萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.14-side story「陽はまた昇る」

2016-10-07 23:56:00 | 陽はまた昇るside story
And drown in it my sin’s black memory; 罪の天上、
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.14-side story「陽はまた昇る」

仰ぐのは、なつかしい紺瑠璃の夜。

「じゃ、乾杯、」
「乾杯、」

かつん、ぶつけた缶ビール稜線はるか響く。
登山ジャケットかすめる風そっと頬冷やす、星ふる銀いろ浮びだす。
深夜なだらかな屋上の夜、遠く近く山波たなびく空を月が晴れた。

「…きれいだ、」

凛々、月冴える。

雲はるか流れゆく、月下めぐらす稜線の銀色うかぶ。
尾根あわい光ゆるやかに麓たなびく、その銀いろ足許も照らす。
この夜の彼方に最高峰もある、そんな雪の屋上しんと穏やかで缶ビールの唇冷たい。

こんな夜どれくらいぶりだろう?

「いいな、奥多摩の夜は、」

微笑んで白い吐息、アルコールそっと香る。
ほろ苦い芳香ゆるく喉すべりこむ、くゆらす白い香に同期が笑った。

「宮田も好きだよなあ、寒い屋上で冷えたビールって耐寒訓練だろ?」

耐寒なんて言いながら寒そうな顔していない。
そんな北国生まれらしさに笑った。

「ははっ、藤岡ぜんぜん寒がってないクセによく言うよ?」
「宮田もだろ?都会育ちのクセにすごいよな、」

からり笑い返してくれる、その横顔は夜空にも明るい。
小柄だけど登山ジャケットの肩は頑健で、去年より逞しい眼ざしに笑いかけた。

「藤岡の地元、もっと寒いんだろ?」

この話、こちらからして良かったかな?

まだ早かったろうか、それとも訊いて良かったろうか。
すこしの迷いと笑いかけた隣、大らかな笑顔がこちら向いた。

「もっと寒いよ。でも温かいんだ、今も、」

今も、

そう笑ってくれる瞳は大らかに和む。
いつも明るい同期、でも映した過去が見つめ返した。

「俺んちさ、津波で流された話って宮田にしたっけ?」

今日は3月の終り、だからこの話もしてくれる。
そんな眼ざしに英二は微笑んだ。

「すこしだけ、かな?」

全てを聴いたわけじゃない、それでも事情は見える。
まだ話すことも辛いだろう?けれど北国の笑顔は言った。

「俺の地元は宮城だけどな、あの地震の津波かぶってさ、じいちゃんが死んだんだ、」

地震、津波、そして死。
そこにいた横顔はちいさく笑った。

「じいちゃんは見つかったから幸運だったよ、でも探すのに俺、ご遺体たくさん見てさ?それが救助隊を志願するキッカケなんだ、」

月と星の屋上、鉄柵もたれて小さく笑う。
登山靴の足もと雪あわく凍って、そんな三月の夜に微笑んだ。

「強いな、藤岡は、」
「ありがとな、でも罪悪感すごいよ?」

返してくれる言葉そっと引っ叩かれる。
そのとき残された者が何を抱くのか?その瞳がふり向いた。

「なんで俺が生き残ったんだろうって考えるんだよ、だから救助隊を選んだんだ俺、」

罪悪感、だから選んだ。

こんな想い、昔の自分なら嗤ったろう。
でも今なら解かる肚底から訊いた。

「お祖父さんも警察官だったよな?駐在所で柔道を教えてたんだろ、」

警察学校時代、そんな話を聴いている。
なぞった記憶に同期は笑った。

「地元の駐在さんだよ、救助にも出てたんだ。俺も宮城県警って思ったけどさ、じいちゃんが警視庁でチャレンジしろ言ってくれたんだ、」
「そっか、本部は違うけどお祖父さんと同じ道なんだな、」

笑いかけて鼓動そっと絞まる。
この同期も祖父と同じ道、でも違う明るさに微笑んだ。

「お祖父さんいつも一緒にいるんだろうな、先輩として一緒に、」
「俺もそう想うよ、だってなあ宮田?」

笑って大きな目が山を見る。
夜めぐらす稜線はるか、ふるさと望む視線は言った。

「じいちゃんさ、ご近所さんたちを救助して自分が死んだんだ、」

なぜ津波に呑まれたのか?

その理由まで聴いたことはなかった。
ようやく話してくれる視線はすこし微笑んだ。

「とっくに定年してんのにさ、じいちゃん昔のまんま駐在さんの貌で死んでたよ?ソウイウじいちゃんだから生きててほしかったんだ、」

誇らかな死に顔だった、そう解かる。

会ったことがない男、でもその貌きっと自分は知っている。
この2年間ずっと見てきた瞬間と、その仲間に英二はそっと笑った。

「俺、藤岡が生きていて良かったよ?」

生きていて良かった、この同期が。
素直な想いに缶くちつけて、呑みこんだ麦の香に言われた。

「やっぱ宮田やさしいよなあ、ありがとな?」

朗らかな声が笑ってくれる、その笑顔まっすぐ明るい。
紺瑠璃の闇ふる屋上、それでも月と星の明るい夜にふっと告げた。

「俺、優しくないよ?自分勝手なだけだ、」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

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山岳点景:太古の樹影

2016-10-07 23:05:05 | 写真:山岳点景
千七百の黄昏
 


山岳点景:太古の樹影

四世紀後半、築かれた古塚に暮れる1,700×365の夕空。


撮影地:国指定史跡銚子塚古墳附丸山塚古墳@山梨県甲府市

東日本最大級の前方後円墳です、江戸時代に編纂された『甲斐国志』にも記録があります。

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