※青森県南部地方の話題ですが、便宜上「津軽のいろいろ」カテゴリーにします。
僕は、青森県の東側・南部(県南)地方には、なじみが薄い。
八戸市に親戚がいるなどして多少のつながりがあり、何度か訪れたこともあったのだけど、何も知らないも同然だった。
先週末、八戸を訪れる機会があり、今までよりは深く街を見ることができた。
折しも、重要無形民俗文化財、青森冬の三大まつり、みちのく五大雪まつりの1つ「八戸えんぶり」の開催中(17~20日)であった。
僕の今までの知識では、八戸のお祭りといえば「三社大祭」とえんぶりの名は、すぐに連想できた。4年も青森県に住んでいたのだから、当然。
しかし、それらが、いつ行う、どんな内容の祭りなのかといった詳細は知らなかった。4年も住んでいたのに、恥ずかしながら。
今回、事前に見聞きしたところ、「えんぶり」とは、
・その年の豊作を願って舞い踊る、小正月行事。
・市内や周辺から参加する30組以上のグループ「えんぶり組」単位で行う。
・複数の踊りを次々に披露し、それら1セットを披露するのに30分以上かかる。
・披露する形式は、大通りで全えんぶり組が一斉に披露するもの、公共施設などで1組単位で披露するもの(一部有料)、各えんぶり組が街中などを巡回して披露する(門付=これが本来のやり方)ものなどがある。
その程度の予備知識で八戸に行って、ごくわずかだけ、えんぶりを見た。
※すべてスマートフォンで撮影した写真で、シャッターのタイミングが合わずイマイチの写真です。
八戸の市街地は、東北新幹線の八戸駅からは離れている。太平洋岸を南下するローカル線・JR八戸線に乗り換えて2駅・本八戸駅下車。駅前からちょっと歩くと市役所があり、その付近が中心市街地。
八戸市役所(現地では「八戸市庁」と称する模様)前の広場(市民広場・おまつり広場)にステージが設けられ、そこで「内丸えんぶり組」という団体によるえんぶりを見ることができた。(他の時間帯は別の組が出演)
「地元の内丸です」と自己紹介していたが、地図で調べると本八戸駅から市役所にかけてが、内丸という町名で、正真正銘の地元だ。

馬の頭をかたどった色鮮やかな烏帽子をかぶったのが、「太夫」と呼ばれる3名のメインの舞い手(組によっては5名までいる)。
烏帽子
ほかに、子どもを中心としたカラフルな衣装の人、太鼓や笛を担当する人など、かなりの人数からえんぶり組が構成されていた。みんな藁靴を履いている。その全員が登壇。
「MC」に相当する進行役のお父さん(「親方」と呼ぶ?)もいて、ユーモアを交えて分かりやすく説明してくれた。
えんぶりとは漢字で「木偏に『八』」と書く。元は「えぶり」という農耕具(=グラウンドや砂場をならすT字型の道具に似ている)のことだそう。
椅子は満席。立ち見も多数
太夫が「ジャンギ」という音の出る棒を持って、激しく舞うのが3回。年間の稲作の作業を表している。NHKの報道によれば、ジャンギで地面をたたく動作は、土の中の神様を呼び起こす意味があるとか。
唄い手の男性が1人いて、その歌とお囃子に合わせて舞う。
紫の衣装が唄い手。背中に「木八」
その合間に、ほかの人たちによる別の演目が披露される。お年寄りと幼児(今回は68歳と4歳の組み合わせで、血縁関係はないとのこと)の踊りとか、少女による南京玉すだれ(生で見たのは初めてだった)など。「祝福芸」という余興のようなものだけど、これらもおもしろい。
子どもたち(と後方に太夫)による田植えの踊り
「やり過ぎると腰痛める」といった歌詞があった。
3人の少年が鯛を釣り上げる「えびす舞」
写真は釣り上げようとがんばっているシーン。1度失敗して、最後は(プラスチックの)立派な鯛を見事に釣り上げた。
以上、通しで30分強。
ほかには、さくら野八戸店に隣接(一体化?)する文具店「カネイリ」の店内で門付していたのを、少しだけ見た程度。
えんぶりのごく一部だけなんだろうけど、想像以上に見応えがあった。
どこの祭りでも、それなりの準備や練習、次世代への継承は必要だけど、えんぶりはかなり大変ではないだろうか。秋田の竿燈も技の習得と継承は大変だけど、こちらは演目が多いし、衣装もいろいろ必要だし。
いろいろな世代が参加し、かつその役割が細かく区分されているのも、特徴的。
あと、篠笛(?)によるお囃子のメロディが印象に残った。何度か出てきた曲は、竿燈やねぶたなど夏祭りのお囃子よりも明るく感じた。音程のアップダウンとか、舌使い(?)とか難しいかもしれない。
それと、津軽地方と異なり、やませが吹き付ける南部は気象条件が厳しく、農業の内容も大きく異なり、稲作のウエイトは低いはず。特に昔なら。
そんな土地で、稲の豊作を願うこのような行事が行われているのは、意外だった。
さらに、今は工業都市である八戸の街中で、それが受け継がれているのも。
秋田でも、「雪中田植え」や刈和野大綱引き、六郷の竹打ちなど、冬の時期に豊作を願う行事はいくつかあるけれど、えんぶりのほうが豊作への熱心な願いがこめられているような気がした。
厳しい条件の南部ならではのもので、それに加えて、春を迎える喜びや期待を表すのが、えんぶりなのかもしれない。
青森県警八戸警察署八戸中央交番
市役所向かいの八戸中央交番の建物にも、烏帽子がデザインされる。(2001年までここに八戸警察署があったとのこと)
市街地・三日町で門付の準備中
もともと積雪が少ない八戸だが、この時はほぼまったく雪がなく、途中から雨が降ってきた。烏帽子にビニールをかぶせていた。
八戸への道中や八戸の食べ物の話題など、後日続きます。※次の記事
僕は、青森県の東側・南部(県南)地方には、なじみが薄い。
八戸市に親戚がいるなどして多少のつながりがあり、何度か訪れたこともあったのだけど、何も知らないも同然だった。
先週末、八戸を訪れる機会があり、今までよりは深く街を見ることができた。
折しも、重要無形民俗文化財、青森冬の三大まつり、みちのく五大雪まつりの1つ「八戸えんぶり」の開催中(17~20日)であった。
僕の今までの知識では、八戸のお祭りといえば「三社大祭」とえんぶりの名は、すぐに連想できた。4年も青森県に住んでいたのだから、当然。
しかし、それらが、いつ行う、どんな内容の祭りなのかといった詳細は知らなかった。4年も住んでいたのに、恥ずかしながら。
今回、事前に見聞きしたところ、「えんぶり」とは、
・その年の豊作を願って舞い踊る、小正月行事。
・市内や周辺から参加する30組以上のグループ「えんぶり組」単位で行う。
・複数の踊りを次々に披露し、それら1セットを披露するのに30分以上かかる。
・披露する形式は、大通りで全えんぶり組が一斉に披露するもの、公共施設などで1組単位で披露するもの(一部有料)、各えんぶり組が街中などを巡回して披露する(門付=これが本来のやり方)ものなどがある。
その程度の予備知識で八戸に行って、ごくわずかだけ、えんぶりを見た。
※すべてスマートフォンで撮影した写真で、シャッターのタイミングが合わずイマイチの写真です。
八戸の市街地は、東北新幹線の八戸駅からは離れている。太平洋岸を南下するローカル線・JR八戸線に乗り換えて2駅・本八戸駅下車。駅前からちょっと歩くと市役所があり、その付近が中心市街地。
八戸市役所(現地では「八戸市庁」と称する模様)前の広場(市民広場・おまつり広場)にステージが設けられ、そこで「内丸えんぶり組」という団体によるえんぶりを見ることができた。(他の時間帯は別の組が出演)
「地元の内丸です」と自己紹介していたが、地図で調べると本八戸駅から市役所にかけてが、内丸という町名で、正真正銘の地元だ。

