Trust of doubt 疑惑の信頼
第82話 声紋 act.3-another,side story「陽はまた昇る」
こんなことして、僕を籠絡する心算だろうか?
そんな疑い抱えながらも信じたい。
だって本音もう嫌えなくなっている、だから今ここに座っている。
この部屋の空気も住人も本当はもう好きなのだろう?そう想わせる瞳が周太に笑った。
「ほら湯原、この肉もう煮えてるぞ?葱ばっか食ってないで肉も食えよ、」
その指摘なんだかちょっと癪に障るな?
そんな想いついつっけんどんに言った。
「葱が好きだとなんか悪いですか?」
こんな言い返しかた小学生みたい。
そう自覚しながらも今なにか突っぱねたい、けれど先輩は笑った。
「悪くない、喉に葱は良いらしいからな?でも肉も食わないと筋肉つかないぞ、現場で保たない、」
「じゃあ伊達さんは肉いっぱい食べてるんでしょうね、」
またつい言い返して気恥ずかしくなる。
本当に今夜の自分は少し変だ、だって誰かさんと話しているみたい?
「肉は好きだぞ、男なら大概が好きだろ、」
「…僕が男の大概にはいっていないって言ってます?」
ほらこんな言い方まったく誰かさん対応だ?
こんな自分に自分で途惑いながら、それでもシャープなクセに穏やかな瞳が笑ってくれる。
「たしかに湯原って可愛いけど、でもすごい男だって俺は思ってるぞ?」
そんなこと言って籠絡するつもり?
また疑惑つい抱えこみながら声つっけんどんに出た。
「…こうえいです、伊達さんみたいなかっこいい男のひとに言われて、」
あ、なんだか似たような言い方したことあるな?
その相手また想いだして、そして1時間前の不安が軋みだす。
『山岳会のアルパインクライマーなら外壁を降りることも可能だ、出入りは非常用の侵入口で出来る。この日は午前に山岳警備隊全体の研修会があった、』
伊達が告げた事実関係は答もう示唆する。
本当はもう気づいたのだろう、警視庁の「外壁を降りる」人間がどこにいるのか?
『警視庁だけで合同訓練の打合せをしている、青梅署の後藤さんも蒔田部長も参加でな…後藤さんは警視庁山岳会の会長だ…この男に見憶えないか?』
この男に見憶えないか?
あんなふう自分に訊くなんて気付いているかもしれない。
あれだけ気づいているなら英二と自分が親しい事などすぐ解かってしまう。
そして辿り着くかもしれない、それくらい優秀だと5ヵ月で知っている男は笑った。
「光栄ですって、何だよそれ?」
「そのままです、」
つっけんどんに返して豆腐へ箸つける。
口に入れて、熱くて顔つい顰めた前で低い声が穏やかに言った。
「湯原、さっきのこと怒ってるのか?怖がらせて誤解させたなら謝る、ごめん、」
誤解って何を言いたいの?
