あた子の柿畑日記

田舎での日々の生活と趣味のレザークラフトについて

ダムカードを求めてスタンプラリー

2024-12-20 11:22:15 | ダム巡り
 12月半ばだというのに年末スイッチが入りません。ウマオが早明浦ダムの辰年限定カードをもらいに行くというのでついていきました。もうこれは現実逃避かもしれない。
 
 限定カードをもらうには早明浦ダム周辺の施設5か所に設置してあるスタンプを4個押さなければなりません。
 行きは高速道路を使いました。途中の山々の黄葉がきれいで、ますます年末が近いことを忘れてしまいそうでした。
 
 まず、本山町にあるモンベルアウトドアヴィレッジ本山へ。ここでスタンプ用紙をもらって一つ目のスタンプを押しました。ちょこっとお買い物をしたら別のスタンプラリーの台紙もくれましたが、こちらも年末まで。最低3つ集めればよかったのですが県外者にはどうも無理みたいでした。
 
 さて、次のところ目指して走り出した途端 
「何処へ行きよん!」ウマオが怒りました。
「バレたあ? こっそり行こうと思ったのに。」と娘。
 どうも近くの神社に行こうとしたらしいのです。
「どうして道が違うってわかったん?」
相変わらずウマオの方向感覚の良さに驚かされます。
 
 これは・・・神社とは違うようです。「兼山廟」どなたかの墓所でしょうか。
 
 野中兼山公。この方の墓所らしいです。



 
 鳥居の奥の方に昔の学校みたいな建物がありました。これが霊廟かな?扉に白いものが見えますが、お賽銭の投げ入れ口でした。神社式のご挨拶をしておきましたが、はて?それでよかったのかな?

 
 黒い実がブドウのようにぶら下がった木がありました。これ、何だっけ?どなたかのブログで見たような気がするのですが、名前が思い出せません。

 
 次の早明浦レイクサイドホテルに行く途中、ダムの堂々とした姿が見えましたが、ダムには寄りませんでした。ウマオはすでに工事限定のカードも持っているのです。いったい何度ここに来ているのかしら。かくいう私と娘も9月にこちらに来たばかり。その時はせっかくだからとダムに寄りました。
 そのことは記事にしておりません。山道を来たら道に迷って、倍以上遠回りしてやっとここに着いたのです。目的地はまだ先。帰りは高速で帰ったものの、家に着いたら日が暮れていました。
 
  写真はその時写したもの


 
 ダム湖に沿って走ります。
 あいにくのお天気で景色が墨絵のように見えました。そして時々みぞれがフロントガラスにへばりつきました。

 
 3番目、さめうらレイクサイドホテルに着きました。宿泊施設と、カヌー体験施設がありました。
  カヌー体験受付所。さすがにこんな日には、まず海に繰り出す人はいないのじゃないかな?
 
 
 
 レストランで食事ができるというのでここでお昼を食べることにしました。窓からは湖が見えて(残念ながら外へは出られませんでした)いい雰囲気。数組の客もいましたよ。
 
 木を輪切りにして並べたディスプレイがすてき
 
 
 植木鉢も木でした。木口を並べています。



 ここでは赤毛和牛を使ったメニューがわりとお手頃な値段で提供されていましたが、わたしはダムカレーにしました。
 
 しまった、真上から写したので形がいまいちわかりにくいです。指さしているのはシャベル型のスプーン。ウマオの家にはそれもあるらしい。

 
 ごはんのてっぺんに早明浦ダムの写真の旗が立っています。

 
 堤体を崩さないように放流成功。
 ご飯にはゴマと何かが入っていてぷつぷつした食感でした。添えられたフライは、牛肉の薄切りを丸めてフライにしたもの。これがなかなかおいしかったです。今度うちでもやってみよう。
 
 
 レストランを出たところでいきなり娘が走っていきました。行く先にまた鳥居がありました。近頃娘は神社巡りにはまっているものですから。
 これはどこの神社なの?
 


