萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第36話 春淡act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2012-03-16 22:49:29 | 陽はまた昇るanother,side story
おだやかな時、



第36話 春淡act.2―another,side story「陽はまた昇る」

河辺駅に周太が着いたのは13時前だった。
駅の改札を出ると、コート姿の美代が嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。

「よかった、ちゃんとお出迎え間に合った、ね?」

楽しげに美代が弾んだ息で笑ってくれる。
今日の美代は午前中は勤務先のJAで仕事をしていた、きっと急いできてくれたのだろう。
うれしいなと思いながら周太は美代に礼を述べた。

「ん、ありがとう、美代さん…ね、仕事、焦らせちゃったかな?ごめんね、」
「私がね、午後一にすぐ来て、ってお願いしたでしょ?私こそ、お母さんとの時間を短くさせて、ごめんね?」
「それはね、大丈夫。母も、午後から仕事に出るって言っていたから…あ、」

母の話題で想い出して、周太はぺ-パーバッグから綺麗なミニチョコレートケーキを取出した。
朝早くに焼いたバレンタインの菓子を、母は言伝と一緒に持たせてくれた。
こういうのは初めてのこと、気恥ずかしさに首筋を熱くしながら周太は美代に差し出した。

「これね、母から美代さんに。今朝、母が焼いたんだ…それで、美代さん、遊びに来てねって、言伝だよ?」
「私に、お母さんから?わ、ありがとう。うれしいな、すごく綺麗なケーキね?」

うれしそうに笑って美代は受けとってくれる。
大好きな友達の笑顔を嬉しく見ながら、周太はもうひとつの紙袋からブーケを取出した。

「それでね…これ、家の庭の花で作ったブーケなんだ…今日、お家におじゃまするから、お土産に」
「これ、湯原くんが作ったの?すごい、ほんとに素敵なブーケね?うれしい、」

ぱっ、と花が咲いたように笑って美代はブーケを受けとってくれた。
楽しそうに花に頬寄せて香りを楽しんでくれている、そんな様子がうれしくて周太は微笑んだ。

「母にね、教わりながら作ったんだ。俺が作った方だから、あんまり上手じゃないんだけど…ごめんね?」
「ううん、湯原くんが作ってくれたのがね、うれしい。すごく良い香り、お庭に冬ばらが咲くなんて、素敵ね?」
「ちいさいけど、ばら園が庭に造ってあって…父が好きだったんだ。ばらの花にはね、いい思い出があったみたいで、」

話しながら一緒にコンコースを歩き始めた。
あわい紅いろの冬ばらを美代は特に気に入ったらしい、うれしげに眺めては花びらにそっとふれている。
こういう淡い色の花が似合うな?花と似合う友達が嬉しくて微笑んだ周太に、美代が提案してくれた。

「ね、お昼ごはんなんだけど、この間のお店のランチがね、まだ間に合うの。どうかな?」
「あのブックカフェ?…ん、いいね、楽しそう」

1月に鑑識実験で周太が訪れたとき、美代と一緒に行った店は花屋の併設されたブックカフェだった。
けれど花束を持って行っても大丈夫かな?そんな心配をしながら歩いていくとすぐ店についた。
扉を押して入ると、相変わらず綺麗な花と本が迎えてくれる。
陽だまりの居心地いいソファに落ち着いて、美代と一緒にランチメニューを覗きこんだ。

「ね、ここはね?パンが結構おいしいらしいの。サンドイッチのセットとか、結構、量も多いらしくって」
「ん、美代さんも、お昼は、初めてなの?」

なにげなく周太は訊いてみた。
訊かれて美代は頷きながら楽しそうに答えてくれる。

「うん、仕事帰りか、午後のお茶だけだったから。
食事の時間だと、だれか一緒の方が楽しいし。だからね、湯原くんと来ようって思ってたの。今日はね、これも楽しみだった1つ」

こんなふうに友達が自分の為に楽しみをとって置いてくれる。
こういうのは嬉しい、そして、やっぱり、と思ってしまう。
やっぱり自分はこの友達が大好き、いくら恋敵でもどうしたって憎めない。
なんだか嬉しくて周太は微笑んだ。

