映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「鴎外青春診療録控 千住に吹く風」山崎光夫

2024年06月03日 | 本(その他)

開業医見習いとしての森鴎外

 

 

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森林太郎(鷗外)は明治14年(1881)7月、満19歳で東大医学部を卒業。
同年12月に陸軍に出仕するまで、千住で開業医をしていた父の診療を手伝っていた。
卒業時の席次が8番と不本意なものだったため、
文部省派遣留学生としてドイツに行く希望はかなわなかった。
幼少時から抜群の秀才として周囲の期待を集め、
それに応えつづけた林太郎にとって、わずか半年足らずとはいえ、
例外的に足踏みの時代だったといえる。
本作は、自分の将来について迷い煩悶しつつも、
父とともに市井で庶民の診療に当たっていた林太郎が、
さまざまな患者に接しながら経験を積み、
人間的にも成長してゆく姿を虚実皮膜の間に描く連作小説集である。

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本作の主人公は、かの森鴎外であります。

明治14年。
作中は本名、森林太郎で表わされていますが、満19歳で東大医学部を卒業(!)。

その後進路が定かには決まらないまま、
開業医である父親の診療所で見習いとして働き始めます。
その後陸軍で軍医として働くまでの数ヶ月間の出来事を、
小説として表わしているわけです。

この診療所を訪れる患者たちの心の機微。
医師として患者に真剣に向き合う父親の姿に大いに学ぶ林太郎。
そして友人や周囲の人々の動向。
ここには実在の人物も登場するので、興味深いのです。
林太郎自身は本を読むことはもちろん大好きなのですが、
この時点では小説家になりたいなどとは思っていません。
むしろドイツ留学などして、もっと知識を身につけたいと思っていた。

明治という時代性も大いに感じさせられ、とても興味深く読みました。

 

<図書館蔵書にて>

「鴎外青春診療録控 千住に吹く風」山崎光夫 中央公論新社

満足度★★★.5

 


「アンソロジー 舞台!」創元文芸文庫

2024年05月27日 | 本(その他)

舞台と言っても色々あるけれど

 

 

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役を生きる俳優の輝き、世界観を作り出す装置、息を潜めた観客たち
──すべてが合わさって生まれる「舞台」。
華やかで遠く感じるその空間は、
自分という役を生き、誰かの人生に思いを馳せる私たちにとって、
意外に身近な場所なのかもしれません。
ミュージカル、2.5次元、バレエ、ストレート・プレイ……
さまざまな舞台を題材に描かれた五編を収録する文庫オリジナル・アンソロジー。

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私のお気に入り、創元文芸文庫のアンソロジー。
テーマは「舞台」です。

演劇、ミュージカル、バレエ・・・舞台といっても色々あります。
そんな中で、私も知らなかったのが2.5次元というもの。

アニメやゲームなど、極力その世界観、キャラクター感を
損なわずに際立たせる、ストーリーと音楽、そして映像を加えて、
いわゆる「オタク」の感動を盛り上げようとする舞台・・・ですかね。
そういうのは私も見たことがなかったけれど、
本作では2作がこの2.5次元モノに触れていまして、
なるほど、そういう時代であるわけです。

 

冒頭、近藤史恵さんの「ここにいるぼくら」も、まさにその2.5次元を題材にしています。

34歳、役者の琴平は、劇団の定期公演の他はアルバイトをしながら
他の舞台のオーディションを受けるなどして暮らしていますが、
このたび、「大江戸ノワール」というゲームの舞台化
すなわち2.5次元の出演依頼を受けます。

通常の舞台とは色々勝手が違う、この世界のことを知るにはもってこいの作品。
興味深かったです!!

 

最後の乾ルカさん「モコさんというひと」も、2.5次元モノ。
こちらは舞台の内容はさほど重要ではなく、
モコさんと言う人物の謎をミステリ仕立てで描きます。

広瀬真美が、2.5次元ミュージカルのチケットを譲ってもらったモコさん。
それから多少連絡を取り合うようになったのですが、
最近彼女のSNS投稿の内容が不審なモノになっている・・・。
真美はもう以前のようにモコさんとは親しく付き合えないと感じ始めますが・・・。

 

本巻に収録されているのは・・・
(敬称略)

近藤史恵、笹原千波、白尾悠、雛倉さりえ、乾ルカ

 

「アンソロジー 舞台!」創元文芸文庫

満足度★★★.5


「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬

2024年05月20日 | 本(その他)

真の敵は・・・

 

 

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独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、
突如として奪われた。
急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。
自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。
「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、
イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。
母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために。
同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに
訓練を重ねたセラフィマは、
やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。
おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵"とは?

【2022年本屋大賞受賞! 】

キノベス! 2022 第1位、2022年本屋大賞ノミネート、第166回直木賞候補作、第9回高校生直木賞候補作

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌で続々紹介!

