To me, fair frend, 美しいひとへ、
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.41 another,side story「陽はまた昇る」
小雪ふる門、常緑の葉も白くなる。
こまやかな銀色かすかな風、どこか深く水が香る。
深々、音もない白銀しずかな里にソプラノ朗らかに笑った。
「着いたとたん降りだしたね、露払いかな?」
ぱたん、
運転扉をとじて施錠して、ふりむいて明眸が笑う。
もう決意している、そんな眼ざしに周太は微笑んだ。
「それって美代さん、お相撲の露払い?」
「そう、今から勝負だもん。湯原くんはさしずめ行司役だね?」
きれいな明るい瞳くるり笑ってくれる。
まだ左頬は紅い、それでも楽しそうな唇が言った。
「露払いって元の意味はね、神さまが通る場所の露を払い落とすことなんだ。この雪、勝利の女神だといいなあ、」
澄んだソプラノが小雪うたう。
雪空あおぐ瞳きれいに明るくて、記憶の詞ふれる。
To me, fair frend, you never can be old,
For as you were when first your eye I eyed,
Such seems your beauty still.
遠い幸せの時間、父がくちずさんだ異国の詩。
あの詞が今この山里に映る、雪ふる横顔の瞳まんなかに。
「ん…きっと女神さまだと想うな、」
声にして首すじ熱そっと伝う、だって誰のこと?
―こんなに大事なんだ、もう…それなのに僕はまだ、
大切だ、けれど忘れられない声がある。
もういちど逢えるだろうか?想いに隣が微笑んだ。
「湯原くんにも勝利の女神だよ、きっと、宮田くんにもね?」
おおらかな瞳きれいに笑ってくれる、ほら、こんなだから慕わしい。
いつのまにか超えた想いの相手に笑いかけた。
「ありがとう…きれいだね、」
きれいだ、ほんとうに。
きれいで明るい大きな瞳、この眼ざし大好きだ。
だから願いごと叶ってほしい、そんな雪の門前、常緑のむこう屋根も白い。
あの玄関くぐればそうだ、友人の言葉どおりだろうか?
『あのなあ周太、今、小嶌さんち行くと選択肢が無くなるんじゃね?』
チタンフレームの眼鏡ごし、聡い瞳が言ったこと。
昨夜に話した時間めぐりだす「選択肢」ここは分岐点だ、あのメールもその証拠。
……
subject:帰ってきて?
本 文:責任について話しましょう、お父さんと待っています。
……
あのメール、彼女の母は何を願い昨夜、あの一文を選んだのだろう?
どんな貌で文字打ったのだろう、その指は震えたろうか、それとも?
そんなこと昨夜からずっと考えている。
考えても定まらない、それでも今どうしても支えたくて傍にいる。
―僕こそ責められるかもしれない、でも支えたいんだ…それくらい、だいすきなんだ、
雪の門前ふたり佇んで、隣の横顔ただ眺めている。
その肩はベージュのコート透かして華奢で、けれど逞しい意志あふれている。
その強靭まで幾度いくつも震えた肩、泣いた瞳、そうして腫れた頬のまま彼女は笑った。
「ちょっと手強いかもしれないけど、でもゼッタイに、無事無傷で湯原くんは帰すからね?」
ああほんと、彼女は男前だ?
「ふっ…、」
ほら噴出してしまう、だって想い出してしまった。
つい可笑しくて笑った隣、大きな瞳くるり笑った。
「あははっ、なんでここで笑っちゃうの?」
「だって美代さん、あの…ラーメン屋のおやじさんのことばおもいだしちゃって僕、」
笑いながら声にして、ほら?共通の時間つながっている。
共にした記憶の温もりにソプラノ共鳴した。
「ね、おしぼりで顔拭いちゃったときのこと言ってる?オトコマエナネエサンダナアって言われた時?」
「ふふっ、それ…あははっ、」
再現ものまね可笑しい、笑ってしまう。
こんな時なのに二人ころころ笑いだして、その背後から呼ばれた。
「なんだね、ソンナに大笑いしちゃってさ?小嶌のおっちゃん聞こえてんだろねえ、だまーってさ?」
さくりっ、さく、雪ふむ足音にふりかえる。
純白やわらかに舞う空の下、よく知っている声が笑った。
「ただいま美代、御岳にようこそ周太?」
長身のダークスーツ姿、その瞳からり底ぬけに明るく笑う。
差した傘とボストンバッグ携える幼馴染にソプラノ笑った。
「おかえりなさい光ちゃん、助太刀に来てくれたの?」
「退職して帰ってきたダケだね、俺んちは隣だろ?」
黒目きれいな瞳が笑ってくれる、この笑顔にも逢いたかった。
だしぬけの再会に立ち尽くす雪の里、雪白まぶしい笑顔が言った。
「さて周太、美代にくっついて来ちまったみたいだけどさ?小嶌のおっちゃんは末っ子溺愛マンだよ、ロックオンされたらコワイけど?」
きれいな笑顔まっすぐ言ってくれる。
あいかわらず率直な幼馴染に呼吸ひとつ、白い吐息に笑った。
「美代さんの手伝いがしたいんだ、一緒に勉強する約束だから…もう嘘つきたくないんだ、誰にも、」
大風呂敷、なんて言われそう?
そんな覚悟もしてきた山里の門前、怜悧な瞳が笑った。
「なるほどね?じゃあ俺はイイ拾いもんしたみたいだね、」
深いテノール笑って、白い指まっすぐ隣家を指す。
見覚えのある門前から一台タクシー去って、マフラー姿ふりむいた。
「…え?」
なぜここにいるのだろう、このひとが?
「ね…なんで?」
ほら隣も驚いている、それはそうだろう?
ならんで見つめる雪の道端、登山靴かろやかに学者が笑った。
「御嶽駅もちょっと変わったなあ、何年ぶりか数えちまったよ?」
(to be continued)