‘Cause I did suffer I must suffer pain. 悔悟の晨
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第85話 暮春 act.16-side story「陽はまた昇る」
言われた言葉やたら響く、それは「言葉」のせいかもしれない。
それとも声の明るさだろうか、考えつい英二は笑った。
「それって藤岡の地元の言葉?」
「あ?思わず訛りでちまったな、しゃーないな、」
からり笑って大きな目が明るい。
あいかわらずな同期は缶ビール片手、深夜の屋上に笑った。
「山はボガ吐きゃボッコれるだ、でも宮田はボッコれねえだべ?んだがら言ってっちゃ、おだづなよ!」
紺瑠璃ふかい高い空、朗らかな声ひろやかに凄み笑う。
言葉の意味は解らない、それでも伝わる温もり笑いかけた。
「言葉よくわらないけど藤岡、叱ってくれてるんだな?」
「叱ってるって解かるのか、エセガギャにしちゃ素直だなあ、」
訛り大らかに笑ってくれる。
月ふる稜線めぐる町の一隅、明るい大きな目が自分を見てくれた。
「宮田の初めての死体見分、卒配すぐだったろ?」
「うん、」
うなずいて秋の初めが遠い。
たった一年半前の記憶、それなのに遠い時間へ同期が続けた。
「宮田はああいう死体を見たの初めてだったろ?身内じゃないドッカの誰かのご遺体は、」
「うん、」
またうなずいて森が映る、あれは巡回の夕刻だった。
秋ほの暗い森の底、浮んだ縊頚死体の長い白い首。
「首つり遺体はヒドイ状態になるし、他人の死体って正直ちょっと怖いよな。でも宮田は吐かなかったからスゴイって思ったよ、」
ひとつの映像に同期の声が言う、その言葉にただ正直な声がでた。
「最初だから絶対に吐きたくなかったんだよ俺、ほんとうは気持ち悪くかったけど意地を張ったんだ。馬鹿にされたくなかっただけだ、」
あれは唯、意地だった。
その意地張り通したかった一人に微笑んだ。
「藤岡は登山の経験者で柔道もやってたろ?最初から目標を見つけて山岳救助隊に選ばれる努力してた藤岡が、俺は羨ましかったから、」
焦っていた、この同期を見るたびに。
「俺は山の経験もないくせ剣道も柔道も体育レベルだったろ、駐在所に必要な経験ないのに卒配希望を出したんだ。とんだ背伸びした自覚は俺なりあってさ、だから適性が無いって判断されることは絶対にしたくなかったよ、背伸びを等身大にしたくてさ?」
背伸びして、精一杯に腕を伸ばして掴んだ場所。
高嶺だと解かっていた、だからこそ辿りついた今に笑った。
「そういう背伸びも気づかれたくなくてさ、必死で勉強して訓練かじりついて良いヤツの貌つくったんだ。たんなる見栄っ張りだよ?」
見栄っ張り、それでも辿りつきたかった。
そうして欲しかったものがある、その名前まっすぐ言われた。
「そーゆー見栄っ張りだから宮田、湯原の連絡先も俺に訊いてこないのかよ?」
衒いなく言ってくれる、こんな男だから羨ましい。
本当に羨ましいな?あらためての羨望と笑った。
「そうだな、今ほんと藤岡に嫉妬してるかも?」
「うわ、きれいな顔して笑っちゃってるよ、怖ええなあ、」
怖い、そう言いながらも大きな目は明るい。
月また傾いた空、怯えのかけら一つない笑顔に言った。
「周太は俺のこと怖がってるよ、だからアドレス消されたんだ、」
多分あのひと自身が消したのではない、でも同じだ。
―お祖母さんが消したんだろうな?周太の様子から気づいて、
その行動力も判断力も備える女性だ、祖母は。
そうする権利と義務も持っている、その理由に噤んだ唇ビールふくんだ。
―親戚だなんて誰も信じないだろうな、俺と周太は違いすぎて、
違いすぎる人、けれど逢いたい。
この想いは血縁ゆえだろうか?そんなこと幾度を考えたろう。
また考えめぐる足もと雪は凍る、さくり踏んで冷たい鉄柵もたれて、ほろ苦い缶ビールごし言われた。
「湯原が宮田を怖がるのか?でも、あの雪崩に体張ったのは宮田だろ?」
見ていたよ?そんなトーン話しかけてくれる。
テレビ映されていた光景に訊かれて、ただ微笑んだ。
「あれも俺の自分勝手だよ、俺が置き去りにされるのが嫌でサポートに入ったんだ。周太の傍にいたかっただけだよ?」
生きて欲しかった、置いて行かれたくなくて。
独り残されることがただ怖い、そんな本音に同期が笑った。
「置き去りは嫌だよな?そーゆーの俺もある、寂しくって怖いよなあ、」
そうだった、この同期は。
この同期こそ何人に「置き去り」されたろう?気づいた現実に訊いた。
「だから藤岡、山岳救助隊になったのか?救助のプロなら飛びこめるもんな、」
置いて行かれたくない、それならどうするか?
