萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 静穏 act.3-another,side story「陽はまた昇る」

2015-12-28 23:50:42 | 陽はまた昇るanother,side story
時の前後
周太24歳3月



第84話 静穏 act.3-another,side story「陽はまた昇る」

「ただいま周太くん、おはようのがいいかな?」

ダークブラウンの髪きれいな笑顔は切長い瞳やさしく温かい。
その眼ざし俤ひとつ見つめて、鼓動そっと敲かれるまま華やかなアルト微笑んだ。

「顔色ずいぶん良くなったわ、甘いもの食べられそうかな?おいしいお菓子を買ってきたのよ、オレンジのタルト好きでしょう?」

きれいな箱かかげてくれ笑ってくれる、白皙やさしい笑顔は皺ひとつも明るく美しい。
のぞきこんでくれる瞳は濃やかな睫あざやかで、その俤に吐息そっと微笑んだ。

「はい…ありがとうございます、おばあさま、」

どうしよう、また追いかけてしまうあなたのこと。

―おばあさまの目そっくりなんだ、お父さんと…英二も、

あなたと同じ目が自分を映す、その俤ふたつ鼓動ごと響く。
ふたつ追いかけた時間の涯もう過ぎて、今そうして違う声やわらかに優しく笑った。

「じゃあ美味しいお茶を淹れましょう、気分転換にサンルームがいいかな?どうかしら菫さん、熱まだあるの?」
「さきほど37度3分でした、サンルームならお日さま温かでいいと思いますよ、」

応えてくれる声も穏やかに優しい。
ダークブラウンと銀髪の横顔どちらも上品で温かで、その空気に遠くなる。

―嘘みたいだね、あの雪山が…駐車場の時間も、なにもかもが、

銀嶺の夜、雪崩、病院の再会、駐車場の街燈と雪。
あれから二日過ぎてしまった、そして今こんなに違う場所にいる。

「果物も食べさせたいわね、とにかく体力をつけないと、」
「ジュースつくりますよ、丸二日も胃が空っぽでしたから急にたくさんは危ないです、」
「そうね、お夕飯も消化がよくて栄養があるものがいいわね。明日は散歩くらいできると良いけど、」
「今日きちんと養生すればいけると思いますよ、明日も温かいそうですし、」

