萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第43話 花惜act.4―side story「陽はまた昇る」

2012-05-17 23:58:13 | 陽はまた昇るside story
※中盤念のためR18(露骨な表現は有りません)

花ふる暁に、



第43話 花惜act.4―side story「陽はまた昇る」

暁時の庭は、静謐の霞がたちこめていた。
下駄の素足に露ふれる、涼やかに瑞々しい朝が爪先を濡らしていく。
やわらかに藤紅の空かざす桜の下、一叢の花に英二は足を止めた。

「喜ばせて、くれるかな?」

足元の薄紫やさしい花に笑いかけて、かがみ込んだ。
朝風ひるがえる袂に残り香が昇る、香が呼ぶ夜の記憶が愛おしい。
愛する香に靡きながら長い指を伸ばして、朝露と摘んだ薄紫に英二は微笑んだ。
この花は婚約者が愛する花、そして衿元おさめた合鍵の主も愛しむ花。
ふたりのために朝露の2輪を摘みとると、花霞くるまれる家にもどった。

そのまま洗面室へむかい、戸棚から2つの白い小瓶を出す。
水を張り活けこむと、やさしい白肌の磁器に薄紫と葉の緑が映えてくれる。
これなら喜んでくれるかな?片手に2つながら携えて、静かに英二は階段を上がった。

ぎし、きぃ、…

ふるい磨き抜かれた木肌が、やさしい軋みを足に伝える。
この家がずっと大切に愛されてきた、そんな気配が足元からも伝わってくる。
敦が屋敷を建て、晉が奥多摩を庭に映し、馨が身を堕してすら守ろうとした家。
そして14年前の春からは、幼かった周太が母と共に大切に守ってきた。

「1914年、…98年、か、」

98年、およそ百年の時を見つめる家。
この一世紀という星霜に、この家は家族の時を見つめ続けている。

たくさんの哀しみと、それでも幸せを見つめる優しい心を抱いて、この家は佇んでいる。
この家が自分は愛しい、守り続けてきた1人ひとりが今はもう、他人とは思えない。
この家の階段を昇り、降りていた人たちの足跡を今、自分の足が踏み重ねていく。
この自分の今が過去に繋がるのを感じながら、英二は書斎の扉を静かに開いた。

重厚で微かにあまい香が、まだ夜に籠る部屋から頬撫でる。
扉開いたままで英二は部屋を進むと、カーテンを引いた。

「…きれいだ、」

やさしい暁の光が部屋を満たしていく。
この窓からも暁透ける桜は見えている、きっと馨もこの眺めを愛していただろう。
14年前、醒めない眠りについた心想いながら、書斎机の前に英二は立った。

「おはようございます、お父さん。すみれを1つ、摘んできました、」

写真立の微笑に笑いかけて、ちいさな花活を置いた。
この小さな薄紫の花が、すこしでも陰翳の笑顔を慰め明るませてくれたらいい。
そんな想いに微笑んで、英二は書斎を後にした。

静かに部屋に戻ると、すこし開いた窓から馥郁の風がやさしい。
純白の衣散る床のむこう、深い眠りの気配は安らいでいる。
やはり昨夜は疲れさせただろうな?ちいさな反省を抱きながら英二はベッドサイドに花活を置いた。

ことん、

ちいさな音が立つ。
それでも白いリネンの眠りは安息に微笑んでいる。
この寝顔がなにより自分は大切で愛おしい、静かに添寝にはいると合鍵を首から外した。
長い腕伸ばし、サイドテーブルに合鍵を置く。その小さな音に、ふっと懐抱いた寝顔の黒髪がゆれた。