「ん、ありがとう…なんかね、うれしいな?…あ、俺もね、美代さんと行こうって思ってる所があって」
「ほんと?それ、聴きたいな?あ、でも先にね、オーダーしよう?」
「あ、そうだね?…クラブハウスサンド、にしようかな、」

一旦お喋りは中断すると、ふたりでメニュー表に額つきあわせて食事を選んだ。
無事にオーダーが終わると、周太は一枚のプリントを鞄から取り出した。

「これね、土曜日にも持っていたんだ…でも、今日ゆっくり一緒に見ようって思ってて、」

土曜日にラーメン屋で再会した、樹医から貰った大学の公開講座一覧。
このプリントを美代に見せることが周太にとって今日の楽しみの一つだった。
喜んでくれるかな?そう見ている先で、きれいな明るい目が嬉しそうに笑ってくれた。

「これ、東京大学の森林科学専攻の公開講座ね?…すごい、これ、行ってみたかったの。どうやってこれ、貰ったの?」
「ん、あのね、この間も話した樹医のひと。あの人に貰ったんだ…申込書もあるんだけど、」

セットで貰った申込書を出してテーブルに周太は広げた。
なにげなく貰ったものだったけれど、美代は驚いてくれている。
そんなに珍しいものなのだろうか?すこし驚いて見ていると、美代が教えてくれた。

「ここの公開講座ってね、人気が高くって。それにね、なんとなく敷居が高くて、気後れしちゃって。
でも、奥多摩の水源林とか、受講してみたかったの…あ、その樹医の先生って、もしかして東大の先生なの?」

「ん、なんかね、講師らしいよ?でね、この講座も担当してて…あ、それでね、貰った本にね…」

青木樹医にもらった本の詞書と、内容について周太は美代に話し始めた。
やっぱり公開講座も美代は喜んでくれた、こんなふうに自分と同じものに興味を持ってくれる友達は嬉しい。
春の公開講座の予定を決めながら、気持ちのいい陽だまりの席で周太は楽しい時間を友達と過ごした。



御岳に立つ美代の家は、明るい雰囲気の農家だった。
美代が運転する車から降りると和やかな佇まいが気持ちいい、光一の家の隣とはいえ間に畑をはさんで離れていた。
なにげなく見まわした庭には、やさしい早春の花が雪残る間にも元気に咲いている。
雪割草、水仙、菜の花。雪に咲く花々は愛しい想いを起こさせる、可愛いなと眺めていく一角に菜園が造られていた。
なんとなく雰囲気が農家レストランの畑と似ている。たぶんそうかなと菜園を眺めていると美代が恥ずかしげに微笑んだ。

「あのね、私が作らせてもらっている畑なの。光ちゃんのお祖母さんの畑と、ここはね、私が一人で作ってて」
「ふたつも畑を作ってるの?…すごいね、美代さん」

心から感心しながら周太は美代を見た。
美代は平日はJA職員として仕事している、その合間に2つも畑の面倒を見ている。
きっと本当に好きじゃなかったら出来ない事だろう、そんな植物を愛する友達が周太は嬉しかった。
すごいね?と目でも賞賛する周太を見つめながら、気恥ずかしげに美代は両掌で赤い頬をはさんだ。

「すごくないよ?どっちも小さな畑だし、好きなことしているだけよ?…ね、ここも面白い野菜があるのよ、」
「ん、見せてくれる?」

きっとここも綺麗な野菜がいっぱい育てられているだろうな?
見てみたくて素直に訊いた周太に、嬉しそうに美代は頷いてくれた。

「もちろん。これも楽しみの1つでね、今日はお招きしたんだもの?」
「そういうの、うれしいな…あ、」

話しながら庭を横切って美代の菜園にふたり佇んだ。
野菜たちは雪のなかに彩鮮やかに瑞々しい、きれいな野菜の姿に見惚れながら周太は早速質問をした。

「ね、美代さん。この紫の葉っぱは何?」

あざやかな紫色の、サニーレタスのような縮み葉の野菜が雪のこる畑に映えている。
これは食べられるのだろうか?あんまり綺麗な紫に思わずしゃがみこんで不思議に見てしまう。
そんな周太の姿に嬉しそうに美代は笑って、隣にしゃがみこむと一枚ちぎってくれた。

