円覚寺の土曜坐禅会で坐禅を組んできました(2017年3月25日)。
ひさびさです。前回、円覚寺で坐禅したのは2016年6月11日ですから、9ヶ月ぶり、20回目の参禅です。
最近は家でマインドフルネス瞑想を実践しているので、数息観によるいわば正統的な坐禅というものはしていないのですが、マインドフルネスの中にも坐禅の要素は入っているので、坐禅と似たようなことは続けているわけです。
やっぱりお寺での坐禅には、緊張感と共に気持ちよさもあるので、ひさびさに体感してこようと思って行ってきたのでした。居士林で坐ってみると3月とはいえまだまだ寒くて、体が冷え切ってしまいました。少しだけ修行気分を味わった参禅でした。
横須賀線の線路ごしに見る円覚寺の総門。
坐禅会場の居士林の前に参加者が集まってきました。私も後ろに並びます。
居士林のようす。手前の木は梅です。
坐禅が終わってから、すこし円覚寺境内を散歩します。
ここは居士林のとなりにある塔頭だと思いますが、看板も出ていないのでなんという名前かわかりません。
苔むした地面に小さな石像が並んでいて、ちいさいんだけど世界が表現されているような、印象的な庭を見ることができます。
ひさびさです。前回、円覚寺で坐禅したのは2016年6月11日ですから、9ヶ月ぶり、20回目の参禅です。
最近は家でマインドフルネス瞑想を実践しているので、数息観によるいわば正統的な坐禅というものはしていないのですが、マインドフルネスの中にも坐禅の要素は入っているので、坐禅と似たようなことは続けているわけです。
やっぱりお寺での坐禅には、緊張感と共に気持ちよさもあるので、ひさびさに体感してこようと思って行ってきたのでした。居士林で坐ってみると3月とはいえまだまだ寒くて、体が冷え切ってしまいました。少しだけ修行気分を味わった参禅でした。
横須賀線の線路ごしに見る円覚寺の総門。
坐禅会場の居士林の前に参加者が集まってきました。私も後ろに並びます。
居士林のようす。手前の木は梅です。
坐禅が終わってから、すこし円覚寺境内を散歩します。
ここは居士林のとなりにある塔頭だと思いますが、看板も出ていないのでなんという名前かわかりません。
苔むした地面に小さな石像が並んでいて、ちいさいんだけど世界が表現されているような、印象的な庭を見ることができます。
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