミャー

 今度は猫語で返して、尻尾を一回だけ振って行ってしまった。

 猫が喋るわけねえし……錯覚、錯覚。

 そう思いなおして前を向こうとしたら、路地に入ったばかりの猫たちが戻ってきて、両足で直立したかと思うと、ビシッと敬礼を決め、思わず答礼すると、ニヤッと笑って行ってしまった。

 え?

 ひょっとしたら、このとき、もう、それは始まっていたのかも知れない……。


☆ 主な登場人物

 修一      横須賀国際高校二年
 樟葉      横須賀国際高校二年
 天音      横須賀国際高校二年

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・6『抹茶入りワラビ餅』

2022-10-26 05:59:08 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

6『抹茶入りワラビ餅』 

 

 

 わが乃木坂学院高校演劇部は、先代の山阪先生のころから顧問の創作脚本を演ることが恒例になっていた。「静かな演劇」と「叫びの演劇」の差はあったけど、根本のところでは同じように感じる。

 どこって、上手く言えないけど……集団として迫力があるところとか、青春ってか、等身大の高校生の姿を描くとこ(毎年、審査員が、そう誉めているらしい)、なんとなく造反有理なとこ(この四文字熟語は、入学してからマリ先生に教えてもらった)……そして、毎年地区発表会(予選)で優勝し、中央発表会(本選)でも五割を超える確率で優勝。この十年で全国大会に三度も出場して、内二回は最優秀。

 つまり日本一(*´ω`*)!

 この作品のアイデアは、夏休みも押し詰まったころ、創作に行き詰まって湘南の海沿い、愛車のナナハンのバイクをかっ飛ばし、江ノ電を「鎌倉高校前」の手前で三十キロオーバーで追い越したとき、急に「抹茶入りワラビ餅」が食べたくなった先生。そう言えば江ノ電の電車って、抹茶を振りかけたワラビ餅に似ていなくもない。

 で、そのまんま鎌倉に突入したマリ先生は、甘いもの屋さんに直行。

 で、出てきた「抹茶入りワラビ餅」を見て、ハっと思いついたわけ。

 なにを思いついたかというと、お皿の上に乗っかった「抹茶入りワラビ餅」が、わたしたちコロスに見えた。

 で、コロス…コロス……そうだ「コロス」の反意語は「イカス」だ!

 で、あとは、そのヒラメキを与えてくれた「抹茶入りワラビ餅」を無慈悲にもパクつきながら、携帯で必要な情報を検索。その日の内にアラアラのプロット(あらすじ)がまとめられ、今日のリハーサルに至っているというわけなのよ。

 この話を聞いたとき、部員一同は「アハハ」と笑いながら、今さらながら、マリ先生を天才と思った。集団の迫力、等身大の高校生、反体制というセオリーが見事に一つになっている!

 ただ、家でこの話をしたとき、クタバリぞこないのおじいちゃん(わたしじゃなくて、おばあちゃんが正面切って、お母さんは陰でこそこそ言っている)が、こう言った。

「イカスってのは、もともと軍隊の隠語(業界用語)なんだぜ……」 

 ま、昭和ヒトケタのおじいちゃんのチェックはシカトして、本題に……。

 場当たりをきっかり二十分で終えたあと、今度は十七分きっかりでバラシを終えて、中ホリ裏の道具置き場に道具を収めた。

「五十四分三十秒です」

 山埼先輩が報告。

「じゃ、残りの五分三十秒は次の学校さんが使ってくださいな。オホホホ……」

 余裕のマリ先生。

 しかし、中ホリ裏の道具置き場は半分がとこ、わたしたち乃木坂の道具で埋まっていた。

 それが、いささか他の学校のヒンシュクをかっていたことなど、その時は気づきもしなかった。

 立て込みやバラシも他校の実行委員の手を借りることはなかった。それが誇りでもあったし、ほかの学校や、実行委員の人たちにも喜ばれていると思っていた。

 そう、あの事件がおこるまでは……というか「あの事故」は終わったわけではなかったのよ。

 


☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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魔法少女マヂカ・294『ポチョムキン村・3・司祭館』

2022-10-25 10:20:12 | 小説

魔法少女マヂカ・294

『ポチョムキン村・3・司祭館語り手:マヂカ 

 

 

 日中だというのに花火はきれいな虹色に輝き、星屑のようにピカピカ光りながら落ちて消えていく。

 

 視線を戻すと、エリザの肩に手を添えるようにして立っている女先生が目に入った。

「ようこそポチョムキン村へ、日曜学校を預かっているミーシャです。丘の上に虹が立ったのでエリザを見に行かせたんですが、やっぱり迷い人さんがいらしていたんですね」

「え、虹が立ったんですか?」

「はい、きれいな虹だったので、こちらに手繰り寄せて、いまご覧になった花火にしてみました」

「ええ?」

「もしかしたらと思いましたけど、やっぱり魔法少女さんだったんですね」

「そうだよ、先生。こっちがヤポンスキーのマヂカさん。お隣りがキタイスキーの孫悟嬢さん」

「マヂカです」

「孫悟嬢、よろしく」

「こちらこそ、ほかの子どもたちがやってくるのは午後からですから、どうぞ、こちらで休んでください」

 ミーシャの先導で村の中に……静かな村だと思っていたけど、ゲートをくぐると、家畜の気配と共に村人たちのさんざめきや、洗い物をしたり掃除をしたり窓を開けて空気を入れ替えたり、クシャミをしたりの生活音が聞こえ、最初の角を曲がると、実際に村人たちの姿が見え始めた。

 ミーシャは、すれ違う者たちだけではなく、垣根越しに背中が見えるお年寄りにも声を掛け、あるいは視界の外から掛けられた声に半身を向けて手を振って、お天気の話や、家畜や家族の様子などを一言二言交わしていく。

 村人たちが、直接わたしや孫悟嬢に話しかけることはなかったけど、関心を示した者には「お客さん」「今月初めての迷い人さん」とか軽く示してくれる。わたしたちも、軽く会釈。この軽さは、村というよりは都会的な感じがする。

「というか、本編が始まる前の映画か芝居のプロローグという感じだな」

「シ、聞こえるぞ」

 悟嬢をたしなめたところで日曜学校の教会に着いた。

「神父さま、司祭館をお借りしま~す」

 聖堂のドア越しにミーシャが声を掛けると、中から「ついでに、掃除も頼むよ~」と声がして「もう、神父様は無精なんだから」とエリザが肩をすくめる。

 

「うわあ~」

 

 司祭は勉強家なのだろう、あちこちに本が積まれたり、あるいは付箋が貼ったままや開きっぱなしの本があったり、食器や、着替えなどが散らかっている。

「もう、三日前に片づけたところなのに!」

 エリザが口を尖らせる。

「仕方ないわよ。お掃除する条件で日曜学校やらせてもらってるんだもん。よし、五分でやっつけるから、エリザ、お庭で待っていただいて」

「了解! じゃ、こっちへどうぞ」

「手伝おうか?」

「魔法なら、一瞬で片付くよ」

 悟嬢が耳から如意棒を取り出そうとすると、ミーシャが笑顔で手をバツ印にする。

「嬉しいけど、教会の中で、魔法はNGです」

「そうか」

「じゃ、お言葉に甘えて」

 

 向かい合わせのベンチに腰掛けると、エリザは友だち同士で悪だくみをするように身を乗り出した。

 

