子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「エル ELLE」:奇想天外な「女は強いよ」

2017年09月02日 12時08分43秒 | 映画(新作レヴュー)
ポール・ヴァーホーヴェン79歳。イザベル・ユペール64歳。世間の基準で言えば,もう「生産年齢人口」の枠外と言ってもおかしくない年齢の二人が,人間の本能や本性を追求する作業に費やしたエネルギーの凄まじさは,もう何と言おうか,圧倒されたとしか表現しようのないものだった。
両者にとっての代表作となるであろう暴力と本能と血に塗れた奇妙な物語は,その痛みの深さで凡百の単純な女性礼賛作品を蹴散らすことだろう。

ゲームソフト会社の経営者であるミシェル(イザベル・ユペール)が,全身黒ずくめの闖入者にレイプされるというショッキングな場面で幕を開けるのだが,彼女は警察に通報もせず,淡々と暴行された現場の後片付けを行い,バスタブで見つけた出血も白い泡で包んでなきものとしてしまう。一体何故,彼女は警察に訴え出ずに独力で犯人を捜そうとするのか。彼女の廻りの人間関係が詳細に描かれていく過程で,その理由も明らかになっていくのだが,観客はその生い立ちに起因するミシェルの闇と業の深さに怯えると同時に,自らの欲望を肯定しつつ,事件も境遇もすべて飲み込んでクールなエグゼクティブとしての生活を営む彼女のしたたかさに打ちのめされることになる。

アメリカの女優を想定して何人かに送られた脚本がすべて「NO」という返事と共に送り返されてくる中で,ただ一人「これは私のための役だ」と挙手したというユペールの嗅覚と覚悟が,「ロボコップ」や「スターシップ・トゥルーパーズ」で見せたヴァーホーヴェンの変態性と出会って起こった化学反応は,決して多くの共感を誘うものではないが,常識的な生き方の規範を揺さぶるパワーに満ちている。レイプと殺人に加えて,不倫,自殺,反抗,暴露そして脱落するバンパーと,これだけアグレッシブな要素に満ちていながら,終始黒いユーモアによって人間の多面性を炙り出す筆致は秀逸だ。

何度も腰を抜かしそうになったが,ラストシーン近く,犯人の妻が「短い間でも彼に応えてくれてありがとう」という驚愕の台詞を被害者だったミシェルに向かって言う場面で,ミシェルが「自分の夫が異常者で犯罪を重ねていたことを知っていたの?」という疑問と,「人間って困ったものね,お互い」と言っているような感情が重なった表情が忘れられない。再び書くが,79歳の監督と64歳の女優のぶつかり合いによって生まれた,信じられないくらい激しい感情のスパークを観ないで済ますのは勿体ない。
★★★★☆
(★★★★★が最高)


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