 水の塔の説明。それによると神社の建物があるわけではないようです。
 
 その水の塔というのは、中之島にあるこれでしょうか。
 早明浦ダム湖は上から見ると龍のような形をしています。そして中之島がちょうど目のように見えます。ふうん、守神みたいね。




 
 3番目に行ったのは道の駅「土佐さめうら」。ここ、9月にも来たところです。
 入り口の大きな木が紅葉していました。落ち葉を見るとタイワンフウかなと思ったのですが、鮮やかな色ではありませんでした。


 
 そういえば高知に入ってから、紅葉がきれいだと思うところがあまりないのよね。
 前買っておいしかったお菓子を買って次のところへ。
 
 4か所目、村の駅「結の里」
 ここも9月に来たところ。なんだか人がいなくて寂しかった記憶が・・・
 
 入り口付近にあった木彫りの龍。 素晴らしかったです。
 
 
 でもやっぱり人はいなくて、お休みかと思ったほどです。が、営業していました。
ここは商業施設というよりは村のコミュニティセンターのようなところでした。奥に小さな売店があってそこでスタンプを押し、ダムカードをもらいました。
 ここで軽いショック。
 あちこち回らなくても、ここで2000円以上のお買い物をすればカードがもらえたんですって!

 いつものとどう違うかというと


 右隅に龍が描かれているのです。
 
 
 さて、目的達成したら一路家に帰りたいウマオ、折角来たんだからもう少し高知を堪能したい大人たち、結局ウマオに負けてまっすぐ帰ることにしました。途中きれいな滝を見つけて写真を撮っただけです。
 
 
 
 9月の反省を踏まえて、目的地へは高速で行き、帰りは山の中の道を走りました。娘と二人で来て迷ったときはとんでもなく時間がかかったのですが、今回はナビとウマオのおかげで迷わず帰れました。前回もナビ通りに行ったつもりだつたんだけどなあ。
 
 「ウマちゃんて、頭の中にGPSが入ってない?それで空の衛星と交信してたりして。」
 
 しかし、順調だったのは道の駅木の香のところまで。全長5㎞以上ある寒風山トンネルの手前でストップがかかりました。どうもトンネル内が片側通行になっているようでした。5㎞片側通行となると待つ時間も長くて長くて。何分待っても対向車の先頭がやってきません。
 その間に雪が降り出しました。
 

 これを撮って8分後、早くも木々が白くなっていました。そしてようやく向こうから車が来ました。


 
 車が来たと言っても、最後の車が通り過ぎるまで待たなくては行けないのです。最後尾の車は工事関係の車で、これで終わりだよ、という合図のようでした。
 
 どうも点検をしていたようです。



 前の車、高速道路並みのスピードで走って行きました。

 トンネルを抜けると外は晴れ。愛媛県西条市になります。
 
 
 写真の色はくすんでいますが実際は広葉樹の黄葉はもっときれいでした。
 
 さっさと帰ったおかげで私は一仕事することができました。ようやく畑にチューリップを植えたのです。
 
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イベント続き後編の後編

2024-12-18 08:36:30 | お出かけ

 ミュージカル鑑賞の翌日は、西条市新川沿いのアクアトピアでのイベントに行ってきました。今年3回行われる予定の2回目です。今回のテーマは「環境」

 池の水全部抜くーで有名な加藤英明さんの講演もあるそうです。って、知らんがな。だって県内の主要テレビ局では放送しないもの。ただ、東予では、香川や岡山あたりの放送も見られるので全く知らないわけではないですが。。

 ふれあい動物園はケイタが喜びそう。古着集めや、食品の寄付も募っているそうで、遅い時間に出かけて行きました。

45リットルのごみ袋いっぱいに古着を詰め込んで持っていきました。引き取ってくれるのはうれしいけど、ガソリン使って持って行ったんじゃエコにはならんのじゃなかろうか。


 ケイタはふれあい動物園に直行です。その間私は古着を持っていきその辺をぶらぶらしました。
 
 アクアトピアを流れる新川を橋の上から眺めました。右手の建物は図書館 

 
 橋の反対側は福祉センター
 


 あまり気乗りもせずに行ったのですがなかなか面白い展示などもありまして
 
 福祉センター内の一角でこんな展示をしていました。

 
 とても役立つ展示だと思うのですが、人はガラガラ。長浜高校の生徒さんが熱心に係の人と話していました。こちらが地元で、はるばる長浜高校に通っているのだとか。長浜高校は生徒たちが運営する水族館があるので有名です。魚好きの高校生は全国から集まっているそうです。
 
