萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.23-another,side story「陽はまた昇る」

2015-10-22 22:50:04 | 陽はまた昇るanother,side story
峻厳の底
周太24歳3月



第83話 辞世 act.23-another,side story「陽はまた昇る」

突きあげる衝撃、これは何?

「耐えてくれっ」

すぐ耳もと声が叫ぶ、でも真っ暗で顔が見えない。
低いくせ透る声はよく知っている、その声すぐ震動に遮られた。

「…っ、」

背中から突きあげて冷たい。
登山ザックもアサルトスーツも徹って零度が叩く、ゆすられる。
この今どこで何が起きているのか?すぐ思いだして周太は叫んだ。

「だめっ、えいじ!」

英二、あなたが僕に被さって庇ってる。

「えいじっ、僕の盾になんかならないでっ英二!」

がつんっ、がつっ…ざあっさぁっ、

重たく硬くぶつかる音、きっとヘルメットを氷の礫ぶつかる音。
砂のような音は雪が流れる、そして音つぎつぎ大きくなって轟く。

「…したっ、…んしんしろっ、」

なにか言ってくれる声、でも遮られ聞えない。
ただ音は重たく絶えず大きくなり流れだし、そして轟いた。

がきんっ、どおんっ、

「っ、英二っ!」

なにか砕けた、崩れる。
そんな音弾けて背から突きあげる、肺ぐわり掴まれる。
真っ暗なにも見えない零度の底ゆすぶられて、それでも握っていた銃を抱えこんだ。

―弾はもうない、でも流されたら、

この狙撃銃もし失くしたら、誰がいつ拾うか解らない。
そんな危険は自分を許せない、そして今こんな事態こそ赦されない。
だって自分こそ護りたい、けれど抱きこめてくれる腕は強すぎて動けない。

「えいじっ、だめだ英二やめてっ!盾にならないでっ…ごほっ、」

呼んで叫んで、もう声かき消されてしまう。
崩壊音、擦過音、突き上げる震動に肺からゆすられ喉つまる。

―くるしい、息が…っ、

呼吸できない、だけど叫んでいる。
だって自分こそ唯ひとり護りたいと願った、なのに自分が護られてしまう。

「かお…てでおおえっ、…にくうき…ポケットつく…!」

あなたの声が叫ぶ、何か伝えようとしてくれる。
この声いつも懐かしかった、だって父と似ている。

「えいじっ、えいじこそ口閉じっ…ごほっ、くち開けてたら雪がっ!」

叫び返して祈っている、だって護りたい。
あなた唯ひとり無事ならそれでいい、そんな本音また思い知らされる。

「こ…いっぱ…すえっ、」

ほら叫んでくれる、それなのに音が震動が遮って聞えない。
もう雪崩すぐ迫りくる?

「いやだ!英二を巻きこんでこんなっ、やめてえいじ!」

お願い、もうやめて?

「やめてえいじ!もう息いっぱい吸って口閉じてっごほっ、僕はいいからっ」

きっと雪崩に耐える指示してくれている。
そう解るから止めてほしい、だって自分のこと抱きこんで庇っているのに?

「えいじっ!えいじはなにか被ってるのっ…ごほっえいじもう」

声もう聞えない、ただ音だけ鼓膜つんざいて震える。
そして温度が自分を抱きしめる、強い力いっぱい温もりが自分を抱いて、そして言った。

「きれいだ、」

今、なんて言ったの?

「え?」

こんな時に「きれいだ」と言ったのだろうか。
それほど雪崩は美しい?そんな疑問と、それから呆れと愉快につい微笑んだ。

―英二やっぱり山が好きなんだね、こんなときも、

雪崩に呑まれる、そんな瞬間すら「きれいだ」と見惚れている。
これほど山を愛している人、こんな人なら救かるかもしれない。

「えいじっ、どうか英二だけは生きてっごほっ」

願いごと叫んで、だけどきっと聞えていない。
だって自分もあなたの声もう聞えない、それでも約束きれいに笑った。

「生きてっえいじ!絶対の約束だよっ、」

絶対だ、そうあなたは何度約束してくれたろう?

『北岳草を見に連れて行くよ、絶対の約束だ、』

あなたがくれた約束たち、あれが一番うれしかった。
だからほら、こんな時なのに自分だって笑っている。

「生きて笑って英二、絶対の約束だよ?」

ほら約束に笑う、きっとあなたも何か言ってくれている。
だけどもう声ひとつ聞えない、それでも温もりだけは抱きしめてくれる。
大きく波うつ震動に呼吸からゆすぶられて苦しい、それでも香ほろ苦く甘くて幸せな記憶が抱きしめる。

「周太、」

ほら君が呼ぶ、名前こうして呼ばれた初めての瞬間が今も抱く。
あのとき全て赦されるのだと想えた、ほんの一瞬だけど、こんな自分でも幸せになれると信じられた。

『きれいだ、周太は、』

そんなこと言うの、あなたくらいだ。

「ごほっ…だから生きて笑って、英二、」

男の自分に「きれいだ」なんて普通じゃない、でもあなたは普通にいつも言ってくれた。
いつも気恥ずかしくて、くすぐったく照れて嬉しいと想う自分にも肚立った。

“男の自分を男として認めてくれない?”

そう想うと悔しくて、だけど嬉しい本音があなたを追いかける。
同じ男で同じ齢、そのプライドが「嬉しい」を否定して、それは今も変わらない。
それでも唯ひとつの感情は今こんな時すらあふれて宝物に抱きしめる、この想い唯ひとつ周太は祈った。

「お父さん、英二を救けて…お母さんと同じくらいたすけてあげてっごほっ、ぅおねがっ」

がごんっばきっ、ざざぁっ…さあっ、

轟音くだけて爆ぜて鼓膜ひっぱたき背中を撃つ。
もう呑みこまれる、その音に突き飛ばされ息止まった。

「っぅ、」

くるしい、でもこのひとをたすけて。



(to be continued)

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