史上初、選考委員全員が5点満点をつけた、第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作

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今頃これですか?と言われそう。
とにかく話題となっていましたこの本、この度やっと読みました。
さすがのベストセラー、緊迫感たっぷり、そして面白く、問題提起もあり。
世間よりもかなり遅れてしまいましたが、読んで良かったと思える一作です。

 

独ソ戦が緊迫化する1942年、モスクワ近郊の農村。
急襲したドイツ軍によって村人全員が惨殺されてしまいます。
ただ1人生き残った少女セラフィマは、赤軍の女性兵士イリーナに救われ、
彼女が教官を務める訓練学校で、狙撃兵になることを決意。
訓練を重ねたセラフィマは、やがてスターリングラードへ・・・。

 

狙撃ということの実態を、私はこれまでぜんぜん分っていなかったことに気づきました。
ただ照準を対象物に合わせて引き金を引けば良い・・・などと安易に考えてました。
そうじゃなくて方向、距離、角度をしっかり計算し、風向き、気温なども考慮。
相当頭の回転が良くないと務まらないのですね。
そして、いかに訓練を積んでも、
実際に生きた「人間」に向けて初めて弾丸を放つ時の逡巡・・・。

なんのために闘うのか、なんのために人の命を奪うのか・・・
常にそんな問いを自分に向けて考えるセラフィマ。
そんなところがやはり女性の狙撃兵の物語なのでしょう。
通常、男性が主人公ではあり得ない結末も納得です。

映画でも見たあの「スターリングラード」の壮絶な戦場シーンが、
私の中でしっかりと蘇りました。

 

終盤、ソ連とかドイツという問題ではなくて、
「真の敵」は別にある・・・と言うところにたどり着く展開も素晴らしい。

同じ故郷の幼馴染みのエピソードが
あまりにもショッキングで言葉を失いましたが・・・。


<図書館蔵書にて>

「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬 早川書房

満足度★★★★★


「時ひらく」 

2024年05月06日 | 本(その他)

三越!!

 

 

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350年の時を刻む老舗デパート『三越』
楽しいときも、悲しいときも
いつでも、むかえてくれる場所

物語の名手たちが奏でる6つのデパートアンソロジー
文庫オリジナル!

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デパートの、しかも「三越」をテーマとするアンソロジー。

デパートがテーマというのはこれまでもあったような気がしますが、
「三越」に絞るというのが心憎い。

この文庫本の表紙がなるほど見たことのある包装紙の模様というのも洒落ています。
ちなみに我が町札幌にもちゃんと三越はあって、ライオン像もいます♡

 

さて、数あるデパートの中で、なぜ「三越」なのかと言えば、
なんといっても350年の歴史を刻む老舗ということ。
まあ江戸時代の越後屋はともかくとして、
日本初の百貨店として営業を始めたのが1904年(明治37年)、
日本橋に本店新館が竣工したのが1914年(大正3年)とのことで、
何しろ私たち日本人の生活と密着した歴史を感じられる場所なのですね。

それなので、本巻に収められている短編には、
この「時間」を意識したものもあるのです。

 

伊坂幸太郎「Have a nice day!」は、
「三越のライオン像に、誰にも見られずにまたがった者は願いが叶う」
といううわさを信じた少女が、受験をパスしたくて、実行します。
その時、彼女の頭の中に、不可思議な二つの映像が流れる・・・。

その映像の答えがわかるのはなんとその10年後。
それはライオン像が、来たるべき未来に取るべき行動を暗に示しているのだった
・・・と言うSFめいたストーリー。
伊坂幸太郎さんのストーリーなので舞台は仙台の三越ですが、
その屋上に神社があるのもミソなんですね。
ステキな作品でした!

 

恩田陸さん「アニバーサリー」は、三越ゆかりの「モノ」たちが集まって会話を交わします。
地下道の絵巻に描かれている犬、
吹き抜けの所にある巨大天女像、
ライオン像に、パイプオルガンなどなど・・・。
人の世の移り変わりと共にある三越は歴史の生き証人でもあるというわけですね。
巻末の東野圭吾さん「重命る(かさなる)」は、おなじみ湯川教授のシリーズです。
おトク感たっぷり!!

 

執筆者は他に、辻村深月、阿川佐和子、柚木麻子

 

このアンソロジー企画はなかなかイケていました!

「時ひらく」 文春文庫

満足度★★★★☆.5


「復活 上・下」トルストイ

2024年04月29日 | 本(その他)

人間精神の復活

 

 

 

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青年貴族ネフリュードフと薄幸の少女カチューシャの数奇な運命の中に
人間精神の復活を描き出し、当時の社会を痛烈に批判した大作。

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なぜ突然、よりによってトルストイなのか?

