萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第81話 凍歌 act.3-another,side story「陽はまた昇る」

2015-01-11 22:30:11 | 陽はまた昇るanother,side story
A timely utterance gave that thought relief 痛手の温もり



第81話 凍歌 act.3-another,side story「陽はまた昇る」

街路樹に蔦からまる、そのシルエットが黄昏しずむ。

これは桜の木、たぶん染井吉野で満開の花が咲くのだろう。
けれど絡まらす蔦に栄養は摂られてしまう、そんな樹影に周太は微笑んだ。

「…僕みたい、かな…?」

声にして自嘲そっと鼓動を絞める。
いま自分で言っても哀しい、それを相手に言われたら?

―英二、僕は英二にとって蔦かもしれないね?

だって自分は支えられている、そう解かるから想い絞められて痛い。
こんなこと前から解かり切っていたはず、それなのに今更また傷むのは手紙だ。

“そこには君も抱きしめています、何故って君は馨さんを通して私の遺伝子と夢を継ぐのだから。”

祖母が父と自分を抱きしめてくれる、そんなふうに自分もあの人を抱きしめたい。
そして幸せを贈ってあげたくて、けれど叶わない願いだと自分自身が知っている。

“私の遺伝子と夢を継ぐのだから。”

でも英二、あなたと僕では子供は生めないね?

「…っ、」

ほら嗚咽そっと呑みこんでしまう、もう泣きそう。
こんな自分だから今も早めに家を出た、その想いごと仰いだ梢に蔦が黒く揺れる。
見あげる冬の桜は樹勢が弱くて、たぶん短いだろう先の時間に自分たちを重ねてしまう。
この桜は蔦に寄生されて栄養を摂られた果てに枯死する、そして蔦もすぐ枯れてゆく。
そんなふう共倒れる運命をあの人に負わせるのかもしれない、何も遺せずに。

だって男同士の恋愛は何を生みだせる?

―英二を僕が駄目にしてるんだ、同性愛なんて足枷で…犯罪まがいのことまでさせて、

英二、あなたは警視庁の外壁をクライミングしたでしょう?

あの理由は父のこと、それが父の同期と関わっているなら脅迫かもしれない。
新宿署では父の亡霊を演じて一人を辞職に追い込んだ、他にも何かしている。
それに多分きっと祖父の形見を隠し持っているはず、これも違法行為なのに?

『周太、今度の夏は必ず北岳草を見せてあげるよ?絶対の約束だ、』

ほら雪の夜の笑顔は約束をくれる、けれど頷いていいの?
そう考えだして止まらなくなる、こんな逡巡するほど自分は今ほんとうに弱い。
弱くて、だから独りでいることが辛くて哀しくて歩きだした道に明るい扉ひとつ燈った。

「あ…おはなやさん?」

あの店だ、

そう見つめて脚もう動きだす。
まだ約束の時間に早くて独りぼっち、けれど自分には居場所がある。
そう想いださせてくれた明るい窓へ靴音ならして扉を開けて、ふわり、花あまい香と優しい声が微笑んだ。

「ひさしぶりね、元気だったの?」

澄んだ穏やかなアルトが微笑んでエプロン姿は立ちあがる。
穏やかなオレンジのランプにダークブラウン長い髪ゆたかに艶やめく、まとめたスカーフ揺れて燈に透ける。
冬と春の花あふれる色彩のなか色白の笑顔やわらかに優しくて、この懐かしい空気ほっと笑いかけた。

「はい、元気です…あの、お花を見せてもらって良いですか?」
「もちろんよ、君は今日はどの子がお気に入り?」

朗らかに尋ねてくれる瞳が涼やかに温かい。
この眼差しに幾度もう安らいできたのだろう、その感謝と花を眺めた。

「どのこも綺麗です、でも…僕、冬は水仙って好きで、」

あまい清しい香に惹かれる花、そのままに今も店先で咲いている。
黄色、オレンジ色、白、三色の組み合わせ鮮やかな花たちに若い女主人も微笑んだ。

「私も水仙は好きよ、ちょっと特別な香なんだもの、」

あ、自分と同じだ?

