まずは写真を見て欲しい。
このテーブル世界に二つとないテーブルだ。なんせ素材が凄い!300年以上経つ古民家の根太に使われていた栗材だ。普通、栗は長期にわたって狂い続けるそうだ。だから、まずは家具なんぞには使われない。300年も経ているから、十分に枯れていてそこが狙いだったと言う。
解体される古民家から出る古材を家具にしようなどと考える家具職人が果たして他にいるのだろうか。家具用に木取りされたものでないから、ところどころ欠けていたり穴が開いていたりして、そこにはしゃれたデザインの詰め物が施されていたりする。寸分の狂いもなく組み合わされた近代家具などとは、発想の根本から違っている。300年もひっそりと生き延びてきた古材だからこそ、味わいもあり、さらに長く命を長らえさせよう。ここにあるのは、木を慈しみ、木を愛でて、木を楽しむゆとりの心だ。
このテーブル注文してから届くまで1年は優に掛かったと記憶している。もちろん、仕上がった時には職人自ら運び込み足を組み込んで微妙な調節を済ませてくれた。
忙しくて仕事が遅れたのか、仕事が遅くて時間がかかったのか、はたまた怠け者だったのか。僕の思うところ、やはり怠け者だったのだ。ただし、それは木と戯れることを楽しむ遊び心が勝っていたからだ。木と向き合い、木と対話し、木をなでさすり、木を肴にして一献傾け、やおら作業にとりかかっては、また、ゆるりと眺めいっていたに違いない。
そんな人柄を忍ばせるエピソードを幾つか紹介する。
彼の自宅は鉄道の枕木を自分で組み立てて造られている。その庭には貨物車両が置かれていて、これがゲストハウスだ。なんせ、廃物を集め回るのが何よりの趣味、常に廃品回収業者を回っては、これぞと思うものを目方で買ってきた。そんながらくたを集めて室内の調度がしつらえられていて、これがまた、なんとも言えぬ味わいを醸すのだ。もちろん、家の周囲にはわけのわからぬ品々がごろりごろりと勝手に居を定めている。直径3メートルの電線巻きの木製リール。これなど、JRの架線現場からトラックで運ぶ際、ロープがほどけて路上を転がったのだと言う。それを言う彼の楽しげな表情、尋常ではない。
なんでも自分でやる、金は掛けない、その真骨頂が自ら掘った9メートルの井戸だろう。僕は中に入ったわけではないが、これはどう考えても命がけの作業だ。いつ崩れたって不思議ではない。そんな冒険をいともたやすく、いや、楽しげにやってのける。
家を造り、廃品を集め回り、それらと戯れる。家具作りもそんな戯れの一つだったのだと思う。彼ほどの才能なら、性根詰めれば、一流の家具作家になれたろうし、結構裕福な暮らしも手に入ったことだろう。
でも、そんなことはなんの価値でもない。木と遊び、廃物と遊び、日々を楽しむ。酒を愛し、温泉をこよなく愛した。
そんな男が深夜の露天風呂で倒れた。心臓麻痺だった。
享年65歳。早すぎたようにも思う。でも、どこか彼らしい死に様でもあったように思う。
畏友、今川和彦。
このテーブル世界に二つとないテーブルだ。なんせ素材が凄い!300年以上経つ古民家の根太に使われていた栗材だ。普通、栗は長期にわたって狂い続けるそうだ。だから、まずは家具なんぞには使われない。300年も経ているから、十分に枯れていてそこが狙いだったと言う。
解体される古民家から出る古材を家具にしようなどと考える家具職人が果たして他にいるのだろうか。家具用に木取りされたものでないから、ところどころ欠けていたり穴が開いていたりして、そこにはしゃれたデザインの詰め物が施されていたりする。寸分の狂いもなく組み合わされた近代家具などとは、発想の根本から違っている。300年もひっそりと生き延びてきた古材だからこそ、味わいもあり、さらに長く命を長らえさせよう。ここにあるのは、木を慈しみ、木を愛でて、木を楽しむゆとりの心だ。
このテーブル注文してから届くまで1年は優に掛かったと記憶している。もちろん、仕上がった時には職人自ら運び込み足を組み込んで微妙な調節を済ませてくれた。
忙しくて仕事が遅れたのか、仕事が遅くて時間がかかったのか、はたまた怠け者だったのか。僕の思うところ、やはり怠け者だったのだ。ただし、それは木と戯れることを楽しむ遊び心が勝っていたからだ。木と向き合い、木と対話し、木をなでさすり、木を肴にして一献傾け、やおら作業にとりかかっては、また、ゆるりと眺めいっていたに違いない。
そんな人柄を忍ばせるエピソードを幾つか紹介する。
彼の自宅は鉄道の枕木を自分で組み立てて造られている。その庭には貨物車両が置かれていて、これがゲストハウスだ。なんせ、廃物を集め回るのが何よりの趣味、常に廃品回収業者を回っては、これぞと思うものを目方で買ってきた。そんながらくたを集めて室内の調度がしつらえられていて、これがまた、なんとも言えぬ味わいを醸すのだ。もちろん、家の周囲にはわけのわからぬ品々がごろりごろりと勝手に居を定めている。直径3メートルの電線巻きの木製リール。これなど、JRの架線現場からトラックで運ぶ際、ロープがほどけて路上を転がったのだと言う。それを言う彼の楽しげな表情、尋常ではない。
なんでも自分でやる、金は掛けない、その真骨頂が自ら掘った9メートルの井戸だろう。僕は中に入ったわけではないが、これはどう考えても命がけの作業だ。いつ崩れたって不思議ではない。そんな冒険をいともたやすく、いや、楽しげにやってのける。
家を造り、廃品を集め回り、それらと戯れる。家具作りもそんな戯れの一つだったのだと思う。彼ほどの才能なら、性根詰めれば、一流の家具作家になれたろうし、結構裕福な暮らしも手に入ったことだろう。
でも、そんなことはなんの価値でもない。木と遊び、廃物と遊び、日々を楽しむ。酒を愛し、温泉をこよなく愛した。
そんな男が深夜の露天風呂で倒れた。心臓麻痺だった。
享年65歳。早すぎたようにも思う。でも、どこか彼らしい死に様でもあったように思う。
畏友、今川和彦。