つまり私の受講している「絵本児童文学研究センター」の今年6月の講座で、
当ブログでも何度か紹介しているロシア文学者かつ翻訳家、奈倉有里さんをお招きし、
トルストイ「復活」についてのお話をされることになっているからなのであります。

正直私、ロシア文学については何も分らず、
トルストイの名前だけはもちろん知っていましたが、読んだこともありません。
ただ難しいのだろうと印象を持つばかりで、自分で勝手に敷居を高くしていました。
でも講義のためには、読んでおかなければなりません。
ということで意を決して読み始めたわけですが・・・。

いやいや、特別に難しいことなんかなくて、
実に興味深く楽しんで読んでしまいました。

 

本作が描かれたのは1899年
(実際には10年をかけて、長い中断もありながら書き上げられたようです)。
時期的にはロシア革命前夜。

主人公は青年貴族ネフリュードフ。
彼がとある裁判の陪審員を務めることになり、その裁判に赴いてみると、
被告は彼が若き日に遊び、そして捨てた娘、カチューシャだった!!

 

ネフリュードフはかつて、理想に燃えるまっすぐなすがすがしい青年だったのですが、
カチューシャのことも当時後ろめたく思いながら、とうに忘れ去っていました。
彼自身も戦争に行ってからはすっかり当初の理想もなくし、
世俗にまみれて暮らすようになっていたのです。

この裁判に於いて、窃盗と殺人の疑いをかけられたカチューシャは、
結局の所、単に巻き込まれただけという風に陪審員にもおよそ理解されたにも関わらず、
単なる行き違いで実刑を受けてしまいます。

ネフリュードフは、そもそもカチューシャがこのような娼婦にまで実を持ち崩したのは、
過去の自分の行動のせいだと思い詰めるようになります。

 

それから、ネフリュードフは何度も逡巡しながら、
自らの正義を見出していき、行動します。

いやはや、なにもそこまでしなくても・・・とこちらが思ってしまうほどに、
なんてイイ奴なんだ、ネフリュードフ!

 

拘留されているカチューシャに面会するために留置所を訪ねるネフリュードフは、
そこで苦しむ様々な人々を目にします。
中にはどうにもいわれのない理不尽な理由からここに収容されている人も。
そのような人々から依頼され、状況改善のため自ら関係者に話を付けに行ったりもします。
誰に対しても真摯。

そして後には、シベリアへ送られる人々に同行して長い旅に出るネフリュードフ。

そんな中で、自ら考えることなく、単に職務だからと同情心のかけらもなく行動する役人たちや資産家・・・。
彼はそうした社会の歪みを目の当たりにしていきます。

ネフリュードフが彼自身の「正義」を光として見出していく様が
力強く描かれていきます。
素晴らしい!

 

私が好きだったシーンは、ネフリュードフが彼の地元の農村を訪れるところ。
いかにも田舎というようなのどかな風景の中、出会う人々はみな個性豊かでありつつ朴訥。
光も風も、彼が通常暮らしている都会とは違っています。
しかし、人々はなんとも貧しい・・・。

 

ストーリー立てにしても、描写力にしても、さすがの文豪。
今まで読んでいなかったのが悔やまれます。
でも今さらにしても読めてよかった。

100年以上前の作品なのに、社会の中の問題は、今とほとんど変わらないというのにも驚きます。
だからこそ、今も世界中で読み継がれているのでしょう。

 

「復活 上・下」トルストイ 木村浩訳 新潮文庫

満足度★★★★★


「片をつける」越智月子

2024年04月22日 | 本(その他)

本当に必要なものは

 

 

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隣の部屋に住む老婆・八重を助けたことがきっかけで、
彼女の部屋の片づけを手伝うことになった阿紗。
過去に生活雑貨店で働いていた経験から得た掃除のテクニックを
八重に教えながら、彼女の部屋の片づけを始める。

片づけるうちに明らかになる八重の過去。
そして阿紗も、幼少期の荒れ果てた部屋の記憶が蘇ってくるーー。

自分に必要なもの、いらないもの、欲しかったもの、嫌だったもの。
思い出や物と向き合う中で、二人が選んだ道とはーー。

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お片付け小説? 
そんなジャンルがあるとすれば、まさしく本作。

 

阿沙は、となりの部屋に住む八重を助けたことがきっかけで、
彼女の部屋の片付けを手伝うことになります。
八重は、口が悪くてなんともとっつきにくい老婆ではあるのですが、
その部屋のほとんどゴミ屋敷の状況を見て、
頼まれて後に引けなくなってしまったのです。
阿沙は、過去に生活雑貨店で働いていたときの経験から、
掃除のテクニックを身につけていたのです。

すべてを一度にやろうとしないで、ほんの一部分から。
不要なもの、必要なものを仕分けていく・・・。
そんなことから幾日も通ううちに次第に八重のことを知っていく阿沙。
そして実は阿沙自身にも、つらい過去の記憶があったのですが・・・。

