蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

初めての入院・手術

2010年04月12日 | つれづれに

 春の嵐が街路樹を叩く冷たい朝だった。電車と地下鉄を乗り継ぎ、ボストンバッグを提げて福岡市内のF眼科にはいった。「間歇性外斜視・両眼外直筋後転術」……両眼外側の筋肉を剥がし、8ミリ奥に付け替える全身麻酔の手術……こう書くと何だか恐ろしい響きがあるが、何ということはない、手術時間僅か10分!前後2泊3日の入院だった。横浜の長女宅滞在を早めに切り上げて帰ってきた家内が、たまたま近くに住む叔母のマンションに泊り込んで付き添ってくれた。
 「初入院ライフはいかがですか?手術も初めて?まぁ緊張せずのんびり行ってください。それで目が相当楽になるようだし、痛くない入院は快適な筈です。三食昼寝つき♪楽しんでね~!」長女のメールに苦笑いである。
 入院の翌日、車椅子で手術室にはいった。テレビドラマに毒された目には「あれ?」というような雑然とした…ちょっと草臥れた台所の流し台の片隅みたいな手術室で、細長いベッドに両腕を縛り付けられ、派遣された麻酔医から「ハ~イ、点滴を落としま~す。ゆっくり呼吸して下さ~い。」……ふたつ深呼吸をしたところで記憶が途絶えた。目覚めたら病室だった。都府楼近くのかかりつけのU眼科から紹介された執刀医のK先生はこの手術の権威、更に西の方の自分の病院から出張して来て「外斜視は最も簡単で、しかも患者さんに最も劇的な効果を感じていただける手術です」と言って、7時半に術前の処置が始まり、8時過ぎに執刀。手早く数人の手術を終えて、自分の病院の開院に間に合わせるという、手馴れた連携手術である。

 両目ガーゼで覆われた薄闇の中で、左右それぞれ2箇所縫合した跡がコロコロして軽い痛みがあり、暫くは目玉が殆ど動かせない。11時から抗生剤と抗炎症剤の目薬が始まると、眼帯も取れる。半眼しか開かない充血した目で目玉を動かさないように静養。夕方、再び執刀したK先生が来て検診があり、「45度以上あった視線のずれが5度以内に納まってます。もう正常の人と変りませんよ。」……こうして入院・手術の初体験を終えた。
 10日間は洗顔・洗髪禁止、入浴も首から下だけという制約だけで、翌日家内に付き添われながら、再び地下鉄と電車を乗り継いで退院した。子供の頃から意識していた先天性の外斜視であり、自分で抵抗なく目玉を中に寄せて殆どの人が気付いていなかったのだが、加齢による筋肉の弱りのせいか、近年疲れやすくなっていた。こんなに簡単な手術があると知っていたら、この歳まで我慢することなかった。後の祭りである。

 薄紙を剥ぐように痛みと腫れと充血が治まっていく。左の1本を残し、黒い縫合糸も溶け落ちた。気が付くと、春が足どりを乱しながら庭先で右往左往している。何故かユキヤナギが眩しいほどの花を開くことなく葉に包まれた。こんなことは初めてである。20年以上生まずめだった白梅がたくさんの実を着けた。傍若無人に蔓延ったムラサキケマンが花時を終え、スノウフレークの小さな鐘も萎み、キブシやコブシも散った。シャクナゲ、コデマリ、イカリソウ、ツクシカラマツが咲き、ホウチャクソウやボタンの蕾が膨らみ、父から引き継いだエビネランが5本の花穂を立てた。日当たりのいい町内の庭ではシャガが咲き、ハナミズキが開き始めている。早春、春、初夏……季節入り乱れるおかしな季節である。
 鉢植えのバイカイカリソウが、今年は綺麗に花をつけた。1センチに満たない小さなランタンが細かい雨に濡れて揺れている。ようやく自由に動かせるようになった目玉を大きく見開いて、そろそろカメラのファインダーを覗いてみよう。
                  (2010年4月:写真:バイカイカリソウ)