萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第66話 光望act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2013-06-16 00:23:14 | 陽はまた昇るanother,side story
光兆、その架ける先



第66話 光望act.2―another,side story「陽はまた昇る」

いつもの食堂に入り、いつも通りに配膳口へと向かう。
窓の青さも昨日の空と変わらない、けれど自分の鼓動はいつもと違う。

―なんか緊張しちゃう、ね…ずっとこうなのかな、

今日から毎日ずっと鼓動はひっくり返る?
そうしたら気管支も負担があるだろうか、そんな注意は雅人医師に言われてないけれど。
そんな心配を想いながら朝食の膳を受けとって、そのまま行きかけた背後から綺麗な低い声が笑った。

「周太、俺のこと置いていかないでよ?」

こんなところで名前で呼ぶなんて、どうしよう?

ここは第七機動隊舎付属寮の食堂、職場と同じ屋根の場所。
ここには同僚も先輩も上司もいる、ここもオフィシャルな場所なのに名前で呼ぶなんて?

―さっき言っておけばよかった、名字で呼んでって…まさかって思ってたのに、

ため息交じり立ち止まった横顔に、なんだか視線の存在が解かる。
現実の警察社会では名字で呼ぶことが普通、名前で呼べば驚かれて当然だろう。
光一と英二もオフィシャルでは名字で呼びあうと聴いている、だから今も「まさか」だった。
もし光一も一緒に居たなら止めてくれたろうか?そんな仮定に首傾げた視界を綺麗な笑顔が覗きこんだ。

「周太?どうした、座って飯食おうよ、」

ほら、当然って貌で名前を呼んでくれる。
こんなに無頓着な相手へと何といえば解ってくれるだろう?
そんな思案と歩き出しながら周太は低めた声で言ってみた。

「あの、…職場では名前じゃなくて名字で呼び合わない?国村さんともそうしてるんだよね、」
「飯の時とかは名前で呼んでるよ、昨夜もそうだったし、」

さらり笑って答えてくれる、その涼しい笑顔に気が付かされる。
きっと英二はルールを決めてしまった、だから今もう何を言っても無駄だろう。

―だけど俺と仲良いって解らない方が良いのに、ここだって俺には危険かもしれないから…でも、

自分が警察官になった理由は父の死、そして父が警察官になった理由も、祖父の死だった。
それを語ってくれた田嶋教授の言葉たちは想像より哀しくて、その分だけ疑問は強い。
この疑問が自分を取り巻く「警察」への疑念になって、自分の周囲に危惧が募る。

―あの盗聴器だって本当は俺がターゲットだよね、きっと…

今も七機全体が警戒する盗聴器騒動は光一がターゲット、そう誰もが思っているだろう。
弱冠23歳で警部補に特進、24歳で山岳救助レンジャー第2小隊長に着任した昇進スピードと立場がそう思わせている。

―…国村さんは実際のところ敵も多いんだ。だから盗聴も仕掛けられたんだろうな。国村さんは高卒だけど23歳で警部補になった、
 これはキャリア組が大学校を出た時の階級と年齢に同じだ…農業高校出の男が自分たち国家一種のエリートと並んだって癪に障るらしい

そう教えてくれた菅野は銃器対策レンジャー第1小隊の先輩で、人望も人脈も厚い。
そんな菅野の言葉は信用できるだろう、だからこそ菅野に光一の評価を「教えた」相手が疑念を呼ぶ。

『高校の後輩で東大に行ったヤツだ、今は察庁の警備課にいる』

警察庁警備課は国家一種枠での採用者、所謂キャリアが光一について注視している。
それは光一が警察組織でも目立つ存在であることが理由だろう、そこに疑念は薄い。
ただし、キャリアの幹部候補者がノンキャリアの情報把握している点が疑念を呼ぶ。

―お父さんはもっと注目されてたはずだよね、東大出身なのにノンキャリアで、首席で射撃の本部特練なんて目立ちすぎる…変だ、

目立ちすぎる父の立場は「変」だ、思っていたより以上に複雑かもしれない。
そんな推測から自分の1年5ヶ月を考える時、今までの辻褄が少しずつ噛合いだす。
そうして改めて見直し始めた「警察組織での進路」は、普通なら有得ないことが多すぎる。

第1疑問、父の殉職現場「新宿警察署」に殉職者遺族である自分が配属許可されたのは何故だろう?
第2疑問、卒業配置期間は一般採用枠者なら術科特別訓練員に指定されない、けれど自分が選抜されたのは何故?
第3疑問、卒配期間は術科大会出場者に選ばれない、それでも全国大会と警視庁大会とも自分を出場させた特例の意図は?

どの疑問も「特例」では片づけられない、こんな異様は自分が警察組織に立つ時間全てへ鏤められている。
新宿署では父と似た英二を見たらしい署長が兄弟の存在を2度も尋ねてきた、射撃大会は2大会とも同じ男に注視されている。
銃器対策レンジャーへ異動が決まった頃は「あの老人」が2度現われて、第七機動隊舎では自分の部屋から盗聴器が発見された。

―お父さんの進路も変だけど、俺も変なことが多いなんて…本当は何があるの?

