続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『忘れえぬ人々』41.

2019-11-26 06:38:38 | 国木田独歩

 大津とは即ち日が暮れて着た洋服の男である。

 大津はタイ・シンと読んで、他意、芯。
 即ちはソクと読んで、則。
 日が暮れてはカ・ボと読んで、化、募。
 着たはジャクと読んで、惹。
 洋服はヨウ・フクと読んで、様、複。
 男はダンと読んで、談。


☆他意の芯(中心)の則(きまり)は化(教え導くこと)を募(広く求めること)である。
 惹(ひきつける)様(ありさま)には複(二つ)の談(話)がある。


『城』3310。

2019-11-26 06:28:36 | カフカ覚書

とにかく、この点ででも、従僕のとった処置は、おそらく完全に正しかったわけである。最後に、どうしてもおとなしくしようとしない役人は、ひとりだけになった。


☆いずれにしても、ここでは従僕は完全に正しい手本だったのである。
 最後にどうしても落着かないのは先祖の大勢の人たちだった。


Ⅱ-1-5「所有・雰囲気・振動ー森のはずれ」のための模型No.4

2019-11-25 07:08:09 | 美術ノート

 百分の一、千分の一の模型だろうか。とにかくこの山はどこからも上れないように創られている。
 縮小された山は一見、不思議さを見いだせないが、大きさをヒューマンスケールで測りなおしてみると、魔の山である。歩けない尾根、上れない勾配・・・点々で記されているのは樹木だろうか、平野(人の住むエリア)にあるそれ(樹木/自然)が山には認められない。
 この山は非人間的(神秘)の山であり、ここからは神の領域としての森のはずれである。

「所有(心の中にある)雰囲気(夢想)の振動(精神の起伏)・森のはずれ(見たことのない神の領域)」である。これを制作するための試作では人の住むエリアはベタにするしかないのかもしれない。

 地理的な「森のはずれ」は、精神的(精神界)では中央に位置することで、希求の形になりうる。


 写真は『若林奮 飛葉と振動』展・図録より 神奈川県立近代美術館


『忘れえぬ人々』40.

2019-11-25 06:56:43 | 国木田独歩

 七番の客の名詞には大津弁二郎とある、別に何の肩書もない。六番の客の名詞には秋山松之助とあって、これも肩書がない。


☆死地を判(判別する)規約は、冥(死後の世界)の詞(言葉)に換え、新しく弁(備えている)。
 字から漏れる別な仮に兼ねた諸(もろもろ)を録(書き記し)判(区別する)規約である。
 冥(死後の世界)の詞(言葉)を修(整え)算(見当をつける)。
 死を叙べ、兼ねて署(割り当てる)。


『城』3309。

2019-11-25 06:43:52 | カフカ覚書

sいかし、相手の役人のほうも、しだいにおとなしくなっていつた。ひっきりなしに泣いていた子供も、やがてだんだんとぎれとぎれのすすり泣きに移っていくものだが、この役人のわめき声も、それとおなじであった。けれども、もうすっかり静かになってからでも、まだときおり間歇的にどなり声が起こったり、例のドアをいそいで開閉する音が聞えたりした。


☆しかし、大勢の人たちは静かになった。絶え間なく啼いていた子供もだんだんすすり泣きに移っていく。しかしながら、完全に静かになったように見えたが、再びまた多くの傷痕により、先祖からはときおり叫び声が上がり、逃げていた計画の可否に揺れていた。


Ⅱ-1-5「所有・雰囲気・振動ー森のはずれ」のための模型No.4

2019-11-22 07:12:35 | 美術ノート

  Ⅱ-1-5「所有・雰囲気・振動ー森のはずれ」のために模型No.4

 平地(草原)の中央に小高い山(岩)がある。
 平地には直線が敷かれている、即ち人の手(英知、歴史)が入っている領域ということである。
 一方、小高い山(岩)を凝視すると、えぐられていたり鋭角の勾配であったりする。つまり、人が登れない山(岩)である。もちろんこの形態を長い時間保持することはできず、やがては崩壊を余儀なくされる形ではある。
 これをどう考えるか・・・神の領域であり、人力の及ぶ範囲ではない。

 祀るべき領域、畏敬せざるを得ない人知の届かぬ領域としてのシンボルである。
 可視の存在でありながら、山頂に立つことは不可抗力と思える頂上の先鋭である。

 森のはずれー精神の震え立つ祈るしかないエリアへの信奉・・・ただ存在するだけで神を実感する所有・雰囲気・振動・・・これらの想像を形にしたものである。


 写真は『若林奮 飛葉と振動』展・図録より 神奈川県立近代美術館


『忘れえぬ人々』39.

2019-11-22 06:52:02 | 国木田独歩

名)刺の交換が済むや、酒を命じ、談話に実が入って来るや、何時しか丁寧な言葉とぞんざいな言葉とを半混に使うように成ったものに違いない。


☆死の講(話)の肝(重要なところ)は済(救い)であり、主に迷いを断ち切ることであるr。
 和(調合する)実(内容)は、新しい記であり、化(教え導くこと)である。
 字を訂(ただす)と現れる様(ありさま)は幻(まぼろし)の様(ありさま)である。
 半(二つに分けた一方)の根(物事のもと)は、死の状(すがた)の意(考え)である。


『城』3308。

2019-11-22 06:43:06 | カフカ覚書

というのは、従僕は、平然として先へすすんでいき、ふりむきもしないで、損をした役人がわめきたてる騒音を受けながしていたからである。ただ、ときおり眼をかなり長いあいだつぶって、この騒がしさに苦しめられているんだということをしめした。

 

☆彼はじっと冷静なまま、振り回されることなく、その騒音の中にいた。ただときおり、長いあいだ眼を閉じ騒音に耐えているのだということを仄めかした。


Ⅱ-1-4「所有・雰囲気・振動ー森のはずれ」のための模型No.9②

2019-11-21 07:42:19 | 美術ノート

 直方体、中の空洞は空のようである、大地(地上)が空を内包している。
 相の変換。樹や建造物(自然と人工)と空間との対峙。

 見えるもの(存在と呼ばれるもの)が見えないもの(不在と思われているもの)を被っている、互に犯し合っている関係である。

 この関係は常に等しく、常に太陽の熱エネルギーにより振動(風)を起している。
 大気の循環があっての地球と宙の関係である。

 見えるものと見えないものとの、その間の接点とも言うべき《振動》、揺らぎが存在を秘かに支えている。


 写真は『若林奮 飛葉と振動』展・図録より 神奈川県立近代美術館