「ん、…」

ちいさな吐息が唇からもれてくれる。
もしかして目を覚ましてくれるかな?そんな期待に眠る唇へとキスでふれた。

「…ん、…、」

やさしい吐息に長い睫がゆっくり披いてくれる。
あわい暁の光のなかで、ゆるやかに黒目がちの瞳が英二を見つめて、微笑んだ。

「…えいじ、おはようございます、…はなむこさん?」

永遠の約束の名前で呼んで、純粋な瞳が微笑んでくれる。
暁に咲いた無垢の笑顔が綺麗で、見惚れる想いうれしくて、英二は綺麗に笑った。

「おはよう、俺の花嫁さん。今朝も、本当にきれいだね、」

本当に綺麗で、心がまた浚われてしまう。
ほら、目覚めて一瞬で君はまた、俺を恋に墜とすんだ?
そんな想い心に微笑んで、英二は婚約者に目覚めのキスを贈った。
ふれる温もりが愛しくて、かすかなワインの残り香とオレンジの香があまい。
こんな甘やかなキスをしたら、また時を恋人の時間にしたくなる。
すこし困りながらも、けれど今日の予定を考えて時間計算して、英二は婚約者を抱きよせた。

「周太、さっき庭に出てみたんだ、霞がきれいだったよ、」
「散歩してきたの?…うちの庭、春の朝もきれいでしょ?」
「うん、花が霞みにくるまれてね、幻想的で。ほんとうに森みたいだった、すみれも咲いていたよ、」
「すみれ…5月の初めくらいまではね、咲くの…あ、」

ふっ、と薄紫の花が香って声がこぼれた。
黒目がちの瞳が花を見とめて、幸せに微笑んでくれる。
英二の肩越しに花を見つめながら、うれしそうに周太は言ってくれた。

「きれい、すみれ…ありがとう…朝露も、きれいだね、」

好きな花に喜んでくれた。
この笑顔が見たくて自分は庭に出た、愛する笑顔がうれしくて英二は微笑んだ。

「喜んでもらえて、よかった。ね、周太?周太も俺のこと、喜ばせてくれる?」
「ん、…喜んでほしい、な、」

無垢の笑顔が素直に応えてくれる。
笑顔には、夜を籠め愛された幸福と甘やかな疲れが、美しい陰影に艶めいている。
こんな大人びた美しさも見せるようになった、この恋人に見惚れ惹かれながら英二は尋ねた。

「そう言ってもらえると嬉しいな?周太、俺をどうやって喜ばせてくれるの?」
「ん、とね…」

すこし考え込むよう黒目がちの瞳が笑いかける。
この大人びはじめた恋人は、どんな答えをくれるかな?楽しみで見ている先で、幸せそうな笑顔が咲いた。

「あのね、…朝ごはん、肉じゃが、するね?あと、甘い玉子焼き…」

英二の好物を言ってくれながら、無邪気な笑顔がキスをしてくれた。
こういうのは勿論うれしい、こんな稚い恋人が自分は可愛くて仕方ない。
こんな相変わらず無垢な発想が可愛いくて「大人びた」はまだ些少だなと思ってしまう。
この愛らしい無垢に笑いかけて、英二は正直に自分の望みを告げた。

「ありがとう、周太。朝飯、楽しみだな。でも今すぐ俺は、君を食べたいよ?」
「…あ、」

無垢な笑顔に紅潮が昇って、桜いろの誘惑が花ひらく。
ほら、そうやって君は、無意識に俺を誘いこんでしまうんだから?
そんな心裡の声に笑って英二は、勝色の帯を解いてひき抜いた。

「周太、いちばん俺を喜ばせられるのは、君自身だから…」
「…ん、」

長い睫が恥らいに伏せられる。
それでも掌を英二の肩にかけて、そっと白い浴衣を肩から滑らせてくれた。
桜いろ艶めく頬を魅せながらキスで唇ふれて、そっと離れると黒目がちの瞳が含羞のまま微笑んだ。

「あの、…どうぞ、」

どうぞ、
こんなに短いのに、貞淑な誘惑が香って心掴まれる。
こんな清楚な誘惑をくれる恋人が愛しくて、幸せで、英二は心から抱きしめた。

「愛してるよ、周太、」

すみれと桜の香が素肌のはざまふれていく。
馥郁充ちるベッドの上で体ごと心繋いで、幸せな暁の夢にしずみこんだ。



正午を迎えると、周太は英二を袴姿にしてくれた。
黒紅の襦袢に縹色の袷を重ね、藍と紅の帯を結ってくれる。
かいがいしく手を動かして、勝色の袴を着つけてくれると嬉しそうに微笑んでくれた。

