萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

水際の行人―万葉集×William Wordsworth

2013-06-25 23:42:51 | 文学閑話韻文系
孤愁の波、時も流れて



水際の行人―万葉集×William Wordsworth

写真は全面凍結@山中湖。
今から4ヶ月半ほど前に撮影した風景になります。
凍てついた湖面に釣舟一艘、孤舟という言葉が似合うなって想いながら撮りました。

風を疾み 奥津白波高からし 海人の釣舟濱に帰りぬ  角麻呂

疾風が渡る、
奥津城へ誘う白い波は高い、
その波越えて漁師の釣舟は浜辺へ帰って来た。
風に波、全ての障碍をも超えてすら自分はあなたの許に帰ってきたよ。

これも『万葉集』に掲載の歌です。
海を往還する船に想いを重ねた歌ですが、なんだか氷中の船にも似合います。
雪解けへ向かう季、氷解に伴って船も自由になる。そんな姿は人の想いとも似ているかもしれないですね、笑

なんで船が湖中に取り残されるか?は、凍り方の為です。
湖は岸辺から凍ります、そのため舟も氷と共に岸から離れる訳です。
氷中の船はそうして出来ます、で、下は最近の同じポイント辺りで撮ってみました。



Nor perchance,
If I were not thus taught, should I the more
Suffer my genial spirits to decay:
For thou art with me here upon the banks
Of this fair river; thou me dearest Friend,
My dear, dear Friend; and in thy voice I catch
The language of my former heart, and read
My former pleasures in the shooting lights
Of thy wild eyes.

おそらくは、
もし、あなたから教えられなかったとしても、
私の生まれたまんまに快活な魂を枯れさせるなんてしない、
あなたの芸術と共に私はいる、この岸辺に、
この美しい河に、私の親しい友であるあなたに、
親愛なる君、親しき友、あなたの声に私は捉えている
私が昔に想った言葉を、そして読みとっている、
私が昔に抱いた歓びを、あなたの天与なる瞳の輝ける眼差しに。

William Wordsworth「Lines Compose a Few Miles above Tintern Abbey」
邦題「ティンターン修道院上流数マイルの地で」112行めあたりです。
岸辺や水のイメージ繋がりで挙げてみました。

角麻呂の歌も波や舟に心重ねて詠んでいますが、
“Of this fair river; thou me dearest Friend,My dear, dear Friend; and in thy voice I catch”
とワーズワスは詩中で明確に河へ想いを詠みこんでいると言っています。
こういうストレートさはワーズワスに限らず英国詩には多いかなと。




第66話「光芒1」加筆ほぼ終わっています、また少し校正するかもしれません。
で、下の写真は逆さ富士になってます、ちょっと面白いので載せてみました。








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第66話 光芒act.1―side story「陽はまた昇る」

2013-06-25 00:39:35 | 陽はまた昇るside story
光跡の行方に



第66話 光芒act.1―side story「陽はまた昇る」

グレー張る空を陽光一閃、落ちてくる。その光を見上げて登る。

ザイル繰る壁は岩じゃない、ただコンクリートの無機質を登るだけ。
それでも見上げる先の空は山へ続く、そして最高峰の空にすら続いて繋がる。
そう思うと今この味気ない訓練でも楽しめて、屋上まで昇りあげると英二は笑った。

「今日の奥多摩は晴れそうだな、」
「だね、こっちも今は曇天だけど晴れるだろね、」

第七機動隊舎の屋上、紺色のTシャツ姿が笑ってくれる。
明けきらない曇空に雪白の笑顔が明るい、その隣へ並んで英二は東の空を見た。
この遥か向こう摩天楼の一角に「あの男」がいる、そこに近づいた刻限に昨夜の覚悟と微笑んだ。

「光一、俺は間に合いそうだって思っていいかな?」

間に合わせたいことは、唯一つ。
けれど唯一つを叶えても本当の意味で願いは叶わない、そんな可能性が今は有る。
もし叶わなかったなら自分をどうするのか?その答えごと昨夜は眠りを抱きしめた。

