夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

健康の源は、程ほどの食べ物を頂き、薬などに頼らず、何よりも熟睡こそ肝要・・。

2013-01-11 17:15:13 | 定年後の思い
私は一昨日朝5時に目覚め、私は少しぼんやりとしていた。

私の住む東京郊外の調布市は、この時節の日の出は7時前の6時50分頃なので、
夜明け前の薄暗く、少し目覚めが早かったかしら、と微苦笑している。

私は民間会社に35年近く勤め定年退職した2004〈平成16〉年の秋の後は、
起床は日の出前、とモットーとしてきたが、ときおり不規則になることもある・・。

私の主な原因は、随筆、ノンフェクションなどの本に夢中になって、
ときには深夜まで読んだりして、眠い朝を迎えたりすることもある。

こうした時、午前中に買物、散策をした後、
昼下りの2時過ぎに、和室の寝室の布団にもぐり、障子に陽射しを受ける中、
本を読みながら、一時間半ぐらい寝てしまうこともある。

そして目覚めると、この世で一番贅沢なことと思いながら、と甘受している。
しかし、こうしたことは年金生活の自在の身だからできることなのである。


私が若き日の23歳の頃は、映画・文学青年の真似事をしていた時、
アルバイトのように心情で、契約社員として警備員をしていた時もあり、
ある勤務地に派遣されて、2人で48時間の交代勤務をした体験がある。

たとえば私が朝の9時に出勤し、相手方と1時間ばかり互合確認した後、
相手方は退社し、私は警備室で朝の10時から翌日の朝の9時まで責務の時間となる。
この間、毎一時間ごとに10分前後で巡回をすれば、
残りの時間の警備室で自在の勤務帯となるので、文学修行の時間帯とした。

このような勤務をしていると明け方の3時頃が眠くなり、
少し10分ぐらいウトウトする程度で、日の出の前の夜明けを待ち焦(こ)がれたりした。

こうして勤務していると、何よりも困苦したのは、
相手方が冠婚葬祭で休暇となり、私は2日分の48時間を勤務し、
眠れない過酷な勤務となったことである。

この当時の中小業の警備会社は、大半の自由な時間なことがあるが、
このようなハードな勤務体制があったりし、そすがに若さを誇っていても身体が順応できず、
私は10ヶ月ばかり勤めた後、退社した。


この後、私は映画・文学青年の真似事を敗退した後、
民間会社に中途入社して、正社員として奮闘していた。
情報畑でコンピュータを活用し、運営・開発をしていた業務が20数年したりした。

こうした業務は数年ごとにシステムの改定をしたり、全面改定の開発業務になると、
徹夜勤務をして、連続勤務30時間前後はたびたびしたが、
もとより確かな先の見える正社員であり、達成感の悦びが加わり、奮闘したりした。


昨今、この世は健康第一と、食べ物、薬などが大いにもてはやされている・・。
もとより超高齢化の社会なので、長寿の命題でこのような風潮となっているが、ときおり私は苦笑する・・。

私は健康の源(みなもと)は、程ほどの食べ物を頂き、栄養補給剤の薬に頼らず、何よりも熟睡こそ肝要で、
そして生きがいのある言動をしていれば、
たとえ齢を重ね体力が衰えても、心身は溌溂(はつらつ)と確信している。

そして私は定年後、風邪ぎみの時は、病院などに行かず、早めに布団にもぐり、
本を読み、そして睡眠時間を多めにしている。
これは年金生活の自在の身だからできることなので、
この世で一番贅沢なことと確信しながら、と微苦笑しながら甘受している。

こうした中で、我が家の平素の買い物は、私が年金生活を始めて以来、私は自主的に専任担当となり、
近くのスーパー、駅前のスーパー、専門店などに出かけて孤軍奮闘したりしている。

そして恥ずかしながら我が家は自動車もなく、
私は根がケチなせいか、路線バスには乗らず、ひたすら歩くことが多い。

或いは買物の責務を終えた後、遊歩道、小公園などを歩いたりしている。
             
もとより人は歩くことが出来なくなったならば、寝たりの身となることが多く、
私としては最悪のケースとなるので、
平日の好きな時に散策できるなんて幸わせだ、と心に呟(つぶや)きながら甘受している。

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コメント (2)
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