そう視線で尋ねた相手は沈毅な瞳を向けた。
「俺は湯原を尋問したくてあの部屋に連れ込んだんじゃない、信頼して欲しいから連れて行ったって解らないか?」
解らないか?なんて訊き方ちょっとずるい。
そんな本音と箸動かしながら声つっけんどんに出た。
「…ほんとに信頼してなかったらごはん食べませんよ、変な薬とかはいってたら怖いし、」
今ここで伊達の手料理を食べている、それだって自分なりの意思表示だ。
そう告げた向かいシャープな瞳ふわり笑った。
「だよな、俺また変なこと言ってごめん、」
「…でも信頼しきってるわけでもありませんから、」
正直にまた告げて鶏団子そっと箸先に割る。
その中に銀杏ひとつ見つけてつい笑ってしまった。
「銀杏いれたりして、こんなのいつ作ってるんですか?」
毎日、訓練と業務の疲労で寮は寝る場所になっている。
それなのに鶏団子なんか作っている人が可笑しい、素直に笑った前で穏やかな瞳ほころんだ。
「休日に暇あったら作るんだよ、料理は俺にとってストレス解消法なんだ、」
「ふっ…伊達さんがそれって意外、」
笑ってしまいながら箸運んで、ほろり風味やわらかに美味しい。
いくらストレス解消法でもこんなに凝るなんて?なんだか楽しい相手は涼しい顔で言った。
「前も言ったろ、ずっと男所帯で俺が料理番だったんだ、子供の頃から慣れてる生活パターンは癒される。湯原だってそういうのあるだろ?」
そうだった、この人は母親がいないまま育っている。
こんなこと改めて言わせてしまった、その迂闊が申し訳なくて頷いた。
「はい、僕も本を読むとリラックスします…あの、いろいろすみません、」
謝って、そして気づかされる。
今どうして自分が苛ついているのか、その相手は目の前の人じゃない。
―僕ほんとうは英二に怒ってるんだ、監視カメラに映るなんて…きっとわざとだ、
伊達に連れられて見た画像、英二は父そっくりの貌に映っていた。
きっと父のフリして映ったのだろう、そう解ってしまう根拠なんてありすぎる。
―新宿署の時と同じだ、わざと監視カメラに映って関係者をおびき出そうとしてる、わざとお父さんそっくりの貌を見せて、
あんな危険なこともう止めて?
そう去年の冬にお願いした、けれど今もまたやっている。
これが父と自分のためだとしても嫌だ、だって大切な人を危険にさらしたいなど誰が想う?
「…ほんとばか、」
ぽつん、声こぼれて椀の人参を突いてしまう。
この野菜あの綺麗な口に押し込んでやりたい、この嘘吐きと罵って困らせたい。
『周太?そんなに怒らないでよ、周太ってば、機嫌直して?』
そう言って困った貌するのだろう、その困り顔だって綺麗でまた籠絡してくれる。
それが同じ男として本音から妬ましい、なぜ同じ齢であんなに差があるのだろう?
―ほんとに僕と英二って血が繋がってるのかな、こんなに違うなんて?
祖母が従姉妹同士、だから血縁さほど近くはない。
それでも4世代前は同じ一人の人間だった、それなのに違い過ぎる相手に言ってやりたい。
“嘘吐いて隠すのは僕を信じていないか、見下している証拠だよ?”
そう言ってやったら何て言うのだろう?
きっと困った貌するのだろう、それでも絶対に赦してやらないんだから?
つい想像しながら椀のなか口に運んで空になって、低い穏やかな声が微笑んだ。
「湯原、あの画像のヤツに怒ってるんだろ?」
ごとん、
肚底なにか落っこちる、脊髄ざらり冷たく奔る。
こんな図星いきなり言われて怖い、けれど呼吸ひとつ椀から顔上げた。
「伊達さん、なぜ僕が怒るんですか?」
「湯原の父親と似てたからだよ、あの画像の男、」
さらり答えて椀をとってくれる。
鍋から温かな湯気ごとよそって、また返してくれると穏やかな瞳で言った。
「似てると思ったから湯原に確かめてほしかったんだ、もし生き別れの兄さんとかいたら嬉しいだろうって思ってさ?おせっかいだけどな、」
そんな理由で見せてくれたの?
意外な想い見つめた真中で優しい笑顔は続けた。
「それで俺なりに可能性を考えて警視庁の山岳会だと思ったんだ、その男が復讐で動いてるなら湯原は止めたいだろうから見せたんだよ、誤解させてごめん、」
この言葉たち、真実ならどんなに嬉しいだろう?
―ほんとに好意なのかな、それとも罠…解からない、
味方、それとも罠、あなたの正体は何?
解らない、だからこそ問いかけた。
「伊達さんは、あの画像の人がなぜ蒔田さんの部屋に行ったと思いますか?」
味方でも罠でも優秀な男であることは変わらない。
その頭脳は信じられる、だから教えてほしい、あの人が何を考えているのか?