 

不要物であふれた部屋は、これまでの生きてきた証でもあるのでしょう。
でも、今現在を生きていくためには、ほんの少しでこと足りる。

八重は、ごちゃごちゃした不要物を片付けるにつれて、
人生の友、阿沙との絆を深めていったようでもあります。

年齢差はあるけれど、互いに詮索しすぎない距離感で、
友人関係を結べるのって良いなと思います。

 

「片をつける」越智月子 ポプラ文庫

満足度★★★.5


「ソフィーの世界 上・下」ヨースタイン・ゴルデル

2024年04月12日 | 本(その他)

哲学入門

 

 

 

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いま、ふたたび自分の存在を問い直すときがきた

14歳の少女ソフィーのもとに見知らぬ人物から届いた手紙。
そこにはたった1行「あなたはだれ?」とだけ書かれていた……。
本書が発行された1995年、日本では阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が相次いで発生し、
人々は命の価値と自らの存在意義を模索した。
そしていま、未曾有の災害が日本を襲った。
「哲学」は私たちの生きる道を照らすためにある。
世界50か国1500万人超が読んだ名作が、著者の新たなメッセージを加えて再登場!

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本作は1995年に発行された、当時のベストセラーです。
この年、阪神・淡路大震災があったのですが、
私が読んだこの新装版は2011年に発行されたもの。
つまり、東日本大震災のあった年。
・・・ということで何か運命的なものさえ感じてしまいます。
とは言え、ベストセラーではあっても、私、読んだことはありませんでした・・・。

 

この度私が会員となっている、「絵本・児童文学研究センター」の講義のために
読んでおくことが必要となったため、目を通してみた次第。
哲学の入門書といった内容であるために、
私にはちょっとハードルが高かったのですが・・・。

 

著者ヨースタイン・ゴルデンさんは、ノルウェイの方なので、
本作の舞台もノルウェイとなっています。

14歳の少女ソフィーの元に、見知らぬ人物から手紙が届きます。
そこにはたった一行「あなたはだれ?」と記されていた・・・。
これがソフィーと哲学者アルベルトの長い哲学の歴史の旅の始まり。

ソフィーとアルベルトは書簡で、後には実際に対面して、
人類の最大の問い「私たちはどこから来たのか?」や
「私たちはなぜ生きるのか?」に答えようとする
「哲学」の変遷をたどっていきます。

 

ソクラテス、プラトン、アリストテレス・・・、
ちょっと残念な中世を経て、
カント、ヘーゲル、キルケゴール。
実際はもっと多くの人々の考えが紹介されていますが、たくさんすぎて、何が何やら・・・
ちょっとついて行けなくなりました。
でも一般の哲学書の難解さに比べれば、ずっと読みやすく、
もっと真面目に読みさえすれば飲み込みやすいと思います・・・。
(私は読み飛ばしてしまったところが多かったので)。
でもソフィーの飲み込みの良さとl記憶力はすごいです! 
アルベルトの説明をすべて記憶している!

終盤はいよいよ身近なマルクス、ダーウィン、フロイトとなっていくのですが、
私にはここのところが一番興味深かった。
だってこれらの人々の「説」は、単に「説」にとどまらず、
大きく世界を変えていった訳ですから。

 

さて、しかし、ここまでの話は本作の半分しか説明していません。
もう一つ別の大きな筋立てがあるのです。

ソフィアの所には、また別の人物からの手紙が届きます。
それは、「ヒルデ」という自分の娘に宛てた父親らしき人物からの手紙。
なぜかわざわざ、ソフィー気付でヒルデ宛の手紙が送られてくる。
ソフィーがきっと届けてくれるなどという説明を付けた、
不意に不思議な現れ方をするこの手紙。

ソフィーにはヒルデなどという人物に心当たりも何もないのです。
困惑が続きますが・・・。
しかし次第に、「世界」が転回する恐ろしい事実が・・・!

 

うーむ、ちょっと恐いですね。
それはつまり、今現実を生きているつもりの私たちですが、
その世界を丸ごと操っている何者かがいるのかも知れない・・・というような。
哲学の元々の問いに帰って行くのかもしれません。

 

よく分ったとはいいがたいけれど、
とりあえず「読んだ」という達成感はありました・・・。

 

「ソフィーの世界 上・下」ヨースタイン・ゴルデル 須田朗監修 池田香代子訳

満足感★★★☆☆

 


「ぎょらん」町田そのこ

2024年04月05日 | 本(その他)

死者の最期の思いとは

 

 

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人が死ぬ際に残す珠「ぎょらん」。
それを嚙み潰せば、死者の最期の願いがわかるのだという。

