国立文化財研究所は16日、全北益山の弥勒寺址石塔(미륵사지석탑)の下から、百済時代に製作されたと推定される遺物27種290点余りが出土したと発表した。
百済時代の弥勒寺址石塔(国宝11号)の基壇部発掘調査で出土した遺物は、土製螺髪(나발、高さ約1.5cm)89点、金銅装飾片、金箔、ガラス玉、女性用頭装飾品の青銅後簪(カンザシ、뒤꽂이、長さ8.3cm)(注1)、青銅玉などの青銅製品、護身用小刀子、金釘等で多様。
これら遺物は、塔や建物の崩壊を防止して災を予防するために地中に埋める供養品としての鎮壇具(地鎮具)であったものとみられる。
研究所は、これら遺物の性格と昨年出土した舎利壮厳具との関係ついて深く研究を継続する計画だとしている。
研究所は昨年1月石塔を解体補修する過程で百済武王王侯が作った舎利奉安記、舎利荘厳具を発見している。
[参考:聨合ニュース]
(注1) 写真を見ると、二又に分かれた青銅製のもので、채(釵)と呼ばれるカンザシの形である。新羅の雁鴨池(7世紀後葉)でも似たようなものが出土している。弥勒寺は舎利奉安記の記録では639年建立であるから、雁鴨池のものより古い。
過去の関連ニュース・情報
2009.4.27益山市 弥勒寺 金銅製舎利壺を開封
2009.1.25益山市 弥勒寺址 解体中の石塔心柱から金製舎利具などを発見
百済時代の弥勒寺址石塔(国宝11号)の基壇部発掘調査で出土した遺物は、土製螺髪(나발、高さ約1.5cm)89点、金銅装飾片、金箔、ガラス玉、女性用頭装飾品の青銅後簪(カンザシ、뒤꽂이、長さ8.3cm)(注1)、青銅玉などの青銅製品、護身用小刀子、金釘等で多様。
これら遺物は、塔や建物の崩壊を防止して災を予防するために地中に埋める供養品としての鎮壇具(地鎮具)であったものとみられる。
研究所は、これら遺物の性格と昨年出土した舎利壮厳具との関係ついて深く研究を継続する計画だとしている。
研究所は昨年1月石塔を解体補修する過程で百済武王王侯が作った舎利奉安記、舎利荘厳具を発見している。
[参考:聨合ニュース]
(注1) 写真を見ると、二又に分かれた青銅製のもので、채(釵)と呼ばれるカンザシの形である。新羅の雁鴨池(7世紀後葉)でも似たようなものが出土している。弥勒寺は舎利奉安記の記録では639年建立であるから、雁鴨池のものより古い。
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