fair frend, you never can be old, 永遠を咲いて、
第85話 春鎮 act.43 another,side story「陽はまた昇る」
梅まだ咲き残る、雪うたれても。
「きれい…」
微笑んでしまう、こんな時なのに。
けれど口もと馥郁あまい、花ふる雪が香らせる。
雪中梅ってこんなのだろうな?どこか懐かしくて周太は訊いた。
「美代さん、この梅いつも三月も咲くの?」
「ん、?」
大きな瞳ふりむいてくれる、その輪郭ふちどる睫どこか硬い。
緊張している、それにまだ赤い左頬がすこし笑った。
「ふふっ…そうなの、この辺は春がいっぺんに来るから、」
春がいっぺんに来る、そのとおり彼女もなればいい。
「そうだね…寒いほうがきっと、特別な春だね?」
願い笑いかけて隣、大きな瞳ちょっと笑ってくれる。
これから開く玄関先、彼女は深呼吸ひとつ言った。
「じゃあ湯原くん、田嶋先生、いいですか?」
華奢なコート姿こちら見る、その黒い髪ひとひら雪が咲く。
すぐ雫になるだろうな?春の雪に学者が微笑んだ。
「いいぞ小嶌さん、安心していけ、」
鳶色の瞳おおらかに笑ってくれる。
その言葉に大きな明眸ひとつ瞬いて笑った。
「はい、」
ちいさな手がインターフォン押す。
誰が応えるだろう、受けいれられるだろうか?
けれど雪軒端、かたん、玄関は想うより簡単に開かれた。
「まあ湯原くん、雪のなか大変だったでしょう?どうぞ、」
明るい藍染、かっぽう着ほがらかな主婦が笑いかけてくれる。
その瞳きれいに明るくて、去年も同じに迎えてくれた笑顔に頭下げた。
「あの、急にお邪魔して申し訳ありません、美代さんの進学を認めてくださいませんか?」
うつむけた視界に息が白い。
見つめる爪先に石畳が凍る、そんな玄関先に主婦が笑った。
「あらまあ、いきなり本題ね?だけど後ろの二人が凍えちゃうわ、まず入って?」
朗らかなソプラノころころ笑ってくれる。
その声よりすこし高いソプラノ、背後から透った。
「お母さん、昨日も言ったけど私が自分で決めたことよ?湯原くんのせいじゃないから、」
可愛い声、でも今は必死が鋭い。
きっと左頬なおさら赤いだろう、そんな娘に優しい声が応えた。
「わかってるわ美代、その方もお客様でしょう?まず入って頂いてね、」
ともかく入って?
そう笑いかける笑顔は温かい。
このひとが昨日、あのメール送った想いは何だろう?
……
subject:帰ってきて?
本 文:責任について話しましょう、お父さんと待っています。
……
彼女がいう「責任」は何を指す?
ちいさな不安と立つ玄関先、明朗な声が笑った。
「小嶌さんのお母さまですね?田嶋と申します、東京大学でフランス文学の教鞭を執っている者です、」
朗々、低く響く声が頭下げる。
半白の髪やわらかに陽を透けて、あざやかな赤に主婦が瞬いた。
「まあ、とうだいのせんせい?」
どうしてこんなところに?
