萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 整音 act.20-side story「陽はまた昇る」

2016-05-03 23:00:05 | 陽はまた昇るside story
O MIGHT those sighs  想い尽きず
英二24歳3月



第84話 整音 act.20-side story「陽はまた昇る」

逢いたい、だからここまで来た。

あのひとに逢いたい、唯それだけ願って今この海にいる。
そのため待ちかねた人は銀髪ゆらせて困り顔ほほ笑んだ。

「どうして英二さん、私に周太さんのことを訊くのですか?」

こんな質問は困るのに?
そんな眼ざしも優しい菫色の瞳に笑いかけた。

「あのマンションの管理人は菫さんだろ、出入り全部チェックできるよな?」

問いかけて潮騒が響く。
白い蒼い波うちぎわ、愛犬の耳そっと撫で立ちあがった。

「菫さんがここにいるってことは今、祖母か美幸さんが周太についてるんだろ?」

ひとりにすることは無いだろう?
推察に響く海風のなか老婦人は微笑んだ。

「周太さんがいる前提なのですね、どうして?」
「長野の病院から連れ出したろ?」

即答した先、銀髪ゆるやかに潮風なびく。
皺やわらかな白皙の微笑は静かで、その眼ざしに問いかけた。

「祖母が周太を連れ去ったのは匿うためだって解かってるよ、その理由、菫さんはどこまで知ってる?」

たぶん知っているのだろう、最初から。
そんな菫色の瞳は穏やかに微笑んだ。

「顕子さんは愛情が深い方です、亡くした方まで抱きしめる懐があります、」

告げる深いアルトやわらかい。その答に溜息ひとつ笑いかけた。

「中森さんと同じこと言うんだな、菫さんも、」

笑った潮騒ごし菫色の瞳が見つめてくれる。
ほろ甘い風のむこう、変わらない穏やかな瞳は深く澄んだ。

「英二さん、今、逢うことが彼への愛なのですか?」

このガヴァネスも訊くんだ?

「俺って、そんなに疑わしい?」

声に喉やわらかく絞められる。
ずっと溜めこんだ聲そのまま零れだした。

「俺は周太の傍にいないほうが良いってことだろ?そんなにも俺は周太の邪魔でしかないのかな、」

なぜ、誰もが離れろと言うのだろう?

「昨日も今日も言われてるんだよ俺、今は離れろとか、結婚しなくてもいいから子供は作れとかさ、ようするに周太から離れろってことだろ?」

なぜ、なんて本当は解かっている。
解かっているからこそ抗い見つめた。

「俺から離れたいって周太が言ったなら諦めるよ、それでも周太を救ったのは俺だ、無事だって見て確かめる権利はあるだろ…違うかな?」

ため息そっと言葉に零れる、想い瞳ふかく揺らぎだす。
熱ひとつ睫ふれかけて、ゆっくり瞬きに治め微笑んだ。

「菫さん、これでも俺は命懸けで救助したんだよ?脚も腹も肩も包帯だらけだ、でも怪我して良かったかもな?」

コートにシャツに隠して、けれど傷は現実の肌に疼く。
この痛みすら今は愛おしい、そんな本音に訊かれた。

「なぜ、怪我して良かったのですか?」

なぜ?

そう菫色の瞳が問いかけてくる。
アルトやわらかな声に本音から微笑んだ。

「証拠が残って良いよ、周太を救けられたって傷痕を見るたび想えるだろ?」

君を救けられた、それだけで報われる。

―周太、君のためなら満身創痍になりたいよ?

君と繋がれる、それが痛みでも構わない。
それくらい願いたい唯ひとつの想い笑った。

「俺はね、周太の笑顔がほんとに好きなんだ。そのための傷痕は俺の勲章だよ、それくらい傍で見ていたいけどさ?」

笑って告げて、けれど瞳の底また熱くなる。
こんなに泣いてしまうのが自分、そんな等身大に右掌ひとつ差しだした。

「どうしても逢わせてもらえないなら、これだけ渡してくれないかな?」

こんなもの渡しても、もう遅いのかもしれない?
それでも願いたい海の記憶に菫色の瞳そっと微笑んだ。

「まあ…これを拾うためにもここに?」
「前に一緒に拾ったんだ、」

答え微笑んで掌のなか懐かしい。
軽やかな重み、色、透ける光、見つめる記憶にアルトが告げた。

「周太さんは眠っています、」

どういう意味だろう?

「眠ってる?」

なぜ眠っていると言うのだろう、どういう意味で?
言葉たどるまま言われた。

「こちらに着いた時から眠ったままです、」

どうして?

「…眠ったまま、って?」

あれから時間どれくらいだろう、夜いくつ過ぎた?

「着いた時って一昨日だろ、三日も眠ったままってこと?」

なぜ?

「長野の病院で話したよ俺、なんで眠ったままなんだよ周太?」

なぜ眠ったままでいる、あのとき話していたのに?
解からないまま閉じた掌の前、菫色の瞳が問いかけた。

「今は話すことも出来ません、それでも逢いますか?」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

英二と周太ちょっと気になったら↓
にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 山岳点景:Metropolitan 春山 | トップ | 花木点景:月美人の花―Pachyp... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るside story」カテゴリの最新記事