新庄まで芝居を見に出掛けた。出不精の僕としては、極めて珍しいことだ。演目は『土に叫ぶ人 義農 松田甚次郎』、畏友近江正人さんの作・演出による作品だ。
松田甚次郎は、明治の末、新庄市鳥越の豪農の跡取りとして生まれた。宮澤賢治との出会いに深い感銘を受け、自ら小作人となって地域農業の振興に努める傍ら、若者たちと演劇活動に取り組んだり、最上協働村塾を設けて農に率先取り組む全国の精鋭たちに錬成の機会を提供したりした。言ってみれば、宮澤賢治が提唱した、小作人たれ、農民は芸術家たれ、の二つの目標を宮澤以上に地域に根付いた形で実践した人だ。
近江さんは詩人として、高校演劇の指導者として、また、演劇評論の場でも活躍され、その優しいまなざしと鋭い視線と論点には、常々教えられるところ大の方だ。菜の花座の舞台も遠路を厭うことなくしばしばご来場いただいて、その暖かくしかも的確な批評にはいつも励まされている。その近江さんが自分の生涯をかけて追求されてこられのが、郷土の偉人松田甚次郎を再度世に出す仕事だった。松田甚次郎は、戦時満蒙開拓に関わったことから、戦後は人々の関心から遠ざけられ生誕地にあっても忘れられた存在であったが、その隠された偉業を発掘し再評価させたいとの強い使命に燃えて、甚次郎研究を続けられ、その成果が今回の舞台に結実したわけだ。
観客動員に苦労されていると事前に聞いていたので、会場に到着した時にはとても驚いた。開場直後というのに駐車場はすでに満杯、客席も8割方が埋まっているという大盛況だった。800から1000人は入ったろうか。しかも、若者から年寄りまで客層も幅広い。羨ましい。
話しは、松田甚次郎の波乱に富んだ一生を丁寧にたどりつつ、その郷土への愛、土への愛着、農への信仰、などを熱く熱く語ったものだ。自ら地主の特権を放棄した潔さ、暮らしを大切にする生活者の目、女性を対等に遇する先進性、仲間との協同の大切さ、そして土への飽くなき信頼など彼が生涯掛けて取り組んだ様々な実践が描かれる。ともすれば説明的になりがちな長い人生のエポックを巧みにエピソードを織り交ぜつつ表現していて分かり易かった。中でも、エピローグは圧巻だった。若者たちの言葉を通して、甚次郎の心の叫びがストレートに客席に投げかけられ、しっかりと受け止められていた。それは、そのまま、作者近江正人さんの切なる思い、願いでもあったと思う。
何十年もかけて取り組んできた甚次郎を世に出す試み、近江さんの悲願あるいはライフワークと言っていいだろう、その地道な努力がたった今地域に受け止められた。市役所の若手の心を駆り立て、新庄演劇研究会の仲間たちを奮い起こさせ、多くの観客に感動を与え、今この舞台で、大きな鳴動を地域に起こさせたのだと感じた。甚次郎がそうであったように、近江さんも生涯を掛けて、自分に課した目標を成し遂げたのだと思う。ライフワーク、生涯を掛けることの強さ、確かさを目の当たりした公演だったと思う。