萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 雪嶺 act.6-side story「陽はまた昇る」

2015-06-23 22:35:04 | 陽はまた昇るside story
Shadow of the prison-house begin to close 闇冥はるか
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.6-side story「陽はまた昇る」

黎明、夜明直前の最も昏い闇。

そんな刻限が山を覆う、けれど上空はるかな風が強い。
鉛いろ重たい雲ふき払われてゆく、風速ながれ月が出た。

「ほら、きっちり晴れだしたねえ?」

皓々、月光にテノール徹って雪白の横顔が笑う。
ヘルメットの庇から瞳も明るい、そんな上司に英二は微笑んだ。

「国村さん、わざと大きな声で言ってるでしょう?」
「アテツケくらいさせてもらわないとさ、ねえ?」

からり笑って、けれど言葉いくらかきつい。
肚底から怒っている、そんな声は謳うよう続けた。

「立て籠もりだろうが雪崩だろうが山の遭難は山ヤ自身の責任だね、こんな時季こんな日に登る自体が判断ミスってもんだ。それを偉そうに頭ごなし命令されて肚立たねえヤツいないよ、しかもド素人の命令なんざ何ひとつ信頼できやしない、あんなんに命預けろとかアテツケくらい安いもんさ、ねえ?」

まだ朝の遠い闇、けれど月に声は徹って響く。
きっと幕営中の誰もに聞えてしまう、気懸りで笑いかけた。

「怒る気持ちは七機全員が同じです、でもあまり言うと立場がやり難くなりますよ?」

若干24歳の高卒任官ノンキャリア、けれど警部補で小隊長。
その立場は例外的かつ有能を示して、だからこそ難しい現実を口にした。

「SATの指揮官は階級も年齢も国村さんより上です、将来的な昇進も約束されたコースでしょう、そんな相手とケンカしすぎれば警視庁山岳会は発言権を狭められるかもしれません、それは後藤さんが国村さんに期待するリーダーシップとは違うベクトルだと思いますが、どうでしょうか?」

なぜ後藤が光一を警視庁に入れたのか?
そこには警視庁山岳会会長としての願いがある、そんな立場の男は笑った。

「ソンナの解かって言ってるよ、ソレより山ヤの俺は大事なアンザイレンパートナーをいかせるなんざ承知しちゃいない、」

それより山ヤの自分。

そう言って笑ってくれる瞳は怜悧に明るい。
すべて解かった上で言っている、聡明なパートナーにため息笑った。

「だったら光一、なおさら怒らないでくれよ?俺は山ヤとして一人の男として志願したんだ、あの指揮官の思惑は関係ない、」

自分こそ自分勝手に選んでいる。
そんな本音に聡明な眼差しすこし笑って、はるか山頂方向を仰いだ。

「小屋こっから丸見えだね、でもアッチからは雲で見え難いはずだよ、タイミングを狙おう、」
「おう、行動中も雲の流れを計算していくよ、」

応えながら透かす視界、山の夜は銀色あわい。
月光ゆるやかに雲ひるがえす、あの行雲つかまえて登れば見つからない。

―でも俺のスピードだけじゃない、合せて行けるかな、

上方からの監視を避けて雪山を夜登る。
それは単独ならまだいい、けれど「連れていく」現実を言われた。

「いいか英二、夜の登山も雪も不慣れな人間にキツイよ?アイゼンで根っこや岩をひっかけて転ぶしハマるのも怖い、寒さの耐久性も俺たちとは違う、」

夜、雪、低温。

どれも自分には楽しい世界で、けれど違う人間のほうが多い。
その理解あらためて噛みしめ微笑んだ。

「そうだな、俺のペースだけで進んじゃ危ないな?」
「だね、おまえの半分だと思っときな?低体温症でも起こされたら判断力も落ちるからね、特に下山は危ないよ、あと」

言いかけて、でも途切れてしまう。
何を言いたのだろう?ふり向いた真中で白い横顔は言った。

「家族にのこす言葉を書いていけ、俺が預かってやる、でもおまえ自身が伝えろ、」

棒読みのようなトーン告げて、くるり踵返してしまう。
言うべき事は言った、そんな背中にウェアの胸ポケットから封筒ひとつ出した。

「光一、これ預かってくれる?」

白い封筒さしだした先ふり向いてくれる。
ヘルメットの庇に翳った瞳は見えない、それでも登山グローブの手は受けとってくれた。

「この宛先、中森って誰?」
「鷲田の家宰だ、祖父の屋敷を何十年も守ってくれてる、」

答えながらロマンスグレイの笑顔が懐かしい。
あの家宰なら全てを果たしてくれる、そんな歳月の信頼に微笑んだ。

「俺の私物もぜんぶ中森さんに送ってくれ、その手紙に処分の仕方と連絡とるべき相手を書いてある、」

こういう支度しておいてよかったな?
あらためて感謝したくなる視界に白ふわり舞った。

「お、風花、」

上空は月、ふる光きらきら欠片が舞う。
きっと尾根の雪が飛んできた、その強風を見ながら微笑んだ。

「中森さんは周太のことも気づいてる、男だとは解かってないだろうけどな。でもあのひとなら大丈夫だ、」
「ふん…そんなに信頼できる人なんだね、」

うなずきながらウェアの内ポケットへ封筒しまってくれる。
きらきら風花まだ止まない、雪の森つらなる車両に静かなトーン訊かれた。

「英二、こんな手紙いつ書いてた?」
「鷲田の家から帰った夜だよ、光一に北岳で話す前だ、」

話して、その単語に鼓動そっと軋みだす。

“北岳草を見せて?”

北岳、母国の第二峰に咲く唯一の花。
あの花に約束した人ともうじき寄添える、そんな想いと封筒もう一通出した。

「国村さん、こちらは今すぐ開けてもらえますか?封緘はしていません、」
「うん?」

受けとって歩きながら開いてくれる。
森の影ヘッドランプに文面を照らして一瞥、すぐ顔上げた。

「身元引受人まで変更するって、おまえ本気で」
「はい、本気です、」

微笑んで頷いて、自筆の書面が眼に入る。
これでもう迷惑なにもかけずにすむ、その想い声にした。

「もし俺が帰ってこないときは美幸さん、周太のお母さんに伝えてくれるか?大切な居場所だからこそ離れると俺が言ってたってさ、」

もう彼女をこれ以上は巻きこめない。

―この先は違う世界なんだ、帰ったとしても、

もし無事に帰ることが出来たなら、その行く先は前と違う。
そうしなければ彼女もその息子も護りきることは出来ない、そんな未来図にザイルパートナーが訊いた。

「英二、おまえ本気で祖父さんの後継ぐ気なんだね?」
「俺はいつだって本気だよ、」

即答に笑って、ふわり白い花びら降りてくる。
つい差しだした右手の上、登山グローブの真中きらり風花が光った。

「光一、風花を受けとめられたよ?」

他愛ないこと、けれど今は素直に嬉しい。
こんなふう山を笑っている時間が大好きだ、その隣で山っ子も笑ってくれた。

「それ啜りこんじまうとイイよ、山の神サンの贈物だからね、」
「光一が言うと信憑性あるな、」

笑って言われるまま右掌へくちづける。
唇そっと冷たさ滲んで、そして見た左腕の時計へ穏やかに笑った。

「午前3時50分、支度してきます、」



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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