「すてきだね、英二…ほんとうに、凛々しくて、」

うっとり見惚れてくれる無邪気な笑顔が愛おしい。
この笑顔が見られるなら、なんだって着てあげたくなる。この愛しさに微笑んで英二は恋人を抱きしめた。

「周太が嬉しいなら、俺は幸せだよ?…周太も、着替えるんだろ?」

着替える、そう聴いた途端に首筋が赤くなっていく。
きっとこれから自分が言うことを予測して、恥らっているんだろうな?
そう想いながら英二は、婚約者の予測通りの言葉を口にした。

「周太が着替える時も、一緒で良いんだよな?」

困惑の羞みが長い睫を伏せさせる。
やっぱり恥ずかしがってしまう恋人に、英二は笑いかけた。

「やっぱり嫌?嫌なら、」
「ううん、一緒にいて、」

ちいさく頭を振って即座に応えてくれる。
ほんとうに一生懸命な様子が愛しくて、無理させていると罪悪感が疼いてしまう。
なんだか本当に幼妻だな?そんな感想に微笑んで、英二は恋人にキスをした。

「じゃあ、ここに居て良い?」
「はい、…」

そっと答えて頷くと、背を向けてカットソーを脱ぎ始めた。
かすかに震えるまま艶めく背中が現われる、カーゴパンツのウェストにかけた手もふるえている。
露になった首筋は桜のよう赤らんで、恥じらいが背にも染まりだす。
こんなに恥ずかしがっている姿が可愛くて、けれど可哀そうにもなって英二は襦袢を手にとった。

「はい、周太、…ごめんな、」

やわらかに素肌の肩にかけて、英二は笑いかけた。
真赤な顔が見上げてくれる、途惑うよう、けれどほっと安堵した瞳が微笑んだ。

「…ありがとう、えいじ…あの、ごめんなさい、」
「あやまらないでよ?」

襦袢ごと抱きしめて英二は笑いかけた。
そのまま抱き上げベッドに運ぶと、カーゴパンツのウェストに手を掛けた。

「ごめんね、周太?最初から…こうすれば良かった、」

笑いかけて、ウェストを下着ごとひき抜いた。

「あ、…」

途惑いに声がこぼれて周太が身を起こそうとする。
けれど構わず露された肌にキスをして、襦袢も抜きとると細い腰を抱きしめた。

「周太、キスさせて?…、」
「まって、じかん、…あ、あっ、」

逃れようとするけれど、構わずに体の中心を唇に納めこむ。
ふるえて呑まれていく体の一部に、恋人の艶がこぼれた。

「ん、…だめ、えいじ…あ、…ん、…っ、」

艶やかな声があまく蕩けていく。
こんな声で制止しても、誘惑にしかならないのに?
素直に誘惑されたまま英二は、愛しいひとを真昼の時へと浚いこんだ。

「…は、ぁっ、」

おおきなふるえに貫かれて、小柄な体が力を失った。
あふれだす熱を零さず呑みこんで、舌と唇で大切なところを清めていく。
最後の一滴まで呑みこんで微笑むと、英二は恋人の顔を見つめた。

「周太、きれいだね…いま、恥ずかしいの?」

問いかけに黒目がちの瞳が、涙湛えたまま見つめ返してくれる。
また無意識の誘惑に自分は真昼まで愛しんで、こんな自分は本当に変態かもしれない?
そんな自分に困りながらも微笑んで、熱に潤んだ肢体を抱き起すと襦袢を纏わせた。

「ごめんね、周太…怒ってる?」
「ん、…驚いたけど、でも…ちがうの、」

ゆるやかに瞬いた長い睫から、涙ひとつこぼれおちる。
襦袢だけの艶めいた姿が綺麗で見惚れながら、けれど胸噛みつく罪悪感に英二は微笑んだ。

「違うの?周太、…どう違うの?」
「怒ってない…はずかしいけど、でも…うれしい、の…」

告げながら腕を伸ばして、抱きついてくれる。
こんなふうに素直に受け入れてくれるから、いつもつい手を出してしまう。
こんなこと、これから来る客にばれたらまた変な綽名をつけられるな?
そう想いながら英二は、愛するひとに笑いかけた。