思案しながらテーブルの合間を歩いてゆく足は、いつもの席へと向かっていく。
その後ろを付いてくる足音が楽しげで嬉しいれど、やっぱり気恥ずかしくて俯きたくなる。
こんな思案の時すら意識しすぎる自分が恥ずかしくて、困りながら顔上げた先で箭野が手を挙げてくれた。

「おはよう、湯原。ここ座る?よかったら彼も一緒に、」

気さくな笑顔が呼んでくれる食卓は、もう一人の同席者が先に居る。
この相手とも食事の機会がほしかった、嬉しくて周太は少しの緊張と笑いかけた。

「はい、ご一緒させて下さい。黒木さん、同席よろしいですか?」

箭野と黒木は親しい、だから今朝は一緒に食事しているだろうと思っていた。
きっと「初対面」について話していたはず、そんな推定ごと笑いかけた先で黒木は微笑んだ。

「どうぞ?」

短い返答、けれど声にかすかな緊張は物堅い。
そんなトーンに皆が言う通りの性質が見えて、自分との共通点が解かる。
たぶん幾らか人見知り?そんな性分を気取らせないシャープな目は微笑んだまま少し動き、一点で止まった。

―あ、今ちょっと驚いてる?

いつも冷静な黒木が驚いている、その様子に安堵してしまう。
この間隙に椅子を引き黒木の前へ座った隣、長身も腰下して穏やかに笑った。

「おはようございます、黒木さん。箭野さんは初対面ですね、」
「うん、初対面だけど話は聴いてます、宮田さんだよね?」

さらり笑いながら「宮田さん」と呼んでくれる。
それは英二の立場を理解した気遣いだろう、そんな先輩に感謝した隣で綺麗な笑顔ほころんだ。

「はい、宮田です。山岳レンジャー第2小隊に昨日付で異動しました、よろしくお願いします、」

座ったままでも端正に礼をする、その仕草がどこか大人びた。
笑顔もいつものよう端正に美しい、けれど静穏な賢明と安堵感が惹きつける。
いつも見ている貌と似ていて違う貌、そんな横顔から英二が担う立場が見える。

―これが警察官で補佐役の貌なんだね、英二の、

警察学校で、御岳駐在所で青梅署で、英二の貌は勿論見てきた。
そのどれとも違う空気が今はある、それは光一の昇進に伴う変化だろう。
小隊長のザイルパートナーである立場は平隊員では無い、それら責務は横顔に眩しい。
そう感じているのは自分だけじゃないだろうな?そんな想いごと箸を取った斜向かい箭野が笑った。

「ほんと良い笑顔だな、皆から聴いてた通り宮田さんってホント雰囲気ありますね、」
「皆からって俺、もう話題を提供したんですね?」

笑いながら英二も箸を食膳に運び出す、その仕草に緊張など欠片も無い。
いつもながら動じない隣に感心して汁椀へ口付けて、ふと前の目が気になった。

―あ、これが本田さんが言ってたこと?

人物鑑定みたいのしてる目、そう本田が評したよう眼差しは鋭い。
いま黒木は何を想って英二を見るのだろう、そんな思案に気さくなトーンが笑ってくれた。

「同じ目線のカリスマだって聴いたよ、上の評価も実力も高いのに気負ってなくて、上から目線じゃないとこが皆を掴むってさ?」

『上から目線じゃないところ』

そう箭野が言った瞬間、黒木の箸が止まった。
シャープな目も微かに伏せられていく、その貌に心詰まった。

―いま痛いよね、すごく…自分自身がいちばん解っていて困ってるから、

気負ってしまうからこそ、目線を高くして自分を支えようとする。
そんな気持と立場は他人事に思えなくて、周太は率直に笑いかけた。

「黒木さん、大学の山岳部ってどんな雰囲気なんですか?」
「え、」

小さな声と黒木の視線が上がり、こちらを見てくれる。
意外な質問をされた、そんな貌に微笑んで周太は聴いてみたかった事を尋ねた。

「僕の父も祖父も大学で山岳部だったんです。だから伺ってみたいですけど、お話して頂けませんか?」
「お父さん達からは、どんなふうに聴いてますか?」

シャープな目が訊いてくれる問いかけに、そっと心が刺されてしまう。
この傷みのままも正直に周太は先輩へと答えた。

「父たちからは聴いて無いんです、二人とも早く亡くなったので。だから聴いてみたいんです、」

祖父は生まれる前に亡くなった、そして父も大学時代のことは何も語らず逝ってしまった。
だから二人の軌跡を少しでも聴きたい、そんな願いへ笑いかけた向こうシャープな瞳が微笑んだ。

「俺に山のこと喋らせると長くなりますよ、それでも大丈夫ですか?」

訊いてくれるトーンが和らいだ、そんな空気が素直に嬉しい。
きっと本当に山を好きな人だろう、それが嬉しくて周太は提案と笑いかけた。

「はい、今だけで時間足りないなら夕食の時もお願い出来ますか?」
「俺は良いですけど、」

丁寧に応えてくれる目が一瞬、微かに動く。
その視線に黒木の想いが見えて、だから願うことに隣から綺麗な低い声が笑ってくれた。

「山の話なら俺も交ぜて下さい、黒木さん良いですか?」

ほら、英二なら解ってくれる。
そんな信頼に微笑んだ前、微かに驚いた瞳ゆっくり瞬いた。






(to be continued)

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