そうして見つけた場所の同僚はからり笑った。
「そうだよ?置いてかれるの怖いから飛びこんで救けるポジション選んだんだ、んだがら言ってっちゃ、」
大きな目に月光うるんで揺れる、けれど訛りが温かい。
泣きそうで、けれど明るい笑顔は口を開いた。
「言っちゃうけど俺もタカくくってたんだ、都会ぼっちゃんの宮田より俺のが現場では強いだろってさ?でも違ったろ、」
深い紺青色はるかな稜線、明るい声が響く。
静かな屋上しずまる一点、燈るような声に笑いかけた。
「違わないだろ?藤岡のほうが救助でるの早かったし、ザイルワークも上手いよ、」
「それはそうだけどな、山の駐在サンはそれだけじゃねえだろ?俺にしたら救助隊ソッチで選んでんだ、」
笑って缶ビールかたむける。
ごくり喉ぼとけ小気味いい、その口元さっぱり笑った。
「俺は最初の死体見分で吐いたろ、そのあとも食えなくて痩せて情けなかったよ?でも宮田は飯ちゃんと食えたんだ、初めてご遺体を見たのにな、」
大らかな声、けれど語られる記憶は辛い。
あれから経た年月に同期は続けた。
「ご遺体あんだけ俺は地元で見たのになあ?見て覚悟してここ来たのに何やってんだって情けなくて、山は嘘吐けねえ思ったんだ、」
その言葉、さっきも言っていた。
訊いてみたくて凍える柵に微笑んだ。
「山は嘘吐けないか、どういう意味で言ってるんだ?」
「なんていうかなあ?奥多摩は登山の危険モチロンだけど自殺者も多いからなあ、生きると死ぬの紙一重が山だって俺なり思うんだ、」
朗らかな声のんびり続けてくれる。
言われるまま肯けて笑いかけた。
「そうだよな、天気一つで風景も難易度も変わるな?体調も誤魔化せば危ないし、」
「それそれ、自殺のつもりが晴天の山で元気になって帰った人もいるんだよ、紙一重だろ?」
闇やわらかな屋上の隅、白く息ながれて夜が更ける。
もう深更すぎゆく午前の夜、息白い笑顔は言った。
「紙一重だから容赦なく自分ぜんぶ出るよ、自分にすら嘘吐けねえのが山だなあ?」
嘘吐けない、そう笑った声はるか稜線にゆく。
夜ひろやかな屋上の酒、ほろ苦い冷たい香に声が温かい。
「んだがらな、山の宮田はタフで優しいイイヤツだって俺は知ってる。そのまんま湯原にも連絡しなよ、ほら?」
ポケットごそり出してくれる、かちり開いて灯が燈る。
あいかわらずスマートフォンじゃない携帯電話、変わらない同期に笑いかけた。
「藤岡もガラケーのままなんだ?」
「山じゃこっちのが便利だろ、壊れにくいし充電保つし。ほら宮田も出せよ、赤外線送信できるだろ?」
話しながら携帯の先端を向けてくれる。
今いちばん欲しいアドレス届くのだろう、それでも躊躇って言われた。
「遠慮すんなって宮田、知りたい人には教えてくれって湯原に言われてんだってば?疑うんならメール見せるよ、」
言いながら指先すぐ動かす、その顔あわい光に笑っている。
嘘なんか吐いていない、そんな大きな目にかり笑ってくれた。
「ほらな、これって宮田のこと言いたかったんじゃねえかな湯原、」
ランプ燈らす電子文字、その文面が懐かしい。
ただ懐かしく見つめる雪の屋上、夜の紺青ふかく紫紺に明るむ。
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
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英二24歳3月下旬
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第85話 暮春 act.16-side story「陽はまた昇る」
言われた言葉やたら響く、それは「言葉」のせいかもしれない。
それとも声の明るさだろうか、考えつい英二は笑った。
「それって藤岡の地元の言葉?」
「あ?思わず訛りでちまったな、しゃーないな、」
からり笑って大きな目が明るい。
あいかわらずな同期は缶ビール片手、深夜の屋上に笑った。
