蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

追跡!

2010年05月14日 | 季節の便り・虫篇

 九州国立博物館・博物館科学課のYさんから依頼があったのは4月の初め頃だっただろうか。ヒメマルカツオブシムシを見つけて欲しいという。
寒暖乱高下する今年の春から初夏への気候は定まらず、数日前まで暖房を入れていたのに、突然の夏日で冷房が欲しくなり、かと思うと又朝晩の冷え込みに、片付けかけたガスストーブに手が伸びるという日々が続いた。例年なら夏のダイビングに備え、庭先にサマーベッドを持ち出して、初夏の日差しに甲羅の下焼きをする筈のゴールデンウィークに夏風邪を引き込み、初めて寝正月ならぬ寝連休を過ごす羽目になった。

 キク科の白い花を好むヒメマル君の為にマーガレットと、よく似た洋花のノースポールを買い込み、ご近所の知人にもヒメマル君の写真をメールして観察を依頼し、ひたすら待ち続けた。1ヶ月が過ぎてもまだ現れない。つい先日、Yさんから「まだ捕まりませんか?」という問い合わせがあった。「モテなくなったジジイには、虫まで寄り付いてくれません」と詫びを入れて5月半ばを迎えた。
 風もない五月晴れの今朝、ポストに手紙を入れに行ったカミサンが、声を弾ませて戻ってきた。観察ポイントのひとつ、斜め向かえのIさん宅の玄関先のマーガレットに、「何だか黒い点みたいなものがいる!」という。早速ルーペとビニールの小袋をもって駆けつけた。
 いたいた、紛れもないヒメマル君の成虫が2匹、黄色い蕊の上で蠢いていた。早速Yさんに報告の電話を入れ、まだ開館前の博物館に届けに行った。行きがけの駄賃にもう1匹を加えて。……「節足動物門昆虫綱鞘翅(甲虫)目カブトムシ亜目カツオブシムシ科ヒメマルカツオブシムシ」というれっきとした戸籍を持つ3ミリほどの甲虫である。かつて高校生の頃、3年がかりで採集した十数箱の昆虫標本を、この虫に悉く破壊し尽くされた経験がある。生きるための無心の食害だから恨みはないが、忘れ難い存在ではある。
 ネットの辞典には「基本的に繊維質を餌とするのは幼虫であって、成虫は花の蜜を餌としている。干からびた動物のタンパク質を食べ、骨は食べないという性質を利用して、脊椎動物の骨格標本作りにも利用されている。」とある。幼虫が、綿・麻・絹、動物標本、木材、紙、羊皮紙、毛織物、竹材、乾燥植物など食べるとあっては、博物館にとって見逃しがたい存在なのである。
 丁度出勤して来たYさんとボランティア室で会った。彼女も途中で1匹捕らえてきたという。今日はどうやら一斉に発生する気候条件らしい。
 実は……九州国立博物館である時期からヒメマル君が搬入遊口付近で大量に発生し、その後も1階エントランスなどで発見され、どうやら地下の免震層では世代交代を繰り返しているらしいという。たまたまその頃、関東から持ち込まれた収蔵物があった。ヒメマル君のルーツがその関東にあるのか、それとも太宰府土着の地下者(じげもん)なのか……それを、DNAを調べて特定しようというのである。その為に関東から検体が送られてくるという。少なくとも15匹欲しいというYさんからの注文だった。
 昆虫少年の成れの果てとしては、何ともゾクゾクするような話である。最近、日本の下らないドラマに辟易して海外物ばかり観ているのだが、中でも近代科学技術を駆使して犯罪現場を克明に調査分析し、犯人解明に繋げる「CSI科学捜査班」のシリーズ(ラスベガス編、マイアミ編、ニューヨーク編がある)にのめり込んでいる。(序でながら、日本でも模倣した作品が幾つも作られているが、いずれも稚拙極まりなく観るに耐えない。)虫のDNAでルーツを探るなんて、まさしくその世界である。

 午後更に9匹を捕らえ、再び博物館に届けた帰り道に、隣の町で又5匹をゲットした。……大発生の予感でときめきが更に高まっていく。小さすぎて、このブログに載せられないのが残念だが、マクロのレンズで捉えた一枚に、お尻をもたげ、首を蕊に突っ込んで蜜を吸っている微笑ましい姿がある。ときめき続けた一日だった。
     (2010年5月:写真:ヒメマルカツオブシムシ…ネットから借用)