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「永い言い訳」西川美和

2016年10月19日 | 本(その他)
妻が死んでも、これっぽっちも泣けなかった男のもがき

永い言い訳 (文春文庫)
西川美和
文藝春秋


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長年連れ添った妻・夏子を突然のバス事故で失った、人気作家の津村啓。
悲しさを"演じる"ことしかできなかった津村は、
同じ事故で母親を失った一家と出会い、はじめて夏子と向き合い始めるが…。
突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか。
人間の関係の幸福と不確かさを描いた感動の物語。


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すでに公開されている西川美和監督作品映画の原作です。
待ちきれずに読んでしまいました。
映画のチラシにはこんな言葉が描かれています。

「妻が死んだ。これっぽっちも泣けなかった。そこから愛しはじめた。」

人気作家・津村啓が、長年連れ添った妻を突然のバス事故でなくしてしまうのです。
しかし、その瞬間、あろうことか津村は愛人とともにいた・・・。
妻との関係はすっかり冷め果てていたのです。
葬儀もテレビのインタビューも、冷静にこなした。
と言うより、冷静でいて悲しみを演じるしかなかった。
浮気をしていたことや妻の死に対して何の感慨もわかないことが、
胸中では罪悪感として巨大な闇が横たわっているようにも感じられるのですが、
それでも表面は、見る人が見れば奇異に感じられるほどに、冷静なのです。
そんな彼が変化を見せたのは、同じ事故で亡くなった妻の親友の一家と出会ってから。
残された夫、6年の息子と保育園年中の娘。
仕事を持つ父親が娘の世話をするのも大変で、
やむなく6年の兄が妹の保育園の送り迎えや世話をするという大変な毎日を暮らしているのでした。
そこで津村は、ごく自然に幼い娘の世話を申し出てしまうのです。
自分には子どももなく、子どもの世話などまるで似合わなそうなのに。
始めは限りなくぎこちなく、しかし次第に子どもたちやその父親とも打ち解けて、
津村はそのことに生きがいを感じ始めるのですが・・・。


そこでハッピーエンドにはならないのがミソ。
その関係がある時破綻します。
確かにこの一家とともにいれば孤独ではないし、自己有用感も得られる。
だけれども、これは津村にとってはある意味、『逃げ』なのですね。
本当に向き合うべき、妻とのことからの。


私は津村が思わず家族を援助しようと思ったところはすごく自然なような気がしました。
彼はもともと人様の面倒なんか見るようなタイプではないのです。
けれどそこに本当に困ったひと、特に子供がいて、
自分が手を差し出すことが可能であるとき、
やはり人は手を差し伸ばさずにいられない。
そういうものだと信じたい。
だからここは、津村が自分のためになると思ったからとか
そういう計算づくではなくて、始めたことなのですよね。
ところがそれが思いがけず、ハマるものだった・・・。
でもそれは、双方のためになるようでいて、実はそうではない・・・
というところが、いかにも人間観察の鋭い西川美和さんらしい展開です。


この物語は多分「津村が妻のために涙を流す」、そういうシーンで終わるはず、
と思いつつ読んでいきました。
さて、どうしてそうなりますか、お楽しみに。


いつもながら、西川美和さんの人の心の虚をつくような不思議さを描く手腕にはやられます。
そして一見不思議ではあるけれど、でも考えてみればそうだよね、そうなるよね、
と納得させられてしまうのが凄い。
映画も絶対見に行きます!!


年の離れた兄と妹、兄が妹の面倒をみなくてはならないというところで、
津村が「火垂るの墓」を連想したところがシャレていました。

「永い言い訳」西川美和 文春文庫
満足度★★★★★