本日はスタン・ゲッツの初期の代表作「スタン・ゲッツ・プレイズ」をご紹介します。このアルバム、何と言ってもジャケットが超有名ですよね。テナーを抱えたゲッツにかわいい男の子がささやきかけるこの写真。見ているだけで微笑ましくなりますね。写っているのはゲッツの実際の息子であるスティーヴ君(当時5歳)で、この写真を見るとゲッツは良いパパだったんだろうなあ、と想像したくなります。
ただ、実際のゲッツはそんな生易しい人ではなかったようです。当時の多くのジャズマンと同様にゲッツもまたドラッグとアルコールに溺れ、私生活は荒み切っていました。スティーヴ君の母親でもある最初の妻ビヴァリーともクスリが原因で離婚し、その後スウェーデン人のモニカと再婚しますが、そのモニカに対しても家庭内暴力(DV)を振るったりしていたそうです。よく天才と狂人は紙一重と言いますが、彼もまさにそのタイプだったようで、ミュージシャン仲間からも付き合いにくい奴と評判は良くなかったとか。
ただ、そんなゲッツがひとたびテナーを吹くや、まるで極上のシルクのような滑らかで美しい音が紡ぎ出されるのですから芸術の世界とは不思議なものです。本作が録音されたのは1952年、ゲッツ25歳の時で彼のキャリアの中ではわりと初期の頃ですが、この時点でゲッツのスタイルは既に完成されています。まろやかで優しい音色のテナー、そしてメロディアスでありながら創意工夫を凝らしたアドリブ。まさに唯一無二のゲッツ節を堪能できます。
なお、本作はゲッツがヴァーヴ・レコード(録音当時の名称はノーグラン・レコード)に吹き込んだ最初の作品で、この後ゲッツは20年間にわたって40枚以上ものレコードを同レーベルに吹き込みます。メンバーはジミー・レイニー(ギター)、デューク・ジョーダン(ピアノ)、ビル・クロウ(ベース)、フランク・イゾラ(ドラム)です。ただし、レイニーやジョーダンがソロを取る場面はごくわずかで、ほぼ全編に渡ってゲッツのテナーを聴くための作品です。
全12曲、うち11曲は歌モノスタンダードです。選曲も"Stella By Starlight""Time On My Hands""The Way You Look Tonight""Lover, Come Back To Me""Body And Soul""Stars Fell On Alabama"と言った定番曲ばかりで、一歩間違えると安易でチープな企画になるところです。ただ、それでも十分に聴き手を飽きさせないのがゲッツの凄いところ。バラードでは優しく慈しむように歌い上げ、アップテンポでは矢継ぎ早に創造性に満ちたアドリブを繰り出します。どの曲も平均点以上ですが、個人的におススメは4曲目の"The Way You Look Tonight"。まず1週目は原曲のメロディ通りに吹いた後、2周目は完全アドリブでソロを吹くのですが、まるで譜面に最初から書かれているかのようなメロディアスなフレーズを淀みなく繰り出すところが圧巻ですね。一方、続く”Lover, Come Back To Me"は最初からアドリブで原曲を大胆に崩しているのですが、それでもきちんと”歌”として成立させています。他では”You Turned The Talbes On Me"も素晴らしいですね。通常はミディアム〜アップテンポでスインギーに演奏されることが多いですが、ゲッツの演奏によってまるで別の曲かのような美しいバラードに生まれ変わっています。
なお、1曲だけスタンダードじゃない曲が収録されているのですが、それがジジ・グライスの”Hymn Of The Orient"。この曲は翌年にクリフォード・ブラウンも「メモリアル・アルバム」で吹き込んでいますが、時系列的にはこちらの方が先です。この頃はジジ・グライスもまだキャリアの駆け出しの頃ですが、ゲッツは前年のルースト盤でも彼の曲を取り上げています。他にも無名だったホレス・シルヴァーをバンドのピアニストに抜擢したりと、意外と若い黒人ジャズマンの発掘に見る目があったのかもしれません。白人ジャズの代表格と目されるゲッツの意外な一面ですね。
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