萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第76話 総設act.2-another,side story「陽はまた昇る」

2014-05-31 21:22:51 | 陽はまた昇るanother,side story
and singing passed 透過の待ち人



第76話 総設act.2-another,side story「陽はまた昇る」

外壁にいたスーツ姿、あの誰かは誰?

―あんなところ人がいるはず無いのに、どうして?

気づくと思案また廻ってしまう、それでもキーボード打って画面を見る。
そうして最後のチェック終えて画面の端、時刻に低く透る声かけられた。

「湯原、ちょっと来い、」
「はい、」

返事しながら振り向いた隣、生真面目な横顔が立ち上がる。
もう過ぎた終業時刻に窓は暗い、それでも仕事の貌した制服姿に周太も立ち上がった。

―ちょっと来いって…伊達さん、いつも行先を言うのに、

何処で何時から何時まで何をする。

そうした情報を伊達はいつも伝達して予定を組ます。
けれど今何も言ってくれないのは秘匿すべき事なのかもしれない。

―秘密にするなら、今…勝山さんのことか、僕の喘息のこと…だね、

事務室で言えない秘密は何だろう?
その答え二つに鼓動は軋みだす、どちらも楽しい話だと想えない。
自殺未遂事件の事情聴取か病気除隊か、この想定と廊下を歩き更衣室に着いた。

「まず着替えろ、財布とか机に置き忘れていないな?」

訊きながらロッカーの扉もう開けてゆく。
そんな横顔に解らないまま鍵を取出し頷いた。

「はい、大丈夫です、」
「ならいい、行先から直帰だ、」

やっと告げてくれた予定に見た更衣室は他の誰もいない。
その静謐に絞められながら周太は制服のボタン外し始めた。

―直帰って今日は戻らないんだ、今から行くところから、

今日ここには戻らない、
そんな予定に鼓動が聞えだす、戻らないのは今日だけだろうか?

『入隊テストから2ヶ月半で俺が見ている限り、狙撃手の性格適性が無い。だから気になっていたんだ、適性が無いやつが入隊許可されたら普通じゃない、』

1ヶ月前あの事件当夜に言われた、あの言葉に今これからが解らない。
あれから1ヵ月間も伊達は気になって見ていたろう、その結論を今日これから告げられる?

―適性が無いのに喘息のことまで解ったら…普通なら除隊だよね、でも、

『適性が無いやつが入隊許可されたら普通じゃない。落ちるのが普通だ、でも湯原は入隊した…適性が無いやつは死ぬ、』

普通じゃない、適性が無いなら死ぬ。

そう告げられた現実の記憶が傷みだす、あのとき洗面所で見た姿は誰だったろう?
あの夕刻に自殺未遂した警察官、喉から口から血を噴きだし斃れた青年、あれは誰なのか。

『性格と能力の両方で適性が無ければ死ぬ、訓練か現場で事故死するか自殺する、だから銃声を聞いたとき湯原だと思った、』

湯原、そう父もここで呼ばれていたのに?

「…っ、ぅ、」

想い、呼吸ひっぱたいて気管支を迫り上げる。
その予兆にネクタイ締めかけた手を止めてワイシャツの胸押えて、肩そっと大きな手が触れた。

「大丈夫だ湯原、ゆっくり呼吸しろ?」

低く透る声に言われて吐息ゆっくり胸うごかす。
俯いたまま呼吸みっつに喉から違和感は消えて、ほっと安堵に微笑んだ。

「…ありがとうございます、もう大丈夫です、」
「よかったな、そんなに緊張するな?」

微笑んで言ってくれる言葉に視線あげた先、シャープな瞳ふわり和んでくれる。
その眼差しが穏やかに深く温かで、だからこそ哀しいままネクタイきちんと締めた。

―こんなに優しい貌、でも…まだ解らないって思わないといけなくて、

こんなに優しい目をしてくれる男、でも今はまだ解らない。
看病尽くしてくれた貌は優しかった、今も気遣いは温かい、けれど真相まだ判別出来ない。
この男が自分に優しくしてくれる、その目的は「あの男」と繋がらす意図だろうか、それとも何も知らない?

―こんなふうに人を疑わないといけないなんて…ごめんなさい、

ごめんなさい、

そう告げたい相手は今この傍にいる、そして二人遠くに見つめてしまう。
こんなに疑り深い自分を父はどんな想い見つめている?それから今日この庁舎に来た人は今、嫌うだろうか。

英二、あなたは今の僕をどんな貌で見る?

―去年の春と同じなんだ、こんな疑り深い僕は…英二に出逢う前と、

切長い瞳ほころんだ綺麗な笑顔、あのひとに出逢う前へ戻ってしまった?