瞠いた視線こちら見て隣を見る、その真ん中で学者は言った。
「周太くんの父親は私の親友です、立派な学者だった彼の代わりに私が来ました。ご主人はどちらにおられますか?」
鳶色の明眸がむこう見る。
そんな視線にかっぽう着姿は一歩、外に出た。
「裏の畑です、雪が気になるって見に出たんだけど、」
雪下駄からり飛石をふむ。
かっぽう着ひるがえって雪の庭、藍染あざやかな腕が指さした。
「まあ、あんなとこまで行っちゃってる。山の梅畑にオレンジ色が見えるでしょう?あれがウチの人です、」
屋敷の庭むこう、上らせる白銀の林にオレンジ色ひとつ燈る。
遠景にも見える仕事姿に学者が片掛けザック下ろした。
「お母さん、ちょっと山に邪魔しますよ?」
「は、い?」
かっぽう着姿が首かしげて、その前で学者が登山ジャケット羽織る。
朱色あざやかな背は広やかで、まぶしい白銀さくさく山へ向かった。
「まあ、まあ?先生ずいぶん速いわあ、山に慣れてるわねえ?」
深いソプラノ朗らかに笑いだす。
ころころ薔薇色ほころぶ頬が似ていて、安堵ふわり微笑んだ。
「美代さんのお母さん、やさしいね…」
「そう?かも、」
隣の大きな瞳くるり笑ってくれる。
その笑顔むこう銀色の山、登ってゆく朱色の背に声が映った。
“周太くんの父親は私の親友です、立派な学者だった彼の代わりに私が来ました。”
あんなふうに言ってくれた、だから父の時間を肯定できる。
あの笑顔と視線が父の隣にいてくれた、それが父の幸福だ。
『大切な人がいるよ、僕には、』
そう父が微笑んだ背中が今、父の代わりだと笑って山を登る。
白銀の斜面あざやかな朱色は、父が暗唱した季節だ。
But thy eternal summer shall not fade,
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
朱夏、その季節に父といた背中が春雪を登る。
ほら?父の幸せな時間は色褪せない、想い朱色の背中に頭下げた。
「湯原くん…入ろ?お母さんが呼んでくれてる、」
優しいソプラノ呼んで、腕そっと温もりふれる。
ホリゾンブルーのウェア透かしてくれる体温、ただ優しくて頭あげた。
「ありがとう美代さん、」
「こっちこそよ?田嶋先生が来てくれたのは、湯原くんのおかげだし、」
笑いかえしてくれる瞳きれいに明るい。
さっきより和らいだ眼と雪の庭、玄関くぐって居間に通された。
※校正中
(to be continued)
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.43 another,side story「陽はまた昇る」
梅まだ咲き残る、雪うたれても。
「きれい…」
微笑んでしまう、こんな時なのに。
けれど口もと馥郁あまい、花ふる雪が香らせる。
雪中梅ってこんなのだろうな?どこか懐かしくて周太は訊いた。
「美代さん、この梅いつも三月も咲くの?」
「ん、?」
大きな瞳ふりむいてくれる、その輪郭ふちどる睫どこか硬い。
緊張している、それにまだ赤い左頬がすこし笑った。
「ふふっ…そうなの、この辺は春がいっぺんに来るから、」
春がいっぺんに来る、そのとおり彼女もなればいい。
「そうだね…寒いほうがきっと、特別な春だね?」
願い笑いかけて隣、大きな瞳ちょっと笑ってくれる。
これから開く玄関先、彼女は深呼吸ひとつ言った。
「じゃあ湯原くん、田嶋先生、いいですか?」
華奢なコート姿こちら見る、その黒い髪ひとひら雪が咲く。
すぐ雫になるだろうな?春の雪に学者が微笑んだ。
「いいぞ小嶌さん、安心していけ、」
鳶色の瞳おおらかに笑ってくれる。
その言葉に大きな明眸ひとつ瞬いて笑った。
「はい、」
ちいさな手がインターフォン押す。
誰が応えるだろう、受けいれられるだろうか?
