時の前後
第84話 静穏 act.3-another,side story「陽はまた昇る」
「ただいま周太くん、おはようのがいいかな?」
ダークブラウンの髪きれいな笑顔は切長い瞳やさしく温かい。
その眼ざし俤ひとつ見つめて、鼓動そっと敲かれるまま華やかなアルト微笑んだ。
「顔色ずいぶん良くなったわ、甘いもの食べられそうかな?おいしいお菓子を買ってきたのよ、オレンジのタルト好きでしょう?」
きれいな箱かかげてくれ笑ってくれる、白皙やさしい笑顔は皺ひとつも明るく美しい。
のぞきこんでくれる瞳は濃やかな睫あざやかで、その俤に吐息そっと微笑んだ。
「はい…ありがとうございます、おばあさま、」
どうしよう、また追いかけてしまうあなたのこと。
―おばあさまの目そっくりなんだ、お父さんと…英二も、
あなたと同じ目が自分を映す、その俤ふたつ鼓動ごと響く。
ふたつ追いかけた時間の涯もう過ぎて、今そうして違う声やわらかに優しく笑った。
「じゃあ美味しいお茶を淹れましょう、気分転換にサンルームがいいかな?どうかしら菫さん、熱まだあるの?」
「さきほど37度3分でした、サンルームならお日さま温かでいいと思いますよ、」
応えてくれる声も穏やかに優しい。
ダークブラウンと銀髪の横顔どちらも上品で温かで、その空気に遠くなる。
―嘘みたいだね、あの雪山が…駐車場の時間も、なにもかもが、
銀嶺の夜、雪崩、病院の再会、駐車場の街燈と雪。
あれから二日過ぎてしまった、そして今こんなに違う場所にいる。
「果物も食べさせたいわね、とにかく体力をつけないと、」
「ジュースつくりますよ、丸二日も胃が空っぽでしたから急にたくさんは危ないです、」
「そうね、お夕飯も消化がよくて栄養があるものがいいわね。明日は散歩くらいできると良いけど、」
「今日きちんと養生すればいけると思いますよ、明日も温かいそうですし、」
ふたりの老婦人の会話、明るい窓辺、ガラスのむこうは春の色あふれて花が咲く。
そんな陽だまり温かな揺椅子でブランケットくるまれる膝、ちいさな温もりふれて微笑んだ。
「カイ、…どうしたの?こほっ」
「くん、」
キャメルブラウンの顎のせ犬が見あげてくれる。
ねだる黒い瞳に耳そっと撫でて、ふっさり優しい毛なみ笑いかけた。
「きれいだねカイ、おひさまで毛がきらきら金色になってるよ…きれいだね?」
陽だまり透ける被毛きらきら光る。
キャメルブラウンから黄金やわらかな犬を撫でる傍ら、カシミアニット上品な笑顔が座った。
「周太くん気分がよさそう、本当によかったわ、」
涼やかな瞳きれいに笑いかけてくれる。
この笑顔に訊きたいこと今は多すぎて、整理しきれないまま頷いた。
「はい…ありがとうございます、ご心配かけてすみません、」
今いちばん訊きたいことは何だろう?
こんな自問に答つまる前、切長い瞳が微笑んだ。
「周太くんこそ心配そうね?警察と大学と、美代ちゃんと、うちのドン・ファンのことでしょう?」
言わなくても解るわよ?
そんな眼ざし華やかに笑って教えてくれた。
「まず警察のこと話しましょうね、あの岩田さんは無事に検察へ引き渡されました、」
助かったんだ、あのひとも。
『ただ私は家族を護りたかった、命令に背けば家族が…どうなるか解からなかった、』
雪ふる病院の駐車場、そう声にした貌は昏かった。
やつれた疲れきった瞳は今どうなったのだろう?あの言葉に心配で尋ねた。
「あの、岩田さんのご家族はどうされてるんですか?」
どうなるか解らなかった、その言葉は嘘じゃない。
―あのひとならやりかねない、お祖父さんの小説が事実だとしたら、
あの男、観碕征治がもしあの小説のモデルなら?
推定と見つめた先、涼やかな瞳は微笑んだ。
「奥さまのご実家に移られたそうよ、昨日のうちにね、」
「そうですか…、」
ほっと溜息に鼓動ゆるく絞められる。
だって他人事に想えない、そんな本音を透かすよう大叔母が言った。
「岩田さんの奥さんには美幸さんのような苦労はないわ、護ってくれるご実家があるんだもの?周太くんが責任感じる必要ないことよ、」
確かにそうかもしれない、でも責任を想わないなんて無理だ。
―こういう僕だから警察はむかないのかも…ね、お父さん?