ふたりの老婦人の会話、明るい窓辺、ガラスのむこうは春の色あふれて花が咲く。
そんな陽だまり温かな揺椅子でブランケットくるまれる膝、ちいさな温もりふれて微笑んだ。

「カイ、…どうしたの?こほっ」
「くん、」

キャメルブラウンの顎のせ犬が見あげてくれる。
ねだる黒い瞳に耳そっと撫でて、ふっさり優しい毛なみ笑いかけた。

「きれいだねカイ、おひさまで毛がきらきら金色になってるよ…きれいだね?」

陽だまり透ける被毛きらきら光る。
キャメルブラウンから黄金やわらかな犬を撫でる傍ら、カシミアニット上品な笑顔が座った。

「周太くん気分がよさそう、本当によかったわ、」

涼やかな瞳きれいに笑いかけてくれる。
この笑顔に訊きたいこと今は多すぎて、整理しきれないまま頷いた。

「はい…ありがとうございます、ご心配かけてすみません、」

今いちばん訊きたいことは何だろう?
こんな自問に答つまる前、切長い瞳が微笑んだ。

「周太くんこそ心配そうね?警察と大学と、美代ちゃんと、うちのドン・ファンのことでしょう?」

言わなくても解るわよ?
そんな眼ざし華やかに笑って教えてくれた。

「まず警察のこと話しましょうね、あの岩田さんは無事に検察へ引き渡されました、」

助かったんだ、あのひとも。

『ただ私は家族を護りたかった、命令に背けば家族が…どうなるか解からなかった、』

雪ふる病院の駐車場、そう声にした貌は昏かった。
やつれた疲れきった瞳は今どうなったのだろう?あの言葉に心配で尋ねた。

「あの、岩田さんのご家族はどうされてるんですか?」

どうなるか解らなかった、その言葉は嘘じゃない。

―あのひとならやりかねない、お祖父さんの小説が事実だとしたら、

あの男、観碕征治がもしあの小説のモデルなら?
推定と見つめた先、涼やかな瞳は微笑んだ。

「奥さまのご実家に移られたそうよ、昨日のうちにね、」
「そうですか…、」

ほっと溜息に鼓動ゆるく絞められる。
だって他人事に想えない、そんな本音を透かすよう大叔母が言った。

「岩田さんの奥さんには美幸さんのような苦労はないわ、護ってくれるご実家があるんだもの?周太くんが責任感じる必要ないことよ、」

確かにそうかもしれない、でも責任を想わないなんて無理だ。

―こういう僕だから警察はむかないのかも…ね、お父さん?

心そっと呼びかける前、父そっくりの瞳が微笑んでくれる。
ベージュ明るい部屋の窓辺、上品なアルトは続けてくれた。

「伊達さんは異動が決まりました、箭野さんは退職されると伺ったわ。周太くんの携帯電話にもメール入ってるけど、詳しいことは会ったときにね、」

メールも代りに見てくれていた。
そう教えてくれる言葉に訊いてみた。

「あの…おばあさまが僕の眠ってるあいだメールチェックしてくれたんですよね?」
「勝手にごめんなさいね?いくつも着信あるからオセッカイしてしまって、」

謝ってくれる瞳が困ったよう笑ってくれる。
悪気なんてかけらもない笑顔に笑いかけた。

「たすかりました、ありがとうございます…でも恥ずかしいのがないか心配です、」
「恥ずかしいメール?」

訊き返してくれる眼ざし少し悪戯っぽくなる。
なにか深読みされてしまった?そんな心配どおり大叔母は笑った。

「英二なら何通も着てたわよ、どれも未開封だけどね?」

ほら、名前ひとつ鼓動ひっぱたく。

「…、」

何か言わないと?でも声なんて出ない。
もう首すじ熱のぼせだす前、切長い瞳おだやかに微笑んだ。

「英二のメールだけはわざと返信しなかったの、いい機会だと想うわ?」

いい機会、ってどういう意味?
訊きたくて見つめた真中、白皙の微笑は続けた。

「大学はまず田嶋先生と青木先生にお会いしてきました、2週間ほど休ませたいと伝えたわ。お見舞にって本を頂いたのよ?」

白いきれいな手が本2冊さしだしてくれる。
そのタイトルに贈り主すぐわかって笑いかけた。

「こっちが青木先生で、これが田嶋先生ですね?」
「そう、気楽に読めてためになるってお二人とも仰ってたわ、どちらの先生も周太くんのこと期待されてるわよ?」

愉しげに話してくれる笑顔は明るい。
きっと良い対面だった、そんな瞳ふっと遥かに微笑んだ。

「田嶋先生は晉さんのお弟子さんで馨くんのザイルパートナーだったのね、私が知らなかった時間を聴かせてもらったわ、」

知らなかった時間。

その言葉に遥かな別離は傷んで、それでも笑顔は温かい。
この傷どうしたら癒されてゆくのだろう?考え見つめながら尋ねた。

「今日は僕、田嶋先生とは翻訳のお手伝いを約束していたんです…先生どうされていましたか?」
「ご自分でがんばるそうよ、でも周太くんに相談のメールするかもって仰ってたわ、」

低いアルト朗らかに教えてくれる。
すこし安堵して、それよりも気になることへ口開いた。

「あの…美代さんはどうしていますか?僕ほんとうは約束してるんです、今日、」

この約束どうしても守りたかったのに?
できなかった切なさ軋みだす前、涼やかな瞳さらり言った。

「そのことはね、英二のことも合わせてきちんと話しましょう。お茶もしたくできたころよ?」



(to be continued)

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ FC2 Blog Ranking

PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 花木点景:冬林の赤 | トップ | 山岳点景:凍れる時 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るanother,side story」カテゴリの最新記事