萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

虹の花、Messenger of Truth ―William Wordsworth×万葉集

2013-06-16 20:45:59 | 文学閑話韻文系
蒼穹に馳せる、



虹の花、Messenger of Truth ―William Wordsworth×万葉集

西洋でアヤメ属は「アイリス」ですが、ローマ神話で至高の女神ジュノーに仕えていた侍女イリスが由来の命名です。
美少女イリスはジュノーの夫で全能神ジュピターから口説かれてしまい、困った彼女は遠く逃して欲しいとジュノーに願います。
そこでジュノーは七彩きらめく首飾りをイリスに与えると、神の酒を三回振りかけて彼女に天駈ける力を授けました。

このとき滴り落ちた神の酒が地上に降り、その雫から咲いた花が「イリスの花」アイリスです。
アイリスは黄色から薄紅、紫、白などの濃淡に花色が豊富で、連なり咲く光彩のラインは華やか。
そんな色彩の豊かさから虹のイメージにつながってイリスの花になったんでしょうね。

そうして翼を持ったイリスは天上と地上を結ぶ「神の使者」伝言を司る女神となりました。
彼女が空を駈けてゆくとき七彩の薄衣は翻り首飾り煌めいて、その軌跡が七彩に輝く虹です。
アイリスの花言葉は「吉報、消息、恋のメッセージ」などイリスに因んだものになります。
このうち「恋のメッセージ」はイリスが愛の神エロースの母であることが由来です。

神の伝言者が天地を渡して描く七彩の光。
そんな神話を起源として「虹」は希望の象徴に仰がれます。

My heart leaps up when I behold A rainbow in the sky
So was it when my life began, 
So is it now I am a man
So be it when I shall grow old Or let me die
The Child is father of the Man  
And I could wish my days to be Bound each to each by natural piety

私の心は弾む 空に虹がかかるのを見るとき
私の幼い頃も そうだった
大人の今も そうである 
年経て老いたときもそうでありたい さもなくば私に終焉を 
子供は大人の父
われ生きる日々が願わくば 自然への畏敬で結ばれんことを

William Wordsworth「The Rainbow」連載中の小説で何度も引用しているワーズワス代表作です。
夢、希望、輝き、そんな意味をこめワーズワスは「rainbow」を謳います。



日本でアヤメ属の花は、綾目あやめ、杜若かきつばた、菖蒲しょうぶ。
この3つはよく似た花ですが見分け方をご存知ですか?

綾目は菖蒲・文目とも書きますが、花色は紫か白で外側の花びらに黄色の模様、花期は5月上~中旬。
植生地が乾地であること、花びらに網目が見られること、この2点が他二つとの大きな差です。
杜若は花びらの付根が白+青紫・紫・白の三色で絞り模様もあり5月中旬~下旬、水中や湿地などに育ちます。
花菖蒲の花びらは付根が黄色+赤紫・紫の外にも花色が豊富で湿地に生え、花期はラストで6月上~下旬です。




吾のみや かく戀すらむ垣津旗 丹頬合ふ妹は いかにかあるらむ 作者未詳

私だけだろうか、こんなに戀するのは。
君との間垣に旗をふり、想いを示し告げたいのは自分だけ?
杜若のように美しい君、紅匂わす頬の君はどう想ってくれている?
紅潮に華やぐ頬と頬ふれ合わせ、逢瀬に見つめ合った恋人は今どうしているだろう。

『万葉集』巻二十に掲載の相聞歌、いわゆるラブレターとして詠まれた歌になります。
杜若の花に恋人を見つめて相手の心を尋ねたいと願う、恋愛のもどかしい空気感は今昔同じですね、笑

歌中の垣津旗は万葉仮名で「かきつはた」と清音で読み「かきつばた」と濁音には発音しません。
この万葉仮名のまま「間垣=心の壁」+「旗=意思表示の旗」と、花の杜若をかけて訳してあります。
本来「旗」は意思伝達の手段に使われていた道具で、今でも祝日に旗を揚げるのはその日を祝う気持の表現です。
恋しい気持ちを相手に伝える「間垣の旗」として杜若を詠むのは、アイリスの花言葉「恋のメッセージ」と似ています。