「……ひょっとして、分かっているかもしれないけど、わたしはポチョムキンの娘なんです」

「え!?」

 悟嬢は驚いたようだが、わたしは――ああ、やっぱりな――と思った。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長 アキバのメイドクィーン(バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世)
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔
  • サム(サマンサ)     霊雁島の第七艦隊の魔法少女
  • ソーリャ         ロシアの魔法少女
  • 孫悟嬢          中国の魔法少女

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • ファントム      時空を超えたお尋ね者

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・5『54分30秒のリハーサル・3』

2022-10-25 06:23:08 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

5『54分30秒のリハーサル・3』 

 

 

「開始!」

 山埼先輩の号令が飛ぶ。

 フェリペの計時係りの子と山埼先輩が同時にストップウォッチを押すと、上手の壁のパネルから運び、続いて八百屋飾りのヌリカベを運ぶ。パネルはサンパチと言って、三尺(約九十センチ)八尺(約二百四十センチ)の一枚物。これを、なんと女の子でも一人で運んじゃう! 重心のところを肩に持ってくれば意外にいける。

「パネル一番入りまーす!」と声をかける。

「はい!」舞台上のみんなが応える。

 不測の事故を防ぐための常識。

 次にヌリカベ。さすがに四人で運ぶ。そうやって上手から順に運んで、がち袋(道具係が腰に付けたナグリというトンカチなんかが入った袋)を付けた夏鈴たちが、背中にNOGIZAKA.D.Cとプリントした揃いの黒いTシャツを着て、動きまわっていく。

「一番、二番連結しまーす!」

 夏鈴が叫ぶ。バディーの宮里先輩と潤香先輩が続いてシャコ万という万力でヌリカベを繋いでいく。キャストだって仕込みとバラシは一緒だ。

 壁のパネルはヌリカベにくっつけるものと、ヌリカベの上に乗せるものがある。乗せるものは、ヌリカベの傾斜プラス一度の六度の傾斜のついた人形立を釘で固定する。そして劇中移動させるのでシズ(重し)をかけていく。

 その間、照明チーフの中田先輩は調光室でプリセットの確認。インカムでサブの里沙に指示して、サス(上からのライト)やエスエス(横からのライト)の微調整。

 その合間を縫って、音響の加藤先輩が効果音のボリュ-ムチェック。

 客席の真ん中でマリ先生が全体をチェック、舞台監督の山埼先輩が、それを受けて各チーフに指示。

 わたしは、決まったところから明かりと道具の場所決めを確認してバミっていく(出場校ごとにバミリテープの色が決まっている。ちなみに乃木坂は黄色と決まっていて、地区では貴崎色などと言われている。パネルの後ろに陰板(開幕の時はパネルに隠れている役者……って、わたしたちコロスってその他大勢だけどね)用の蓄光テープを貼り、剥がれないようにパックテープ(セロテープの親分みたいの)を重ね貼りして完成!

「あがりました。十七分二十秒!」

 山埼先輩がストップウォッチを押した。

「うーん、二十秒オーバー……まあまあだね。ヤマちゃん、二十分場当たり」

 マリ先生の指示。

「はい、じゃ幕開きからやります。ナカちゃん、カトちゃん、よろしく。役者陰板。幕は開くココロ(開けたつもり)十二、十一、十……五、四、三、二、一、ドン(緞帳のこと)決まり!」

 山埼先輩のキューで、去年と同じように、あちこちからコロスが現れる。今年は「レジスト」ではなく「イカス! イカス!」と叫びながら現れる。

 この「イカス」には意味がある。

 勝呂(すぐろ)先輩演ずる高校生が進路に悩む。主人公の高校生が、キャンプに行って、土砂降りの大雨に遭う。キャンプ場を始め付近の集落は危機に陥る。それを救ったのが陸上自衛隊の人たち。中には、たまたま演習にきていた陸上自衛隊工科学校の生徒たちも混じっていた。彼らは、中学を卒業して、すぐにこの道に入った者たちばかりだ。主人公は彼らにイケテル姿を見る。すなわち「イカス」なのよ。彼は、卒業後自衛隊に入ろうと考える。

 しかし主人公に好意を寄せる潤香先輩演ずるところの彼女の兄は新聞記者で「自衛隊は国家の暴力装置である」と意見する。

 最初、兄に反発し彼を応援していた彼女も、海外派遣されていた自衛隊員に犠牲者が出たというニュースに接して反対に回る。人生を活かすにはもっとべつの道があるはずだ……と。ここで、もう一つの「イカス」の意味が生きてくる。そして、ドラマの中盤で彼女が不治の病に冒されていることが分かり、彼は彼女を生かすために苦悩する。

 ここで第三の「イカス」が生きてくる。すごいよね!

 そして、このドラマは、この夏休みにコンクール用の脚本に考えあぐねたマリ先生の創作劇なんだよ!

 

☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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くノ一その一今のうち・24『緊張を孕んだ平穏……ちょっと堪える』

2022-10-24 16:22:11 | 小説3

くノ一その一今のうち

24『緊張を孕んだ平穏……ちょっと堪える』 

 

 

 佐助に脅かされ、服部課長代理に皮肉をとばされたわりには平穏な日々が続いている。

 緊張を孕んだ平穏……ちょっと堪える。

 

 今日も表面的には無事に『吠えよ剣』の収録が終わり、無事にまあやを送り届けたので事務所である総務二課の部屋でお茶を飲んでいる。

「ほい、どっちだ?」

 力持ちさんが両手をグーにして突き出した。

「え、なんですか?」

「コンビニで買い物して、お釣りを握ってるんだけど、どっちだと思う?」

 なるほど、デスクの上にはレジ袋が置いてある。

「あ、わたしボンヤリしてました?」

 佐助の一件以来、まあやのガードには少し……いや、けっこう気を遣っている。

 マネージャーに引き継ぐところで、わたしの仕事は終わりなんだけど、今日は事務所まで送り届けた。本当だったら、事務所どころか、まあやの家まで付いて行きたいところなんだけど、お互い事務所の顔もあるし、課長代理も「今のところは、それでいい」と言う。

「さあ、どっち?」

「……右です」

「ち、当たっちゃった」

「丸わかりです」

「そうなの?」

「はい、表情に出てます」

 お祖母ちゃんに仕込まれ、この手の事はお茶の子さいさい。

 お祖母ちゃんは、自分で握ったり、お茶碗の下に隠したり、いろいろやってくれたけど、六つの頃には、ほぼ完ぺきに当てられるようになった。ただ、お祖母ちゃんの訓練には他の狙いもあったんだけど、それは、またいずれね。

 人間、物を隠すと――ここに隠した――という意識が強くなって、それが出てしまう。

 どういうところに出るかは言えない。

「じゃ、わたしのは、分かるかなあ……」

 伝票処理が終わった金持ちさんがティッシュペーパーを丸めながらやってきた。

「おお、真打登場!」

「ヒューヒュー」

 パチパチパチ

 金持ちさんも嫁持ちさんも、おどけて、金持ちさんのために場所を空ける。

「ええ、どうぞ」

「それじゃあ……エイ!」

 金持ちさんは、わたしの目の前で素早く握った両手を上下左右に交差させて、わたしの前に示した。

「どっちでしょうか?」

「……わたしの後ろ、たぶんデスクの上」

 振り返って、予想通りデスクの上にあったティッシュを示した。

「あれえ、ポーカーフェイスには自信あったんだけどなあ」

「だって、金持ちさんが名乗りを上げると、力持ちさんも嫁持ちさんも、わたしの視界から外れましたよね。それって、わたしに表情を読まれないためです。そして、交差した手は、上下方向に振られた時、大きく、わたしの視野の外まで振られました。視野から外れた時に後ろのデスクに投げたんです」