「山はボガ吐きゃボッコれるだ、でも宮田はボッコれねえだべ?んだがら言ってっちゃ、おだづなよ!」
紺瑠璃ふかい高い空、朗らかな声ひろやかに凄み笑う。
言葉の意味は解らない、それでも伝わる温もり笑いかけた。
「言葉よくわらないけど藤岡、叱ってくれてるんだな?」
「叱ってるって解かるのか、エセガギャにしちゃ素直だなあ、」
訛り大らかに笑ってくれる。
月ふる稜線めぐる町の一隅、明るい大きな目が自分を見てくれた。
「宮田の初めての死体見分、卒配すぐだったろ?」
「うん、」
うなずいて秋の初めが遠い。
たった一年半前の記憶、それなのに遠い時間へ同期が続けた。
「宮田はああいう死体を見たの初めてだったろ?身内じゃないドッカの誰かのご遺体は、」
「うん、」
またうなずいて森が映る、あれは巡回の夕刻だった。
秋ほの暗い森の底、浮んだ縊頚死体の長い白い首。
「首つり遺体はヒドイ状態になるし、他人の死体って正直ちょっと怖いよな。でも宮田は吐かなかったからスゴイって思ったよ、」
ひとつの映像に同期の声が言う、その言葉にただ正直な声がでた。
「最初だから絶対に吐きたくなかったんだよ俺、ほんとうは気持ち悪くかったけど意地を張ったんだ。馬鹿にされたくなかっただけだ、」
あれは唯、意地だった。
その意地張り通したかった一人に微笑んだ。
「藤岡は登山の経験者で柔道もやってたろ?最初から目標を見つけて山岳救助隊に選ばれる努力してた藤岡が、俺は羨ましかったから、」
焦っていた、この同期を見るたびに。
「俺は山の経験もないくせ剣道も柔道も体育レベルだったろ、駐在所に必要な経験ないのに卒配希望を出したんだ。とんだ背伸びした自覚は俺なりあってさ、だから適性が無いって判断されることは絶対にしたくなかったよ、背伸びを等身大にしたくてさ?」
背伸びして、精一杯に腕を伸ばして掴んだ場所。
高嶺だと解かっていた、だからこそ辿りついた今に笑った。
「そういう背伸びも気づかれたくなくてさ、必死で勉強して訓練かじりついて良いヤツの貌つくったんだ。たんなる見栄っ張りだよ?」
見栄っ張り、それでも辿りつきたかった。
そうして欲しかったものがある、その名前まっすぐ言われた。
「そーゆー見栄っ張りだから宮田、湯原の連絡先も俺に訊いてこないのかよ?」
衒いなく言ってくれる、こんな男だから羨ましい。
本当に羨ましいな?あらためての羨望と笑った。
「そうだな、今ほんと藤岡に嫉妬してるかも?」
「うわ、きれいな顔して笑っちゃってるよ、怖ええなあ、」
怖い、そう言いながらも大きな目は明るい。
月また傾いた空、怯えのかけら一つない笑顔に言った。
「周太は俺のこと怖がってるよ、だからアドレス消されたんだ、」
多分あのひと自身が消したのではない、でも同じだ。
―お祖母さんが消したんだろうな?周太の様子から気づいて、
その行動力も判断力も備える女性だ、祖母は。
そうする権利と義務も持っている、その理由に噤んだ唇ビールふくんだ。
―親戚だなんて誰も信じないだろうな、俺と周太は違いすぎて、
違いすぎる人、けれど逢いたい。
この想いは血縁ゆえだろうか?そんなこと幾度を考えたろう。
また考えめぐる足もと雪は凍る、さくり踏んで冷たい鉄柵もたれて、ほろ苦い缶ビールごし言われた。
「湯原が宮田を怖がるのか?でも、あの雪崩に体張ったのは宮田だろ?」
見ていたよ?そんなトーン話しかけてくれる。
テレビ映されていた光景に訊かれて、ただ微笑んだ。
「あれも俺の自分勝手だよ、俺が置き去りにされるのが嫌でサポートに入ったんだ。周太の傍にいたかっただけだよ?」
生きて欲しかった、置いて行かれたくなくて。
独り残されることがただ怖い、そんな本音に同期が笑った。
「置き去りは嫌だよな?そーゆーの俺もある、寂しくって怖いよなあ、」
そうだった、この同期は。
この同期こそ何人に「置き去り」されたろう?気づいた現実に訊いた。
「だから藤岡、山岳救助隊になったのか?救助のプロなら飛びこめるもんな、」
置いて行かれたくない、それならどうするか?