「うれしいなら、俺も幸せだよ。でも、疲れさせたね、すこし眠る?」
「ううん、だいじょうぶ…着替える、」

きれいな微笑を見せて、ゆっくり起きあがってくれる。
英二の腕に立ち上がると周太は、綺麗な所作で着付けを始めた。
そして出来上がった袴姿に、英二は息吐いて微笑んだ。

「きれいだね、周太、」

あわい翠に白い袷をかさね、藍の袴をつけた姿は清楚に美しい。
翠に映える桜いろのうなじが艶やかで、真昼の恋を想わせてしまう。この艶に、午後の客は気づくかもしれない。
そんな見せつけをしたいほど自分は、この恋人を独り占めしたい本音が隠せなくなった。

―ごめん、

大切なアンザイレンパートナーを想いながら、そっと心で詫びをおくった。



周太の母が帰宅して、間もなくに奥多摩からの客は訪れた。
四駆のエンジン音に下駄ばきで庭に降りると、雪白の横顔は桜を見あげ笑っていた。

「うん、きれいに咲いているね?…よしよし、きっと葉も見事になるよ、」

白い掌が桜の幹を慈しんでいる。
薄紅の花ふる下に立つ漆黒のジャケット姿は、この庭の花木達を統べるようだった。
いつもながら樹木をあやす山っ子に、英二は笑いかけた。

「ようこそ、国村、」
「おう、じゃましにきたよ。ん?…ふん、」

ふり向いた底抜けに明るい目が、愉しげに笑った。
桜の下から飛石踏んで、軽やかに近寄ると下駄の足元から眺めてくる。
そして細い目を笑ませ満足げにテノールが笑った。

「イイね、よく似合ってる。やっぱり黒紅の襦袢がサイコーにチラリズムエロだね、」
「また変な名前、つけないでよ?」

相変わらずの調子に笑ってしまう。
そんな英二に明るい目は笑いながら、顎で東屋の方を指した。

「あの東屋だよね?」
「うん、…いま見る?」

ため息まじりに頷いた英二に、国村も頷いた。
芝生を踏んで、緑の葉を茂らす彼岸桜のもとに歩いていく。
ゆるやかに梢伸ばす葉桜の下、ふるい瀟洒な東屋に2人で入った。

「…ふん、この柱だね?」

視線だけで示してテノールの声が訊いてくれる。
英二も視線だけで見て、無言で頷いた。

「なるほどね、…ルミノールで青になりそうだ、」
「この柱だけなんだけどね、…テーブルは多分、クロスが掛けられていたはずなんだ、」
「他の年のだと、そういう感じだもんね?…コッチもさ、飛沫は気づかなかったんだろな、小さいから」

ほっと溜息ついて振向くと「行こう、」と目だけで示してくれる。
玄関の方へと戻りながら、いつものように笑って国村は四駆の方を指さした。

「ウェアとかトランクだけど、出す?」
「うん、あとで着替えるから出すよ。持ってきてくれて、ありがとうな、」

礼を言いながらトランクを開けて、英二は自分の装備を取出した。
今夜、ここから雪山訓練に向かうことになっている。その装備一式を昨日、国村に預けてきた。
ザックとウェアの入ったスポーツバッグを下げると、英二は玄関を指さした。

「おかあさんと周太が待ってる、行こう、」
「うん、ありがとね。この家の桜、見事だな。ちょっと驚いたね、」
「だろ?」

桜に笑いながら家の玄関を入ると、ホールに周太の母が出迎えてくれる。
ふたりが挨拶を交わすのに微笑んで、英二は部屋へと荷物を置きに上がった。
ザックとウェアの重量でいつもより僅かに板張りが軋む、どこか懐かしい木音を聴きながら部屋の扉を開いた。