「ほう……さすがは風魔」

「ティッシュ持ち出した時点で予想はつきましたけど」

「そうだね、落ちても音がしないもんな。やっぱ、読まれてるよ金持ち」

「でも、表情からは読めなかったでしょ?」

「はい、さすがは会計担当です」

「ぬふふふ」

「でも、お風呂でやったら分かります」

「え、そうなの?」

「はい、表情が出るのは顔だけではないですから」

「な、なるほど……」

 

 フフフ……先輩を負かして、ちょっとリラックス。

 ありがたい、先輩たちは、わたしの苦しさを分かって解してくれている。

 さ、社長に報告して、今日は帰ろう。

 

 コンコン

 隣の社長室(百地社長もこっちに来るようになって社長室をもらってる)をノックする。

 

「どうぞ」

「失礼します」

「おう、ご苦労様。ところで、どっちだ?」

 社長は、握った両手をわたしの前に突き出した。

「え、社長もですかぁ?」

「百地流はすごいんだぞぉ(⊙ꇴ⊙)」

 目を、それこそ目いっぱい開いて、鼻の穴も膨らませて誤魔化したつもりかもしれないけど、丸わかり。

「左です」

「ほれ!」

 社長が左手を開いた。

「ウッ(꒪ꇴ꒪|||)」

 一瞬気が遠くなって、目を開けた時には社長の姿は無かった。

『ワハハハ、見たか、百地流忍法〔握り屁〕じゃ! まだまだ修行が足らぬ! 励め! そのいち!』

 

 わたし、ここに居て大丈夫なんだろうか?

 思わないではなかったけど、エレベーターで一階に下りるころには笑いがこみ上げてきた。

 西の空は茜に染まって、思いのほか足どりが軽くなったのに驚いて地下鉄の駅に向かったよ。

 

☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
  • 風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
  • 百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
  • 鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
  • 忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
  • 徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
  • 服部課長代理       服部半三(中忍)
  • 十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者

 

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せやさかい・353『知ってしまったテイ兄ちゃん』

2022-10-24 08:53:17 | ノベル

・353

知ってしまったテイ兄ちゃんさくら    

 

 

 テイ兄ちゃんの元気がありません。

 

 朝のお勤めの後も、檀家周りから帰って来ても、そのままボーっとしてることが多いです。

「分かっちゃったんだよ……」

「あのことやなあ……」

 留美ちゃんと二人、可哀そうやと思いながらなにもできません。

 

 堺東のスナック『はんぜい』のマスターが、密かにお嫁さんもらったことは前回言いましたよね。

 それが、とうとうテイ兄ちゃんの知るところになってしもたんですわ。

 マスターとテイ兄ちゃんは大学時代からの友だち。

 その友だちが、自分よりも早く、それも、すごいベッピンのお嫁さんをもらった。

「それだけじゃないよ」

 留美ちゃんは、もう一つ深く理解してる。

「内緒にされてたのがショックなんだよ」

「え?」

「ちゃんと、お式の連絡とかあって、結婚式にも出ていたら気持ちの収めようもあると思う」

「ああ……うん……せやなあ」

 テイ兄ちゃんは、檀家周りの最中にマスター夫婦を見かけたらしい。

 彼女いない歴=年齢というテイ兄ちゃんはビビッときた。

 ―― あれは嫁はんや ――

 坊主というのは、檀家さんとの付き合いやら、お葬式、法事なんかで人の内側を覗くことが多くて、自然に勘が良くなる。それに、自分自身もうちょっとで三十代。蜂蜜に飢えたプーさんみたいで敏感になっとうる。

「それに、寺の嫁は大変やさかいなあ……」

 いつの間にか、お祖父ちゃんがうちらの向かいのソファーに座ってる。

「せやねえ」

 お寺の世界では、住職のお嫁さんを『お大黒さん』とか『坊守(ぼうもり)』とかいう。

 お寺は、檀家さんとの付き合いだけやなくて、本山との関係とか報恩講とかから落語会まで、いろんな付き合いやらイベントがある。そういうことの切り盛りしながら、主婦として家の事も並みの三倍以上はある。じっさい、お寺の敷地は300坪もあって、掃除するだけでも大変。

「ねえ、お祖父ちゃん……あれ?」

 振り返ったら、もうおらへん。

「今日はゲートボールだよ」

「あ、そうか」

 お祖父ちゃんは、このごろ婦人部長の田中のお婆ちゃんの勧めでゲートボールを始めた。

 そんな年寄じみた事と言いながら、この頃はチームの役まで引き受けて積極的にやってるらしい。

「いっそ、どっちかがお嫁さんになってあげたら(^▽^)」

「「え!?」」

 すごい台詞にビックリしたら、詩(コトハ)ちゃんが、お祖父ちゃんが座ってたとこに居てる。

「あんたたちだったら、お寺の事も兄貴のことも良く知ってるしさ……パリ」

 そう言いながら、小気味よく煎餅を噛み砕く詩ちゃん。

「うちは従妹やしい」

「従兄妹同士は結婚できるんだよ」

「ちょっとありえへん」

「あはは、冗談だから、そんなマジな顔しないでよ。あ、もう時間だ!」

 詩ちゃん、よく見たら学校行くときの服装。

「え、日曜やのに学校?」

「ちょっとね、進路のことでね、日曜も無駄にできない感じなの。じゃね」

 カーディガンとリュックを持つと、秋やのに春風みたいに玄関に向かう詩ちゃん。

 リビングからはサッシのガラス越し、生け垣の隙間から境内が見通せる。

 パンプスの音も軽やかに山門を出ていく詩ちゃんは、もう大人の貫録。

「詩ちゃんて、あんなにお尻振って歩いてたかなあ……」

「もう、オッサンみたいなこと言わないでよ。さ、朝のうちに宿題やるよ」

「え、宿題って、あったっけ?」

「文化祭のアンケートよ、ペコちゃん先生、月曜には決めるって言ってたじゃない」

「あ、せやったせやった(^_^;)。ちょっと、もうどきなさい!」

 フニャーー

 膝の上のブタネコダミアを床に下ろすと、ドスドスと二階の部屋に戻る日曜のさくらと留美ちゃんでした。

 

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉
  • ソニー       ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長
  • 月島さやか     さくらの担任の先生
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン
  • 女王陛下      頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・4『第一章 54分30秒のリハーサル・2』

2022-10-24 06:08:44 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

4『54分30秒のリハーサル・2』 

 


 と、いうわけで、今日はコンクール城中地区予選のリハーサル。

 トラック二台には貴崎先生と舞台監督の山埼先輩が乗って先行している。それ以外の部員は学校で道具を積み込んだ後、副顧問の柚木先生に引率されて地下鉄に乗ってフェリペを目指した。


 フェリペ学院も坂の上にある。

 駅を降りて、地上に出て左に曲がると「フェリペ坂」。道の両側が切り通しになっていて、その上にワッサカと木々が覆い被さっている。その木々をグリーンのレース飾りのようにして長細い空がうかがえる……。

 ひとひらの雲が、その長細い紺碧の空をのんびり横切っていく。

『坂の上の雲』 

 お父さんが読んでいた小説を思い出した。わたしは読んだことはないけど、タイトルから受けたイメージは、こんなの。ホンワカとした希望の象徴……ホンワカは、この五月に大阪に越していったはるかちゃんのキャッチフレーズ。

 はるかちゃんは、スイッチを切ったように居なくなってしまった。この夏に一度だけ戻ってきたらしい。それから、はるかちゃんのお父さんが大阪に行って、一ヶ月ほどして戻ってきた……足を怪我したようで、しばらくビッコをひいていた。

「なにがあったの?」

 一度だけお父さんに聞いた。

「よそ様のことに首突っこむんじゃねえ」

 お父さんは、ボソリと、でもキッパリと言った。

 はるかちゃん…………キャ!

