蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

にしゃどっち?

2015年09月04日 | 季節の便り・虫篇

 昔の子供たちにとって、小さな生き物は身近な遊び仲間だった。ダンゴムシは格好の庭遊びの友だったし、カブトムシやクワガタはデパートで買うのではなく、林に分け入ってクヌギやコナラの樹液の匂いを嗅ぎまわって探すものだった。捕まえること自体が、すでに楽しい遊びだった。
 今日の夕刊にも、小六の孫娘が、夏休みの宿題に発泡スチロールで「ダンゴムシ迷路」を作ったという投書があった。無心にダンゴムシを追っている子供の姿が浮かんで微笑ましい。
 野口雨情の歌にも登場する。「♪黄金虫は、金持ちだ。金蔵建てた、蔵建てた。飴屋で水飴、買ってきた。」
 「♪いもむしごーろごろ、ひょうたんぽっくりこ」と歌い歩く遊びもあった。我が家の「虫愛ずる姫君」を地で行く娘達は、子供の頃住んだ沖縄で、キノボリトカゲをポケットに入れて大事にしていた。
 子供が手に取って指先でつつくと、くねくねとと身をくねらせるのが「西を向こうとしている」という言い伝えがあり、「にしゃどっち?(西はどっち?)」とか「西向け!」と言って遊ばれていた蛹がある。
 スズメガの蛹である。

 庭に青苔が生えるほど降り続いた秋雨前線がひと休みした9月の朝、ラカンマキの枝に一頭のスズメガがとまっていた。「最近見かけなくなった」と、つい先日書いたばかりなので、妙に懐かしくて写真に収めた。
 久し振りの、セスジスズメ……、中学時代の私の標本箱の中には、エビガラスズメ、シモフリスズメ、ウグイス色の太い胴体を持ち、珍しく透明な翅のオオスカシバと共に、セスジスズメも並んでいた。羽化した時にはついている鱗粉を翅を震わせて落とし、透明な翅で夜の花に寄るオオスカシバは、昆虫少年のお気に入りのひとつだった。
 後退翼を持つジェット戦闘機に似て、小さな4枚の翅を三角形に伸ばして高速で飛び、時には時速50キロを超えることもある。飛翔昆虫の中でも、最速の部類に入る蛾である。しかも、ホバリングして蜜を吸うことが出来るという、ハチドリにも似た特技まで持っている。
 幼虫の食草は、マツヨイグサ、カラスウリ、ハマユウ、サギソウなどであり、やがて落下して地中に蛹室を作ったり、落ち葉を寄せた繭の中で蛹になって越冬する。昔の子供たちは、この繭を破って蛹をつまみ出し、指でつつきまわして「にしゃどっち?」と遊んだのだろう。
 蝶の蛹も、蛹化したあとしばらくは、触るとくねくねと動いて威嚇する習性がある。

 旺盛な食欲と行動範囲の広さから一般に害虫として嫌われるスズメガに、実は高い利用価値があることはあまり知られていない。
 海外ではその大きさと繁殖力により、幼虫が実験用に飼育されているというし、日本でも、エビガラスズメを飼育して遺伝子研究に利用されているという。また、栄養分豊かなエビガラスズメの幼虫は将来の食料としても注目され、すでに家畜の飼料に利用されている。中国には「大豆蛾」と呼ばれるトビイロスズメがいて、江蘇省などで食用に売られているというネット情報もあった。

 食糧難の時代を予想し、「昆虫食」を実践しているグループがある。我が家にも「昆虫食入門」という本があり、帰省した孫たちが目を丸くして絶句していた。食料自給率40%の日本は、食品の輸入が途絶したら1年間で1000万人が餓死するという記事を以前読んだ記憶がある。日本民族を絶滅から救う救世主は、意外にスズメガなのかもしれない。
 
 水引草が赤い小花をつけて庭を彩っている。あちこちに、白い彼岸花の瑞々しい茎が伸び始めた。ツクツクボウシの鳴き声も次第に遠くなり、石穴稲荷の杜の奥の方に遠ざかりつつある。
 復活した月下美人の蕾が少し頭を擡げ始めて、開花の時期が近付いてきた。
 熱いお湯の後に浴びる冷水のシャワーが、少し冷たく感じられる……もう、そんな季節である。
               (2015年9月:写真:葉陰に休むセスジスズメ)

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