馬の頭をかたどった色鮮やかな烏帽子をかぶったのが、「太夫」と呼ばれる3名のメインの舞い手(組によっては5名までいる)。

ほかに、子どもを中心としたカラフルな衣装の人、太鼓や笛を担当する人など、かなりの人数からえんぶり組が構成されていた。みんな藁靴を履いている。その全員が登壇。
「MC」に相当する進行役のお父さん(「親方」と呼ぶ?)もいて、ユーモアを交えて分かりやすく説明してくれた。
えんぶりとは漢字で「木偏に『八』」と書く。元は「えぶり」という農耕具(=グラウンドや砂場をならすT字型の道具に似ている)のことだそう。

太夫が「ジャンギ」という音の出る棒を持って、激しく舞うのが3回。年間の稲作の作業を表している。NHKの報道によれば、ジャンギで地面をたたく動作は、土の中の神様を呼び起こす意味があるとか。
唄い手の男性が1人いて、その歌とお囃子に合わせて舞う。

その合間に、ほかの人たちによる別の演目が披露される。お年寄りと幼児(今回は68歳と4歳の組み合わせで、血縁関係はないとのこと)の踊りとか、少女による南京玉すだれ(生で見たのは初めてだった)など。「祝福芸」という余興のようなものだけど、これらもおもしろい。

「やり過ぎると腰痛める」といった歌詞があった。

写真は釣り上げようとがんばっているシーン。1度失敗して、最後は(プラスチックの)立派な鯛を見事に釣り上げた。
以上、通しで30分強。
ほかには、さくら野八戸店に隣接(一体化?)する文具店「カネイリ」の店内で門付していたのを、少しだけ見た程度。
えんぶりのごく一部だけなんだろうけど、想像以上に見応えがあった。
どこの祭りでも、それなりの準備や練習、次世代への継承は必要だけど、えんぶりはかなり大変ではないだろうか。秋田の竿燈も技の習得と継承は大変だけど、こちらは演目が多いし、衣装もいろいろ必要だし。
いろいろな世代が参加し、かつその役割が細かく区分されているのも、特徴的。
あと、篠笛(?)によるお囃子のメロディが印象に残った。何度か出てきた曲は、竿燈やねぶたなど夏祭りのお囃子よりも明るく感じた。音程のアップダウンとか、舌使い(?)とか難しいかもしれない。
それと、津軽地方と異なり、やませが吹き付ける南部は気象条件が厳しく、農業の内容も大きく異なり、稲作のウエイトは低いはず。特に昔なら。
そんな土地で、稲の豊作を願うこのような行事が行われているのは、意外だった。
さらに、今は工業都市である八戸の街中で、それが受け継がれているのも。
秋田でも、「雪中田植え」や刈和野大綱引き、六郷の竹打ちなど、冬の時期に豊作を願う行事はいくつかあるけれど、えんぶりのほうが豊作への熱心な願いがこめられているような気がした。
厳しい条件の南部ならではのもので、それに加えて、春を迎える喜びや期待を表すのが、えんぶりなのかもしれない。

市役所向かいの八戸中央交番の建物にも、烏帽子がデザインされる。(2001年までここに八戸警察署があったとのこと)

もともと積雪が少ない八戸だが、この時はほぼまったく雪がなく、途中から雨が降ってきた。烏帽子にビニールをかぶせていた。
八戸への道中や八戸の食べ物の話題など、後日続きます。※次の記事