 踏鞴(たたら)を踏んだ。ホンワカと雲を見ていて、縁石に足を取られたんだ。

「気をつけろよ、本番近いんだからな」

 峰岸部長の声が飛んできた。

「そうよ、怪我はわたし一人でたくさん」

 潤香先輩が合いの手を入れてくる。みんなが笑った。まだリハーサルだというのに連勝の乃木坂学院高校演劇部は余裕たっぷり。

――あ、コスモス

 踏鞴を踏んだ拍子に切り通しの石垣に手をついて、石垣の隙間から顔を出していた遅咲きのコスモスを摘んでしまった。

――ごめんね、せっかく咲いていたのに。

 わたしは遅咲きのコスモスをいたわって、袋とじになっている台本に挟んだ。コスモスには思い出が……それは、またあとで。

 フェリペの正門が見えてきたよ。

 リハといってもゲネプロ(本番通りの舞台稽古)ができるわけじゃない。あてがわれた時間は六十分。照明の仕込みの打ち合わせをアラアラにやったあと、道具の仕込みのリハをやる。

 本番では立て込みバラシ共々二十分しかない。四トントラック二台分の道具を時間内でやっつけなければならないのだ。

 潤香先輩が階段から落っこちたのも、バラシを十八分でやったあと、フェリペの搬出口を想定した講堂の階段を降ろしている時に起きた事故だったのを思い出す。

 

☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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鳴かぬなら 信長転生記 91『まずはクルミ売り』

2022-10-23 10:36:22 | ノベル2

ら 信長転生記

91『まずはクルミ売り』織部 

 

 

 皆虎の街は予想以上に賑わっていた。

 

 庶民や商人というのは肌感覚で生きている。

 貴族や大名、宗教者や思想家、政治家などと看板の付いた奴は、身にまとった衣からしか感じることができない。感じようとしない。

 曹茶姫や信長の働きで、数十年ぶりに城門が開かれると、商人どもは三国志と扶桑の、あれこれの違いに気が付いた。

 扶桑の人間が欲しがっているもの、三国志に余っているもの。そして、扶桑の側からも、それを感じて商いを始めた。

 最初は城門の外で、次には、諸設備の整った皆虎の城内で取引が行われるようになった。寂びれ果てた辺境の旧軍都でしかなかった皆虎は、一躍新興商業都市に変貌し始めたところだ。

「道幅が半分になっている……」

 城門を潜り、中央通に入ると、後ろからリュドミラが呟く。

 旅の供としては横を歩いてもらったほうが穏やかなんだけど、わたしをガードするためのポジションだから仕方がない。わたしも、背中に目鼻がついた感覚で話す。

「まだ辻売りの露店の域を出ないが、もうバザールの賑わいだね。雑然並んでいるようだけど、露店の構えや規模に弁えと慎みがある」

「うん、いい軍政が布かれた占領地のようだ」

「とくに監視の兵隊がいる様子はないけど……」

 あとは言葉を濁した。

 雰囲気が、岐阜や安土に似ている。信長が楽市楽座を布いた街も、こんな具合だった。

 いいことなんだけど、口に出して言うのは癪だし。

「前後二回、信長が来たらしいけど、その影響かなあ?」

「来たといっても、曹茶姫の近衛騎兵だ、そこまでの力は無い。この皆虎がもともと持っていた秩序感覚よ」

「ん……なんかムキになってない?」

「なってない。街の賑わいに、ちょっと興奮してるだけ!」

「そうなのか?」

「さ、クルミ売りの場所取りをやるわよ」

「え、ダンゴにはしないの?」

「新参者だよ、最初は遠慮しないと……あの茶碗売りに聞いてみよう」

 

「おう、らっしゃい。高級品は無いけど、常使いの手ごろなの揃えてるよ(^▽^)」

 路地端の露店の親父に声を掛ける。

「ちょっとクルミを売りたいんで、器が欲しいの、陶器の茶碗とザルが欲しい」

「ああ、それなら、これと……これかな。上代は三百文だけど、天気もいいしオネエチャンたちもベッピンだし、二百と八十文にまけとくよ」

「う~ん、もう一声。茶碗は仕舞いものでしょ、同じ大きさのは、これ一つっきりみたいだし」

「かなわねえな、よく見てるよネエチャン。じゃ、二百と五十文だ」

「ありがと、じゃあ、そっちのお椀もいただくわ。同じの二つね」

「まいど。初商いだったら、大通りはダメだよ。見ての通り一杯だからね、まずは路地際、ここを入った二つ目が空いてるから、ボチボチやってごらん」

「ありがとう、助かったわ。はい、お代」

「それと、一応は坪の世話役に挨拶しときな。ほら、筋向いの代書屋がそうだから」

「うん、分かった。ほんとうにありがとう」

 

「あれ、代書屋には行かないの?」

 

「手ぶらじゃ行けない、まずは……あった」

 酒の露店を探し、ちょっとだけいい酒を五合徳利二つ買って代書屋を目指す。

「ひょっとして、お土産? 話付けるなら現ナマ要るんじゃないの?」

「え、そうなの?」

「ソ連の占領地だったら、そうしてた」

「ま、ここなら大丈夫でしょ」

 信長の楽市では賄賂めいたもののやり取りは無かった。

 同様のものなら、ここでも同じだろう。

「これは痛み入る。路地なら、空いていれば自由に使いなさい」

 代書屋は、元々は皆虎に駐屯していた軍人のようで、あいさつ代わりの徳利を渡すと機嫌よく認めてくれた。

 

「おじさん、上手くいったわ。これ、ほんのお礼」

 残りの徳利を茶碗屋に渡して、まずは笑顔。

「やあ、すまない。かえって気を遣わせちまったなあ」

「ううん、よろしく。ほれ、あんたも」

「え、あ……ども」

 リュドミラにも頭を下げさせ、とりあえず、間口五尺のクルミ売りから始まった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
  • 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  • 織田 市        信長の妹(三国志ではシイ)
  • 平手 美姫       信長のクラス担任
  • 武田 信玄       同級生
  • 上杉 謙信       同級生
  • 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  • 宮本 武蔵       孤高の剣聖
  • 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  • リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
  • 今川 義元       学院生徒会長
  • 坂本 乙女       学園生徒会長
  • 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
  • 諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
  • 大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
  •  

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・3『第一章 54分30秒のリハーサル・1』

2022-10-23 07:06:13 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

3『第一章 54分30秒のリハーサル・1』 

 