「英二、」

白い着物の袴姿がふり向いて笑いかけてくれる。
すこし驚きながら英二は微笑んだ。

「周太、水屋に居ると思ってた、」
「ん、…仕度はもう、出来てるの…」

気恥ずかしげに黒目がちの瞳が見つめてくれる。
どうしたのかなと笑いかけながら荷物を床に降ろすと、そっと両掌を差し出してくれた。

「あのね、…これ、あげる、」

掌には、深紅の錦織で作られた守り袋が載せられている。
神社名などは入っていないけれど、きれいな紺青の房もつけられた端正な造りが美しい。
この愛しいひとが贈ってくれるなら嬉しい、受け取って英二は笑いかけた。

「ありがとう、周太。守り袋だな?」
「ん、そう…おまもり、」

いつも以上に気恥ずかしげに見上げてくれる様子が可愛らしい。
随分と恥ずかしがるな?そう見ていると周太は教えてくれた。

「…あのね、自分で作ったんだ…こんなの、女の子みたいで、おかしいかもしれないけど…」
「周太の手作り、嬉しいよ?」

ほんとうに嬉しい、心から笑って英二は白い着物の肩を抱きしめた。
いつのまに作ってくれたんだろう?感心しながら婚約者に微笑んだ。

「ありがとう、周太。これは、どういう意味の御守り?」
「あの、白い椿のこと、覚えてる?…この間まで、応接セットのテーブルに活けてあった、」

すこし首傾げながら尋ねてくれる。
その花のことは自分も覚えている、あの不思議な白澄椿を想いながら英二は頷いた。

「うん、覚えてるよ?俺が雪崩に遭った日に、周太の掌が受けとめてくれた花だろ?」
「ん、それ…」

英二の言葉に周太は頷いて微笑んだ。
嬉しそうに微笑んで見上げてくれながら、周太は御守りのことを教えてくれた。

「あの椿、きれいで不思議だったから、あのあと押花にしたんだ…それで、ね?
いちばんきれいな花びらと雄蕊を1つずつ、ちいさな栞にして、御守りに入れてあるの…あの椿、英二に似ているから、」

ちょうど英二が雪崩に遭った頃、この家の庭で白澄椿がひとつ梢から落ちた。
その花を周太は雨のなか、傘を放り出して受けとめてくれた。
そのころ英二は雪の谷に投げ出され頭から岩にぶつかった、それなのに軽傷で済んでいる。
けれど真っ二つに割れたヘルメットと、ゴーグルの崩れたフレームが激突の酷さを語っていた。

―周太が花を受けとめた、そして俺の頭は異常が無かった…偶然、だろうか?

この白い花に纏わる偶然を周太に聴いた時から、英二自身も不思議に想っている。
この不思議さを、周太も同じように想ってくれていた。
それを押花と守袋にしてくれた心遣いが、草花を愛し家事の巧い周太らしくて嬉しくなる。
こんなふうに共有できる想いが愛しい、英二は心から婚約者に微笑んだ。

「ありがとう、すごく嬉しいよ。ずっと大切にするな?この時計と同じくらい、」

クリスマスに贈られたクライマーウォッチを示しながら英二は笑いかけた。
この御守りを贈ってくれたのも、時計を贈ってくれたのと同じ想いなのだろう。
このあとで行く山は危険が多いと周太も知っている、だからこそ今日、御守りを贈ってくれている。
こうして無事を祈ってくれる想いが嬉しい。嬉しい想いに見つめると周太も笑って、すこし背伸びしながら抱きついてくれた。

「ん、大切にして?…俺もね、お揃いの御守り、持ってるから、」
「そうなんだ?周太のは、どんなの?」

なにげなく訊くと、途端に頬が桜いろに染めあがって額まで真赤になった。
どうしてこんなに恥ずかしがるのかな?そう見つめた先で、すこし口ごもりながら恋人は答えてくれた。