「これね、ケールなの。レッドボーっていう名前でね、ビタミンCが豊富なの。加熱すると色が消えちゃうんだけど、」

話しながら、ちぎった一枚を半分に分けると周太に片方を渡してくれる。
勧められるままに口に入れてみると、赤キャベツのような味がする。
生野菜のアクセントになるかな?考えながら周太は訊いてみた。

「ん、サラダとかに入れたら、きれいだね?」
「でしょ?これね、見た目もきれいだから、観賞用としてもいいかな、って。思って…でね、この赤いのは、チコリなの」
「きれいなワイン色だね、…外国の野菜?」

あざやかな赤葡萄色に見惚れてしまう。
こんなきれいな色の野菜があるんだな?うれしくて微笑んだ周太に嬉しそうに美代が笑いかけた。

「うん、そうなの。ほろ苦くってね、独特の風味が良い味よ?はい、」

また1枚ちぎって半分にすると周太に渡してくれる。
口に入れると歯ざわりの好さが印象的でおいしい、感心して周太は美代に笑いかけた。

「ん、おいしいね?…すごいね、こんなに色んな野菜が造れるなんて。違う土地のものを作るって、難しいでしょ?」
「そうね、上手くいかない時もあるのよ?でもね、色々調べて頑張ってみると、上手に出来る。それがね、嬉しいし楽しいよ?」

ふたりで雪の菜園にしゃがみこんで話すのが楽しい。
ときおり葉をちぎって試食しながら野菜の話に夢中になっていると、可笑しそうな笑い声がふってきた。

「ほんとうに、仲良しね?、雪があるのに、しゃがみこんで夢中になって、」

ふたり一緒に顔をあげると、30代くらいのきれいな女性が畑の縁で微笑んでいる。
きれいな明るい目の彼女は楽しげに声を掛けてくれた。

「美代、お茶も出す前から、畑談義なの?遠くから来てくれたのでしょうに、」
「お姉ちゃん、来てくれたのね?よかった。ね、見て?湯原くんにね、お花もらったのよ」

嬉しそうに立ち上がると美代はブーケを彼女に見せてくれる。
一緒に立ちあがった周太に美代の姉はやさしく笑いかけてくれた。

「うん、見てそうかなって思ったよ?はじめまして、美代の姉です。素敵なお花ね?ありがとう、」

明るく周太に笑いかけてくれる笑顔は、美代と似ているけれど大人っぽくて綺麗だった。
こういう年上の綺麗な女性と話すことは緊張がくすぐったい、しかも雪のなか座りこむような子供っぽいところを見られてしまった。
初対面から幼いと思われてしまったかな?気恥ずかしさに頬を熱くしながら周太は頭を下げた。

「あの、初めまして…遠慮なく、お伺いしてすみません」
「嫌だったら、お招きしないわ?さ、あがってください。お茶、淹れますね」

やさしく笑って美代の姉は家へと招き入れてくれた。
清々しい居間に通されると周太は、きちんと美代の両親と祖母に挨拶して川崎の菓子折を差し出した。
喜んで受け取ってくれながら美代の母は、楽しそうに周太を見て微笑んだ。

「丁寧にありがとうございます。ほんとうに美代から訊いていた通りね?きちんとしてて、きれいな男の子さんで」
「あの、ありがとうございます…なんか、恥ずかしいです」

首筋がまた熱くなってくる。
赤くなると困るなと思っていると、余計に緊張して頬も熱くなってしまった。
そんな周太を見て美代の祖母が楽しそうに笑った。

「ずいぶんと内気な男の子さんだね?いまどき珍しいね、こういう純情な子は。美代、あんた、良い友達だね?」
「そうでしょ、おばあちゃん?湯原くんはね、きれいで優しいの。でね、植物が好きでね、私の話も聴いてくれるの、ね?」」
「あ、…ん、はい、植物は好きです、…」