 紺碧の空の下、乃木坂を二台の四トントラックがゆるゆると下っていく。

「絶品の秋晴れ。今年も優勝まちがいなし……」

 貴崎マリ先生は花嫁道具を運ぶ花嫁の母のように助手席で呟いた。

「……今年で五年連続かあ」

 馴染みの運ちゃんが相方のように付け加えた。

「全勝優勝よ」

 ダッシュボードに片足をのっけたところは、アニメに出てくる空賊の女親分である。

「ヒュー、すげー!」

 運ちゃんは口笛をならして、貴崎先生お気に入りのポップスのボリュ-ムを上げた。

「あ、でも、六年前コケませんでした?」

「ん……!?」

 先生の眉間にシワが寄る。

「いや、オレの思い違いかも……」

「あれは、わたしが乃木坂に来る前。前任の山阪先生の最後。さすがの山阪先生も疲れが出たんでしょうね。わたしが来てからは全勝優勝」

「先生は、たしか乃木坂の卒業生なんすよね?」

「そーよ。山阪先生の許で『静かな演劇』ミッチリやらされたわよ。あのころはあれで良かったと思ってたけど、やっぱ演劇って字の中にもあるけど劇的でビビットな非日常を表現できなきゃねえ! だいたいね……」

 それからの運ちゃんは、目的地のフェリペ学院に着くまでマリ先生の演説を聴くはめになってしまった。運ちゃんは、マリ先生の片足で隠れたダッシュボードの缶コーヒーを飲むこともできなかった……。


 フェリペ学院は、わが乃木坂学院高校よりも歴史の古いミッションスクール。

 創立は百ウン十年前だそうだけど、そこは伝統私学。第二次ベビーブームのころから、少子化を見込んで大改革。

 中高一貫教育、国際科や情報科を新設。さらに目玉学科として演劇科を前世紀末に、某私学演劇科の先生を引き抜き、ミュージカルコースの卒業生の中には、有名ミュージカル劇団に入って活躍する人や、朝の連ドラのレギュラーをとっている人もいる。

 当然設備も充実していて、大、中、小、と三つも劇場を持っている。私たち城中地区の予選は、この中ホールを使わせてもらっている。 キャパは四百ほどだけど、舞台が広い!

 間口は七間(十二・六メートル)で、並の高校の講堂並だけど、ヨーロッパの劇場のようにプロセニアムアーチ(舞台の額縁)の高さが間口ほどもあり、袖と奥行きも同じだけある。中ホリ(ホリゾント幕。スクリーンの大きいやつ。これが奥と、真ん中に二つもある!)を降ろして、後ろ半分は道具置き場にしてます。

 なんせ、わが乃木坂学院高校は道具が多くて大きい。

 四トントラック二台分もあるのだ。

 先代の山阪先生のころから使い回しの大道具が、そこらへんの劇団顔負けってくらいあって、入部した日に見せられたのが、その倉庫。平台やら箱馬(床やら、土手を作るときに使います)壁のパネルに、各種ドアのユニット。奥にいくと、妖怪ヌリカベの団体さんがいた!

「わー……!」

 と、その迫力にタマゲタ!

 このヌリカベの団体さんは、舞台全体を客席の方に向かって傾斜させるために使う床ってか、舞台そのものをプレハブのパーツのようにしたもの。これを使うと、舞台全体に遠近感が出る。業界用語で「八百屋飾り」というらしい。その迫力は、とにかく「わーーー( ゚Д゚)!」であります。わたしたちは、それを「ヌリカベ何号」というふうに呼んでます。

 マリ先生は、こう言う。

「フェリペが、舞台全部使わせてくれたら、こんなもの使わなくってすむのに!」

 今回は「ヌリカベ九号」まで持っていく。それだけで四トン一台はいっぱい。

 他の学校は、こう言う。

「乃木坂がこんなの持ってこなきゃ、舞台全部使えんのに!」

 どっちが正しいのか、そのときはまだ分からなかった。

 


☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・2『序章 事故・2』

2022-10-22 06:52:40 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

2『序章 事故・2』  

 

 

 一段落ついたので、状況を説明しとくわね。

 わたし、仲まどか。

 荒川区の南千住にある鉄工所の娘です。

 

 中三の時に……って、去年のことだけど、近所のはるかちゃん、はるかちゃんは一歳年上なんだけど、幼なじみなのではるかちゃん。

 そのはるかちゃんが入ったのが乃木坂学院高校。

 去年、その学園祭によばれて演劇部のお芝居を観てマックス大感激! 

「わたしも、この学校に来よう!」と、半分思ったわけ。半分てのは、下町の町工場の娘としてはちょっと敷居が高い……経済的にもブランド的にもね。

 

 演劇部は、スゴイ! めちゃくちゃスゴイ!!

 ドッカーンと、ロックがかかったかと思うと、舞台だけじゃなくて、観客席からも役者が湧いてきた! 中には、観客席の上からロープで降りてくる役者もいて、「怖え~!」と思ったけど、思う間もあらばこそ。集団で、なんか叫びながらキラビヤかな照明に照らし出され、お台場か横アリのライブみたい。ゴ-ジャスな道具に囲まれた舞台で舞い踊って、そこからは夢の中……お芝居は、なんか「レジスト!」って言葉が散りばめられていて、なんともカッコヨク「胸張ってます!」って感じですばらしかった。「レジスト」って言葉には、コンビニのレジしか連想できなかったけど、あとで兄貴に聞いたら「抵抗」って意味だって分かった。

 この時主役を張っていたのが潤香先輩。もう、そのときから「オネーサマ」って感じ。

 で、この時、はるかちゃんは中庭の『乃木坂フードコート』で三角巾にエプロン姿で人形焼きを、かいがいしく焼いていた。

 演劇部のお芝居のコーフンのまんま、中庭に行って、はるかちゃんから売れ残りの人形焼きをもらい、はるかちゃんのご両親といっしょに写真の撮りっこ。

 今思えば、はるかちゃんちの平和は、この頃が最後。今思えば……て、同じ言葉を重ねるのは、わたしに文才がないから……と、わたしの落胆ぶりを現しております。

「明るさは、滅びのシルシであろうか……」

 中三のわたしには分からない言葉を呟きながら、はるかちゃんは三角巾を外した……。

 その時!

――ただ今より、乃木祭お開きのメインイベント。ミス乃木坂の発表を行います。ご来場の皆様はピロティーに……――と、校内放送。

 模擬店が賑わっていたのとMCがヘボなのとスピーカーがハウってたので二位三位は聞き逃しちゃった。

 でもって一位の発表、その一位がなんと……。

―― ジャジャジャーン! 三年A組、芹沢潤香さん! ―― 

 そう、さっき見たばっかしの潤香先輩!

 ピロティー中から「ウォー!」とどよめき。潤香先輩はいつの間にか、かつて在りし頃の『東京女子校制服図鑑』のベストテン常連の清楚な制服に着替えて、野外ステージに登りつつあった。

 そして、タマゲタのは……。

――えーと、二位、二位、準ミス乃木坂の……ゴシロ、え、ちがうの? ゴヨ? イツシロ? え、ゴダイ? 了解、 アハハ、失礼しました(^_^;) 五代さん、一年B組の五代はるかさん! えと……五代さん、ステージに上がってください!

