夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

愛(いと)しき光と風、そして波打ち寄せる『新島』  ~第二章~

2009-05-12 19:51:35 | 
    第二章 新島の素朴な情景は

初日、観光協会の前で海鮮バーベキューの昼食を頂いた後、
『景勝地を巡るバス観光』と称せられた特別企画コースがあり、
新島村役場の所有のマイクロバスに乗車した。
私達グループ18名と東海汽船の添乗員、ドライバーは村役場の職員の若い男性がされ、
案内されるガイドは観光協会の若き女性であった。


http://www.kanko-kyokai-niijima.net/map/map.htm


丘陵の低い所に白い三角屋根が観えたのは、
『新島村博物館』であり、この島の形成された推移、
島内で人々の営みの暮らしなどが映像、模型を含めてわかりやすく展示されている。
そして、館外の近くに茅葺きの民家が復元されて折、
どなたでも理解できるかっての生活状況となっている。

天上の梁が太く、私は若きガイドさんに問い合わせれば、
平均的な民家を想定して復元した、と云うので、
私の住む調布市のかっての時代より、この地は裕福ですよ、
と私は微苦笑しながら云ったりした。


この後、山すその高台にある『富士見峠展望台』で下車したが、
周辺は霧につつまれて、遥か下界に島内で一番の人が多い本村の街並みたりしたが、
無念ながら、解説にあるように、
式根島はもとより、神津島、三宅島は霧の彼方につつまれ、
まして晴れた日には伊豆半島、富士山も一望できることもあると書かれていたが、
お互いに、無理よねぇ、と苦笑しながら乗車した。

そして、マイクロバスは山すその道路を下ったら、視界がひらけ晴れ渡っていた。
その後、島の北方を目指し、真新しい大きなトンネルに入った。
ガイドさんに寄れば、
平成12年に北方にある若郷の集落が大地震に遭い、多大な災害に遭われ、
従来の山すその道も分断されたので、このトンネルが新設された、とのこと。

トンネルを抜けると、『渡浮根展望台』があり、眼下には若郷の漁港や住居の街並みが観えたが、
この新島の全てでも2千人程であり、まして小さな集落の若郷は小さな街並みに感じられたのである。

私達の乗ったマイクロバスは、若郷前浜に行き、
護岸工事が完璧になされた所、そして黒い砂浜の広がる浜辺を散策した。
人影は私たちのグループしか見当たらず、私は少しため息をしながら、
波間を見たり、黒い砂浜を歩いたりし、少し寂しいんじゃないの、と心の中で呟(つぶや)いていた・・。


この後は、再びトンネルを通り、東の海岸に向かった。
白い砂浜が遥か彼方まで続くような海岸で、
『羽伏浦海岸』と大きく看板もあり、太平洋の海上から幾重にも大きな波間が観え、
若い男女の20名前後がサーフィンに挑んでいた・・。
私はサーフィンをしている人をまじかな前方200メートル先で初めて見たのであるが、
健気にも幾度も挑む姿には、若さの活力はもとより、好感しながらも私の心を元気づけてくれた。

そして、私達夫婦は白い砂浜を散策したりした。


民宿に戻り、夕食を頂いた後、
家内は『貝細工』の講習を受け、初めての試作品を作り、
部屋に帰り、私に見せて、お互いに微笑んだりした。

そして、近くの『まました温泉』に民宿の自動車で東海汽船の添乗員が送迎をして下さると云うので、
私は露天風呂から満天の星空が眺められるかしら、と淡い期待をしていたが、
平素のだらけた生活を過ごしているのが、天上の神々に知れたらしく、
かすかに星が観える程度であった。

私達は民宿に戻ると、ロビーの脇でビールを買い求め、
こじんまりとした六畳間で私は布団の上であぐらをかき、
少し疲れたねぇ、と家内に云ったりした・・。



                           《つづく》

次回は島内の主辺のクルーズなどを掲載を予定



にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛(いと)しき光と風、そして波打ち寄せる『新島』   ~第一章~

2009-05-12 15:57:37 | 
    第一章 新鮮な海の恵みの魚介と島内の素朴なアシタバは

『セブンアイランド』を下船し、東海汽船の添乗員に誘導され、
船着場の駐車場には今宵宿泊する民宿の方たちが、
ワゴン車、軽自動車で待機されていた・・。

私はTシャツに長袖のスポーツシャツ、そしてトレッキング用の長ズボン、
ウォーキング・シューズの容姿で、そして軽登山のザックを背負い、
家内もほぼ同様な姿で、ハンドバックひとつ歩きはじめた。