英二、あなたを止めるためなら何でも利用する。
(to be continued)
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第82話 声紋 act.3-another,side story「陽はまた昇る」
こんなことして、僕を籠絡する心算だろうか?
そんな疑い抱えながらも信じたい。
だって本音もう嫌えなくなっている、だから今ここに座っている。
この部屋の空気も住人も本当はもう好きなのだろう?そう想わせる瞳が周太に笑った。
「ほら湯原、この肉もう煮えてるぞ?葱ばっか食ってないで肉も食えよ、」
その指摘なんだかちょっと癪に障るな?
そんな想いついつっけんどんに言った。
「葱が好きだとなんか悪いですか?」
こんな言い返しかた小学生みたい。
そう自覚しながらも今なにか突っぱねたい、けれど先輩は笑った。
「悪くない、喉に葱は良いらしいからな?でも肉も食わないと筋肉つかないぞ、現場で保たない、」
「じゃあ伊達さんは肉いっぱい食べてるんでしょうね、」
またつい言い返して気恥ずかしくなる。
本当に今夜の自分は少し変だ、だって誰かさんと話しているみたい?
「肉は好きだぞ、男なら大概が好きだろ、」
「…僕が男の大概にはいっていないって言ってます?」
ほらこんな言い方まったく誰かさん対応だ?
こんな自分に自分で途惑いながら、それでもシャープなクセに穏やかな瞳が笑ってくれる。
「たしかに湯原って可愛いけど、でもすごい男だって俺は思ってるぞ?」
そんなこと言って籠絡するつもり?
また疑惑つい抱えこみながら声つっけんどんに出た。
「…こうえいです、伊達さんみたいなかっこいい男のひとに言われて、」
あ、なんだか似たような言い方したことあるな?
その相手また想いだして、そして1時間前の不安が軋みだす。
『山岳会のアルパインクライマーなら外壁を降りることも可能だ、出入りは非常用の侵入口で出来る。この日は午前に山岳警備隊全体の研修会があった、』
伊達が告げた事実関係は答もう示唆する。
本当はもう気づいたのだろう、警視庁の「外壁を降りる」人間がどこにいるのか?
『警視庁だけで合同訓練の打合せをしている、青梅署の後藤さんも蒔田部長も参加でな…後藤さんは警視庁山岳会の会長だ…この男に見憶えないか?』
この男に見憶えないか?
あんなふう自分に訊くなんて気付いているかもしれない。
あれだけ気づいているなら英二と自分が親しい事などすぐ解かってしまう。
そして辿り着くかもしれない、それくらい優秀だと5ヵ月で知っている男は笑った。
「光栄ですって、何だよそれ?」
「そのままです、」
つっけんどんに返して豆腐へ箸つける。
口に入れて、熱くて顔つい顰めた前で低い声が穏やかに言った。
「湯原、さっきのこと怒ってるのか?怖がらせて誤解させたなら謝る、ごめん、」
誤解って何を言いたいの?