 一瞬ピロティーが静まった……。

「え……」

 本人が一番分かっていなかった。

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漆黒のブリュンヒルデQ・094『野村さんと公園に』

2022-10-21 15:25:19 | 時かける少女

漆黒ブリュンヒルデQ 

094『野村さんと公園に』   

 

 

 学校のお友だちよ、野村さん(^o^)

 

 祖母は――去年同じクラスだった――ぐらいの気安さで階段を下りてくるわたしに言ったけど、野村という友だちは設定の中にも居ない。

 ちょっと訝る気持ちで、玄関に。

「お久しぶり、ちょっと話があって、公園とかでいいかな?」

 野村さんは祖母の見立て通り、一二年生で同じクラスだったという感じの制服姿で用件を告げた。

「え、ああ、いいわよ。お祖母ちゃん、ちょっと公園まで行ってる」

「……あら、そう。上がってもらったらよかったのに」

「友だち同士、外で話したい気分の時もあるのよ。夕飯までには帰って来るから」

「すみません、ひるでお借りしまーす」

「そーお、じゃ、またゆっくり来てちょうだいね」

「はい。じゃあ、失礼します」

 外に出ると、前後から視線。お向かいの窓からはねね子と啓介。後ろは我が家の二階、玉ちゃんがニヤニヤと見下ろしている。

 野村さんは、玉ちゃんには小さく手を振り、向かいの窓には小さく会釈。わたしは啓介にアカンベェして公園を目指す。

「すみません、うまく合わせてもらって」

「で、どちらの野村さん?」

「松陰神社から参りました」

「あ、寅さんの?、あ、ごめんなさい。気安く呼んじゃった」

 祖父が『男はつらいよ』主題歌を歌ったりしていたものだから、区別がつかなくなってきた。

「いえ、吉田さんも、そう呼ばれるの喜んでます」

「え、そうなんですか?」

「お小さいころは『とら』と呼ばれてらっしゃったそうですから」

「フフ、可愛い」

「はい、だからいいんです」

 初対面なのに、本当に去年まで同じクラスだった感じで話してしまう。

 妖か亡霊のたぐいなんだろうけど、性格がいいというかできている感じだ。

 

「あら、ブランコとかやってみたかったり?」

 

 公園に入ると、ブランコに視線を向けているので聞いてみる。

「あ、分かっちゃった? あ、でも、まずは用件ね」

 そう言うと、ベンチに腰かけて用件を切り出した。

「わたし、野村望東尼(もとに)と申します」

「あ、まんまの野村さん……」

 軽く驚いてからアーカイブの知識が浮き上がってきた。

「あ!」

「はい、その野村です」

 野村望東尼。

 幕末に多くの勤王の志士と縁のあった尼僧。特に長州の志士との関りが深く、高杉晋作の最後を看取ったことで有名だ。

「まあ、高杉さんのことも思い出していただけたみたいね」

「はい、思い出したと言っても、こちらに来るにあたって持たされた情報ですけどね」

「それで十分です。高杉さんのことだから、待っていれば神社の方に訪ねてくると、百五十年ほど待っていたんですけどね、一向にお顔をお見せにならないので……」

「亡くなってからでも名前を憶えてるんですね」

 ここに来てから、名前を無くしたり忘れてしまった霊や妖ばかり相手にしていたので、名前を憶えているということが、ひどく新鮮。

「東京は戦災霊や震災霊が多いですからねえ」

「あ、そうですよね。普通に亡くなった人は地上に残っていても、ちゃんと自分のこと憶えてますよね」

「ええ、だいいち、ヒルデさんや、うちの吉田さんの前に現れる必要ありませんからね」

「え、彼らは、自分から望んで会いに来るんですか?」

「望んで……というのは、少し違うんですけど、因縁のようなものがあって、意志とは無関係に会ってしまうんです」

「そうだったんだ……あ、そうそう高杉さんのことですね」

「はい、実は高杉さんの辞世の句なんです」

 辞世の句……わたしのアーカイブには辞世の句までは記録されていない。

「もう息が切れる間際に『辞世の句を詠む』とおっしゃいましてね……『面白きことも無き世に 面白く……』上の句を詠んだところで疲れておしまいになられて、それで、わたしが下の句を付けたんです……『棲みなすものは心なりけり』」

「は、はあ……」

 辞世の句はおろか、俳句は学校の授業で習う程度の理解でしかない。でも『棲みなすものは心なりけり』では調べが違いすぎる。上の句が奔放な魂を空に打ち上げたような、それでいて肩の力が抜けた自由さを予感させるのに、下の句は小さく、よく言えば行儀よく収まり過ぎている。

「お感じになった通りです。でも、高杉さんは『面白いのう……』そう微笑んで逝ってしまわれました」

「そうなんですか……」

「こちらでお目にかかれたら、しっかり下の句を付けていただこうと待っていた次第です。吉田さんも心配……というよりは、高杉さんなら、じっさいどんな下の句を付けたかと思ってらっしゃるんですが、ヒルデさんのお家に伺うには、やはり女が良いだろうと、この望東尼が伺ったしだいです。もし、豪徳寺のあたりで高杉さんにお会いになったら、いちど神社の方にもお顔をお見せくださいと、わたしも吉田さんも願っているという次第です」

「そうなんですか……でも、吉田神社にも現れない高杉さんが、わたしのところに来られるでしょうか?」

「それは、吉田さんがおっしゃってました」

「え、なんと?」

「ヒルデという人は、晋作のドストライク!」

「え、ええ!!?」

「ということですので、高杉さんを見つけたら、よろしくお願いします!」

「え、あ……あははは」

「はい、用件は済みました。ブランコ……もいいけど、シーソーもやってみたいです。ヒルデさん、付き合ってください!」

「あはは、了解」

 

 けっきょく、夕方までかかって、公園の遊具を全部突き合わされてしまった。

 

☆彡 主な登場人物

  • 武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ
  • 福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員
  • 福田るり子             福田芳子の妹
  • 小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長
  • 猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
  • 門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ
  • おきながさん            気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
  • スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい
  • 玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
  • お祖父ちゃん  
  • お祖母ちゃん            武笠民子
  • レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女
  • 主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父
  •  

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・1『序章 事故・1』

2022-10-21 06:34:06 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

1『序章 事故・1』  

 

 

 ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!

 タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げて、大道具は転げ落ちた。

 一瞬みんながフリ-ズした。

「あっ!」

 思わず声が出た。

 講堂「乃木坂ホール」の外。十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ている。

「潤香先輩!」

 思わず駆け寄って大道具を持ち上げる! 頑丈に作った大道具はビクともしない!

「何やってんの、みんな手伝って!」

 フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。

「潤香!」
「潤香先輩!」

 ズサッ!

 皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。

「潤香……だめ、息してない!」

 マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。

「きゅ、救急車呼びましょうか……」

 蚊の泣くような声しか出ない。

「呼んで!」

 マリ先生は厳しくも冷静に命じ、わたしは弾かれたように中庭の隅に飛んで携帯をとりだした。

 一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴(かりん)の姿が見えて……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この事故現場を照らし出していた。

 

 ロビーの時計が八時を指した。

 

 病院の時計だから、時報の音が鳴ったわけじゃない。心配でたまらない私たちは、病院の廊下の奥を見ているか、時計を見ているしかなかった。

 ロビーには、わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。

 あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。
 外に出た何人かは、そのままエントランスのアプローチあたりから中の様子を窺っている気配。
 ついさっきも部長の峰岸さんからメールが入ったところだ。
 わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているんだ。


 時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、潤香先輩のお母さんとマリ先生、教頭先生がやってきた。


「なんだ、まだいたのか」

 バーコードの教頭先生の言葉はシカトする。

「潤香先輩、どうなんですか?」

 マリ先生は許可を得るように教頭先生とお母さんに目を向けて、それから答えてくれた。

「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」

 ハンカチで涙を拭うお母さん。

「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにが……ですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」

「よ、よかった……」

 里沙がつぶやいた。

「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」

 お母さんは、里沙に安堵の顔を向ける。

「ですね、今年の春だって自分で怪我をねじ伏せた感じだったし。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」

 マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。

 ウワーーン(;´༎ຶ۝༎ຶ`)!!

