頑強に防護線を張っていた玄関がついに破られた。我が家の間借り猫、小屋猫から土間猫に変貌した。慣れるに従い、隙あらば、と虎視眈々、いや、猫視眈々、母屋への侵入を狙っていた彼奴だが、とうとう目的を達したわけだ。敗北だ、極めて遺憾!である。
小屋に1匹取り残された子猫時代は、警戒心が強く、臆病で、決して近づくことのなかった彼奴だったが、成長とともに、実は無類の人懐こさこそが生得の性格であることが分かって来た。散歩には同道し、畑では現場監督よろしく傍らで見守る。何より人の近くにいたくて仕方がない。今では、抱かれるのが無性に好き、近寄って声を掛ければ、こちらの足に手を掛けておねだりするほどになっている。
お互いの距離が徐々に縮まってきている現況から見て、彼奴が母屋に進出するのも時間の問題とは思われたが、そこは、節度を何より重んじる私としては、越えさせてはならぬ一線であった。間借り猫は小屋住まいこそ相応しい。食事はやる。水も替えてやる。時には抱いてスキンシップにも努めよう。だが、しかし、玄関の境を超えることは断じて許すまい。互いの生活にずかずかと入り込む、べたべたとした関係は、対人間にあっても断固拒否しているくらいなのだ、まして、猫との間柄とあっては、なおさらのことではないか。
ところが、この強固な防衛陣が、いとも簡単に突破されてしまったのだ。
内通である。関ケ原が小早川の裏切りであっけなく東軍の勝利に終わったように、彼奴は心強い内通者の手引きによって、土間をいともたやすく陥れたのである。そう、神さんだ。いいじゃない、土間までなら入れてあげたって、小屋じゃもう寒いし、神さんの一言は神様のご託宣、従わぬわけにはいかぬ。不承不承、土間までね、土間まで。と妥協を止む無くされたのだった。
と言った事情で、今や間借り猫の居住空間は、4坪ほどの土間に広がった。棚の上で眠り、土間で食事を取り、満腹すれば、猫口から出て畑で用を足す。時に縄張りの見回り等、職務を果たし、戻ればひたすら休養にこれ務め、目覚めればしつこくエサを求める。ほれ見よ、この厚かましさ、この節度のなさ。1歳にして早くも中年おやじの肥満体ではないか。
残るは母屋の居住権をめぐる攻防しかない。ここについても彼奴は早くも内通者を篭絡しつつある。冬の間だけでも入れてあげたら。土間、寒いし。否!断じて否!私としても是が非でも守らねばならぬ一線というものがある。居間、食堂だけは決して譲り渡せぬ。何故か?
それは、他人様にお分けするパンや菓子を作る工房だからなのである。なっ、譲れんだろ。