 県内で発見された外来生物
 
 ヌートリア




 
 ごく最近発見されたナガエツルノゲイトウについての情報



 係の人に場所を詳しく聞いてみました。生息場所は私が思っていたよりずっと上流でした。今度また確認に行ってみようと思います。



 特定外来生物に指定されているツヤハダゴマダラカミキリ(下)と一般的なゴマダラカミキリのちがい。
 
 
 世界の侵略的生物ワースト100に指定されているこのカミキリムシ、愛媛ではまだ見つかっていませんが、果樹園に広がったらたいへん。しばらく係の人とお話ししました。
 
 ケイタは小動物との触れ合い会場に入ったっきり出てきません。会場隣の水槽を眺めながら小さなスペースで動物たちを取り囲む子どもたちを見ていました。動物はゾウガメやインコやフクロウやモモンガ、ミーアキャットなど。外国の生き物ばかりですね。大変な込みようで、床に置かれゾウガメは大丈夫かしらと心配しました。
 
 その動物園の隣に新川に生息する魚や生き物の展示。こちらは無料です。水槽の中にちゃんといるのですが、写っているのかしら。ウナギはいましたが・・・
 
 
 どこにいるのかわかりません。



 これはカワムツ?
 
 
イシヅチサンシヨウウオ
これは新川にはいません。水系を同じくする石鎚山中に住んでいます。





 この日は実際に川を探検して観察する会も開かれていたようです。予約してなかったので参加せず。
 福祉センターの2階では木のコースターづくりのワークショップもあったそうですが、こちらも要予約で参加しませんでした。
 
 結局その辺をぶらぶらしただけ。
 福祉センターのテラスでは、水辺のコンサートの準備が進んでいました。もうキッチンカーも店じまい始めている時刻です。わたしは用意された椅子に座ってリハーサルを聞かせてもらいました。サックスとピアノのアンサンブル、リハーサルとはいえ美しい音色にしばし聞きほれてボーっとしていたのですがー
 
 
 
 
 ここからは「柿畑日記」のコンセプトとはちょっとちがう”愚痴”を書きます。読んで不快に思われる方もいらっしゃると思いますので適当に読み飛ばしてください。
 
 美しくて立派な建物です。が、わたしは今日を含めて3回しか中に入ったことがありません。図書館もそう、県立図書館よりも外観は立派です。1回だけ中を見て回りましたがここで本を手に取ったことはありません。10万人都市として恥じない施設ではありますが、だからと言ってこれだけの大きいものが果たして必要なのか?
 旧3市町にもそれなりに施設はあり、そこを拠点として市民の生活なりコミュニティーを充実させることができていたのですから。20年前までは。今でも大人数の集まりには二つの文化会館が使われています。それでよくない?
 私はいつも行く運動公園のペンキのはがれた遊具を思い出しました。人工芝のはがれたテニスコート、水のひかないグランド・・・この間行った本谷温泉公園の閉鎖されたままのキャンプ場。老朽化のためだそうです。修理は?
 それに、行政のお金をかけたイベントがなぜ3回ともここで? ここでも11月初めの手作りイベント「もぎたて祭り」と比較したくなります。これくらいの人数を集める場所なら旧3市町のどこにでもある、工夫すればよい、と思うのです。
 昨日のミュージカルを見た後なので余計にその思いが強くなりました。一等国民 二等国民の区別がここにもあるような気がして。そして高齢化していく二等市民は未来を思わず今を生きているだけ。けれど救いは、若手が地域を盛り上げようと頑張っていることです。その人たちにあの野球に打ち込んでいた少年たちが重なって見えました。
 
 20周年のお祝いもいいけれど、本当に生活に根差した行政になっているかのシビアな総括も必要ではないかと。本来合併当時に我々がもっと真剣にち密に考えるべきだったとの反省もこめて。
 あ、一つよかったことを付け加えておきます。合併したことで、今まではよそ事だった旧西条市の催しや地域の自然に触れることができるようになったこと。特に石鎚山系の自然と歴史には大いに関心を持っています。
 

 長々とお読みくださってありがとうございました。不快に思われた方には申し訳ありません。が、これも一つの考えですのでこれはこれで受け止めていただいたら幸いです。

 やれやれ、やっと11月の記録がおわりました。

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イベント続き 後編の前編

2024-12-16 22:33:43 | お出かけ

 当たっちゃいました。坊ちゃん劇場のミュージカル「KANO」ペアチケット

 東温市にある坊ちゃん劇場はもともと秋田を拠点とするわらび座と共同出資して設立されたものです。日本で唯一の地域拠点型劇場だそうです。一年間を通して同じ演目のミュージカルが上演されています。
 

 生協の貸し切り公演です。14倍以上の競争率だったそうです。座席数500ちょっとの小さな劇場です。毎年応募しているのにあたったのは初めて。うれしくてみんなにいいふらしました。今までは自前で行ってましたので。

 入るとすぐ目の前にパンフレットの拡大版が。茂本ヒデキチさんの絵ですかね。
 
 
 
 イラストでもわかるように、今回は台湾が日本の統治下にあった戦前の高校野球のお話でした。
  物語は、台湾の嘉義市の創部間もない嘉義農林学校野球部に松山市から来た近藤兵太郎が監督に就任し、初出場で準優勝を果たしたという史実に基づいています。現在も嘉義市には顕彰モニュメントや銅像があるそうです。また松山市にも坊っちゃんスタジアムに銅像があります。
 

 開幕前の舞台

 緞帳はなく、舞台装置がそのまま幕の役割を果たしていました。この中国風の扉のようなものが様々な場面転換に活躍していました。ただ、客席500と言えば舞台も非常に狭く、野球部員9人の、バットやトンボを持っての群舞は隣とぶつかりそうではらはらしました。広ければ手足ももっとのびのび動かせるのに。

 史実を題材にしてはいますが、物語は創作です。単純に嘉義農校の生徒たちの野球にかける青春物語ではなく、日本人の統治によって生まれた、もとから島に住む民族への差別意識、野球に夢中の子と、少しでも農作業を手伝わせて暮らしを楽にしたい親との対立、災害の問題など、様々な問題提起を絡めながら話は進んでいきました。

 ただ、兵太郎の掲げる「武士道野球」は超スパルタ指導で、今年の流行語「不適切にもほどがある」そのものでした。私には到底共感できるものではありません。家業の手伝いも許さず、連帯責任を強要し、ついに試合に負けて台北市から嘉義市まで歩いて帰れと言ったときには、もう腹が立って・・・                

 なぜなら私はもう30年も前、受け持ちの子どもたちがスポーツ少年団の試合に負けて、隣の隣の校区まで歩いて帰らされた経験を持っています。月曜日、いつになく授業に実が入らない子どもたちからそのことを聞いて、私は指導者に対して激しい憤りを感じたことをまだ覚えています。

 私は舞台の少年たちに「君たち、なんでもかんでも大人のいうことを聞いたらだめだよ。自分で判断しなければ。」と言いたくなりました。この時点で私の気持ちはすっかり舞台に入り込んでいたということですけど。

 念のため書き添えますが、実際の近藤兵太郎さんは、野球以外では生徒たちに非常に優しく親身になって世話をしていたそうです。何よりも、日本人だけの野球部こそが野球部、という差別がまかり通っていたあの時代に、三民族混成チームの監督を引き受け、野球のもとに民族はみな平等を唱え実践したそのことが彼のもっとも称えられるべき姿かと思います。

 もう一つ、私がはっとさせられたこと、それは、台湾統治下で現地の人々がどのような感情を抱いていたかということです。当時日本はダム建設などのインフラ整備を進め、それに感謝する人は多いと聞いていました。旅行をしても親日的な人ばかりでしたし、戦前に台湾に住み日本に帰国してからも現地の人々と深い絆で結ばれていた人の話も聞いています。けれど、よくよく考えてみれば、一等国民(日本人)二等国民(漢人)蛮族(原住民族)と明らかな差別がまかり通る社会での人々の感情はそんなに単純なものではなかったはず。今までそのことに思い及ばなかった自分に愕然としたのです。

 いきなり統治者が日本人になっても自分たちの暮らしが楽になるわけではないし、日々の暮らしに汲々としていれば未来への希望など抱けるはずもありません。ただ今を生きることで精いっぱいの親たちは、子どもたちが野球に夢中になることを理解できず無理やりやめさせようとします。今までの暮らしが続けばそれでよい、と変化も発展も望んでないように私には思えました。それとは反対に、遠い日本の甲子園で野球することを夢見る子どもたち、そこへ行けば何かがある、何かが変わると信じてひたむきに野球に取り組みます。

 と、最後にはみんなで大応援の感動的な舞台でした。 

 さて、次の日のイベントも書こうと思ったのですが、長文になりすぎました。ここでいったん打ち切って後編の後編へと続けることにします。ここまで読んでくださってありがとうございました。  後編の後編へ続く

 

 

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秋から冬へー空の色

2024-12-13 12:43:00 | くらし
 多忙につき長文の記事が書き上がりません。今日は簡単に写真中心で
 
9月11日
まだまだ夏の空
 
 
9月12日
 
 異形の生き物の世界で、激しい戦いが繰り広げられているようです。



9月14日
秋の夕焼け鎌を研げと言いますが…あまり良い天気の予感がしません。

 
 
同じ日



同じ日
虹の夕焼け?
 


 
9月30日 虹の始まりと終わりとを追いかけて

電柱が邪魔


 今頃になって消す機能がついていることに気がつきました。



 10月10日 道端に車を止めて、車中から
 
 ずぼらをしたら車体の一部が写ってしまいました。 同じ景色を撮ている男性がいました。もちろん車の外で、です。いい写真が撮れたでしょうね。
 

 
10月23日 秋らしい雲
 
 
 
 
 
11月9日 さらに雄大なうろこ雲

 
 
 11月19日 日が短くなりました。とある事情により日没頃に外に出られなくなって、壮大な夕焼けを見られなくなりました。はなこの散歩も懐中電灯を持って。
(昼間ちゃんと夫が行ってるんですよ。でも、はなこは日暮の散歩がそれはそれは楽しみのようで、わたしが帰ると地団駄踏んで迎えてくれます。)
 





11月22日 帰宅途中、太陽が隠れているところが金色に輝いていました。
 






 山火事!?
 

 12月11日 まあるいイチョウがかわいくて撮ってみたら、上はどんよりと重たい雲が。



 この日の朝、桜三里の温度計は0度。ちなみに先週の同じ時間は2度、先々週は4度でした。
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紅葉三連発 2 街中の紅葉

2024-12-10 19:04:19 | 植物
 わたし、なんとボケているんでしょう! 公開したつもりが下書きのままでした。紅葉3連発の2番目の記事です。今更なんですがせっかく書き上げていたのでアップします。
 
    週1回の松山市通い。
 あたりの景色は毎週変わっています。 街路樹のアメリカフウも山際はすでに散りかけ、平地では紅葉のピークを迎えていました。この色が並ぶと、街が秋めいて見えます。

 
 松山市の中を流れる石手川の緑地帯の木々も黄色っぽくなってきました。

 
 紅葉ではなく黄葉という印象です。 それは何本かのイチョウの木のせいでしょう。



 
 
 緑地帯にはモミジは少なく、赤い葉が目立つのはサクラの木でした。
 
 
 
 まだ小さい木のほうが紅葉が残っていて、大きな木は葉がありません。
 
 葉が紅葉する木がもう一つありました。
 
 
 ナンキンハゼでした。まだ紅葉は始まったばかり。
 
 これはケヤキかな?
 
 緑地にはあえて種々様々な木を植えているようなのです。

 大きな葉のこの木はプラタナスでしょう。アメリカフウやタイワンフウとよく似ていますがこちらは黄色くなるみたいです。




 いっぱい実がなっていました。



 大きな木の実ってなんだかうれしい。
 
 対岸の景色
 
 どうもまっかっかにはなりそうもないです。このまま冬になっていくのでしょうね。
 むしろはっとするほど色鮮やかなイロハモミジは個人のおうちに小ぢんまりとまとめられて植えられていることが多いです。秋は楽しいドライブですけど危ない危ない。よそ見をしないようにしなければ。
 
 
 ここからは郊外の木です。
 
 東温市の運動公園
 常緑樹と交互に植えられているカエデが互いに引き立てあって目を引きました。あいにく風があって池の水が波立っていましたが、静かだともっときれいだったと思います。

 
 手前にはメタセコイアがあります。
 


 池のほとりには
 




 
 
 サクラの名所、重信川の土手
 朝ちらっと見た時はきれいだと思ったのですが、そうでもなかった。近くで見るとくすんでいました。ただ、割とたくさん葉っぱが残っていました。
 
 





 近くにある水天宮には大きなイチョウがあります。桜並木場所から見ると一塊の黄葉に見えました。
 
 




 
 おまけ
 3週間ほど前、石手川緑地で見つけたタヌキ
 


 
 朝、車道のすぐ傍に倒れていたのです。帰りにまだいましたので見に行きました。傷もなく眠っているような死骸でした。私の想像では、車道を歩いていて車に跳ね飛ばされたのではないかと。
道を挟んで反対側はマンションが立ち並んでいます。こんな街中にもタヌキが住んでいることにびっくりしました。
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