そう言葉に見えて嬉しくなってしまう。
だって自分はこの花屋の主人が大好きで、本当は憧れている。
恋愛とは少し違う想い、けれど大切で密やかな温度くすぐったく笑いかけた。

「あの、どうして特別な香なんですか?」
「大切な人の香だからよ?そうだ、」

教えてくれながら白い優しい手が花のべられる。
すらり、翡翠さわやかな花茎を抜き取ると優しい笑顔は言った。

「水仙のブーケ作るから持って帰って?常連さんにサービスしたいの、だから遠慮しないでね?」

そんなこと言われたって遠慮しちゃうのに?

「サービスなんて駄目です、ちゃんとお代させて下さい、」
「いいのよ、私が好きでプレゼントするんだもの、」

涼やかな瞳が笑って白い手は花を束ねだす。
花ふれる仕草ひとつずつ優しい、こんなところが好きになった。

―でも最初は僕、嫉妬して…英二のこと好きみたいだったから、

あの人に好意を抱く女性は多い、その誰にも嫉妬したことはない。
けれど彼女だけは気になってしまった、それは花を愛している笑顔のせいだ。

―だって花の女神さまみたいなんだ、花を本当に大切にして、

ほら、今日も枯れそうな花はいない。
開きすぎた花も茎を短く活けられている、鉢植えも枯れ葉きちんと摘んである。
どの花もグリーンも楽しげに瑞々しくて、この花園は都会の真中でも穏やかに温かい。

「この八重の水仙かわいいでしょう?初めて入荷したの、まだ日本では珍しいのよ、持って帰ってね?」

花に笑ってくれる声も瞳も朗らかに優しい。
この笑顔に安らいで息つける、それが嬉しいから遠慮に笑いかけた。

「はい、すごく可愛いです…あの、そんな貴重なお花をもらうなんて申し訳ないです、」
「貴重だから君にあげたいのよ、花好きな人に大事にしてほしいもの、」

色白の頬あわい桜色ほころばせ花を抱く。
その笑顔も言葉も優しくて、きれいで、だから今の日常から遠い。

―僕の仕事を知ったらなんて思われるんだろう、警察官で狙撃手だなんて、

彼女の白い手は花を束ねる日常、けれど自分は銃を持つ。
こんな現実の距離は遠すぎて、それなのに綺麗な笑顔は花束を渡した。

「はい、どうぞ?お待たせしてごめんなさいね、」

ふわり、あまい香が花束から優しい。
白に黄色やわらかな花たちは清雅に香る、この美しい花と微笑んだ。

「ありがとうございます、すごく佳い香…すみません、」
「すみませんなんて言うんならね、今年はもっと遊びに来て?君と話すの楽しいもの、」

優しい穏やかなアルトが笑いかけてくれる、その言葉が素直に嬉しい。
こんなふう自分を待ってくれる人がいる、ただ幸せで思いついたこと笑いかけた。

「あの、もうひとつオーダーしても良いですか?友達にプレゼントしたいんです、春の花を3,000円でお願い出来ますか?」

プレゼントを買わせてもらえば少しはお返しになる。
それに贈り相手も喜んでくれるだろう、この提案に優しい人は頷いてくれた。

「もちろんよ、もしかして前に一緒に来た女の子?」

あ、解かっちゃうんだな?
こんなお見通しに首すじ逆上せながら微笑んだ。

「はい、今日は大事な試験をがんばってるからプレゼントしたくて…あの、チューリップ入れてもらえますか?予算もう少し掛けても良いので、」
「ちゃんとご予算内で出来るわよ、あの女の子なら可愛くて凛々しい感じが良いわね?」

色白の笑顔ほころばせ花を選んでくれる。
楽しそうな横顔は透けるよう明るく綺麗で、それが誰かと似ているようで懐かしくなる。

―誰と似てるのかな…そういえば僕、名前も訊いたこと無いけど、

まだ彼女の名前を知らない、もう何度も会っているのに?
もう一年以上ずっと会って話している相手、その親しさに思い切って尋ねた。

「あのっ…僕は周太って名前なんですけどお花屋さんはなんて名前ですか?」

ああ僕こんな訊き方ちょっと子供っぽい?