心そっと呼びかける前、父そっくりの瞳が微笑んでくれる。
ベージュ明るい部屋の窓辺、上品なアルトは続けてくれた。
「伊達さんは異動が決まりました、箭野さんは退職されると伺ったわ。周太くんの携帯電話にもメール入ってるけど、詳しいことは会ったときにね、」
メールも代りに見てくれていた。
そう教えてくれる言葉に訊いてみた。
「あの…おばあさまが僕の眠ってるあいだメールチェックしてくれたんですよね?」
「勝手にごめんなさいね?いくつも着信あるからオセッカイしてしまって、」
謝ってくれる瞳が困ったよう笑ってくれる。
悪気なんてかけらもない笑顔に笑いかけた。
「たすかりました、ありがとうございます…でも恥ずかしいのがないか心配です、」
「恥ずかしいメール?」
訊き返してくれる眼ざし少し悪戯っぽくなる。
なにか深読みされてしまった?そんな心配どおり大叔母は笑った。
「英二なら何通も着てたわよ、どれも未開封だけどね?」
ほら、名前ひとつ鼓動ひっぱたく。
「…、」
何か言わないと?でも声なんて出ない。
もう首すじ熱のぼせだす前、切長い瞳おだやかに微笑んだ。
「英二のメールだけはわざと返信しなかったの、いい機会だと想うわ?」
いい機会、ってどういう意味?
訊きたくて見つめた真中、白皙の微笑は続けた。
「大学はまず田嶋先生と青木先生にお会いしてきました、2週間ほど休ませたいと伝えたわ。お見舞にって本を頂いたのよ?」
白いきれいな手が本2冊さしだしてくれる。
そのタイトルに贈り主すぐわかって笑いかけた。
「こっちが青木先生で、これが田嶋先生ですね?」
「そう、気楽に読めてためになるってお二人とも仰ってたわ、どちらの先生も周太くんのこと期待されてるわよ?」
愉しげに話してくれる笑顔は明るい。
きっと良い対面だった、そんな瞳ふっと遥かに微笑んだ。
「田嶋先生は晉さんのお弟子さんで馨くんのザイルパートナーだったのね、私が知らなかった時間を聴かせてもらったわ、」
知らなかった時間。
その言葉に遥かな別離は傷んで、それでも笑顔は温かい。
この傷どうしたら癒されてゆくのだろう?考え見つめながら尋ねた。
「今日は僕、田嶋先生とは翻訳のお手伝いを約束していたんです…先生どうされていましたか?」
「ご自分でがんばるそうよ、でも周太くんに相談のメールするかもって仰ってたわ、」
低いアルト朗らかに教えてくれる。
すこし安堵して、それよりも気になることへ口開いた。
「あの…美代さんはどうしていますか?僕ほんとうは約束してるんです、今日、」
この約束どうしても守りたかったのに?
できなかった切なさ軋みだす前、涼やかな瞳さらり言った。
「そのことはね、英二のことも合わせてきちんと話しましょう。お茶もしたくできたころよ?」
(to be continued)
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周太24歳3月
第84話 静穏 act.3-another,side story「陽はまた昇る」
「ただいま周太くん、おはようのがいいかな?」
ダークブラウンの髪きれいな笑顔は切長い瞳やさしく温かい。
その眼ざし俤ひとつ見つめて、鼓動そっと敲かれるまま華やかなアルト微笑んだ。
「顔色ずいぶん良くなったわ、甘いもの食べられそうかな?おいしいお菓子を買ってきたのよ、オレンジのタルト好きでしょう?」
きれいな箱かかげてくれ笑ってくれる、白皙やさしい笑顔は皺ひとつも明るく美しい。
のぞきこんでくれる瞳は濃やかな睫あざやかで、その俤に吐息そっと微笑んだ。
「はい…ありがとうございます、おばあさま、」
どうしよう、また追いかけてしまうあなたのこと。
―おばあさまの目そっくりなんだ、お父さんと…英二も、
あなたと同じ目が自分を映す、その俤ふたつ鼓動ごと響く。
ふたつ追いかけた時間の涯もう過ぎて、今そうして違う声やわらかに優しく笑った。
「じゃあ美味しいお茶を淹れましょう、気分転換にサンルームがいいかな?どうかしら菫さん、熱まだあるの?」
「さきほど37度3分でした、サンルームならお日さま温かでいいと思いますよ、」
応えてくれる声も穏やかに優しい。
ダークブラウンと銀髪の横顔どちらも上品で温かで、その空気に遠くなる。
―嘘みたいだね、あの雪山が…駐車場の時間も、なにもかもが、
銀嶺の夜、雪崩、病院の再会、駐車場の街燈と雪。
あれから二日過ぎてしまった、そして今こんなに違う場所にいる。
「果物も食べさせたいわね、とにかく体力をつけないと、」
「ジュースつくりますよ、丸二日も胃が空っぽでしたから急にたくさんは危ないです、」
「そうね、お夕飯も消化がよくて栄養があるものがいいわね。明日は散歩くらいできると良いけど、」
「今日きちんと養生すればいけると思いますよ、明日も温かいそうですし、」
ふたりの老婦人の会話、明るい窓辺、ガラスのむこうは春の色あふれて花が咲く。
そんな陽だまり温かな揺椅子でブランケットくるまれる膝、ちいさな温もりふれて微笑んだ。
「カイ、…どうしたの?こほっ」
「くん、」
キャメルブラウンの顎のせ犬が見あげてくれる。
ねだる黒い瞳に耳そっと撫でて、ふっさり優しい毛なみ笑いかけた。
「きれいだねカイ、おひさまで毛がきらきら金色になってるよ…きれいだね?」
陽だまり透ける被毛きらきら光る。
キャメルブラウンから黄金やわらかな犬を撫でる傍ら、カシミアニット上品な笑顔が座った。
「周太くん気分がよさそう、本当によかったわ、」
涼やかな瞳きれいに笑いかけてくれる。
この笑顔に訊きたいこと今は多すぎて、整理しきれないまま頷いた。
「はい…ありがとうございます、ご心配かけてすみません、」
今いちばん訊きたいことは何だろう?