「あの、にばんめにきれいな花びらと…雌蕊が入ってるの、…ね、」

ひとつを2つに分けて持ち、必ずまた1つになれるように。
ひとつの花を2つに分ける意味を、そんなふうに本で読んだことが英二にもある。
心と体で契り交わした恋人同士の約束を祈るのだと書いてあった。
そして、周太の分け方にはより深い意味を想ってしまう。

―ずっと無事に帰って、夫婦の契りを幾度も、ってこと…

こんな艶っぽい御守りを周太が作ってくれた。
意外で、けれど花を使ったところが植物好きで純粋な周太らしい。
どこか推いほど純粋のまま大人びていく周太には、相応しい愛情の示し方だろう。
純粋で艶やかな愛情が幸せで、英二は黒目がちの瞳に笑いかけた。

「対になっているんだな?夫婦の御守り、って感じなんだ、」
「ん…そう、」

素直に頷いて応えてくれる。
けれど真赤な困り顔のまま、恥ずかしそうなトーンで周太は唇を開いた。

「やっぱりはずかしいよね?こんなのつくっておとこなのにはずかしいね…ごめんなさい、」

自分で贈りながら自分で真赤になる様子が、可愛らしい。
こんな様子は幼げで中性的な美しさが強い、けれど周太は23歳の男で有能な警察官で、家を継ぎ立派に守っている。
こうした姿を見ていると、人の強さは1つの尺度では測れないのだと気付かせて貰える。
この端正で無垢な姿が隣にいてくれたなら、自分は大切なことを忘れないでいられるだろうな?
心から大切な想いに英二は愛するひとに笑いかけた。

「はずかしくないよ?男とか関係ないだろ?周太は俺の自慢で、大好きだよ。この御守りも本当に嬉しいんだ、」
「…ほんと?」

黒目がちの瞳が遠慮がちに見上げてくれる。
ほらまた、そんな奥ゆかしい目で見て惹きつけるんだ?惹きつけられる恋人に英二は笑いかけた。

「ほんとだよ。いつも周太で俺は、幸せになれるんだ。だから、ずっと隣にいて?」

優しく強い恋人に、英二は感謝と約束をこめてキスをした。

英二が点法をするのは、これが5回目になる。
静養中に3回、今日の昼前に1回ずつ周太が練習してくれた。
だから周太以外の前で点法するのは、今回が初めてになる。
窓に華やいでいる染井吉野と枝垂桜を眺めながら、のんびり茶を喫して国村は笑った。

「うん、まあまあだね。5回目にしちゃ上出来だよ、」
「そうかな?」

すこし首傾げ微笑みながら、周太の母にも茶碗を供した。
礼をして服すると、彼女も楽しげに笑ってくれた。

「ほんと、上手ね?周から聴いていたけど、センスがあるのかな、」
「お手本が良かったんですよ、」

きれいに笑って答えながら英二は周太を見遣った。
周太も嬉しそうに微笑んでくれている、こんな笑顔がうれしくて笑った英二にテノールの声が言った。

「イイ顔で笑ってるね?おまえ、こういう格好も似合うし、よかったね、」

この家の男たちは代々、茶をたしなんでいる。
いわゆる流派の師匠に付くのではなく、父から子へと茶を教え楽しんできた。
そんな家に入る英二を「似合う」と国村は言祝いでくれる。
この友人の心に感謝して、英二は微笑んだ。

「うん、ありがとう、」

素直に礼を述べた英二に細い目が温かに笑んで、端正な所作で国村は茶を飲み終えた。
元々、国村自身も祖母から茶を教わっている。その馴れた手つきを見習いたいと英二は想ってしまう。
こうした国村の方が自分よりも周太には相応しい、そう自分でも解っている。
けれど譲れないのだから、もう努力して補っていくしかない。そんな覚悟に微笑んだ英二に周太の母が言ってくれた。

「はい、お点法おつかれさまでした。ここからは自由にしましょう、」

ほっと息吐いて、英二は礼をすると席を終わらせた。
ごく親しい内々の席と言っても、やはり緊張するな?
そう想っている先で国村が立ち上がりながら、周太に笑いかけた。

「周太、庭を案内してほしいな?」

声かけられて周太が英二の方を見てくれる。
軽く頷いて「行っておいで?」と目で促すと、周太も立って庭に降りて行った。
ふたりを見送って、英二は周太の母に笑いかけた。

