老いも若きも、ぶら下げているストラップ。大昔からそういうお洒落はあったのかもしれないけれど、最近の傾向には驚かされるものもある。
若い女の子が、ストラップと言うよりはぬいぐるみのような大きな愛玩をバックなどに付けてぶらぶらさせている。
こちらはギョッとするけれど、ごく当たり前の風である。思わず顔を覗いてもごく普通の女学生で。(あんなものを付けて学校に通うなんて!)うーん・・・、わたしも若かったら同じようなことをしているのだろうか(否・・・)
わがサークルに通ってくる小学五年の女の子、ランドセルを見たら一つ二つでなく幾つもの下がり物(ストラップ)。頭も気立てもいい女の子が普通に付けている。(こっちの頭がおかしいのか?)
しかし、それは若い子に限ったことではなく、わたしたちお祖母さん世代にも及んでいる。何気なく付けているお土産風のストラップ、孫の手作りらしきお人形etc・・・。
かくいうわたしのところにも、友人たちの手作りが・・・温かい友情に感謝しながら、あっちのバック、こっちのバックにと付けて楽しんでいる。
流行というものは、わたしのような末端にまで波及し、当たり前の風俗として定着しているのを感じるとき、だからこそと、逆説的に納得してしまうのである。
若い女の子が、ストラップと言うよりはぬいぐるみのような大きな愛玩をバックなどに付けてぶらぶらさせている。
こちらはギョッとするけれど、ごく当たり前の風である。思わず顔を覗いてもごく普通の女学生で。(あんなものを付けて学校に通うなんて!)うーん・・・、わたしも若かったら同じようなことをしているのだろうか(否・・・)
わがサークルに通ってくる小学五年の女の子、ランドセルを見たら一つ二つでなく幾つもの下がり物(ストラップ)。頭も気立てもいい女の子が普通に付けている。(こっちの頭がおかしいのか?)
しかし、それは若い子に限ったことではなく、わたしたちお祖母さん世代にも及んでいる。何気なく付けているお土産風のストラップ、孫の手作りらしきお人形etc・・・。
かくいうわたしのところにも、友人たちの手作りが・・・温かい友情に感謝しながら、あっちのバック、こっちのバックにと付けて楽しんでいる。
流行というものは、わたしのような末端にまで波及し、当たり前の風俗として定着しているのを感じるとき、だからこそと、逆説的に納得してしまうのである。