自動車に乗る寸前に、私達が参加したグループは18名と判明したが、
私が秘かに予測した通り私達の世代から、70代前半までのご夫婦が圧倒的に多かった。
やはり大型連休後の日曜日と月曜日を利用した旅行は、
格安な旅費もさることながら、機会がなければ、こうした新島の小旅行も
中々ままならぬというのが実態と思っていたのである。


私達のグループは、分乗した自動車で港から民宿に向かったが、
白っぽい灰色のコーガ石の彫刻した人の高さほどの彫り物が道路の端に数多く観られ、
左側は海から押し寄る波間が昼の燦燦とした陽射しで光を帯びて、きらめいていた・・。

島内の中心部の街並みの一角に、今宵宿泊する民宿があり、
私達夫婦は指定された部屋に入り、こじんまりとした六畳間の片隅にザックなどの荷物を置いた。

http://www.niijima.or.jp/jigohei/


この後、港の前にある観光協会の前で、
昼食用の海鮮バーベキューということなので、再び港の前に民宿の方の自動車に分乗して戻った。

観光協会の前の広場で、会議用の長机が並び、その前で炭火で焼いている魚介を、
民宿の若き奥様、観光協会の方達、そして観光支援をして下さる方たちが、
バーベキューの世話をして下さった・・。

私は魚介類を頂くには少なくともビールと思い、
観光協会の周囲の自動販売機を探していたら、
隣接したお土産と雑貨の販売店を教えられ、缶ビールは確保できた。

イカ、サザエが焼かれたり、ポリバケツにはアワビを小さくした貝のトコブシが数多くあり、
テーブルにはたたき汁と称されたこの付近で獲れたアオムロアジ、ムロアジなどをすり身に調味料を加味した汁物、
さつまあげのような形はすり身をしたのを油で揚げたりしてあった。
そして、明日葉(アシタバ)を天麩羅を頂いたりしていた。

http://www.kanko-kyokai-niijima.net/guide/foods.htm

私はビールを呑みながら、サザエとかイカの焼き物を頂いたりしていたが、
『おにいさん・・クサヤ・・食べてないじゃ・・ないの・・』
と40代の支援している女性の方から云われ、
私はクサヤの香りが苦手であるので、逃げまくったりしていた。

そして、最後におにぎりを頂く時、明日葉の胡麻和えをつつみ込んで賞味したが、
想像以上に絶品で、私は小声で家内に絶賛した。


この晩、民宿の夕食の際、イサキ、カンパチ、アジなどの刺身も加わり、
充二分に頂いたりした。

そして、翌日の朝食は観光協会の前で、
小さめの金目鯛の焼きあがったのを頂いたのであるが、
旅先の伊豆半島で幾度も食べた食事処の一品料理の金目鯛より遥かに美味しく、
私はたたき汁を頂いたり、おにぎりを食べたのであるが、驚くほど奥深い確かな味で、
私は驚いたのである。
そして、もうひつとのおにぎりは、私が魅了させられた明日葉の胡麻和えをつつみ込んで頂いたのである。

私は辞する時、思わず協会の男性の方に、
『確かな味を・・たびたび頂きました・・美味しゅうございました』
と感謝しながら、云ったりした。


                           《つづく》

次回は観光地めぐり、そして島内の主辺のクルーズを掲載を予定



にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛(いと)しき光と風、そして波打ち寄せる『新島』 【2009.5.10.~.5.11.】 序章

2009-05-12 10:11:47 | 
    序章 旅のはじまりは、超高速船『セブンアイランド』

私は東京郊外の調布市に住む年金生活5年生の64歳の身であり、
家内と共に東海汽船の謝恩企画により、破格に廉(やす)い1泊2日の短かき旅で、
伊豆七島のひとつの新島に初めて訪れた・・。

このことは、旅に立つ前に、
【 明日より、初めて訪れる伊豆七島の『新島』に思いを馳せれば・・。 】と題し、
投稿している。

【・・
4月の初めの頃、読売新聞の朝刊で、
旅行会社の広告が掲載され、この中のひとつに微笑んでしまったのである。
これとほぼ同様なのが、下記のサイトである。


http://www3.ocn.ne.jp/~tkk/pdf_tokai/120shuunen.pdf

伊豆七島は大島・利島・新島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島と東京都の地域に所属し、
太平洋に浮かぶ諸島であるが、
私は高校一年の時に大島、50代のなかばに家内を伴い訪れただけであり、
これ以外は私達夫婦は未知の世界であった。

この東海汽船の謝恩企画としては、新島、そして付近の式根島、神津島が企画プランであり、
高速ジエット船の『セブンアイランド』も乗船したことがなく、
ネットでこの三島を検索したのである。