地方都市の葬儀会社へ勤める元引きこもり青年・朱鷺は、
ある理由から都市伝説 めいたこの珠の真相を調べ続けていた。

「ぎょらん」をきっかけに交わり始める様々な生。
死者への後悔を抱えた彼らに珠は何を告げるのか。

傷ついた魂の再生を圧倒的筆力で描く7編の連作集。

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人が死ぬ間際に、その思いを込めた小さな赤い珠「ぎょらん」を残すという・・・。

連作短編となっている、冒頭「ぎょらん」は、
不倫相手の突然死で心が揺れる華と
大学中退以降10年近く引きこもりを続けている兄・朱鷺のストーリー。

朱鷺は漫画オタクで、以前読んだ「ぎょらん」という漫画に強い思い入れを抱いています。
どうやらその漫画にならって、自死した親友の残した「ぎょらん」を口にし、
噛みつぶしてしまった結果、
友のどす黒い恨み辛みが朱鷺に流れ込んできて、
廃人のようになってしまったということのようなのです。
そんなことから、華は恋人のぎょらんがあるものならば見つけてみたいと、
兄妹で珠を探しに行きます。

 

死者が残す珠の話なので、必然的に以下の短編も死者が登場。
その家族たちもぎょらんにまつわるうわさを聞き、
死者との関係を思い返すことになります。

 

でも誰もがそれを見つけて口にするわけではない。
朱鷺のように、死者の思いがわかってしまったためにその後長く苦しむことになるというものもいれば、
それを手にしただけで死者との温かな思い出が広がったというものもいます。

結局ぎょらんとは何なのか・・・。
そんなことを考えていく物語。

 

引きこもりの朱鷺さんは、その後葬儀会社に就職し、
始めはいかにも使い物にならなさそうなダメ新人だったのが
少しずつ力をつけていって、次第に頼もしくさえなっていく。
それぞれのストーリーの順を追って、
朱鷺のそんな成長する姿を見ることができるのが嬉しいところです。

ではありますが、最後にはまた、
彼はぎょらんとの問題に正面から向かい合っていく・・・。
なかなか巧みな物語なのでした。

最終の「赤はこれからも」は、文庫書き下ろしとのことで、お得です!


「ぎょらん」町田そのこ 新潮文庫

満足度★★★★☆

 


「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」奈倉有里

2024年03月29日 | 本(その他)

ロシア留学記

 

 

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今、ロシアはどうなっているのか。
高校卒業後、単身ロシアに渡り、
日本人として初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業した筆者が、
テロ・貧富・宗教により分断が進み、
状況が激変していくロシアのリアルを活写する。

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先に少し紹介させていただいた奈倉有里さんですが、
あの、「同士少女よ、敵を撃て」の逢坂冬馬さんの姉君でもあります。
本巻は丸ごとその奈倉有里さんのロシア留学記となっています。

 

彼女は2002年、高校を卒業後、単身ロシアに渡ります。
ペテルブルグの語学学校→モスクワ大学予備科→ロシア国立ゴーリキー文学大学
と道を進み、2008年に帰国後、東京大学大学院修士課程へ。
その、ロシアでの様々な出来事が綴られています。

 

なんといっても一番に感じるのは、有里さんが「学ぶ」ことに恐ろしく貪欲で、
そして楽しんでいること。
そのためには、見知らぬ地での苦労も何でもないと、まさに感じていたようです。

先に彼女の講演を聴いたことがあって、その時に、
日本の高校時代自分は回りからちょっと浮いていた。
(そりゃ、トルストイを熱愛する女子高生なんて、
 話の合う友人はいそうにない・・・。)
それがロシアの文学大学では、まさに周囲は似たような人たちばかり。
自分は水を得た魚のようだった・・・と。

こんなにも学ぶことに熱意があって、そして楽しむことができるというのは、
まさに才能というほかないのでは・・・? 

そしてその対象がロシア文学というのが、特に日本ではめずらしいということもあって、
実質おとなしめの方なのですが、
その唯一無二の存在感に感嘆するばかりでした・・・。

 

彼女は文学大学のアントーノフ先生に特に傾倒していて、
そのいきさつも詳しく描かれているのですが、
それは次第に暗くつらい流れになっていきます。
彼女は先生に対する感情を極力冷静に言葉を選んで記述してあります。
そこの所は下世話な想像はしないで、
その文面通りだけに受け取ることにしましょう・・・。

 

そして、終盤にはロシアの変遷についてのことが述べられています。
彼女がロシアにいた2002年から2008年の間だけでも、
比較的自由のあった大学内の雰囲気が、
みるみると独裁国家的な支配に飲み込まれていることが感じられたようです。

そして、本巻は2021年10月に刊行されたものですが、
その時すでにウクライナのクリミア地方がロシアの侵攻を受け、
東部も危うい状況になっていることが記述されています。

ロシア文学を愛する彼女にとって、
今のロシアの状況は歯がゆくてならないものでありましょう・・・。

「分断する」言葉ではなく、「つなぐ」言葉を求めて。
そんな彼女の言葉を、今は祈りに近い気持ちで繰り返すほかありません。

 

<図書館蔵書にて>

「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」奈倉有里 イーストプレス

満足度★★★★☆


「ワンダフルライフ」 丸山正樹

2024年03月15日 | 本(その他)

四つの物語・・・?

