蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

ほっこり、陽だまり

2018年03月03日 | つれづれに

 50年を超える松の古木を、庭師が楽しそうに剪定していった。父の家の玄関にあった松を我が家に移してからでも、もう35年ほどになる。(こんな昔のことは、数年の記憶のずれがあっても大同小異、それほど気にならない歳になった。)
 同世代の庭師も大のお気に入りの松で、年2回の剪定に心を籠めて取り組んでいる。

 お隣の2階のベランダで、今日も猫ちゃんがほっこりと日向ぼっこをしていた。2月の酷寒が嘘のように、このところ3月下旬並みの暖かさが続いている。日溜まりに「ベランダ猫」が現れるのはこんな日だ。2日前に吹いた春の嵐の後、一段と暖かい風が届いて、もう桜が開花してもおかしくない陽気になった。福岡の開花予想は、3月24日。その日を狙って、アメリカの次女が30年ぶりに日本の桜を観に帰ってくる。
 今年はカリフォルニアも異常気象、山に雪が積もり、娘が住むオレンジ・カウンティ―、ALISO VIEJO(アリソ・ヴィエホ)辺りも、外気温7度という寒さらしい。このところ、真夏か真冬の帰国が続いていたから、この時期に日本で着る物に頭を悩ませているらしい。これも旅の楽しみである。
 「そうか、アメリカ暮らしもう30年過ぎたのか……」次女は数年前に国籍を取得し、アメリカを「終の棲家」と決めている。

 すべてが年輪を重ねた。

 人間も、79年も生きるといろいろガタが来る。およそ200あまりの骨と、400を超える筋肉で支えてきた我が身も、すこしずつ箍が外れ始めた。左股関節のリハビリも2ヶ月を超えたが、完全にはよくはならない。「これは進行しますから、半年ごとにレントゲン撮りましょう」と言われて、3ヶ月目のリハビリ治療に入った。その先には「人工股関節手術」という、あまり嬉しくない覚悟も迫られている。こんな時には、不思議に同じような情報が集中して耳に入ってくる。
 「家内は60歳の時に、両股関節を同時に手術しました。F市のN病院に、S大学から週2回名医が来て手術してくれます。1ヶ月半入院して、今は何ともありません」
 「FさんはT病院で手術したけどよくならずに、Q病院で再手術して元気に歩いてますよ」

 覚悟はしていても、この歳で2ヶ月近い手術・入院と半年にわたるリハビリはちょっとしんどいな……そう思って日夜(本当に日夜)涙ぐましいリハビリのストレッチに励んでいる。
 週2回のマッサージをしてくれる、担当の理学療法士が言う。「お尻の筋肉が薄いですね。だから筋力が付きにくいのかも」
 これは体質である。改めて鏡に映してみるまでもなく、脚も細いし、お尻もちんまりと小さい。しかし、これでもかつては短距離を走るアスリートだったし、山歩きも半端なくこなしてきた。細くても強靭な筈……と自分を慰め励ましながら頑張っている。友人の豊かなヒップの女性に「少し分けて」と言いたいところだが、さてそれは筋肉なのか脂肪なのか……定かではない(失礼!)。因みに彼女は、ラガーマンの逞しい太ももに魅せられている。博多座で勘九郎の脈動する脚に、うっとりと見惚れていた。

 「ベランダ猫」が大きく欠伸をして、家に戻った。そろそろ日脚が西に傾き、冷たい夕風が吹き始める時刻である。
 虫たちが目覚める啓蟄まであと3日、長い冬籠りのご隠居も、そろそろ目覚める時が近付いた。

 「山野を自由に散策したい」……これが、私のリハビリ計画書に書かれたささやかな目標である。
                       (2018年3月:写真:ベランダ猫)