「お母さん、着物、ありがとうございました、」
「気に入ってくれたみたいで、よかったわ。よく似合ってるね、」

快活な黒目がちの瞳が笑ってくれる。
ほっと寛がされる明るい穏やかさに、英二は口を開いた。

「お母さん。美代さんから俺、好意を持ってもらっています…それが、どうしたらいいか、解からないんです、」

この間から彼女に聴きたいと思っていたこと。
2月に美代から想いを告げられてから本当は悩んでいる、そんな想いに黒目がちの瞳は微笑んでくれた。

「美代ちゃん、とても良い子だものね?しかも、周太と本当に仲良しで…困っちゃうね、英二くんは?」
「はい、」

素直に頷いて英二は、困った顔のまま微笑んだ。
すこし考えるよう首傾げて、そして彼女は言ってくれた。

「正直でいれば、それで良いと思うわ?心を誤魔化しても、仕方ないもの。それに、あの2人はもう、覚悟も決めてるみたいよ?」
「覚悟?」

あのふたりが何か取り決めをしている事は、英二も気が付いてはいる。
それを周太の母も見てとったのだろう、穏かに微笑んで彼女は教えてくれた。

「英二くんのことで、お互い遠慮しないで正直に言いあうこと。そんな感じかな?
泊まりに来てくれた時も2人で、楽しそうに英二くんのこと話していたの。だから、英二くんらしくしてれば良いと思うな、」

お互いに偽らないこと、そう2人は決めてくれた。
たぶん互いに悩んでいた事もあったろう、それでも2人は互いを友人として認め合い深めていっている。
そういう2人に応えるのは彼女が言う通りだろうな?ほっと息吐いて英二は微笑んだ。

「そうですね、俺、変に気を回しすぎでした。ありがとうございます、」
「すこしでも参考になったかな?あまり良い事も解からなくて、ごめんなさいね、」

愉しげに彼女が笑ってくれる。
こんなふうに相談して話が出来る相手がいてくれることは嬉しい。
受け留めて貰える感謝に微笑みながら、英二はクライマーウォッチを見た。

「そろそろ俺、着替えてきますね、」
「そんな時間ね、もう。お夕飯は食べていくのでしょう?」
「はい、ありがとうございます。着替えたら、ここの片づけしますね、」
「いいわよ、このままで。あとで周とお点法のおさらいしたいから、」

話しながら一緒に立ちあがって廊下へと出た。
そのとき、ちょうど玄関扉が開いて周太と国村が戻ってきた。

「うん?宮田、着替えに行く気だね、」

からり笑って靴を脱ぐと国村は英二を肩に担ぎあげた。
途端に穂高で言われたことを思い出して、困りながら英二は笑った。

「こら、国村?俺は要救助者じゃないんだから、担ぐ必要はないって、」
「駄目だね、ほら行くよ?」

底抜けに明るい目が可笑しげに笑って、軽やかに国村は階段を昇りだした。
このままだと困ったことになるな?どうしようか考えているうちに部屋へと連れ込まれた。

「さ、お召し替えの時間だね。お手伝いするわ、ア・ダ・ム、」

愉しげに細い目が笑って、白い指が袴の紐に掛けられる。
制止する間もなく袴がほどかれ腰から落ちた。

「待てよ、国村?ちょ、ダメだって、」
「なに恥ずかしがってんの?おまえ、いつも俺と風呂も入ってるし、朝から生着替え見せてるよね?さ、脱・い・で、」
「なんかヤダ、やめろってば、こらっ、」

