伝えたんく

日々の何気ないできごとに感じた幸せ

なぜ?

2015-06-08 23:43:11 | 言いたんく

今日も職場からの帰りの時に、「お母さん」に会おうと思った。

ふと下を見ると・・・

お母さんのいた場所の下には、砕けた泥がばら蒔かれたようになっていた。



なんだ、この泥は・・・


 そしてお母さんの家にカメラを向けて撮影した。

一瞬暗闇が光って、そこにお母さんが・・・

いなかった。

撮った写真を拡大してみた。

いなかったのではなく、いつもの様子ではなかったのだ。



かつてあった巣の大きさが半分になっている。お母さんは静かに佇んでいた。


 慌てて、下にある泥の辺りをよく見る。

卵の欠片らしきものは見当たらなかった。

「お母さん」と勝手に名づけ、きっと卵でも抱いているのだろうという予想ははずれた。

そう、巣の落下事故の犠牲者に卵が無かっただけでも・・・

いや、燕の巣というのは丈夫で簡単に壊れるものではない。

卵の殻や雛がないということは、烏とも思えない。

人間の仕業なのだろう。

非常に腹立たしい。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログ村Ping

http://ping.blogmura.com/xmlrpc/okr7t7fen957