人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

世界的規模のフタ開け

2015-02-15 15:00:24 | スピリチュアル
「あんな真面目な人が、善人が何故あんなことを…」「学校教師、警官、宗教家…かかる人たちが何で又あんなあるまじきことをするのか…」いつもながらニュース報道で、おなじみのコメントですね。
でも、それを聞いてこんな感想を持つ人も居ることでしょう。
「ああいう人たちだからこそ、あんなことになってしまったんだろう」と…報道ではこんなことは言えないのでしょうか?
忌わしい事件の数々に接してみて、何か行きどころの無くなったネガティブな思いが、巷にあふれ出てきている、という印象を持ちます。
「悪いこと、罪深いこと、恥ずかしいこと、自分が信じてる正しい宗教の教えに反したこと…」
何と我々人類は、ことの良し悪しを巡り、自他を傷つけ、殺め続けてきたことでしょうか!
特に何かの信念を持った、常に正しくなきゃならないごリッパな人たち、悪や不調和など持つべからずという人たち、彼らはごく身近にある、悪も罪も認めることなど出来ず、それらは否定され、フタをされてしまいます。
ごく身近にあるものとは、自分と分かち難くあるもののことです。
元々分割など出来ないにも関わらず、彼らは正しいもの、こうでなくちゃならないもの、救われるものなどと、善からぬもの、滅びゆくものなどとを分け、常の自分を正しいサイドに置き、別のサイド~それにはサタン、異端、闇の勢力などと言った表現がつけられています~との戦いに明け暮れています。
所謂信じやすい素朴な人たちでない、より洗練された人たちは自我、エゴと戦い続けています。
(その戦いを仕掛けているのもエゴなんですよ!などとイタチごっこみたいなこと言っても始まりません!)
この戦いの本質は葛藤、つまり自分との戦いです。
今や世界的規模で万人の万人のための戦いが始まっているかのようです。
そうしてこの戦いによって累々たる否定された思いが、見えないマンホールへと追いやられます。
でも押し込められた感情がいっぱい詰まったマンホールは、いつしか飽和状態に達しフタを押し開け噴き出すに至る…
これが今全世界で起きていることのように思えます。
この怒涛のように押し寄せるネガティブな感情の前には、我々は為す術が無いのでしょうか?
そうですね、多分…無いです!
そもそも、我々が何とかしなきゃならないと思う事自体が、戦いの始まりだと気づくべきなのではないでしょうか?
これはもう、我々の手に負える事ではないのです。
隠されていたものが顕わになる、これは必然とも思えます。
そしてこの世界的規模のフタ開け現象には、別なるもっと本質的な事が隠されているようです。
押し込められたもの、追いやられてきたものの復権…
それはこれまで証明されることが出来ないと言う理由で、現世では否定されてきたものです。
肯定される事が有っても、その実相は誰にも分からないものです。
それが我々の本質を顕わにする…
そして我々の暗部に光が当てられる…
「人は神の子、本来悪も罪も無い」という教えが有りますが、それは魔法のように悪や罪が無くなってしまうという事でなく、悪と見えるもの、罪と思えることが違った様相で映し出され、闇もまた全体の一部だったと知らされるのが、”生命の実相”の真相ではないでしょうか?
それは人の信仰や信念によって知らされるものでは有りません。
それは隠されていた我々の本体の顕現によって知らされるのです。
その時、我々はあれとこれとに分裂したものでなく、一つの命だったのだと知らされるでしょう。
このことはまず、自分自身について示されることです。
自分自身との和解です。
その時、自分自身にも見える世界にも戦いは終わるでしょう…。





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