「丹頬合ふ」は万葉仮名で「につらう」と読みますが、こちらも意味二つ採っています。
丹は赤土の色で化粧品なら頬紅を示し、口紅やアイラインは「紅」「朱」で表す事が多いです。
この丹や朱はいわゆる赤土で、硫化水銀や酸化鉄、酸化鉛など鉱物系なためにモノによったら毒性あり。
これら鉄系の赤色は赭「そほ」とも言い水銀系は真赭「まほそ」でした、で、紅は植物の紅花や茜草が原料です。
そして頬合ふの「合う」は「似合う」と「ふれ合わす」の二つ意味があるのでそのまま訳しています。
なので「丹」についても頬紅=紅匂わすと紅潮した頬と2つに解釈してみました。




第66話「光望2」と「天津風13」加筆校正が終わっています。
コレもあとで加筆しますが、そのあと短編ひとつUP出来たら良いなってとこです。

取り急ぎ、

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第66話 光望act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2013-06-16 00:23:14 | 陽はまた昇るanother,side story
光兆、その架ける先



第66話 光望act.2―another,side story「陽はまた昇る」

いつもの食堂に入り、いつも通りに配膳口へと向かう。
窓の青さも昨日の空と変わらない、けれど自分の鼓動はいつもと違う。

―なんか緊張しちゃう、ね…ずっとこうなのかな、

今日から毎日ずっと鼓動はひっくり返る?
そうしたら気管支も負担があるだろうか、そんな注意は雅人医師に言われてないけれど。
そんな心配を想いながら朝食の膳を受けとって、そのまま行きかけた背後から綺麗な低い声が笑った。

「周太、俺のこと置いていかないでよ?」

こんなところで名前で呼ぶなんて、どうしよう?

ここは第七機動隊舎付属寮の食堂、職場と同じ屋根の場所。
ここには同僚も先輩も上司もいる、ここもオフィシャルな場所なのに名前で呼ぶなんて?

―さっき言っておけばよかった、名字で呼んでって…まさかって思ってたのに、

ため息交じり立ち止まった横顔に、なんだか視線の存在が解かる。
現実の警察社会では名字で呼ぶことが普通、名前で呼べば驚かれて当然だろう。
光一と英二もオフィシャルでは名字で呼びあうと聴いている、だから今も「まさか」だった。
もし光一も一緒に居たなら止めてくれたろうか?そんな仮定に首傾げた視界を綺麗な笑顔が覗きこんだ。

「周太?どうした、座って飯食おうよ、」

ほら、当然って貌で名前を呼んでくれる。
こんなに無頓着な相手へと何といえば解ってくれるだろう?
そんな思案と歩き出しながら周太は低めた声で言ってみた。

「あの、…職場では名前じゃなくて名字で呼び合わない?国村さんともそうしてるんだよね、」
「飯の時とかは名前で呼んでるよ、昨夜もそうだったし、」

さらり笑って答えてくれる、その涼しい笑顔に気が付かされる。
きっと英二はルールを決めてしまった、だから今もう何を言っても無駄だろう。

―だけど俺と仲良いって解らない方が良いのに、ここだって俺には危険かもしれないから…でも、

自分が警察官になった理由は父の死、そして父が警察官になった理由も、祖父の死だった。
それを語ってくれた田嶋教授の言葉たちは想像より哀しくて、その分だけ疑問は強い。
この疑問が自分を取り巻く「警察」への疑念になって、自分の周囲に危惧が募る。

―あの盗聴器だって本当は俺がターゲットだよね、きっと…

今も七機全体が警戒する盗聴器騒動は光一がターゲット、そう誰もが思っているだろう。
弱冠23歳で警部補に特進、24歳で山岳救助レンジャー第2小隊長に着任した昇進スピードと立場がそう思わせている。