率直に美代は褒めてくれるけれど、緊張している周太にはよけい赤くなる種になりがちだった。
友達の家を来訪することは光一の家に行ったくらいしか周太にはない。それに周太は大家族の雰囲気は初めてだった。
不慣れなことに緊張してしまう、すこし困って俯くと美代の父が笑ってくれた。

「そんな緊張しなくっていいんだよ?気楽にしてくれ。こんな家族総出で、驚かせて済まないね?」
「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。あの、お言葉に甘えてしまって」

実直な雰囲気の美代の父はどこか英二とも感じが似ていた。
英二と同じように御岳で生きている人だからだろうか?すこし不思議に見ていると美代の父は気さくに教えてくれた。

「こちらこそね、美代に言っていたんだ、いちど連れておいでって。
だって美代がね?光ちゃん以外の男の話するなんて、初めてだったしな。しかも、女の子の友達より仲良しみたいだ。
どんな子かなって言っていたんだよ、そしたら美代が言っていた通りだ。みんな喜んでいます、仲よくしてやってください」

温かい笑顔で周太に笑いかけてくれる。
こういうふうに言って貰えるのは嬉しい、素直に周太は微笑んで頷いた。

「こちらこそ、仲よくしてもらえて、いつも嬉しいです。ありがとうございます」
「こちらこそね、ありがとう。美代は歳の離れた末っ子だから、ちょっと気儘なとこもあるけれど、よろしくお願いします。
今日も気楽に遊んでいってください。ちょっと俺は、組の集まりに行ってきますけれどね、遠慮なくゆっくりしてくださいよ」

気さくに笑うと美代の父は出かけて行った。
その背中ががっしりとして、大地に生きる人の力強さが頼もしい。
英二や光一の背中もそうだけれど、山で自然と人に向き合って生きる人はどこか頼もしい空気がある。
あんなふうな背中が男の背中なんだろうな?ちょっと憧れる想いで周太は美代の父の背中を見送った。

熱いお茶で一息つくと、ガトーショコラを作ってくれる美代を周太は手伝った。
一緒に美代の姉も手伝ってくれて出来上がったケーキは、オレンジの香が好みで嬉しい。
焼きたてのオレンジ・ガトーショコラで周太は、美代の家族と一緒にお茶を楽しんだ。

「ね、湯原くんて、ケーキ作るのとか慣れてるの?」

食べながら美代が訊いてくれる。
ちょっと恥ずかしいなと思いながらも周太は正直に答えた。

「ん、あのね、ちいさい頃から台所に立つの好きで…それでね、母のお菓子作りも手伝っていたんだ、」

こんなの男らしくないだろうな?そんな想いに首筋が熱くなってくる。
けれど本当のことだから仕方ない、気恥ずかしくても周太は微笑んだ。
そんな周太に美代の姉たちは楽しそうに笑いかけてくれた。

「いいな、こういう息子って憧れるわ。私もね、息子がいるの。小学校1年生だけど、お台所を教えたくて。湯原くんは幾つの時から?」

こんな息子でも、いいのかな?
ケーキ作りをするというと「女みたい」とか「男の癖に」と言われることも多くて、小さい頃から嫌だった。
けれど、ここでは受け入れてもらえる。こんなふうに褒めてもらえたことが嬉しくて周太は微笑んだ。

「ありがとうございます、…4つの時からだったと、母に訊いています」
「そんなに、ちいさい頃からお手伝いしていたの?偉いわ、私も、もっと早期教育すればよかった、」

周太の答えに感心して美代の姉が頷いてくれる。
その隣で美代の母も楽しそうに笑って言ってくれた。

「ほんとにねえ?いいね、こういう男の子さんは。
この子と美代の間にね、長男がいるんだけど。台所はからっきしダメ、食べるだけ。
こんな可愛い息子さんに、ごはん作って貰えるなんて、湯原くんのお母さんは幸せね。今日は幸せのおすそ分け頂いちゃったね?」

