the darkness of the grave 不明の先
第83話 雪嶺 act.3-side story「陽はまた昇る」
車窓の稜線が白あざやかになる、そして雪が降る。
さらさらフロントガラスを結晶かすめる、気温だいぶ下がってきた。
指揮車の助手席は横顔まっすぐ前を見る、もう1時間ゆれる沈黙に英二はハンドル握り直した。
―光一も同じことを考えてる、きっと、
『犯人は山小屋に立て籠もり中、人質は小屋主ほか3名。内1名は総務省官房審議官、犯人の要求は強盗殺人犯の無罪判決だよ、』
事実を告げる声はいつも通りで、けれど底は硬かった。
きっと自分と同じことを考えている、その核心に笑った。
「国村さん、俺は無事に帰りますよ?」
だって「あの男」は自分を死なせるつもりはない。
そんな意図に笑った隣、雪白の横顔はそっと息吐いた。
「宮田さあ…おまえの祖父さんがらみも責任とる気だろ?」
気づいている、それも当然だろう。
それくらい明敏なければ指揮官は務まらない、その立場がふりむいた。
「そんな責任は要らない、この現場は山岳レンジャーとしての任務だろ?おまえ個人の事情も私情も関係ないね、」
ほら言ってくれるんだ。
こんなふう何度も気を遣わせるのだろうか?
あらためて自分の場所を見ながら穏やかに笑った。
「光一、俺は公人と私情どっちも獲りたいんだ、」
「そうかねえ?」
訊きかえしてくれるテノールが低い。
まっすぐな視線を頬受けながら素直に口開いた。
「祖父を継ぐって話したろ?それには俺自身の名声がないと都合悪いんだ、祖父の孫だというだけで握れるものじゃない、」
あの祖父を継ぐこと。
それは願った未来図とは違う、それでも進むしかない。
そう解かっているから決めた肚をテノール深く敲いた。
「英二、おまえが祖父さんの跡継ぐのって周太のためだね?」
ほら、その名前やっぱり出すんだ?
こんなふうに本音まるごと見られている、もう晒された願い穏やかに笑った。
「祖父の権力があれば一生ずっと護れるんだ、傍にはいられないかもしれないけど、」
そう、きっと傍には居られない。
それだけのハイリスクを自分は継ぐ、その引換は自由と権力だ。
それを欲しい人間は多くいるだろう、けれど本心ざくり言われた。
「だから志願したね?周太もろとも死んでもイイって想ってんだろ、」
さらさらフロントガラスに雪がふる。
ワイパーかきわける向こうは稜線けぶらす、もう近づく山嶺に声が続く。
「サポート相手は周太の可能性がある、しかも人質は総務省の役人なんてオマエの祖父さんガラミだね、で、おまえへの挑戦状みたいに想ってんだろ?」
淡々と紡ぐ声、けれど真直ぐ肚を暴かれる。
こういう男だから命綱も託しあえた、その信頼に微笑んだ。
「光一も、観碕から俺と祖父への牽制だって想うんだ?」
「他に何があるワケ?」
即答して助手席の気配みじろぐ。
赤信号にハンドル停めて、頬ばちり弾かれ声が出た。
「いてっ、」
あ、これって久しぶりだな?