けれど雪軒端、かたん、玄関は想うより簡単に開かれた。
「まあ湯原くん、雪のなか大変だったでしょう?どうぞ、」
明るい藍染、かっぽう着ほがらかな主婦が笑いかけてくれる。
その瞳きれいに明るくて、去年も同じに迎えてくれた笑顔に頭下げた。
「あの、急にお邪魔して申し訳ありません、美代さんの進学を認めてくださいませんか?」
うつむけた視界に息が白い。
見つめる爪先に石畳が凍る、そんな玄関先に主婦が笑った。
「あらまあ、いきなり本題ね?だけど後ろの二人が凍えちゃうわ、まず入って?」
朗らかなソプラノころころ笑ってくれる。
その声よりすこし高いソプラノ、背後から透った。
「お母さん、昨日も言ったけど私が自分で決めたことよ?湯原くんのせいじゃないから、」
可愛い声、でも今は必死が鋭い。
きっと左頬なおさら赤いだろう、そんな娘に優しい声が応えた。
「わかってるわ美代、その方もお客様でしょう?まず入って頂いてね、」
ともかく入って?
そう笑いかける笑顔は温かい。
このひとが昨日、あのメール送った想いは何だろう?
……
subject:帰ってきて?
本 文:責任について話しましょう、お父さんと待っています。
……
彼女がいう「責任」は何を指す?
ちいさな不安と立つ玄関先、明朗な声が笑った。
「小嶌さんのお母さまですね?田嶋と申します、東京大学でフランス文学の教鞭を執っている者です、」
朗々、低く響く声が頭下げる。
半白の髪やわらかに陽を透けて、あざやかな赤に主婦が瞬いた。
「まあ、とうだいのせんせい?」
どうしてこんなところに?
瞠いた視線こちら見て隣を見る、その真ん中で学者は言った。
「周太くんの父親は私の親友です、立派な学者だった彼の代わりに私が来ました。ご主人はどちらにおられますか?」
鳶色の明眸がむこう見る。
そんな視線にかっぽう着姿は一歩、外に出た。
「裏の畑です、雪が気になるって見に出たんだけど、」
雪下駄からり飛石をふむ。
かっぽう着ひるがえって雪の庭、藍染あざやかな腕が指さした。
「まあ、あんなとこまで行っちゃってる。山の梅畑にオレンジ色が見えるでしょう?あれがウチの人です、」
屋敷の庭むこう、上らせる白銀の林にオレンジ色ひとつ燈る。
遠景にも見える仕事姿に学者が片掛けザック下ろした。
「お母さん、ちょっと山に邪魔しますよ?」
「は、い?」
かっぽう着姿が首かしげて、その前で学者が登山ジャケット羽織る。
朱色あざやかな背は広やかで、まぶしい白銀さくさく山へ向かった。
「まあ、まあ?先生ずいぶん速いわあ、山に慣れてるわねえ?」
深いソプラノ朗らかに笑いだす。
ころころ薔薇色ほころぶ頬が似ていて、安堵ふわり微笑んだ。
「美代さんのお母さん、やさしいね…」
「そう?かも、」
隣の大きな瞳くるり笑ってくれる。
その笑顔むこう銀色の山、登ってゆく朱色の背に声が映った。
“周太くんの父親は私の親友です、立派な学者だった彼の代わりに私が来ました。”
あんなふうに言ってくれた、だから父の時間を肯定できる。
あの笑顔と視線が父の隣にいてくれた、それが父の幸福だ。
『大切な人がいるよ、僕には、』
そう父が微笑んだ背中が今、父の代わりだと笑って山を登る。
白銀の斜面あざやかな朱色は、父が暗唱した季節だ。
But thy eternal summer shall not fade,
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
朱夏、その季節に父といた背中が春雪を登る。
ほら?父の幸せな時間は色褪せない、想い朱色の背中に頭下げた。
「湯原くん…入ろ?お母さんが呼んでくれてる、」
優しいソプラノ呼んで、腕そっと温もりふれる。
ホリゾンブルーのウェア透かしてくれる体温、ただ優しくて頭あげた。
「ありがとう美代さん、」
「こっちこそよ?田嶋先生が来てくれたのは、湯原くんのおかげだし、」
笑いかえしてくれる瞳きれいに明るい。
さっきより和らいだ眼と雪の庭、玄関くぐって居間に通された。
※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」】
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