幸せのおすそ分け、そんな美代の母の言葉が周太は嬉しかった。
自分のこういう所が母を幸せに出来ている、そう思えることが幸せで周太は微笑んだ。

「あの、そんなに喜んで頂けて、嬉しいです…でも、なんか恥ずかしいですね?」

言いながらも頬が熱くなってくる。
きっと顔がもう真赤だろうな?すこし困っていると美代の祖母が楽しげに周太の顔を眺めた。

「おやまあ、ほんとにね、純情な男の子さんだ?
こんな子がね、ウチの孫だと良いのにねえ?美代、あんた、光ちゃんより湯原くんの方が良いんじゃないの?」

なんだか話がとんでもない方向に向かい始めそう?
困ったなと思いながら周太はケーキを大きめにフォークにとると口に運んだ。
頬張ってしまえば話しかけられても答えなくて済む、そう口を動かしている周太の隣で美代が嬉しそうに微笑んだ。

「あのね、おばあちゃん?私と光ちゃんはね、恋人とかじゃないの。弟みたいなものよ?でね、湯原くんは大好きな友達なの、でも、」

ちょっと言葉を切って美代が周太の方を見てくれる。
なにかな?とケーキに口動かしながら周太も見つめ返すと、ちょっと気恥ずかしげに美代は微笑んで口を開いた。

「でも、ね?きっと、人生を、ずっと一緒に生きていくなら。湯原くんとなら、楽しいだろうなって思うな?」

だって美代さん、英二のことは?そんな質問と一緒に周太はケーキを飲みこんだ。
けれど美代の姉は楽しげに妹へと話しかけた。

「そうよ、美代?優しくって細やかなひとはね、良いお婿さんになってくれるんだから。お友達でもね、これから解らないしね?」
「でもね、お姉ちゃん、湯原くんは好きなひといるの。だから、ダメ。でもね、一生お友達でいてもらうの、ね?」

率直に答えながら美代は、素直に周太に笑いかけてくれる。
こういう会話には全く馴れていない、すっかり周太は困りながら口を開いた。

「あの、…はい、友達でいたいよ?」
「ね?友達でいてね?」

うれしそうに美代は笑いかけてくれる。
こんなふうに笑ってもらえるなら嬉しいな?そう思いながらケーキを口に入れた周太に、美代の母が微笑んだ。

「あら残念、こんな息子が欲しいのに。でも、気が変わったらね、いつでもお婿さんになってね?」

こんなこと今日は言われるなんて考えていなかったのに?
なんだか所在無くて困ってしまう。頬まで熱くしながら周太は、ひたすらケーキに口を動かしていた。

お茶のあとは、美代の部屋で本を見せてもらいながら植物の話題を楽しんだ。
それから周太は美代と一緒に、光一の家を訪ねることにした。
日曜日はレストランへと急な来訪をしてしまった、けれど光一の祖母は快く迎えてくれて嬉しかった。
そのお詫びとお礼に行きたい、そう思って屋敷の門を入ると縁側で会話に花が咲いている。
その姿を遠目に眺めて、美代は悪戯っ子に周太に笑いかけた。

「ね、御岳のおばちゃん達がね、集まってるね?きっと、今、あそこにいくとね。話に巻き込まれるかも?」
「ん?そう、なの?」
「うん、たぶんね、宮田くんの同期です、ってなると、きっと餌食よ?」

可愛らしい声で「餌食よ?」なんて物騒な物言いをするのが可笑しい。
可笑しくてつい周太は笑ってしまった。
その笑い声に光一の祖母が気がついて、縁側に招いてくれた。

「湯原くん、美代ちゃん、おいで?よく来たね、お茶あがってきなさい、」

呼びかけながら、もう彼女は急須に湯を注ぎ始めている。
ほら捕まっちゃうね?そう目で悪戯に笑って美代は周太のダッフルコートの袖を掴んで連れて行ってくれた。
縁側まで行くと光一の祖母は、近所の主婦らしい3人と迎えて微笑んでくれる。
周太は菓子折を光一の祖母に差し出して、日曜日の礼を述べた。