こんな自問に答つまる前、切長い瞳が微笑んだ。
「周太くんこそ心配そうね?警察と大学と、美代ちゃんと、うちのドン・ファンのことでしょう?」
言わなくても解るわよ?
そんな眼ざし華やかに笑って教えてくれた。
「まず警察のこと話しましょうね、あの岩田さんは無事に検察へ引き渡されました、」
助かったんだ、あのひとも。
『ただ私は家族を護りたかった、命令に背けば家族が…どうなるか解からなかった、』
雪ふる病院の駐車場、そう声にした貌は昏かった。
やつれた疲れきった瞳は今どうなったのだろう?あの言葉に心配で尋ねた。
「あの、岩田さんのご家族はどうされてるんですか?」
どうなるか解らなかった、その言葉は嘘じゃない。
―あのひとならやりかねない、お祖父さんの小説が事実だとしたら、
あの男、観碕征治がもしあの小説のモデルなら?
推定と見つめた先、涼やかな瞳は微笑んだ。
「奥さまのご実家に移られたそうよ、昨日のうちにね、」
「そうですか…、」
ほっと溜息に鼓動ゆるく絞められる。
だって他人事に想えない、そんな本音を透かすよう大叔母が言った。
「岩田さんの奥さんには美幸さんのような苦労はないわ、護ってくれるご実家があるんだもの?周太くんが責任感じる必要ないことよ、」
確かにそうかもしれない、でも責任を想わないなんて無理だ。
―こういう僕だから警察はむかないのかも…ね、お父さん?
心そっと呼びかける前、父そっくりの瞳が微笑んでくれる。
ベージュ明るい部屋の窓辺、上品なアルトは続けてくれた。
「伊達さんは異動が決まりました、箭野さんは退職されると伺ったわ。周太くんの携帯電話にもメール入ってるけど、詳しいことは会ったときにね、」
メールも代りに見てくれていた。
そう教えてくれる言葉に訊いてみた。
「あの…おばあさまが僕の眠ってるあいだメールチェックしてくれたんですよね?」
「勝手にごめんなさいね?いくつも着信あるからオセッカイしてしまって、」
謝ってくれる瞳が困ったよう笑ってくれる。
悪気なんてかけらもない笑顔に笑いかけた。
「たすかりました、ありがとうございます…でも恥ずかしいのがないか心配です、」
「恥ずかしいメール?」
訊き返してくれる眼ざし少し悪戯っぽくなる。
なにか深読みされてしまった?そんな心配どおり大叔母は笑った。
「英二なら何通も着てたわよ、どれも未開封だけどね?」
ほら、名前ひとつ鼓動ひっぱたく。
「…、」
何か言わないと?でも声なんて出ない。
もう首すじ熱のぼせだす前、切長い瞳おだやかに微笑んだ。
「英二のメールだけはわざと返信しなかったの、いい機会だと想うわ?」
いい機会、ってどういう意味?
訊きたくて見つめた真中、白皙の微笑は続けた。
「大学はまず田嶋先生と青木先生にお会いしてきました、2週間ほど休ませたいと伝えたわ。お見舞にって本を頂いたのよ?」
白いきれいな手が本2冊さしだしてくれる。
そのタイトルに贈り主すぐわかって笑いかけた。
「こっちが青木先生で、これが田嶋先生ですね?」
「そう、気楽に読めてためになるってお二人とも仰ってたわ、どちらの先生も周太くんのこと期待されてるわよ?」
愉しげに話してくれる笑顔は明るい。
きっと良い対面だった、そんな瞳ふっと遥かに微笑んだ。
「田嶋先生は晉さんのお弟子さんで馨くんのザイルパートナーだったのね、私が知らなかった時間を聴かせてもらったわ、」
知らなかった時間。
その言葉に遥かな別離は傷んで、それでも笑顔は温かい。
この傷どうしたら癒されてゆくのだろう?考え見つめながら尋ねた。
「今日は僕、田嶋先生とは翻訳のお手伝いを約束していたんです…先生どうされていましたか?」
「ご自分でがんばるそうよ、でも周太くんに相談のメールするかもって仰ってたわ、」
低いアルト朗らかに教えてくれる。
すこし安堵して、それよりも気になることへ口開いた。
「あの…美代さんはどうしていますか?僕ほんとうは約束してるんです、今日、」
この約束どうしても守りたかったのに?
できなかった切なさ軋みだす前、涼やかな瞳さらり言った。
「そのことはね、英二のことも合わせてきちんと話しましょう。お茶もしたくできたころよ?」
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