そんな想い哀しくなる、あの笑顔が居てくれた時間が遠くなってしまう。
あの笑顔が壊してくれた鎧が今また覆ってゆく、そんな想念に軽く頭振って微笑んだ。

「伊達さん、お待たせしました、」

ぱたん、

声かけながらロッカーの扉閉じて鍵かける。
その向こう同じに施錠音は鳴ってスーツ姿が振り向いた。

「行こう、」

短い返事、けれど物堅い貌そっと笑ってくれる。
この笑顔にまた信じたい想いと廊下に出、エレベーター乗りこんで伊達は階数ボタン押した。

「え…、」

押された階数ボタンに声こぼれて隣見てしまう。
この階で本当に良いのだろうか?解らないまま沈毅な横顔へ尋ねた。

「あの、行先って1階なんですか?」

1階に降りた行く先はどこだろう?
その思案に首傾げた隣、小さく笑った。

「ああ、」

また短い返答だけ、それでも笑ってくれた。
こんなふう伊達が笑うなら悪い行先じゃない?そんな思案ごとエレベータの扉開いた向こう、停まった。

「…ぇ、」

英二、

そう呼びたい白皙の笑顔ほら、通り過ぎてゆく。
端整なスーツ姿が笑っている、その隣も向こうも懐かしい笑顔が並ぶ。

―まだ居たんだ英二、ここに…光一も、みんな、

日焼おおらかな笑顔、ロマンスグレー穏やかな微笑、武骨だけど優しい横顔。
その隣は雪白まばゆい笑顔の悪戯っ子が懐かしい、それから大好きな笑顔の隣に鼓動ひとつ撃った。

「あ、」

声こぼれて見つめる真中、あの横顔は知っている。

『奥多摩の山には山桜がたくさん咲くよ、』

ほら、遠い声が横顔から聞えてしまう。
あの春あの木の下で哀しそうだった、あの山ヤの警察官が今、英二の隣に居る。

「…まきた、さん?」

そっと小さな声に呼んで、けれどもう行ってしまう。
懐かしい誰もが奥多摩の記憶と歩く、そこに並んだ壮年の横顔に14年前の春は近い。

『お父さんとは違うクラスだけど同じ学校でトップ争いをしていたんだ、おじさんがずっと2位だったけどね。だから悔しいはずなのに好きなんだ、』

遠ざかる半白の髪が14年前のまま黒く変若へ記憶を揺する。
あの後姿、広やかな背中は山桜に泣いてくれた父の友人だ。

「ぁ…ま、」

待ってください、

そう言いかけて呑みこんだ声に遠ざかってゆく。
ただ見つめる視界を広い背中たちは行ってしまう、本当は引留めたい。
話しかけて再会を笑いたい、あの六人皆と話したい、そして訊きたい14年前を掴みたい。

けれど今ここで誰と声交わすことも許されない、こんな現実に立止ったままの背中そっと敲かれた。

「よく堪えたな、」

低い声そっと微笑んだ言葉に、解かっているのだと伝わらす。
いま自分が抱え込んだ想いを知っている、そんな相手に微笑んだ。

「すみません、違反するところでした、」

今、どこの部署でどの庁舎に誰と勤務しているのか?

そんなことすら守秘義務の元に話せない、その秘匿が同僚の安全を保つ。
そう解っているから公務にある場では話しかけられない、この孤独の先輩は小さく笑った。

「違反ってことが寂しいな?」

寂しい、

こんな言葉をこの人が言うなんて、2ヶ月前なら不思議だった。
けれど今は納得してしまうのは一緒に過ごした時間の所為だろうか?
そんな思案ごとダークスーツと制服を徹り抜けて外に出た夜空、頬ふれた風が冷たい。

「…ん、」

もう冬、そして雪も降るのだろう?
その季節ごと近づく不安は去年のまま心軋んで、白い吐息に祈りだす。

―雪山にも無事でいてくれますように、いつも…英二、

もうじき初雪が降る、

この街にも奥多摩にも雪は降るだろう、そして山は冷厳の眠りにつく。
けれど時に目覚めて雪崩が吼える、凍てつく大気に死すらある、そこに駆ける俤を護りたい。
そう願い続けて一年の時が過ぎてゆく、そんな想い見上げた街燈の向こう聳える陰翳にまた首傾げた。

―あんなに高い壁に人がいたなんて…僕の見間違いかな、でも、

街路樹の向こう見あげる壁は高い。
これだけの高度をザイルすら無く人間が壁にいる、そんなこと考えられない?
けれど自分の視力は悪くないと知っている、その思案に白い吐息を透かせ伊達が微笑んだ。

「湯原、中野に行くぞ、」



(to be continued)

【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】

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