子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「マイ・ブックショップ」:矛盾に満ちた世界に立ち向かう勇気

2019年04月21日 18時20分03秒 | 映画(新作レヴュー)
戦争で夫を亡くした未亡人が,海辺の町で書店を開く。町の人の偏見や売り上げの不振など,様々な困難に見舞われるが,本を愛する彼女の気持ちが通じて,やがて書店は成功を収める。そんな美しい予定調和の物語を予想して席に座ったのだが,予期せぬ感動に見舞われてしまった。女流監督,という呼び名も最早死語になりつつある今,イザベル・コイシェの繊細で温かくも,時折剛胆さをも感じさせる手腕に,女性ならでは,という賛辞を送ったら「時代遅れね」と笑われてしまうだろうか。

フローレンスは書店の後ろ盾になってくれると期待した有力者のガマート夫人(パトリシア・クラークソン,相変わらずの芸達者)が,実は偏狭な芸術愛好者でありフローレンスの行く手を阻む敵であることを知り,愕然とする。しかし彼女はそれに動じることなく,愛する本を売ることで険しい道を切り拓く決意をし,やがて小遣い稼ぎのために店に通う少女クリスティーンを始めそんな彼女を助ける頼もしい援軍も現れるのだが,ガマート夫人の敵意はそんな彼女の勇気をも挫くべく燃え上がっていく。
物語の核となる善対悪の対比は実にシンプルなのだが,映画はフローレンスを演じたエミリー・モーティマーの凛とした佇まいを軸に,ビル・ナイを筆頭に見事な演技を披露する役者陣を始め,映画的な興趣を様々に盛り込むことで,実に豊かな空間の形成に成功している。

観客席にまで本のインクの香りが漂ってくるような美術が素晴らしい。文化果つる地に咲いたオアシスに相応しい紙紐,フローレンスの頼もしいメンターとなるブランディッシュ(ビル・ナイ)の独居邸,そして最後に復讐の武器となるストーブまで,画面に映る全てのものに注がれた細やかな愛情が,シンプルな冒険譚をより魅惑的な物語に高めている。レイ・ブラッドベリの「華氏451度」が物語のエンジンとなっている時点で気付いても良かったのだが,フランソワ・トリュフォーが同作を映画化した際に主演したジュリー・クリスティーが,ナレーションを務めていることは,SF小説ファンのみならず,映画ファンへの豪華な「付録」ともなっている。原作者ペネロピ・フィッツジェラルドの著書が,成長したクリスティーンが経営する書店の架台に映るのも,コイシェの愛情とユーモアが伝わってきて,実に微笑ましい。

勇気を持って立ち上がる人に,背中を押す人は必ず現れる,という,文字にしてしまうと道徳の教科書に出てくるような気恥ずかしいメッセージに不覚にも涙が流れた。あっぱれ。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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