この中の新島が、
【 白い砂浜に降り立てば、
        そこはまさに異国の楽園。】
と大きく明示されていたのである。

宿が民宿なので少しためらいがあるが、
《 大人 お一人様 25500円  二名様以上 》
と明記されていたので、
東京の竹芝桟橋から新島までの往復の船旅が楽しめた上、
新鮮な魚介類の食べ物を頂き、新島近辺のショート・クリージングも乗船でき、
破格な料金に驚いたのである。

そして、こうした機会でなければ中々行けない、
と私達は決意して、申し込んだのである・・。

5月10日より1泊2日の短かな旅行であるが、
初めて訪れる『新島』に於いて、島の情景はもとより、
エビネ、ハマユウの草花を見たり、
夜のひとときに夜空を眺め、満天の星にめぐり逢えたならば、
これ以上の贅沢なことはない、と私は思ったりしている。
・・】


このように思いを秘めて、10日(日曜日)の澄み切った快晴の朝6時に、
自宅を出て、『浜松町』の駅に下り立ったのは、7時であった。

私達は『竹芝桟橋』のターミナルビルを目指し歩いて7分前後であるが、
遠い昔、私が高校一年の昭和35(1960)年の夏に伊豆七島のひとつの大島に訪れる時、
確か『日の出桟橋』の船旅の出港だったと思ったりしているので、
私達夫婦は初めての『竹芝桟橋』でもあった。

http://www.tptc.co.jp/terminal/takesiba/index.html

伊豆七島、小笠原諸島の玄関口のターミナルビルは、広々とし、
周辺はたわな新緑の樹木があり、
私は『浜松町』の駅に下り立った反対側は、首都の最前線のビジネス街が広がっているので、
たった10分足らず閑散としたターミナルビルの前のベンチに座り、
煙草を喫いながら、戸惑いを覚えていた。


私達は予定通り、東海汽船の超高速ジエット船の『セブンアイランド』に乗船し、
出港したのは、8時15分であった。

http://www.tokaikisen.co.jp/7island/top.shtml

東京湾のレインボー・ブリッジの下をゆるやかに通り抜けた後、
営業スビードの時速80キロに加速すると、東京を船から眺める景色かしら、
と私は微苦笑したりした。
そして、羽田空港の沖にさしかかると、数多くの飛行機が行儀良く並んでいるのが観え、
初めて観た情景に私は思わず微笑んだ・・。

その後、三浦半島の最先端に近い『久里浜』な寄港した後、
外洋のおだやかな2メートル前後の波浪であったが、
この超高速船『セブンアイランド』は揺れることなく、海上を走破した。

そして、『大島』の岡田港に10時15分に着岸すると、
『出港まで10分ほどありますので・・
休息したいお客様は下船して下さっても・・結構です・・』
とこのようなアナウンスが聴こえたので、
私は小躍りしながら、下船し、喫煙場所に行ったのである。

私は今回の旅は、この船は禁煙で新島までの3時間、
そして民宿に泊まる、このふたつがためらいがあったのが本音であった。

私は灰皿の於いてある喫煙場所に行くと、
私と同じ思いの愛煙家の人たちと談笑をしながら、煙草を喫ったりしたのである。
そして私は、周辺には岡田港の情景をデジカメ、或いは携帯電話で撮られる人達を眺めたり、
港の周囲の緑豊かな情景に心を寄せたりした。


この後、岡田港を出港した後は、蒼き海原を眺めていたのであるが、
この『セブンアイランド』は時速時速80キロ前後であり、
私は心身に心地よかったのである。

私はかってJRが国鉄時代に於いて、
山口百恵ちゃんの『いい日旅立ち』の歌が街に流れていた前後、
列車のひとつとして『L特急』があり、私は好感していたひとりである。
線路が曲線になると時速50キロになったり、直線は100キロ前後に走破し、
車窓からはその地の情景を眺めのが、好きであった。

鈍行列車だと、緩やか過ぎで、昨今の新幹線は早過ぎて、
まして飛行機などは論外である。
このような思いになると、バス旅行で高速道路を走破すると、
不思議なことに時速80キロ戦後の車窓から旅先の情景に深く心に残るのである。

こうした思いが齢を重ねるたびに深くなっていたので、
私は思わず『セブンアイランド』の移ろう情景に微笑んだのである。


『利島』に寄港した後、初めての『新島』に到着したのは,11時25分であった。

私の住んでいる調布市と同様に東京都の地域であるが、
竹芝桟橋からは160キロの海上に存在する島であり、
たまたま私が乗船した船で3時間、大型フェリーの客船で10時間を要し、
私の心情としては、沖縄本島から石垣島に訪れたと同様な気持ちになった・・。

そして、船着場の駐車場は、品川ナンバーの車が数多く観られたので、
確かに東京都だょねと心の片隅に思いながらも、
燦燦の陽射しの快晴の中、異国の神秘のような島に下船したのであった。

                           《つづく》



にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする