Since first I saw you fresh, which yet are green. 変わらないで、
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.39 another,side story「陽はまた昇る」
白銀まばゆい、青が広い。
ひろやかな空めぐらす稜線、春の銀色はじいて光ふる。
ほこらかな太陽アスファルトたどって、白い吹きだまり冬が匂う。
もう三月も終わるとき、それでも雪景色あざやかなフロントガラスに声こぼれた。
「…まだ雪が、」
きっと窓開けたら寒いのだろうな?
そんな予測に隣、助手席でパワーウィンドウ動きだした。
「三月の奥多摩はフツーに雪あるの、湯原くんは去年は来なかったっけ?」
ほがらかなソプラノに風がふく、かすかな湿度ほろ苦く深い。
渋いようでどこか甘い潤沢の零度ひるがえって、なつかしさ微笑んだ。
「三月は…え、」
言いかけて呑みこむ、あれは秘密だ?
―英二の遭難事故は言っちゃダメだ…だから僕も来ているはずない、から、
一年前、春の雪に起きたこと。
どれだけ怖くて泣いて、泣いた分だけ幸せだった。
“帰るよ、周太の隣だけに帰りたい。”
ほら、あの声が響きだす。
ちょうど一年前の春の雪、雪崩の底から戻った声。
あの瞳が眠り続けた夜に想ったこと、起きたこと、そんな全て昔に過ぎる。
「三月は、え、ってなあに?」
エンジン音にソプラノ呼びかける。
声に振り返りたくて、それでもハンドルの先ながめながら訊いた。
「それはいいんだ、あの美代さん…大丈夫?」
「ダイジョウブって、なにが?」
フロントガラス映る端、左の隅っこ薄紅いろ瞬く。
まだ腫れが残っているのだろう、心配と信号にブレーキ軽く踏んだ。
「ん…頬っぺ大丈夫かな、って…まだ赤いみたいだから、」
赤信号にふりむいた先、助手席の窓から華奢な横顔ふりかえる。
渋いようで甘い冷たさ黒髪ふわり梳いて、頬まろやかな紅いろ曝した。
『こんな齢から大学なんてバカだ、婚期逃すぞ親不孝者って叩かれたの、』
昨日、キャンパスで泣いていた言葉。
もう帰る場所はないと涙こぼして、けれど今、明るい瞳くるり笑った。
「痛みはひいてるの、昨夜ちょっと呑みすぎちゃったから腫れっぼったいみたい。でも、腫れめだつと好都合かもよ?」
大きな瞳きらきら悪戯っ子に笑う。
こんなところ似ていて、つい噴出した。
「なんだか美代さん、光一と同じ貌で笑ってるよ?」
「親戚だから似てるかもね、光ちゃんみたいに美人じゃない自覚はあるけど?」
くるり大きな瞳また笑う、でも言葉に困ってしまう。
―美人じゃないって…どう言ってほしいのかな?おせじとか美代さん嫌いなのになんでこんなこと…?
どういう気持ちなのだろう、今?
わからない、だから素直に口ひらいた。
「あのね、僕はね…まっすぐなとこきれいで、好き、」
まっすぐだ、この女の子は。
同じ齢の24歳に「女の子」だなんて変かもしれない、でも自分にはそう想えてしまう唯ひとり。
それくらい嘘ひとつない純粋は強くてまぶしくて、偽らない明るい瞳が笑った。
「なんか照れちゃう、でも、ありがとう?」
「ん…」
うなずいて、ほら?熱まっすぐ首すじ駆け昇る。
自分こそ頬もう赤くなったろう?気恥ずかしさにフロントガラの信号、青にアクセル軽く踏んだ。
「あの…腫れがめだつと好都合って、どういう意味?」
路肩の雪アスファルト、まだ乾いている車線を走る。
途中から雪道だろうか、そんな山里へむかう窓にソプラノ笑った。
「父に罪悪感おこさせるほうが話すのに有利かなあって、ね?イジワルな考えなの、」
そういう意味なんだ?
「…やっぱり美代さん、光一と似てるね?」
容貌はあまり似ていない、けれど発想が同じかもしれない?
そんな発言者は大らかな声くるり笑った。
「影響されちゃってるかもね?生まれた時から一緒にいること多かったから、あ、そこを右折ね?」
助手席から指さしてくれる、その手が小さい。
けれど指はちいさな節くれ逞しくて、まぶしい。
―働き者の手なんだ…光一は白くて細くてきれいで、だけど美代さんは、
ハンドル握りながらフロントガラス見ながら、隣の手に自覚を見る。
どうしてこの女の子に惹かれてしまうのか?
「やっぱり…きれいだね、」
ひとりごと零れて銀嶺まばゆい、ここで育ったひとだ。
その隣で握るハンドル、朗らかなソプラノ笑った。
「そういえば私、湯原くんが運転してるの初めて見るよ?」
そういえば、そうだろう?
握るハンドルあらためて見つめて、正直に答えた。
「僕も初めて座るよ…教習所の車じゃない運転席って、」
(to be continued)