なにか懐かしくて笑いたくなる、つい笑ったまま言われた。
「痛くてケッコウだね、死んだら痛いなんざ言えやしないんだ、」
死んだら言えない。
こんなこと当り前だろう、けれど言う声は刺すほど響いてしまう。
それだけの経験を重ねてきた男は淡々と低く続けた。
「祖父さんの部下を救けたらそりゃ有利な名声だね、でもあのオッサンが仕掛けてるんならソレナリヤバイ罠あるんじゃない?なによりホントの人質は周太だ、」
低くテノールが告げる事実確認は甘くない。
そして恐らくは現実だろう、そんな分析に笑いかけた。
「周太が俺の唯一の弱点だってこと、観碕は気づいたのかな?」
「弱点とまでは知らんかもね、だけど試金石にはされてるんじゃない?きっちり同期を救えるのかドウかってさあ、」
答えてくれるトーンまた低くなる。
さぞ立腹なのだろう?そう解かるから微笑んだ。
「周太と俺を警察学校の同期に仕立てたがったのはさ、少なくとも二人いるよ?」
二人いる、けれど原点は一人だ。
それくらい解かっている怜悧がため息と言った。
「あのオッサンと蒔田さんだろ、理由は正反対だけどね?ナンにしてもあのオッサンがいなきゃ周太も警察学校なんざ行っちゃいないよ、」
「そうだな、観碕がいなければ周太は警察官になっていないな、」
応えながら変わった信号にアクセルそっと踏みこむ。
ざりざりタイヤチェーンが雪を噛む、フロントガラス真白な世界へ穏やかに笑った。
「光一、俺は周太を生きて援けるよ?それが観碕の敗北だ、」
生きて救うこと。
それだけが観碕の意図を崩すだろう。
そして自分の唯ひとつの願いで、けれど真逆の望みを言われた。
「たしかにあのオッサンの負けだろうけどね、ホントはおまえさあ、一緒に死んで独り占めしたいとか想ってんだろ?」
ほら曝される、こんなふう気づかれてしまう。
それくらい時間を共有したパートナーに笑った。
「そう想うのって光一、祖父の権力があれば護れるけど傍にいられないって言ったから?」
「殺しても独り占めしたいってさあ、初任総合のとき言ってたろが?」
言い返してくれる言葉に懐かしくなる。
あれは初夏のことだった、あれから季節めぐった窓の雪に微笑んだ。
「そうだな、独り占めしたいよ?」
独り占めしたい、唯ひとり。
そう願ったから今日まで全てを懸けてきた。
そして今日に終わるかもしれない?そんな予兆のフロントガラスに雪嶺は近い。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
にほんブログ村
blogramランキング参加中!
英二24歳3月
第83話 雪嶺 act.3-side story「陽はまた昇る」
車窓の稜線が白あざやかになる、そして雪が降る。
さらさらフロントガラスを結晶かすめる、気温だいぶ下がってきた。
指揮車の助手席は横顔まっすぐ前を見る、もう1時間ゆれる沈黙に英二はハンドル握り直した。
―光一も同じことを考えてる、きっと、
『犯人は山小屋に立て籠もり中、人質は小屋主ほか3名。内1名は総務省官房審議官、犯人の要求は強盗殺人犯の無罪判決だよ、』
事実を告げる声はいつも通りで、けれど底は硬かった。
きっと自分と同じことを考えている、その核心に笑った。
「国村さん、俺は無事に帰りますよ?」
だって「あの男」は自分を死なせるつもりはない。
そんな意図に笑った隣、雪白の横顔はそっと息吐いた。
「宮田さあ…おまえの祖父さんがらみも責任とる気だろ?」
気づいている、それも当然だろう。
それくらい明敏なければ指揮官は務まらない、その立場がふりむいた。
「そんな責任は要らない、この現場は山岳レンジャーとしての任務だろ?おまえ個人の事情も私情も関係ないね、」
ほら言ってくれるんだ。
こんなふう何度も気を遣わせるのだろうか?
あらためて自分の場所を見ながら穏やかに笑った。
「光一、俺は公人と私情どっちも獲りたいんだ、」
「そうかねえ?」
訊きかえしてくれるテノールが低い。
まっすぐな視線を頬受けながら素直に口開いた。
「祖父を継ぐって話したろ?それには俺自身の名声がないと都合悪いんだ、祖父の孫だというだけで握れるものじゃない、」
あの祖父を継ぐこと。
それは願った未来図とは違う、それでも進むしかない。
そう解かっているから決めた肚をテノール深く敲いた。
「英二、おまえが祖父さんの跡継ぐのって周太のためだね?」
ほら、その名前やっぱり出すんだ?