困りながら帯の結び目を抑えていると、部屋の扉が開いた。

「…えいじ?…こういち?」

名前を呼ばれて、一緒にふり向くと袴姿の周太が首傾げている。
なにをしているのかな?不思議そうに見つめて佇む姿に愉しげなテノールが笑いかけた。

「周太、イイ所に来たてくれたね。こっちにおいで?」
「ん?…なに?」

素直に微笑んで周太が一歩、部屋に踏み込んだ。
そんな素直な姿に国村の唇の端があがって、細い目が悪戯っ子に笑った。

まずい、

こんな目をした時は赤信号の兆候だ。
パートナーの考えに気がついて、英二は婚約者の名前を呼んだ。

「周太、来たらダメだ、お母さんのところに逃げて」

じゃ、代わりに周太を剥いちゃおうかな。周太だったら俺、好きに出来ちゃうもんね

そんなふうに国村は穂高で笑っていた。
このエロオヤジに言われた言葉が実現したら、本当に嫌だ。
どうか逃げて?そんな願いで見つめた先で、純粋な瞳が哀しそうになってしまった。

「…なんで?…なかまはずれにするの?」

黒目がちの瞳が寂しそうに見つめてくれる。
そんな周太に白い手が伸びて引っ張りこまれると、扉がぱたり閉められた。

「仲間外れになんてしないよ?さ、周太も協力してね?」

人質をとられた。

この状況に英二は心底、困り果てた。
どうしたら良いだろう?心からため息を吐いた先で、愉しそうに国村は周太を椅子に座らせた。

「さ、周太?ここに座って見ていてね、」
「ん?…なにを?」

純粋な瞳が微笑んで首傾げている。
こんな純粋無垢な視線の前で、これから自分は何をされるのか?
事態への対処に迷っているうちに、愉しげにパートナが帯に手を掛けた。

「さて、遠慮なくイっちゃってイイよね?」
「ちょっとは遠慮してよ?」

正直な気持ちを訴えたけれど、底抜けに明るい目は愉しくて堪らないと笑っている。
笑いながら白い指は手早く帯を解いて、ぱさり紅と藍の錦が落とされた。

「お、イイね、黒紅が覗くのがエロだね、み・や・た、」

縹色の袷の衿にも遠慮なく白い指が掛けられる。
そして渋い青色も床に散らされて、黒みがかった紅色の襦袢姿に英二はさせられた。

「国村、これで満足だろ?ほら、あとは自分で着替えるから、」
「なにいってんのさ、こっから本番だろ?ほら、」

からり笑った国村に、あっという間に抱き上げられて床へと英二は横たえさせられた。

「ちょっ、なにやってんのこら!」

さすがに抵抗して白い手を握って封じ込んだ。
けれど黒いジャケット姿は微笑んで、巧みに長い脚で英二の裾を露にした。

「白皙の肌に黒紅、サイコーにエロいね?眼福だよ、」
「嫌だってば、こらっ、なに捲ってんの!…あ、」

見あげた先で、デスクの椅子で周太が固まっている。
だから逃げてほしかったのに?困りながら英二は婚約者に訴えた。

「周太、逃げて?そうじゃなかったら、助けてくれる?」

名前呼ばれて、黒目がちの瞳がひとつ瞬いた。
我に返った瞳が驚いて、すぐ立ち上がると国村に組みついてくれた。

「やめて、光一っ、英二に変なことしないで!」
「止めてもイイよ?でも、代わりがあればの話だけどさ。ね、み・や・た、」

代わりとか絶対ダメ。
そう言いたいけれど、この状況も困る。
さすがに2人に乗っかられると、ちょっと重たいし苦しいかもしれない。
困ったまま英二は、自分の上で喧嘩を始めた2人を見上げた。

「ダメ!英二からはなれてってば、こういちのばかばか!」
「はなれたらね、大変なコトしちゃうかもよ?…さ、宮田?きれいな肌に、赤が映えるね、もっと肌を魅・せ・て、」
「いやっ、ぬがしちゃダメ!えいじは俺のなのっ、」
「違うね、俺のモンでもあるからね?…うん、白い肩に黒紅と白衿は、エロいよ…ソソられちゃうね、」
「ばかっ、こういちの馬鹿えっち変態やめてってば!」

またこんなことになっている。
どうして3人一緒だと、一度はこんなことになるのかな?
2人分の体重に圧し掛かられながら、英二は心底困り果てた。



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