―…国村さんは実際のところ敵も多いんだ。だから盗聴も仕掛けられたんだろうな。国村さんは高卒だけど23歳で警部補になった、
 これはキャリア組が大学校を出た時の階級と年齢に同じだ…農業高校出の男が自分たち国家一種のエリートと並んだって癪に障るらしい

そう教えてくれた菅野は銃器対策レンジャー第1小隊の先輩で、人望も人脈も厚い。
そんな菅野の言葉は信用できるだろう、だからこそ菅野に光一の評価を「教えた」相手が疑念を呼ぶ。

『高校の後輩で東大に行ったヤツだ、今は察庁の警備課にいる』

警察庁警備課は国家一種枠での採用者、所謂キャリアが光一について注視している。
それは光一が警察組織でも目立つ存在であることが理由だろう、そこに疑念は薄い。
ただし、キャリアの幹部候補者がノンキャリアの情報把握している点が疑念を呼ぶ。

―お父さんはもっと注目されてたはずだよね、東大出身なのにノンキャリアで、首席で射撃の本部特練なんて目立ちすぎる…変だ、

目立ちすぎる父の立場は「変」だ、思っていたより以上に複雑かもしれない。
そんな推測から自分の1年5ヶ月を考える時、今までの辻褄が少しずつ噛合いだす。
そうして改めて見直し始めた「警察組織での進路」は、普通なら有得ないことが多すぎる。

第1疑問、父の殉職現場「新宿警察署」に殉職者遺族である自分が配属許可されたのは何故だろう?
第2疑問、卒業配置期間は一般採用枠者なら術科特別訓練員に指定されない、けれど自分が選抜されたのは何故?
第3疑問、卒配期間は術科大会出場者に選ばれない、それでも全国大会と警視庁大会とも自分を出場させた特例の意図は?

どの疑問も「特例」では片づけられない、こんな異様は自分が警察組織に立つ時間全てへ鏤められている。
新宿署では父と似た英二を見たらしい署長が兄弟の存在を2度も尋ねてきた、射撃大会は2大会とも同じ男に注視されている。
銃器対策レンジャーへ異動が決まった頃は「あの老人」が2度現われて、第七機動隊舎では自分の部屋から盗聴器が発見された。

―お父さんの進路も変だけど、俺も変なことが多いなんて…本当は何があるの?

思案しながらテーブルの合間を歩いてゆく足は、いつもの席へと向かっていく。
その後ろを付いてくる足音が楽しげで嬉しいれど、やっぱり気恥ずかしくて俯きたくなる。
こんな思案の時すら意識しすぎる自分が恥ずかしくて、困りながら顔上げた先で箭野が手を挙げてくれた。

「おはよう、湯原。ここ座る?よかったら彼も一緒に、」

気さくな笑顔が呼んでくれる食卓は、もう一人の同席者が先に居る。
この相手とも食事の機会がほしかった、嬉しくて周太は少しの緊張と笑いかけた。

「はい、ご一緒させて下さい。黒木さん、同席よろしいですか?」

箭野と黒木は親しい、だから今朝は一緒に食事しているだろうと思っていた。
きっと「初対面」について話していたはず、そんな推定ごと笑いかけた先で黒木は微笑んだ。

「どうぞ?」

短い返答、けれど声にかすかな緊張は物堅い。
そんなトーンに皆が言う通りの性質が見えて、自分との共通点が解かる。
たぶん幾らか人見知り?そんな性分を気取らせないシャープな目は微笑んだまま少し動き、一点で止まった。

―あ、今ちょっと驚いてる?