こんなふうに本音まるごと見られている、もう晒された願い穏やかに笑った。
「祖父の権力があれば一生ずっと護れるんだ、傍にはいられないかもしれないけど、」
そう、きっと傍には居られない。
それだけのハイリスクを自分は継ぐ、その引換は自由と権力だ。
それを欲しい人間は多くいるだろう、けれど本心ざくり言われた。
「だから志願したね?周太もろとも死んでもイイって想ってんだろ、」
さらさらフロントガラスに雪がふる。
ワイパーかきわける向こうは稜線けぶらす、もう近づく山嶺に声が続く。
「サポート相手は周太の可能性がある、しかも人質は総務省の役人なんてオマエの祖父さんガラミだね、で、おまえへの挑戦状みたいに想ってんだろ?」
淡々と紡ぐ声、けれど真直ぐ肚を暴かれる。
こういう男だから命綱も託しあえた、その信頼に微笑んだ。
「光一も、観碕から俺と祖父への牽制だって想うんだ?」
「他に何があるワケ?」
即答して助手席の気配みじろぐ。
赤信号にハンドル停めて、頬ばちり弾かれ声が出た。
「いてっ、」
あ、これって久しぶりだな?
なにか懐かしくて笑いたくなる、つい笑ったまま言われた。
「痛くてケッコウだね、死んだら痛いなんざ言えやしないんだ、」
死んだら言えない。
こんなこと当り前だろう、けれど言う声は刺すほど響いてしまう。
それだけの経験を重ねてきた男は淡々と低く続けた。
「祖父さんの部下を救けたらそりゃ有利な名声だね、でもあのオッサンが仕掛けてるんならソレナリヤバイ罠あるんじゃない?なによりホントの人質は周太だ、」
低くテノールが告げる事実確認は甘くない。
そして恐らくは現実だろう、そんな分析に笑いかけた。
「周太が俺の唯一の弱点だってこと、観碕は気づいたのかな?」
「弱点とまでは知らんかもね、だけど試金石にはされてるんじゃない?きっちり同期を救えるのかドウかってさあ、」
答えてくれるトーンまた低くなる。
さぞ立腹なのだろう?そう解かるから微笑んだ。
「周太と俺を警察学校の同期に仕立てたがったのはさ、少なくとも二人いるよ?」
二人いる、けれど原点は一人だ。
それくらい解かっている怜悧がため息と言った。
「あのオッサンと蒔田さんだろ、理由は正反対だけどね?ナンにしてもあのオッサンがいなきゃ周太も警察学校なんざ行っちゃいないよ、」
「そうだな、観碕がいなければ周太は警察官になっていないな、」
応えながら変わった信号にアクセルそっと踏みこむ。
ざりざりタイヤチェーンが雪を噛む、フロントガラス真白な世界へ穏やかに笑った。
「光一、俺は周太を生きて援けるよ?それが観碕の敗北だ、」
生きて救うこと。
それだけが観碕の意図を崩すだろう。
そして自分の唯ひとつの願いで、けれど真逆の望みを言われた。
「たしかにあのオッサンの負けだろうけどね、ホントはおまえさあ、一緒に死んで独り占めしたいとか想ってんだろ?」
ほら曝される、こんなふう気づかれてしまう。
それくらい時間を共有したパートナーに笑った。
「そう想うのって光一、祖父の権力があれば護れるけど傍にいられないって言ったから?」
「殺しても独り占めしたいってさあ、初任総合のとき言ってたろが?」
言い返してくれる言葉に懐かしくなる。
あれは初夏のことだった、あれから季節めぐった窓の雪に微笑んだ。
「そうだな、独り占めしたいよ?」
独り占めしたい、唯ひとり。
そう願ったから今日まで全てを懸けてきた。
そして今日に終わるかもしれない?そんな予兆のフロントガラスに雪嶺は近い。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
にほんブログ村
blogramランキング参加中!