たけじいの気まぐれブログ

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由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな

2022年12月25日 09時42分16秒 | 懐かしい小倉百人一首

足腰大丈夫な内に、出来る限り不要雑物整理をしようと決心してから久しいが、正直あまり捗っていない。書棚や天袋、押入れ等に詰め込まれていた古い書籍や辞書、百科事典等の類も、ここ数年間で大胆に整理処分してきたつもりだが、中には、「これ、面白そう?」等と目に止まり、残してしまったものも結構有る。その中のひとつに、多分、長男か次男かが、学生時代に使っていたものに違いない、小町谷照彦著 文英堂の「小倉百人一首」(解説本・参考書)が有る。パラパラとページを捲ってみたところ、なかなか詳しく、分かりやすく、決して、「今更 向学心?」なーんてものではなく、子供の頃、作者や歌意も分からないまま、「けふ、けふ、けふ・・」「なほ、なほ、なほ・・・」等と、正月になると必ず家族でやっていた「百人一首かるた取り」を思い出して懐かしくなってしまったからで、今更になって、「へー!、そういう歌だったのか・・」、目から鱗・・になっているところだ。
「小倉百人一首」は、奈良時代から鎌倉時代初期までの百人の歌人の歌を、藤原定家の美意識により選び抜かれた秀歌であるが、時代が変わっても、日本人の心情が呼び起こされるような気がしてくる。
ブログネタに?、頭の体操に?、いいかも知れない等と思い込んでしまい、昨年、一昨年、「春」「夏」「秋」「冬」季節を詠んだ歌を取り上げて、ブログに書き留めたが、今回は、最も数の多い、「恋」を詠んだ歌を取り上げて、順不同、書き留めてみることにした。


百人一首で「恋」を詠んだ歌 その27

由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え
ゆくへも知らぬ 恋の道かな

出典
新古今集(巻十一)

歌番号
46

作者
曽禰好忠

歌意
(潮の流れの速い)由良の瀬戸を漕ぎ渡っていく舟乗り(船頭)が
楫(かじ)を失って、行く先も分からずに漂うように
これから先、どうしてよいか分からない(頼りない)恋の
行く末であることよ。

注釈
「由良(ゆら)の門(と)」の「由良」は、
和歌山県、兵庫県、京都府に有る地名だが、
作者の任地(丹後)から見て、
京都府の由良川が若狭湾に流れ込む辺りの地名と考えられる。
「門(と)」は、瀬戸、海峡・川口のこと。
「舟人かぢを絶え」=「舟乗り(船頭)が楫(かじ)を速い流れに
奪われた、失った」の意。
「かぢ」=楫(かじ)、櫓(ろ)、櫂(かい)のこと。
「ゆくへも知らぬ恋の道かな」=「頼りない、恋のなりゆき」の意。
「ゆくへ(行方)」=行き先。
「恋の道」=恋のなりゆき。
「道」は、「ゆくへ(行方)」「渡る」の縁語。


曽禰好忠(そねのよしただ)

10世紀後半、平安時代の歌人。
時流に反抗する清新進歩的な歌風で、
和歌革新の先駆となった人物。
丹後掾(たんごじょう)であったことから、
曽丹後(そたんご)、曽丹(そたん)等と、呼ばれていた。


参照・引用
小町谷照彦著「小倉百人一首」(文英堂)


(つづく)


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