いつも冷静な黒木が驚いている、その様子に安堵してしまう。
この間隙に椅子を引き黒木の前へ座った隣、長身も腰下して穏やかに笑った。

「おはようございます、黒木さん。箭野さんは初対面ですね、」
「うん、初対面だけど話は聴いてます、宮田さんだよね?」

さらり笑いながら「宮田さん」と呼んでくれる。
それは英二の立場を理解した気遣いだろう、そんな先輩に感謝した隣で綺麗な笑顔ほころんだ。

「はい、宮田です。山岳レンジャー第2小隊に昨日付で異動しました、よろしくお願いします、」

座ったままでも端正に礼をする、その仕草がどこか大人びた。
笑顔もいつものよう端正に美しい、けれど静穏な賢明と安堵感が惹きつける。
いつも見ている貌と似ていて違う貌、そんな横顔から英二が担う立場が見える。

―これが警察官で補佐役の貌なんだね、英二の、

警察学校で、御岳駐在所で青梅署で、英二の貌は勿論見てきた。
そのどれとも違う空気が今はある、それは光一の昇進に伴う変化だろう。
小隊長のザイルパートナーである立場は平隊員では無い、それら責務は横顔に眩しい。
そう感じているのは自分だけじゃないだろうな?そんな想いごと箸を取った斜向かい箭野が笑った。

「ほんと良い笑顔だな、皆から聴いてた通り宮田さんってホント雰囲気ありますね、」
「皆からって俺、もう話題を提供したんですね?」

笑いながら英二も箸を食膳に運び出す、その仕草に緊張など欠片も無い。
いつもながら動じない隣に感心して汁椀へ口付けて、ふと前の目が気になった。

―あ、これが本田さんが言ってたこと?

人物鑑定みたいのしてる目、そう本田が評したよう眼差しは鋭い。
いま黒木は何を想って英二を見るのだろう、そんな思案に気さくなトーンが笑ってくれた。

「同じ目線のカリスマだって聴いたよ、上の評価も実力も高いのに気負ってなくて、上から目線じゃないとこが皆を掴むってさ?」

『上から目線じゃないところ』

そう箭野が言った瞬間、黒木の箸が止まった。
シャープな目も微かに伏せられていく、その貌に心詰まった。

―いま痛いよね、すごく…自分自身がいちばん解っていて困ってるから、

気負ってしまうからこそ、目線を高くして自分を支えようとする。
そんな気持と立場は他人事に思えなくて、周太は率直に笑いかけた。

「黒木さん、大学の山岳部ってどんな雰囲気なんですか?」
「え、」

小さな声と黒木の視線が上がり、こちらを見てくれる。
意外な質問をされた、そんな貌に微笑んで周太は聴いてみたかった事を尋ねた。

「僕の父も祖父も大学で山岳部だったんです。だから伺ってみたいですけど、お話して頂けませんか?」
「お父さん達からは、どんなふうに聴いてますか?」

シャープな目が訊いてくれる問いかけに、そっと心が刺されてしまう。
この傷みのままも正直に周太は先輩へと答えた。

「父たちからは聴いて無いんです、二人とも早く亡くなったので。だから聴いてみたいんです、」

祖父は生まれる前に亡くなった、そして父も大学時代のことは何も語らず逝ってしまった。
だから二人の軌跡を少しでも聴きたい、そんな願いへ笑いかけた向こうシャープな瞳が微笑んだ。

「俺に山のこと喋らせると長くなりますよ、それでも大丈夫ですか?」

訊いてくれるトーンが和らいだ、そんな空気が素直に嬉しい。
きっと本当に山を好きな人だろう、それが嬉しくて周太は提案と笑いかけた。

「はい、今だけで時間足りないなら夕食の時もお願い出来ますか?」
「俺は良いですけど、」

丁寧に応えてくれる目が一瞬、微かに動く。
その視線に黒木の想いが見えて、だから願うことに隣から綺麗な低い声が笑ってくれた。

「山の話なら俺も交ぜて下さい、黒木さん良いですか?」

ほら、英二なら解ってくれる。
そんな信頼に微笑んだ前、微かに驚いた瞳ゆっくり瞬いた。






(to be continued)

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