 

 

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事故により重度の障害を抱える妻を献身的に支える夫。
彼の日課はブログに生活を綴ることだった――。
一方、設計士の一志は編集者の妻・摂と将来の家について揉めていた。
子供部屋をつくるか否か。
摂の考えが読めない一志は彼女の本心を探るが――。
四つの物語が問いかける「人間の尊厳とは何か」。
著者渾身の長編!

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「デフ・ヴォイス」シリーズでおなじみの丸山正樹さんの作品。

 

4つのストーリーが交互に語られて行きます。

★重度の障害を抱える妻を献身的に支える夫。

★子供を持つか否か、もめる夫婦。

★不倫相手の父親が病で意識不明の寝たきりとなり、密かに見舞いに通う女性。

★自分の素性を隠して、とある女性とチャットで会話を交わす重度の障害のある男性。

 

やはり丸山正樹さんなので、「障害」のことが根っこにある物語。

・・・しかし、何しろ本作は読んでいる最中にあることに気づいて、驚かされるのです。
何という巧みな物語・・・。

あとがきにもあるのですが、本作は「ミステリー」と言われることがある、と。
別に殺人事件も起きないし、不可解な謎もない。
でも、私も確かにこれは「ミステリー」だと思います。

 

が、これは単にそうした構成上の面白さばかりでなく、
もちろん障害のある人とそうでない人はどのように向き合えば良いのか・・・、
本来そんなことは悩むようなものではないはずなのですが、
でも実際問題としては難しいところもありますよね。

じっくりとそのような事も考えさせられる作品。

 

「ワンダフルライフ」 丸山正樹 光文社文庫

満足度★★★★☆

 


「私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー」

2024年03月01日 | 本(その他)

各々の人生の節目

 

 

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また会えたひと、もう会えないひと。
成人式 結婚式 葬式 祭礼
人生の節目に訪れる出会いと別れを書く
文庫オリジナル・アンソロジー

人生の節目に催される冠婚葬祭
――冠は成年として認められる成人式を、
婚は婚姻の誓約を結ぶ結婚式を、
葬は死者の霊を弔う葬式を、
祭は先祖の霊を祀る祭事を指します。
四つの行事は人生の始まりと終わり、そしてその先も縁を繋いでいきます。
現在の、あるいはこれからの私たちと冠婚葬祭をテーマに、
現代文芸で活躍する六人の作家があなたに贈る文庫オリジナル・アンソロジー。

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私のお気に入り、創元文芸文庫オリジナルのアンソロジーです。
テーマは、冠婚葬祭。

成人式や結婚式、お葬式など。
確かにこうした人生の節目にはその人個人個人のドラマがあるわけです。

 

冒頭「もうすぐ18歳」では、主人公・智佳が
もうすぐ18歳なのではなくて、36歳。
彼女は18歳の時に妊娠して東京に出てきて結婚、出産をしたのでした。
ところが18歳での出産ということが、
あたかもだらしないヤンキーママのような先入観をもたれてしまって、
人物関係や就職がうまくいかない。
唯一、夫の母親にだけは歓迎され、やさしくしてもらったのが救いではありますが。
そんな智佳がこの度、成人年齢が18歳なるというニュースを聞いて思うのです。
あの時、成人年齢が18歳であったなら、
自分も偏見の目で見られることもなかったのかな、と。
とは言え、今の智佳は良き家族と仕事に恵まれて
まずまずの幸福を得ているようです。
暖かで穏やかな日常を祝福したくなります。

 

さて、このように身の回りの日常の物語ばかりかと思いきや、
「二人という旅」では少し戸惑わされてしまいました。
舞台はおそらく、かなり未来の宇宙のどこかの星。
「家読み」のシガと、その助手のナガノが旅をしているのです。
お~っと、SFもアリだったのか!!
気を取り直して読んでいくと、思いのほか叙情的な世界が広がっていました。
男女の関係ではなく、同性愛とも少し違う。
けれど、「結婚」ということの本質を突くような作品。
ロマンティックです。

 

本巻の著者は、
飛鳥井千砂、寺地はるな、雪船えま、
嶋津輝、高山羽根子、町田そのこ(敬称略)。
私には初めての作家さんも多いのですが、出会えて良かったです。

 

「私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー」創元文芸文庫

満足度★★★★☆

 


「とりどりみどり」 西條奈加

2024年02月23日 | 本(その他)

11歳少年と家族の話

 

 