「一昨日は急におじゃまして、すみません。でも、とても楽しかったです。ありがとうございました」
「あら、まあまあ、丁寧にわざわざ、ありがとうね?こっちこそ楽しかったわ、」

楽しげに笑いながら光一の祖母は菓子折を受けとってくれる。
受けとって貰えて嬉しく想いながら周太は、こんどは紙袋からブーケを取出した。

「あの、これ、家の庭の花で作ったんです。母と一緒に摘んだ花を、母にまとめてもらいました」

話しながら周太はブーケを光一の祖母に手渡した。
ふわり冬ばらの香が2月の空気にとけて、光一の祖母は花咲くように微笑んだ。

「まあ、きれい。うれしいわ、こんな可愛い男の子に花を貰えるなんて?人生も捨てたもんじゃないわね、」

うれしそうに花の香を楽しんでくれる彼女の笑顔が、周太も嬉しかった。
こんな様子を見て同席している近所の人たちが楽しそうに話しだした。

「まあ、うらやましいわね?あなたは、光ちゃんのお友達かしら?それとも美代ちゃんの?」
「あ、ふたりとも仲よくして貰ってて、」

素直に周太が答えると、主婦の一人が「あ、そうね?」と笑った。
なにが「そうね」なのだろうと考えていると、そのひとが周太に訊いてきた。

「もしかして、宮田くんの友達なの?」

とうとう聞かれちゃったね?
そんな顔で美代が隣から周太を見て、悪戯っ子に微笑んだ。
これから少し大変なのかな?思いながらも周太は素直に頷いた。

「はい、…あの、警察学校の同期で、」
「あら、そうなの?学生時代のお友達かと思っちゃったわ、警察官って感じじゃないから。ねえ、宮田くん、素敵ね?」

嬉しそうに彼女たちは周太と美代を引っ張り込んで、お喋りを再開した。
そうして周太と美代は暫くの間、英二のことを主婦たちから聴かされる時間を過ごした。



縁側の茶話会が終わって、周太は美代が運転する軽自動車に乗込んだ。
ちょうど光一の祖父が途中で帰ってきてくれて茶話会は早めに切り上げられた。
こういう女性の集まりに同席したのは周太は初めてだった。
いろいろ驚いたな?思わず、ほっと息吐いた周太に美代が笑いかけてくれる。

「さて、お疲れさまでした、ね?湯原くん。すごかったでしょ、おばちゃん達」
「ん、…ああいうのって、俺、初めてだったから…ちょっと驚いた、ね?」

素直な感想を述べて周太は美代に微笑んだ。
美代も微笑んで頷くと、車を走りださせながら言葉を続けた。

「ね?宮田くん、大人気よね?なんかね、女の子たちも最近は、駐在所を覗いていくらしいのよ?」
「ん、そう、なの?」

それも仕方ないだろうな?
ちょっと哀しくなりながらも納得していると美代は明るく宣言した。

「うん。でもね、宮田くんって湯原くんばっかりよ?だからね、何人女の子が来ても、私のライバルは湯原くん唯一人」

心配しないで自信を持って?
そんなふうに美代は明るく笑って励ましてくれる。
こういう美代の明朗さが大好き、うれしくて周太は微笑んだ。

「ん、ありがとう。俺もね、ライバルは美代さんだけ、かな?」
「ね。唯一人のライバルで、いちばんの友達よ?こういうのって楽しいね。さて、着いたよ?」

御岳駐在所近くの農道に美代は車を停めた。
今日は所長の岩崎が長野の高峰へ出掛けて英二と光一のふたりで勤務だった。
ちょうど午後の巡回が終わって帰ってくる時間になる、もう帰っているだろうか?
思いながら駐在所の入口を開きかけて周太は止まった。

「うん?どうしたの、湯原くん、」

後ろから美代に訊かれて、周太は困ってしまった。
さっき美代が話していたことが現実になっている?これをどう考えよう?
そう思っていると、さっさと美代が入口を開いてしまった。