そうして見つけた場所の同僚はからり笑った。
「そうだよ?置いてかれるの怖いから飛びこんで救けるポジション選んだんだ、んだがら言ってっちゃ、」
大きな目に月光うるんで揺れる、けれど訛りが温かい。
泣きそうで、けれど明るい笑顔は口を開いた。
「言っちゃうけど俺もタカくくってたんだ、都会ぼっちゃんの宮田より俺のが現場では強いだろってさ?でも違ったろ、」
深い紺青色はるかな稜線、明るい声が響く。
静かな屋上しずまる一点、燈るような声に笑いかけた。
「違わないだろ?藤岡のほうが救助でるの早かったし、ザイルワークも上手いよ、」
「それはそうだけどな、山の駐在サンはそれだけじゃねえだろ?俺にしたら救助隊ソッチで選んでんだ、」
笑って缶ビールかたむける。
ごくり喉ぼとけ小気味いい、その口元さっぱり笑った。
「俺は最初の死体見分で吐いたろ、そのあとも食えなくて痩せて情けなかったよ?でも宮田は飯ちゃんと食えたんだ、初めてご遺体を見たのにな、」
大らかな声、けれど語られる記憶は辛い。
あれから経た年月に同期は続けた。
「ご遺体あんだけ俺は地元で見たのになあ?見て覚悟してここ来たのに何やってんだって情けなくて、山は嘘吐けねえ思ったんだ、」
その言葉、さっきも言っていた。
訊いてみたくて凍える柵に微笑んだ。
「山は嘘吐けないか、どういう意味で言ってるんだ?」
「なんていうかなあ?奥多摩は登山の危険モチロンだけど自殺者も多いからなあ、生きると死ぬの紙一重が山だって俺なり思うんだ、」
朗らかな声のんびり続けてくれる。
言われるまま肯けて笑いかけた。
「そうだよな、天気一つで風景も難易度も変わるな?体調も誤魔化せば危ないし、」
「それそれ、自殺のつもりが晴天の山で元気になって帰った人もいるんだよ、紙一重だろ?」
闇やわらかな屋上の隅、白く息ながれて夜が更ける。
もう深更すぎゆく午前の夜、息白い笑顔は言った。
「紙一重だから容赦なく自分ぜんぶ出るよ、自分にすら嘘吐けねえのが山だなあ?」
嘘吐けない、そう笑った声はるか稜線にゆく。
夜ひろやかな屋上の酒、ほろ苦い冷たい香に声が温かい。
「んだがらな、山の宮田はタフで優しいイイヤツだって俺は知ってる。そのまんま湯原にも連絡しなよ、ほら?」
ポケットごそり出してくれる、かちり開いて灯が燈る。
あいかわらずスマートフォンじゃない携帯電話、変わらない同期に笑いかけた。
「藤岡もガラケーのままなんだ?」
「山じゃこっちのが便利だろ、壊れにくいし充電保つし。ほら宮田も出せよ、赤外線送信できるだろ?」
話しながら携帯の先端を向けてくれる。
今いちばん欲しいアドレス届くのだろう、それでも躊躇って言われた。
「遠慮すんなって宮田、知りたい人には教えてくれって湯原に言われてんだってば?疑うんならメール見せるよ、」
言いながら指先すぐ動かす、その顔あわい光に笑っている。
嘘なんか吐いていない、そんな大きな目にかり笑ってくれた。
「ほらな、これって宮田のこと言いたかったんじゃねえかな湯原、」
ランプ燈らす電子文字、その文面が懐かしい。
ただ懐かしく見つめる雪の屋上、夜の紺青ふかく紫紺に明るむ。
(to be continued)
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