たくさんの青い実を着けた梅の下枝の辺りを、ユウマダラエダシャク舞った。風に吹き千切られそうな頼りなげな姿は、私にとって梅雨の象徴である。例年になく早い訪れが、不順な天候を思わせる。
沖縄は、梅雨入りの時期を過ぎてもまだ入梅宣言はない。先日の天気予報で、沖縄より早く九州が梅雨入りするかもしれないと報じていた。稀にそんなことがあるというものの、やはり違和感がある。
朝の冷え込みに長袖を着てカーペットにスイッチを入れ、お昼になると半袖に着替えて額から滴る汗を拭う。日が暮れると夜風がひんやりして、再び長袖に着替える……溜め息交じりの朝晩を過ごしながら、今日もお昼前から小糠雨が降り出した。
庭のあちこちから、アマガエルがキコキコと鳴き声を転がしてくる。天満宮の実生から育てた楓が新緑を天蓋のように広げた下で、ホタルブクロが白いランタンを幾つも提げた。この天蓋の下の庭石に座って珈琲を喫むのが、蟋蟀庵ご隠居のお気に入りの安息タイムである。目の前の鉢に、去年友人からいただいたムラサキが小さな小さな白い花を着けている。プランターのオキナワスズメウリは、ようやく小さな双葉を開いたところである。
「金婚式、どうするの?親戚集めてお祝いの席を設けないの?」と娘が訊いてくる。それを口実に、と娘の帰心がほの見えるが、「大袈裟なパーティーなんてとんでもない!」というのが、我が家の結論である。50周年記念を口実に、多分幾度かの温泉旅行三昧の一年になることだろう。
第1回目の記念旅行として、「立山・黒部アルペンルートと黒部渓谷トロッコ列車、上高地・白川郷」3日間の旅を月明けに組み込んだ。立山の銀嶺の大パノラマ、黒部峡谷の深い渓谷美、雪の大谷ウォーク、世界遺産白川郷……幾度か計画しながら、何故か直前で障害が出て叶わなかった旅である。文字通り三度目の正直、せめて宿だけはグレードアップして露天風呂を楽しむことにした。
10月には、日南のリゾートホテル4泊5日で秋を楽しむ。次女がメキシコ・バハカリフォルニア半島最南端のロス・カボスに持っているルーム・シェア―のホテルを消化し切れず、代わりにここを予約して使わせてもらうことにした。宿泊費無料、このホテルをベースに、日南海岸や都井の岬、飫肥の里山などをドライブして回る計画である。
そして今朝、降って湧いたように来年春の沖縄・西表島でのダイビングと星空の旅を組み込む計画が浮上した。365連休の年金生活者の強み、気ままな旅プランは果てしなく夢を広げていく。
友人からは「記念旅行だから、海外に行くんだろう?」と煽られるが、長時間の空の旅は、少し躊躇いがある。もう十分行きつくしたと自分に言い聞かせながら、ただ一つ残る未練はカンボジアのアンコール・ワットである。
私の中の三大憧れの遺跡……インドネシア・ジャワ島のボロブドゥールは、長女が道筋をつけてくれたバリ島の誘惑に耐えられずに、4度も赤道を越えて訪れた。三島由紀夫の「豊穣の海」以来憧れていたタイ・バンコックのワット・アルン(暁の寺)は、社員旅行で耳たぶから汗を滴らせながら急な石段を上がった。唯一、旅の機運が高まったところで地雷騒動が起こり、叶わなかったのがアンコール・ワットである。
先日、福岡市美術館で開催中の「アンコール・ワットへのみち」を観てきた。林立するヒンドゥー教、仏教の石像の数々圧倒され、酔った。訪ねることは出来なくても、こんな形での夢の実現でもいいではないか。
ブログを打つ手を止めて外を見る。石穴稲荷の杜に霧が降り立ち、雨に煙る空はどう見ても既に梅雨の鈍色……今年の梅雨は、急ぎ足でやってくるのだろうか?
(2015年5月:写真:ホタルブクロ)