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万両店の廻船問屋『飛鷹屋』の末弟・鷺之介は、齢十一にして悩みが尽きない。
かしましい三人の姉――お瀬己・お日和・お喜路の
お喋りや買い物、芝居、物見遊山に常日頃付き合わされるからだ。
遠慮なし、気遣いなし、毒舌大いにあり。
三拍子そろった三姉妹の傍にいるだけで、
身がふたまわりはすり減った心地がするうえに、
姉たちに付き合うと、なぜかいつもその先々で事件が発生し……。
そんな三人の姉に、鷺之介は振り回されてばかりいた。

ある日、母親の月命日に墓参りに出かけた鷺之介は、
墓に置き忘れられていた櫛を発見する。
その櫛は亡き母が三姉妹のためにそれぞれ一つずつ誂えたものと瓜二つだった――。

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西條奈加さんの時代小説。

江戸のかなり大手の廻船問屋の末息子、鷺之介11歳が主人公。
かしましい3人の姉が、うるさいし自分に過干渉でもあるので、
早くお嫁に出てくれまいかといつも願っています。
実は長姉は嫁に出ていたのですが、出戻ってきてしまった
というのが冒頭の話。
前途多難ですね。

ともあれ、相当裕福な家なのですが、鷺之介は貧しい暮らしのこともよくわかっていて、
自分だけがこんな良い暮らしをしていることを後ろめたく思ったりもする聡明な子です。

3人の姉もそれぞれ個性があって、この家の身の回りの様々な出来事が語られて行きますが、
次第に、この鷺之介の身の上についての話が中心になっていくあたりが、
物語として優れていますね。

彼らのお母さんはすでに亡くなっていますが、実はそのお母さんの実子は長兄のみ。
3人の娘たちはつまりこのお店の主人がよそで作った子供たち・・・。
生後この家のおかみさんが引き取って育てたので、
皆、このすでに亡きお母さんを心から慕っていたのでした。

でも、そういえば、では鷺之介の母親は・・・?
というところが語られていないのです。
つまり、そのことこそが本作のキモなのでした。

 

いい物語です。
好きです。

 

図書館蔵書にて

「とりどりみどり」 西條奈加 祥伝社

満足度★★★★☆

 


「あわのまにまに」吉川トリコ

2024年02月16日 | 本(その他)

時を遡り、ルーツへ迫る

 

 

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どれだけの秘密が、この家族には眠っているんだろう――
「好きな人とずっといっしょにいるために」、あのとき、あの人は何をした?
2029年から1979年まで10年刻みでさかのぼりながら明かされる、
ある家族たちをとりまく真実。
生き方、愛、家族をめぐる、「ふつう」が揺らぐ逆クロニクル・サスペンス。

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とある家族の歴史が刻まれる本作。
2029年から1979年まで十年刻みで時を遡りつつ描く、
6つの短編からなっています。


冒頭2029年(!)では、おばあちゃんの死に対面した孫たちの視点から語られています。
祖母・紺の家は孫たちにはあまりなじみがなかったけれど、
天に向かって螺旋を描くようにねじくれたピンクの変な家!! 
祖母の死後、娘二人とその夫、孫たちが集まって片付けを始めます。

10年刻みで時を遡りつつ、娘たち、その夫の物語が語られ、
そして祖母・紺の話へと繋がっていく。

ところが、そんな何気なさの根底に、
大きな秘密が隠されていたことに驚かされることになります。
家族としてはゆがんでいる。
けれども、日々の生活は続いていき、家族は平和に維持されていきます。
それは欺瞞ではなくて、そんなあり方もアリなのかなという風に思えてきます。

夫婦のあり方、同性愛、友情、行き場のない恋心・・・

あらゆる側面を持ち合わせつつ、ここまでたどり着いた家族の歴史。
でも最終局面の2029年は、
ちょっとは昔よりも住みやすい時代なのかもしれませんね。

本作、順当に1979年から描けば凡庸な作品になってしまうところを、
逆にしたところが全くもってナイス!!です。

まるで最後に答え合わせをしているような感じでもあります。

 

<図書館蔵書にて>

「あわのまにまに」吉川トリコ 角川書店

満足度★★★★★

 


「ともぐい」河﨑秋子

2024年02月09日 | 本(その他)

祝!!直木賞受賞

 

 

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第170回直木賞受賞作! 
己は人間のなりをした何ものか
――人と獣の理屈なき命の応酬の果てには

明治後期の北海道の山で、猟師というより
獣そのものの嗅覚で獲物と対峙する男、熊爪。
図らずも我が領分を侵した穴持たずの熊、蠱惑的な盲目の少女、
ロシアとの戦争に向かってきな臭さを漂わせる時代の変化……
すべてが運命を狂わせてゆく。
人間、そして獣たちの業と悲哀が心を揺さぶる、
河﨑流動物文学の最高到達点!!