 夏鈴が爆発した。

 夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめた。それに驚いて、夏鈴は一瞬泣きやんだが、すぐに、自販機とのデュオになり、みんなはクスクスと笑い出した。

 

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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・100『何かあったんだ!』

2022-10-20 08:00:34 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

100『何かあったんだ!オメガ  





 マッジさんに来てもらえないかしら。

 一通りマッジさんのいきさつを説明すると、木田さんは胸の前で小さく手を合わせた。

 四月の下旬に、学校で『ミサイル着弾を想定した避難訓練』が行われ、木田さんは負傷してしまった。

 その木田さんを助けたことで、木田さんのお祖父さんがお礼に来られた。

 木田さんのお祖父さんは徳川家友と言う名前で、盾府徳川家の当主。

 世が世ならば侯爵家、貴族院の議長でもやっていようかというようなエスタブリッシュメントだ。

 木田さんは、その嫡孫、すなわち盾府徳川家のお姫様。未成年のうちは母方の姓を名乗っているが、ゆくゆくは盾府徳川家を相続するお姫様なんだそうだ。

 そのお姫様が、誰も居ない生徒会室とはいえ、困った表情で手を合わせているんだ。正面から向き合わざるを得ない。

「父の代から勤めていてくれていたメイドが辞めてしまったの……」

 学校に通う都合で、木田さんは別宅に住んでいる。

 身の回りの世話は、住み込みと通いのメイドさんがやっているそうなのだが、住み込みのメイドさんが身体を壊して辞めてしまったのだ。

 低血圧の木田さんは、遅刻せずに起きるのが精いっぱいで、自分の身の回りのことも不自由になってきているらしい。

「通いのメイドも居るのだから、なんとかなると思っていたんだけど、ちょっともう限界で……それで、こないだマッジさんがお弁当届けに来たじゃない。窓から一部始終を見て、こんなメイドさんに来てもらえればと、そう思ったの」

「分かった。マッジさんも来日早々勤め先のお宅が火事になって困っていたんだ、結論は話してみなきゃ分からないけど、双方にいい話なんじゃないかな」

「ほんと?」

「おそらく」

「嬉しい、相談してよかったあ!」

 木田さんはバネ仕掛けみたいにジャンプして俺の手を握った。

 フワッとシャンプーだかのいい匂いがして、クラクラした。

「だ、だいじょうぶ?」

「ドンマイドンマイ」

 いそいで取り繕う。こういう時に、俺のω顔は人に安心を与える。

 

「まことにありがとうございました」

 

 マッジさんが慇懃に頭を下げる。こういう動作にもリアルメイドの気品が漂う。

 盾府徳川家本宅に挨拶に上がった帰りだ。

 本宅は江戸時代の上屋敷で、終戦後手放したのをお祖父さんの事業拡大に伴って買い戻したものだ。

 面積は半分になってしまったらしいが、それでも都心の小学校程はある。

「これなら、マッジさんが言ったように、マッジさん一人でも来れたね」

「いいえ、右も左も分からない東京です、付き添ってくださって助かりました」

 謙遜なんだろうけど、マッジさんは行き届いた人だ。

 マッジさーーん!

 すでに遠くなった門の方から木田さんの声がした。

「おじい様もとても喜んでくださったわ! わたしったら舞い上がっちゃって、お話もできなくて、よかったら別宅の方見てもらえないかしら?」

「あ、それは、こちらこそ」

「じゃ、決まりね。妻鹿君も来てくれるでしょ?」

 マッジさんが一瞬俺の顔を見る――乙女心です、いらしてください――と言っている。

 こういうのは苦手なんだけど、マッジさんの思うことなら間違いはないだろうと思ってしまうから仕方がない。

「うん、行かせてもら……」

 そこまで行った時にスマホが鳴った。画面はシグマからの着信を知らせていた。

「おう、俺だけど……」

 気楽に出た電話だったが、シグマの声はこわばっていた。

『すみません、い、今から会えませんか……いえ、会って欲しいんです……神社で待ってます』

 シグマの、こんな声は初めてだ。

 どんなフラグかは分からないが、放置していい声じゃない。

「分かった、鳥居の前な、すぐに行く!」

 何かあったんだ! 二人に挨拶もせずに駆けだした。

 表通りに飛び出したところで、視野の片隅に大きな影が膨らんだ。

 それが流行りのSUV(スポーツ用多目的車)だと気が付いた瞬間、俺の体は宙を飛んだ。

 梅雨にしては青い空だ……そう思って、意識が切れてしまった。


※ オメガとシグマ第一期終わり  第二期に続きます

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿幸一           祖父
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • マッジ・ヘプバーン      ミリーさんの知り合いの娘 天性のメイド資質
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
  • ビバさん(和田友子)     高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ
  •            

 

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ピボット高校アーカイ部・28『ダウンジング』

2022-10-19 16:13:38 | 小説6

高校部     

28『ダウンジング』

 

 