そう視線で尋ねた相手は沈毅な瞳を向けた。
「俺は湯原を尋問したくてあの部屋に連れ込んだんじゃない、信頼して欲しいから連れて行ったって解らないか?」
解らないか?なんて訊き方ちょっとずるい。
そんな本音と箸動かしながら声つっけんどんに出た。
「…ほんとに信頼してなかったらごはん食べませんよ、変な薬とかはいってたら怖いし、」
今ここで伊達の手料理を食べている、それだって自分なりの意思表示だ。
そう告げた向かいシャープな瞳ふわり笑った。
「だよな、俺また変なこと言ってごめん、」
「…でも信頼しきってるわけでもありませんから、」
正直にまた告げて鶏団子そっと箸先に割る。
その中に銀杏ひとつ見つけてつい笑ってしまった。
「銀杏いれたりして、こんなのいつ作ってるんですか?」
毎日、訓練と業務の疲労で寮は寝る場所になっている。
それなのに鶏団子なんか作っている人が可笑しい、素直に笑った前で穏やかな瞳ほころんだ。
「休日に暇あったら作るんだよ、料理は俺にとってストレス解消法なんだ、」
「ふっ…伊達さんがそれって意外、」
笑ってしまいながら箸運んで、ほろり風味やわらかに美味しい。
いくらストレス解消法でもこんなに凝るなんて?なんだか楽しい相手は涼しい顔で言った。
「前も言ったろ、ずっと男所帯で俺が料理番だったんだ、子供の頃から慣れてる生活パターンは癒される。湯原だってそういうのあるだろ?」
そうだった、この人は母親がいないまま育っている。
こんなこと改めて言わせてしまった、その迂闊が申し訳なくて頷いた。
「はい、僕も本を読むとリラックスします…あの、いろいろすみません、」
謝って、そして気づかされる。
今どうして自分が苛ついているのか、その相手は目の前の人じゃない。
―僕ほんとうは英二に怒ってるんだ、監視カメラに映るなんて…きっとわざとだ、
伊達に連れられて見た画像、英二は父そっくりの貌に映っていた。
きっと父のフリして映ったのだろう、そう解ってしまう根拠なんてありすぎる。
―新宿署の時と同じだ、わざと監視カメラに映って関係者をおびき出そうとしてる、わざとお父さんそっくりの貌を見せて、
あんな危険なこともう止めて?
そう去年の冬にお願いした、けれど今もまたやっている。
これが父と自分のためだとしても嫌だ、だって大切な人を危険にさらしたいなど誰が想う?
「…ほんとばか、」
ぽつん、声こぼれて椀の人参を突いてしまう。
この野菜あの綺麗な口に押し込んでやりたい、この嘘吐きと罵って困らせたい。
『周太?そんなに怒らないでよ、周太ってば、機嫌直して?』
そう言って困った貌するのだろう、その困り顔だって綺麗でまた籠絡してくれる。
それが同じ男として本音から妬ましい、なぜ同じ齢であんなに差があるのだろう?
―ほんとに僕と英二って血が繋がってるのかな、こんなに違うなんて?
祖母が従姉妹同士、だから血縁さほど近くはない。
それでも4世代前は同じ一人の人間だった、それなのに違い過ぎる相手に言ってやりたい。
“嘘吐いて隠すのは僕を信じていないか、見下している証拠だよ?”
そう言ってやったら何て言うのだろう?
きっと困った貌するのだろう、それでも絶対に赦してやらないんだから?
つい想像しながら椀のなか口に運んで空になって、低い穏やかな声が微笑んだ。
「湯原、あの画像のヤツに怒ってるんだろ?」
ごとん、
肚底なにか落っこちる、脊髄ざらり冷たく奔る。
こんな図星いきなり言われて怖い、けれど呼吸ひとつ椀から顔上げた。
「伊達さん、なぜ僕が怒るんですか?」
「湯原の父親と似てたからだよ、あの画像の男、」
さらり答えて椀をとってくれる。
鍋から温かな湯気ごとよそって、また返してくれると穏やかな瞳で言った。
「似てると思ったから湯原に確かめてほしかったんだ、もし生き別れの兄さんとかいたら嬉しいだろうって思ってさ?おせっかいだけどな、」
そんな理由で見せてくれたの?
意外な想い見つめた真中で優しい笑顔は続けた。
「それで俺なりに可能性を考えて警視庁の山岳会だと思ったんだ、その男が復讐で動いてるなら湯原は止めたいだろうから見せたんだよ、誤解させてごめん、」
この言葉たち、真実ならどんなに嬉しいだろう?
―ほんとに好意なのかな、それとも罠…解からない、
味方、それとも罠、あなたの正体は何?
解らない、だからこそ問いかけた。
「伊達さんは、あの画像の人がなぜ蒔田さんの部屋に行ったと思いますか?」
味方でも罠でも優秀な男であることは変わらない。
その頭脳は信じられる、だから教えてほしい、あの人が何を考えているのか?
英二、あなたを止めるためなら何でも利用する。
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