―でも光一との約束は、

密やかな罪悪感ごと微笑んだ先、透明な瞳が見つめてくれる。
空を覆う雲から光射す下でアンザイレンパートナーは笑ってくれた。

「間に合わせるに決まってるね?でなきゃ俺の夢が叶わなくなっちまう、だろ?」

叶わなくなる光一の夢は、世界中の最高峰をアンザイレンパートナーと登ること。
それを今こうして言ってくれる理解へと英二は穏やかに笑いかけた。

「俺が何、考えてるのか解るんだ?」
「まあね、」

からり笑ってくれる瞳はいつものよう底抜けに明るい。
その雰囲気は1ヶ月前とやはり変わった、そんな変化を見つめた向うテノールが微笑んだ。

「ずっと俺は考えてきたコトだからね、で、その辛さってヤツも解ってるからさ?たぶん俺は止めないだろね、」

たぶん俺は止めない、

そう言われたら解ってしまう、光一が何を想って生きて来たのか?
そして気づかされた本音と真相に北鎌尾根の風花が見えて、あれから残る欠片が傷みだす。
こんなに痛い理由は唯一つだけ、その痛覚が心切り裂いて英二の唇から問いかけた。

「光一?おまえ、グリンデルワルトの時まさか…」

問いかけが全部を言えない。

問いかけて怖くなる、悔恨と愛惜とが北壁の麓から迫り上げる。
あの場所でふたり抱き合った時間の意味は光一にとって「何」だったのか?
その現実が鼓動ごと引っ叩いて英二はアンザイレンパートナーの肩を掴んだ。

「覚悟するためだったのか?俺と雅樹さんが違うって実感して、絶望して、それであのと」
「言わないよ?」

テノールが短く笑って、グローブ嵌めた手が英二の手をポンと叩いた。
紺色のTシャツ着た肩から手は外されて、底抜けに明るい目があざやかに微笑んだ。

「雅樹さんのことはアレ以上ナニも言わない、おまえにも、他の誰にもね?だからその質問も俺は答える気が無いね、」

これ以上は踏みこませない、そう光一は言っている。
こんなふう言われることは寂しい、けれど言われても仕方ないと解っている。
それ以上に自分自身がきっと、唯ひとりの事については誰が相手でも踏みこまれたくはない。
そう解かるからこそ自覚も出来る、やっぱり自分たちは共に生きても抱きあえる相手じゃない。

「…そっか、」

つぶやきに自覚こぼれて、ことんと肚に落着いてゆく。
それは寂しくて、けれど信頼は消えることなく前より温かい。
だからこそ見える自分たちの行く先を想い、穏やかに英二は笑った。

「ごめん、踏みこむような真似して。お互い何でも話すって言っても、誰にも言いたくない事ってあるもんな?」
「だね、」

さらり答えて笑ってくれる眼差しは温かい。
そこに拒絶は欠片も無い、それでも不可侵の深奥がある。

―それで良いんだ、お互い別の人間だって認め合えなかったら悲劇を繰り返す、

心が確認しなおす現実は、遠く33年前の悲劇を軋ませる。
パリ第三大学で響いた2発の銃声と消えた2つの命、その過去に英二は口を開いた。

「光一、周太はあの小説をどこまで気付いたと思う?」

『La chronique de la maison』

周太の祖父、湯原晉博士が遺したミステリー小説は真相の記録。
もし何も知らなければ面白い小説に過ぎない本、けれど「maison」の実像を知るなら記録と解かる。
そして周太なら、あの「家」に幼い頃から住んだ経験と感覚と、聡明な頭脳が小説の正体を見つけてしまう。
そうして周太が真相を知ってしまったら、何を想い考えるのか?それが怖い。

「教えてくれ光一、あの小説を読んだ感想とか周太、光一には何か話してるんだろ?周太、あの小説は本棚に並べてないんだ、
樹医の先生に貰った本は机にあるんだよ、でも晉さんの小説だけは置いていない。それって何か気づいて隠してるんじゃないのか?」

たぶん周太は、あの小説だけはデスクの抽斗にしまっている。
鍵付の抽斗にしまい込む、その意図に廻らす思考へテノールの声は静かに微笑んだ。

「単純に大切だからしまってるだけだろね、アレって普通は手に入らない本だから。でも、家のコト気づくのは時間の問題だろね、」

時間の問題、その通りだろう。
その通りだから焦りそうになる、そんな焦慮は他に幾つも理由が痛い。
いま9月の初め、もう10月が来て秋になる、その刻限は「異動」と「寒期」が周太へ手を伸ばす。

異動して、その行く先は?
寒い空気が凍てつく季節、そして喘息の経過は?