「こんにちは、宮田くん、光ちゃん。チョコレートと一緒にね、湯原くんも連れてきたんだけど?」

明朗な声と可愛い笑顔で、堂々と美代は駐在所に入った。
入った先では制服姿の女の子の前に困った笑顔の英二が立っている。
その困り顔の笑顔が周太を見つけると、嬉しそうな笑顔に変わって周太の方へと来てくれた。

「周太、来てくれたんだ?予定通りに着けた?」

きれいな笑顔で英二は周太に笑いかけてくれる。
けれど、その笑顔の向こうでは、高校生らしき女の子が所在無げに佇んだままでいる。
きっとバレンタインだから憧れの駐在さんにプレゼントを持って来た、それなのに英二は放り出してしまった。
こんなふうに独り占めさせてくれようとするのは嬉しい、けれど女の子の気持ちを想うと英二の笑顔を今は受入れたくない。
なんだか拗ねたい気持ちと女の子を庇いたい想いがミックスされてしまう、周太は思ったままを英二に告げた。

「それより英二?あの女の子、ちゃんとしたら?…いいかげんなのって嫌い、だよ?」

そっけなく言い放つと周太は給湯室でコーヒーを淹れ始めた。
たぶん英二は呆然としただろうな?もし嫌われたらどうしよう?
そんな心配や不安も廻ってくる、けれどちょっと良い気分な自分がいる。
けっこう自分は意地悪なのかな?そんなことを考えながら手を動かしていると、隣から光一が覗きこんできた。

「周太、さっきのイイね、ツンデレ女王ってカンジ。
恥じらいに頬染めて、キツイこと言うなんてさ?イイね、ちょっと俺、ゾクってきちゃったよ。今度、俺にもやって?」

底抜けに明るい目が愉しげに笑っている。
何時の間に光一は目撃していたのだろう?気恥ずかしさに余計に頬を熱くしながら周太は訊いてみた。

「え、…見ていたの?…はずかしいな、」
「うん、しっかり見たよ?宮田、一瞬でしょげちゃってさ?あんなに一喜一憂する宮田、イイ見モノだよ。俺は好きだね、」

からり笑って細い目が愉しげに笑っている。
なんだか困りながらもコーヒーを淹れていると、休憩室に菓子をひろげてくれた美代も隣に来て笑いかけてくれた。

「また光ちゃん、変なこと言ってるね?でもね、さっきの湯原くん、私も好きよ?」
「え、…ん、そう、なの?」
「うん、凛としてね、かっこよかったよ、」

率直に言って美代が笑ってくれる。
単に自分はわがままに思ったとおり言っただけ、なのに左右から褒められるなんて?
なんだか困ってしまう、なんて答えていいのか解らない。
そんな途惑う周太の顔を覗きこんで、底抜けに明るい目が悪戯っ子に笑んだ。

「マジかっこイイよ、さすがツンデレ女王さまだ。
恋の奴隷をさ、キッチリ曳きずりまわしてやんな?さて、見物するかな、宮田の困り顔って色っぽいんだよね、」

楽しげに光一は給湯室の入口から、さりげなく表の様子に目を遣り始めた。
そんな光一の後ろから、気恥ずかしげに微笑ながら美代も覗きこんだ。

「あ、ほんとね?困った顔の宮田くん、色っぽいね?」
「だろ?あいつさ、最高のエロ別嬪だからね。こういう貌はマジそそられるよ、」
「また光ちゃん、変なこと言ってるね?でも、ちょっと解かるかも?」

ふたりともなんて会話しているの?
すっかり気恥ずかしくなって周太は首筋を赤くして困ってしまった。
それでも手を動かして、4つのマグカップをコーヒーで充たしていく。
今日のコーヒーは「気恥ずかしい」味になっているかもしれない?
そう考えている周太の隣では、美代と光一は二人して表の様子に興じていた。



(to be continued)

blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログへにほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 第36話 春淡act.1―another,s... | トップ | 第36話 春淡act.3―another,s... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るanother,side story」カテゴリの最新記事