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我が敬愛する北海道の作家・河﨑秋子さん「ともぐい」が
第170回直木賞を受賞しました。
まさに自分のことみたいにウレシイ!!

 

明治後期、北海道の山中で鹿や熊の猟をして生業を立てている男、
熊爪が主人公です。
通常猟師といっても普段はそこそこの町中に住んでいて、
必要な時期にだけ山に籠もったりするものですが、
熊爪は年中山奥の小屋に犬と共に住んでいて、
獲物の肉や皮を売り、
銃弾など必要なものを購入するときにだけ町に降りていくのです。

鹿を撃ち解体する様子などが実に生々しく描かれていまして、
その体温や匂いがリアルに伝わるような気がします。

白糠の町でいつも獲物を買ってくれるのは、
町一番の金持ちの井之上良輔という男。
なんというか、彼は変わり者で、
ときおり獲物を売りに訪ねてくる熊爪を歓待して
食事を振る舞ったり泊めてくれたりします。
そして熊爪の話を面白がって聞きます。
熊爪自身はこんな話のどこが面白いのかもわからず、戸惑うばかりなのですが。

そしてある時、熊爪はこの屋敷で、1人の盲目の少女・陽子(はるこ)と出会います。

 

さてさて、こうして始まるストーリー、もちろん熊も登場。
その対峙のシーンも迫力があって恐い、恐い・・・。

しかし、改めて表題「ともぐい」を考えてみると、つまり、熊爪が雄の熊。
陽子が雌の熊なのです。
その行き着く果てがともぐい・・・。

盲目の少女といえば儚くてか弱くて、
自分だけでは生きて行けなさそうな雰囲気を想像してしまいますが、
いやいや、とんでもない。
間違いなく彼女は雌の熊。

北海道の大地で、獣とも人ともつかない男女が、その本能のままに生きていく。
そういう物語です。
ヤワな感傷などぶっ飛んでしまう。

常に北海道の人と動物との関係を描いていく著者の、
まさに真骨頂と言うべき作品です。

 

それにしてもあまりにも生々しく、恐ろしくもあるので、
河﨑秋子さん初心者の方には「颶風(ぐふう)の王」をオススメします。
とある小さな無人の島に置き去りにされ、
野生化して命をつないでいった馬の物語。

「颶風の王」


「ともぐい」河﨑秋子 新潮社

満足度★★★★★

 


「白野真澄はしょうがない」奥田亜希子

2024年02月02日 | 本(その他)

5人それぞれの白野真澄

 

 

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小学四年生の「白野真澄」は、強い変化や刺激が苦手だ。
横断歩道も黒い部分は暗い気持ちになる気がして、白いところだけを渡って歩いている。
なるべく静かに過ごしたいのだが、
翔が転校してきてからその生活は変化していく……(表題作)。
頼れる助産師、駆け出しイラストレーター、
夫に合わせてきた主婦、二人の異性の間で揺れる女子大生。
五人の「白野真澄」たちが抱えるそれぞれの生きづらさを、
曇りのない視線で見つめた短編集。

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私には初めての作家さんですが、奥田亜希子さんの短編集。
5篇が収められています。
ところが、どの話も主人公の名前が「白野真澄」。
でも連作短編ではなくて、すべて別人。
ある時は30歳過ぎの助産師。
またある時は駆け出しイラストレーター男子。
50代の婦人であったり、小学4年の少年であったりもします。


性別も年齢も関係なくなぜ皆同じ名前なのか。
その答えはラストの表題作「白野真澄はしょうがない」にあるかもしれません。

 

小学4年男子の白野真澄くんは、どうも人と違っていて、
いろいろな色の具材が混ざり合っているモノが食べられない。
辛かったり苦かったり、酸っぱすぎるモノもダメ。
だから給食はほとんどがダメ。
大きな音、初めてのこと、突発的な出来事・・・
神経が過敏なのでそういうこともダメなのです。
それだからクラスの男子の友人はできなくて、
しかしなぜか女子には庇われている・・・。
そんなところへ転校してきた黒岩くんが積極的に白野くんに近づいてきます。

黒岩くんは言うのです。
「白野真澄だからしょうがない」と。
それは決して白野くんがしょうがないダメなヤツという意味ではなくて、
「白野真澄」とはこう言う人物なのだから、
あれこれ文句を言ったり叱咤激励したりするのは意味がない、
ということ。
すなわち、こんな白野くんを丸ごとそのまんま受け入れれば良いんだ。
だって白野真澄なんだから・・・と。
このことばで、白野くんは劣等感から解放されるんですね。

名前は自分自身を表わすもの。
でも同じ名前を持っていたとしても人格は別々。
自分が自分の「白野真澄」をつくるのだ、ということ。

ステキな一冊です。
私、創元文芸文庫、気に入っています。

「白野真澄はしょうがない」奥田亜希子 創元文芸文庫

満足度★★★★☆