もう逃げようがない状況が周太を包囲し始める、そんな10月がもう近い。
それを周太自身も解っているだろう、けれど「異動」が隠す真相を小説に知ったなら?
あの小説が現実なのだと気付いた時、曾祖父の死から全てが「罠」そして「罪」だと知れば周太は、どうなる?

「…周太、」

あふれた聲が名前を呼んで鼓動から溜息は深い、けれど今するべきは溜息じゃない。
そんな覚悟に英二は平手一発、自分の頬へ高らかに撃った。

ぱんっ、

曇天に響いた一発が、意識の底から透徹を覚ます。
いま哀しみに焦っても何もならない、そう計算が固まった想いへ光一が笑った。

「ふん、イイ貌に戻ったね。じゃ、昨夜っからの話をしよっか、補佐官殿?」
「補佐官って、ちょっと待ってよ?」

言われた新しい呼名には首傾げてしまう。
たとえ冗談でも困らされる、そう思うままを率直に続けた。

「補佐官なんて呼び方、冗談でも2年目の俺には烏滸がましいよ?それに黒木さんがいる、あの人が第2小隊のナンバー2で補佐官だろ?」

確かに後藤は光一の補佐官として自分を育てあげた、けれど今そう呼ぶのは早すぎる。
そんな想いに困って笑いかけた先、底抜けに明るい瞳は悪戯っ子に笑ってくれた。

「おまえね、昨夜の挨拶ン時に勝負ついたって解ってないワケ?黒木は勿論、他のメンツの貌ちゃんと見えただろが?」

言いながらグローブの指が伸ばされて軽く英二の額を弾いた。
いつもながら小突かれた痕さする前、秀麗な貌は楽しげに教えてくれた。

「昨夜、俺たちが挨拶回りしている時に第2小隊のヤツら晩飯だったけどね、おまえの笑顔はカリスマだって言ってたらしいよ?
それも宮田さんって呼んでたらしいね、で、黒木がおまえの笑顔に呑まれたってコトも話してたらしい。もう皆して宮田派ってカンジ?」

そんな話になっている、そう聴かされて少し驚かされる。
こんな状況だろうと幾らかは解っていた、それでも一つ意外で英二は訊いた。

「確かに黒木さん怯んだかなって思ったし、皆も宮田さんって呼んでくれてたけど。でも、どうして晩飯の会話を光一が知ってるんだ?」
「知らせてくれる相手はイッパイいるからね、七機全部にさ?」

軽妙な答えに底抜けに明るい瞳が笑う、そこに自信と強靭が篤い。
何事も妥協を赦さない、そんな本質を知るだけに光一の1ヶ月が想われて賞賛に英二は笑いかけた。

「この1ヶ月で光一、ちゃんと第2小隊と七機を掴んでるんだな。さすがだよ、」

高卒任官でありながら23歳で警部補かつ小隊長、そんな立場は縦社会の警察組織において異例だろう。
嫉妬や誤解の障碍も少なくない、きっと第2小隊16名を掌握するだけでも難物だったろう、七機全体なら尚のこと難しい。
それでも「知らせてくれる相手はイッパイ」な人脈を造り上げた笑顔はまばゆくて、嬉しくて笑った英二にパートナーは言ってくれた。

「ありがとね、でもご覧の通り黒木だけは掴めていないんだよね?で、挨拶だけで伸しちゃったオマエを充てにしたいってワケ、」

伸しちゃった、ってすごい言い方だな?
そんな表現も何だか可笑しくて、笑いながら英二は首傾げた。

「充てにされて光栄だけどさ、俺だって黒木さんは簡単じゃないと思う。黒木さんが光一を苦手にする理由って、俺にも嵌まるし、」
「そりゃそうだろね、でも俺よりはハードル低いトコも多いんじゃない?」

からり笑って光一は左手首の文字盤を見た。
銀色きらめく山時計は名前から所縁深い、その想い見つめる真中で怜悧の瞳が笑った。

「あと30分は密談時間あるね、」

密談時間、そう言いまわす表現にパートナーで上官の意図が解かる。
いま求められる役割に笑って英二は曇天を仰ぎ、一条の光跡を見とめながら微笑んだ。






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