でもなんて訊いたらいいのか解らない、だって自分から名前を訊くなんて初めてだ。
こんな初めてに首すじ熱昇りだす、もう顔も真赤かもしれない、それでも見つめた真中で綺麗な笑顔ほころんだ。

「私の名前は由希よ、由縁の由に希望の希って書くの。雪の朝に生まれたからって父が付けたのよ?」

ちゃんと応えてくれた。
それがただ嬉しい、嬉しくて素直に笑いかけた。

「綺麗な名前ですね、雪の朝って冬生まれなんですか?」
「三月生まれなの、だから春の雪よ?シュウタくんは何月生まれなの?」

綺麗な澄んだアルトが訊いてくれる。
こうして興味を示されることが嬉しくて、くすぐったい含羞と微笑んだ。

「11月です、僕も父が名前を付けてくれました…あまねくって意味なんです、周りの皆を喜ばせるって意味で、」

本当は「あまね」という名前だったと母が教えてくれた。
そのエピソードも意味も父らしくて好きだ、そんな想いに優しい声が訊いてくれた。

「周りを喜ばせるって素敵な名前ね、円周率の周に太郎の太かな?」
「はい、そうです…」

頷きながら頬もう熱い。
きっと顔まっ赤になっている、そんな気恥ずかしさも今なんだか幸せだ?

―僕すごく恥ずかしいのに嬉しい感じ…なんだろう?

なんだろう、こういう感覚は初めてだ?
不思議で途惑ってしまう、けれど優しい温もりに綺麗な人が笑いかけた。

「チューリップ・ブーケ、こんな感じでどうかな?リボンは青にしようと思うんだけど、」

薄紅色、桃色、白ぼかし、それから水仙の純白にブルースターと勿忘草の青。
可愛らしい色に凛と聡明なトーン綺麗で、そして「らしさ」が嬉しくて笑いかけた。

「すごく素敵です、似合いそうで…勿忘草が良いですね、」
「でしょう?大事な試験って言ってたから入れてみたのよ、記憶力が良くなりそうだもの。じゃあ仕上げるわね、」

楽しげに笑って月桂樹のグリーン足してくれる。
青いリボン綺麗にかけて、紙袋そえたブーケを渡してくれた。

「彼女に必勝祈願のお花ですって伝えてね?月桂樹は勝利とか栄光って意味なの、女神の祝福の冠よ?」

言祝ぎと渡してくれる花束は深い馥郁が優しい。
たぶん月桂樹も珍しいだろう?そう解かるから遠慮しそうで、けれど素直な感謝に受けとった。

「ありがとうございます、きっと喜びます、」
「彼女にもまた来て下さいって伝えてね、吉報を祈ってるわ、」

優しい笑顔の言葉がただ嬉しい。
この笑顔こそ女神の祝福だ、そう想えるまま笑いかけた。

「由希さんのお祈りってすごく効きそうです、女神さまみたいで…あ、」

あ、僕ったら今なんだかすごいこと言ったよね?

そう気がついて首すじ沸騰しだす、もう額まで真赤になる。
こんなこと言うなんて子供じみている、それともナンダカ誰かさんみたい?
どちらにしても言ってしまって恥ずかしい、ただ気恥ずかしいまま感謝と頭下げた。

「あのありがとうございました、また来ますしつれいします、」

言い方まで恥ずかしいトーンになってしまってまた恥ずかしい。
こんなところ誰かに見られたらもっと恥ずかしいだろう?そんな困惑すらくすぐったいまま優しい瞳が笑った。

「女神なんて気恥ずかしいけど嬉しいわ、ありがとう周太くん、」

ほら、呼んでくれる声に気恥ずかしくって鼓動ひっくりかえる。
けれど温かくて、幸せに笑って頭もう一度下げると踵を返した。

この気持ちってなんだろう?解らなくて、それでも燈るような温もり優しい。



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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