 放課後の部活動、部室のドアを開けると先輩が唸っている。

 うーーーん

「お腹でも痛いんですか?」

 先輩は、浅く腰かけた姿勢で、お腹を抱えて前かがみになっているので、ほんとうにそう思った。

「魔法陣だ」

「え?」

 言われて床を見ると、いつもの魔法陣が頼りない。

 輝きが弱くなって、心なし揺れているように見えて、消えかけのロウソクのようなのだ。

「ちょっと、不安定なんですか?」

「ああ、このまま飛び込んだら、狙ったところに行けなくなる。あるいは、帰ってこれなくなる」

「なんで不安定になったんですか?」

「ひょっとしたらなんだが、魔法陣に更新期が来ているのかもしれない」

「魔法陣に更新期があるんですか」

 そう言いながらも、僕はお茶とお菓子の用意にかかる。

 お茶をしながらという部活のスタイルに慣らされてしまっている。

「はい、どうぞ」

 いつものようにテーブルに、お茶とお茶うけを置く。

 お茶は、いつものダージリン、お茶うけはろってが持ってきてくれたクラプフェンだ。

「ああ、すまん……」

 先輩は、魔法陣を睨んだまま、まずクラプフェンに手を伸ばす。

 ハム……

 まるでアニメのキャラが食べるような感じでかぶりつく先輩。

 ザワザワ

「「あ!?」」

 先輩がクラプフェンに齧りつくタイミングで、魔法陣が揺らめくというか騒めく。

「先輩!」

 ムシャムシャムシャ

 ザワザワザワ

 先輩の咀嚼に合わせて、魔法陣は騒めきをシンクロさせる。

 ゴックン

 先輩が呑み込むと、それに合わせて魔法陣は震えて、呑み込み終わると、微妙にボケている。

「クラプフェンが影響しているんだ」

「悪い影響ですか?」

「いや、わたしのステータスが上がって、この魔法陣に合わなくなってきたんだ。そういう力がクラプフェンにあるんだろう」

「ろっての力ですか?」

「たぶんな……あいつも作られた時期は一緒だ。わたしに似た力があるんだろう……新しい魔法陣を探そう」

「探す?」

「あったかな……」

 先輩は立ち上がると、書架の一角にある道具箱を漁り始めた。

 ガチャガチャガチャ

「あった!」

 それは、Lの形をした二本の金属の棒だ。

「ひょっとして、ダウンジングですか?」

「ああ、ほとんど七十年ぶり……うまく使えるといいんだが」

 先輩はL字棒を両手に一つづつ持って構えると、L字棒の指し示す方角に歩き出す。

 L字棒は、瞬間はピクンと警察犬のように方角を示すのだけれど、直ぐに駄犬に戻ったようにグニャグニャといい加減になってしまう。

「どうも、わたし一人では力不足のようだ……鋲、お前も持て」

「僕ですか?」

「他に鋲はおらん」

「はい」

 先輩から一本受け取って、横に並ぶ。

 ピピ

「来ました、先輩!」

「おお」

「「…………」」

 先輩一人の時よりも数秒長くL字棒は、方角、どうやら、部室のドアの方角を指し示すのだけど、三秒もしないうちにデタラメになってしまう。

「……二人が離れすぎていて、感度が持続できないんだな」

「そうなんですか?」

「たぶん、電池を繋げるのと同じなんだ」

「電池ですか?」

「ああ、違う極同士を繋げないと、電池は力を発揮しない。小学生の時に懐中電灯を作る実験とかしただろ」

「はい、接点金具をちゃんとしないと点かないんですよね……って、手を繋ぐんですか!?」

「一番手軽な接点だ……ほら、しっかり指し始めたぞ!」

「は、はい」

 確かにL字棒は一定の方角を指して揺るがなくなった。ちょっと恥ずかしいけど、まあ、これくらいなら。

 手を繋いでL字棒の示すままに進んでいくと、廊下に出て、つぎには旧校舎の外にまで出てしまった。

「先輩、なんか、みんな見てますよ(^_^;)」

「任務のためだ辛抱しろ」

「に、任務ですか……」

 任務と言われては仕方がない、ドキドキしながら進んでいくと、とうとう昇降口の前まで来てしまって、L字棒は、そこで力を失ってしまう。

「ここ……なんですかね?」

 下校のためや、部活に向かう生徒たちがジロジロ、中には面白そうだと立ち止まって見る者まで出てきた。

「いや、L字棒が力を失ったんだ。これでは、まだ接点が弱いんだろう」

「弱いって、じゃあ……」

「こうしよう!」

 先輩はいったん手を離すと、ガバっと僕の肩に手を掛けて、正面から抱き合うように密着した!

「ちょ、先輩(#'∀'#)」

「ほら、力が戻ったぞ!」

 確かに、二人のL字棒は再びピクンと力を取り戻した。

 そして、みんなの注目も何倍も熱くなった!

 放課後の昇降口前で、近ごろ噂の立ってきたアーカイ部の二人がソーシャルダンスみたいにくっ付いているんだから、注目もされる。

 注目の中には、クラスメートの中井さんやカミングアウトも混じっていて、他の生徒よりも感情のこもった目で睨んでいる。

「ちょ、先輩、ヤバイですって!」

「辛抱しろ、これには、要市の、日本の将来がかかっているかも知れんのだぞ!」

「恥ずかしい(#>o<#)」

「動くな! 棒が揺れる!」

「はひ!」

「よし、こっちだ!」

 先輩は、僕をがっちりホールドして、新たにL字棒が指示した方角に進んでいくのであった……。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長
  • 中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート
  • 田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父
  • 田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務
  • プッペの人たち              マスター  イルネ  ろって
  • 一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 
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泣いてもωオメガ 笑ってもΣシグマ・99『ほどではないが』

2022-10-19 06:08:40 | 青春高校

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)

99『ほどではないがオメガ  





 やっぱり一年生は子どもだ。

 マッジさんが弁当を届けに来て以来、小菊は大人気だ。

 昨日は学校帰り、暇な生徒たちに追いかけられていた。

 小菊はパート帰りのお袋と出くわし、助けを求めたら、今度は「キャー、小菊と雄一を生んだ奇跡の母よ!」と、お袋が追いかけられるハメになった。

「あーおもしろかった!」

 お袋は、娘と一緒にご町内の裏や表を逃げ回り、四十数年ぶりの鬼ごっこに息を弾ませて帰って来た。
 
 俺は遠巻きに視線は感じるが、パパラッチ化した生徒に追いかけ回されることは、ほとんどなかった。

「三年生が落ち着いているというよりも、お前には、もう一つ華がないんだろうなあ」

 いつもの学食で、スペメン(全部載せラーメン)を啜りながらノリスケが言う。

 増田さんは(小菊ほどではないが)集まる視線に怯えて別の席で食ってる。

「華なんかいらねーよ、俺は普通がいいんだ」

「確かに小菊ちゃんは、押し出しのある可愛さで、クラスじゃ担任の先生も頼りにするしっかり者、その上売り出し中のラノベ作家だ」

「なんか、その言い回しは、俺には取り柄が無いと言っているように聞こえるんだけど」

「だって、普通がいいんだろ?」

「そうだけど、おまえの言い回しは微妙に違う」

「アハハ、それは俺の友情だ!」

「食いながら笑うな! ほら、チャーシューのカケラが飛ぶじゃねーか!」

「あ、すまんすまん」

 ノリスケは身を乗り出したと思うと、俺のほっぺたに飛んだチャ-シューのカケラを舐めとった。

 キャーーー!

 隣のテーブルの陰に隠れていたパパラッチ女子が悲鳴を上げて逃げていく。

「これで、オメガを追いかけてくる奴はいなくなった」

 いいんだけども、ちょっと寂しくないこともない。離れた席で俯いてしまった増田さんも可哀そうだ。

 学食を出ると、校舎の二階から木田さんが手を振っているのに気付いた。

 目が合うとポケットに覗いたスマホを指さした。

 なるほど、人目を避けスマホでコミニケーションを計りたいらしい。

―― 相談したいことがあるので生徒会室まで来てもらえませんか? ――

―― 了解 ――

 ノリスケと別れて生徒会室を目指した。

 生徒会室には木田さんが一人いるきりだった。

 

「代議員会やってるから、昼休みは誰も居ないの。外で声かけたら、ちょっと目立つでしょ」

 やっぱり、木田さんが引いてしまうほどには注目を集めているようだ。

 で、気づいた。木田さん、ちょっとやつれてないか?

 いつもの木田さんらしくなく、横っちょの毛が跳ねてアホ毛っぽくなっている。制服の着こなしも、どこか微妙。ブラウスの打ち合わせが右に寄ったりしている。

「寝癖直すヒマなくって……」

 表情を読まれたのか、木田さんはササッと手櫛をかける。櫛とかも持ってない様子だ。

「あの……妻鹿君ちにメイドさんいるわよね?」

「え……?」

 ちょっと身構えてしまう俺だった……。

 

 

☆彡 主な登場人物

  • 妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  
  • 百地美子 (シグマ)     高校二年
  • 妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 
  • 妻鹿幸一           祖父
  • 妻鹿由紀夫          父
  • 鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち
  • 風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘
  • 柊木小松(ひいらぎこまつ)  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
  • ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母
  • マッジ・ヘプバーン      ミリーさんの知り合いの娘 天性のメイド資質
  • ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任
  • 木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)
  • 増田汐(しほ)        小菊のクラスメート
  • ビバさん(和田友子)     高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ
  •            

 

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